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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
30/358

士官と言う生き物

 ―――――タクラマカン砂漠のどこか

       詳細時刻不明





「少尉殿。自分は第一遠征師団第二大隊。第三中隊のマスターサージェント(中隊長付曹長)。フレデリック・ブーンであります」

「オーケー。指揮官は?」

「貴官であります。少尉殿」


 グルリと見回したバード。この場に居る下士官はブーン曹長を最上位として、一等軍曹と三等軍曹が一名ずつ。その外に兵卒が全部で四十人ほど集まっていた。

 バードは状況を飲み込んだ。ここに居る兵士を連れて原隊復帰するのがさしあたっての任務だ。


「すぐ近くまで中国軍が来ています。シチュエーション(状況)レッド(最悪)。無事な生還を望むには分が悪いです。しかし。我々海兵隊に降伏などと言うふざけた選択肢などありません。負傷した戦友をメディカルセンターへ運び込む為に抵抗します。武装を再整理し、曹長の判断で三小隊へ分かれてチームを作りなさい。この先に岩盤の段差があります。こちら側が一段低くなっていますから天然のトレンチです。ここで敵を食い止めます。良いですね」


 何処か頼りない少女にも見えていたバードだが、中身は士官学校で鍛えられてきた本職の軍人で指揮官だ。単に適応率が高いだけでサイボーグになった士官扱いされているバカ娘。そんな風に思っていた自分を曹長は恥じた。


「戦闘不能な者はここに残って防衛陣地構築。だれか通信機を持ってますか?」

「少尉殿のはどうされたのでありますか?」


 バードは少しだけ肩をすくめた。


「ちょっと空中遊泳してる間に壊れました。重力を振り切れなかったので」


 シェルの装甲服を着込んでいるのに肝心のシェルが無い。

 つまり、バードもベイルアウトしたのだと皆が気が付いた。

 そしてそれは、海兵隊側が押されているのではないかと言う疑念に変わる。


「降下した戦車の中にレプリカントが居たので処分したのですが、その際にシェルを壊しました。基地へ帰ったら私は良くて始末書、悪ければ適性査問委員会です。つまり―――


 居並ぶ下士官を前にバードは恥ずかしそうに笑った


 ―――何かしらの戦果なり実績なりを上げて帰らないと、モンキーハウス(営倉)が口を開いて待ってるから、個人的に色々と拙い事態です。協力してください」


 何処か人間臭い言葉がバードの口から漏れた。命令では無くお願いだ。

 サイボーグに対して『機械そのもの』と言う印象を持っていた下士官達は、バードの人間臭さにプッと吹き出した。


「少尉殿! 喜んで協力いたします! 仲間のペイバック(かたき討ち)です」

「ありがとう さぁ時間がありません。動きますよ!」


 三等軍曹が降下艇の中から野戦通信器を探し出した。大型で長距離通信が出来る物だ。アンテナ部分に損傷があるが、近距離ならば通信出来るだろう。


「少尉殿。これで交信を試みます」

「前線本部へ救援を要請してください」

「イエッサー!」


 死亡した兵士から野戦装備を剥ぎ取ったバードは、形だけでも先頭モードに入った。生身の兵士が持っていた銃火器は実弾発射のカービンライフル(騎兵銃)だった。


「一マイル前進! 第二小隊は右翼。第三小隊は左翼。準備良いか!」


 一斉にヤーッ!の声が上がる。

 基本的に志願兵のみで賄われる海兵隊だ。士気も戦意も異様に高い。骨折や軽度の火傷と言った負傷兵は、気力を振り絞って降下艇のまわりへ石を積み始める。

 野戦築城は歩兵戦闘の基本。土嚢を積み上げる事が出来ないなら土塁や石塁を作る。一分でも一秒でも抵抗し続ける事こそが海兵隊の本分。


 応急編成中隊を率いてバードは走った。ふと振り返ると、やる気満々と言った表情の兵士が続いた。コレならいけるか? と一瞬期待するのだが、変な欲を出すと痛い目に会うだろうと、そんな予感がある。

 慎重に。慎重に。全員を連れて帰る。それが良い。天然のトレンチ部分へと取り付き、銃へ最初のマガジンを入れて構えた。左右に合計五十名少々の兵士が並んだ事になる。


「銃弾に余り余裕が無い。ワンショット、ワンキルだ。良いな!」


 一斉に返事が届き、バードは意識を集中させた。


「少尉殿。向こうは歩兵戦車が随行中ですね」

「アレには手こずりそうだわ。誰か手榴弾持ってる?」


 何処からとも無く渡された手榴弾を集めたバードは、いつぞやのカナダと同じ様に即席のクラスター爆弾を作った。

 工兵が居ないから粘着テープが無い。仕方が無いのですぐそばに居た上等兵からバンダナを奪い取って巻きつけていく。その間にも遠くから歩兵戦車のキャタピラー音が迫ってくる。


「少尉! 残り五百メートル!」

「まだ撃っちゃダメよ。もうちょい! もうちょい!」


 残り四百メートルの所で歩兵の前進が止った。

 歩兵戦車だけが前進してくる。全部で四輌居て、その内の二輌が前進してきていた。


「さて、面倒ね」


 腕のレールガンは残り三発。戦車は四輌。

 つまり、最低でも一輌は肉薄して片付ける必要がある。


 バードは上半身を乗り出してレールガンを構えた。

 蛮勇だと思った。或いは無謀で命知らずだ。


 だけど、圧倒的不利な中で戦意を高揚させ兵士のやる気を奮い立たせるには、指揮官が先頭に立って戦わなければならない。恐怖に打ち勝ち義務を果たす姿を見せなければならない。


 戦車までの距離は残り三百五十メートルだった。こんな距離から装甲車輌へ射撃した事など無い。レプリやジャイアントや空中飛行物体ならともかく……


 不意に歩兵戦車のターレ(砲塔)が旋回を始めた。おそらく三十ミリ程度の機関砲が見える。その砲身が左翼ギリギリの場所を狙って射撃を始めた。


「全員伏せろ! 少尉を残して勝手に死ぬな!」


 曹長が叫び、兵士達は着弾を交わすべく精一杯伏せている。そんな中、バードは構わず立ち上がって狙いを定めた。不思議と絶対に当たると言う確信が有った。

 砲身が自分の方向を向いた瞬間、構わずレールガンを撃ち出した。同時に三十ミリ砲の弾丸がバードへ降り注ぐ。シェル用の流体金属装甲服に直撃を受け、レールガンの反作用と会わせた打撃力でバードは後方へ吹っ飛んだ。


「少尉!」


 後方へ吹き飛びながらバードが見た物は、砲塔部分を吹き飛ばし炎上する歩兵戦車だった。背中から着地すると同時に飛び起き、一気に前進し戦車に駆け寄って着弾距離を縮める。至近距離からなら装甲を打ち抜けると思ったからだ。

 細かい事は考えず一気に二百メートルを駆け寄って肉薄。尚も速度を緩めず走っていって、残り十メートル。

 ターレがこっちを向いた!バードの脳裏に『死』の一文字が浮かぶ。防御力に優れた流体金属装甲とは言え、大口径高初速の弾丸を至近距離で貰えば大穴が開くだろう。しかも、最初に受けた直撃弾で流体の熱分離が発生しているらしく、いびつに歪んでいる状態だ。

 だけど、速度は一切緩めなかった。理屈を超えた部分で大丈夫だと思った。完全に肉薄し、レールガンの銃口を戦車の装甲へ密着させた。文字通りのゼロ距離射撃モード。迷う事無く最大出力まで電圧を掛けて発射した。

 一撃で装甲を貫通したらしく、まるで手榴弾のように歩兵戦車は大爆発。その爆風を受けて、再びバードは空中を彷徨った。今日は随分空を飛ぶな。これで羽があれば本当に飛べるのにと苦笑い。


「少尉殿!」


 ブーン曹長の声が響く。

 地面へと叩き付けられたバードは、猫の様に飛び起きてトレンチ部分のギャップへ張り付く。


「戦車は残り二輌! 会敵距離三百メートル!」


 ブーンの声が半ば裏返っていた。至近距離へ取り付いて射撃するなど生身の人間には絶対出来ない芸当だ。兵士達がバードを見る目は、もはやターミーネーターかプレデターだ。


「曹長! 各小隊長の判断で各個射撃始め!」

「イエッサー!」


 トレンチから上半身を乗り出したブーンが左右へ指示を出した。


「野郎共! 仲間の仇だ! ぶち殺せ! ファイヤ(撃て)!」


 野獣が咆吼するが如くに歓声が上がり、左右の銃列が一斉に火を噴いた。歩兵の射撃が始まり、中国軍の歩兵各部から悲鳴が轟き始める。ただ、そのタイミングで中国軍は前進を再開した。慎重に前進し、力ですり潰す作戦なんだとバードは気が付いた。


「兵士は消耗品って訳ね。こりゃ流石だわ」


 半ば呆れつつ次善策は無いかと真剣に考えるバード。

 だが、ここにはいつもの喧嘩装備は無いし、重火器も無い。

 もちろん、パンツァーファウストも。


 仕方が無いので、集まっていた手榴弾のピンを抜いて力一杯投擲する。生身と違ってパワーリミッターを外したサイボーグの投擲なのだから三百メートル程度は簡単に届く。

 居並ぶ歩兵の間で手榴弾が爆発し、連鎖反応的に小規模な爆発が続いた。


「流石ですね!」


 曹長の声が弾んでいた。だが、手榴弾の数には限りがある。残り僅かになった手榴弾を見て『チッ』と短く舌打ちし振り返ったバード。その視線の先には不時着した降下艇が半壊状態で転がっていた。

 せめて機首に付いている射撃ポッドのブラスターでも外せれば……外せれば……


「曹長! ここを任せる! 降下艇へ行ってくる!」

「少尉殿! なにかあったんですか!」

「ちょっと思いつきよ! 会敵距離二百メートルを切ったら後退しなさい!」

「イエッサー!」


 銃弾が飛び交う中をバードは全力疾走で降下艇へと走った。ウメハラ少尉を救出した時、隣のリン軍曹に何かが突き刺さっていたはず。なんであの時確かめなかったんだ!と自分を恥じる。士官学校一年生(プリーブ)が散々いじめられる朝食時の質問攻めは、見た物を整理して記憶し役に立てると言うトレーニングの一環だったはずだ。


「あぁ! もう! 自分のバカ!」


 忌々しげに自らを罵りながら走るバード。サイボーグとは言え重量のあるシェル用装甲服を着ているのだから速度は乗ってない。

 降下艇へ到着したら、いつの間にか立派な石塁が完成していた。隙間にはしめった土を詰めてあった。全く水の無い環境でどうやって土を湿らせたのか。

 小便か、それとも……


「少尉殿!」

「野戦築城は良いようね」

「はい。まだ使えそうな火器も回収しました」


 降下中に死亡した兵士の小火器や拳銃が弾薬と共に集められていた。

 そして、その向こうには……


「このブラスターカノンはどうしたの?」


 立派な砲身を持つ荷電粒子砲が一門。無造作に置かれていた。


「降下艇の機首に装備されていた物です。でも、電源がありません」

「やるじゃない! あなた最高(ゲイ)よ!」


 サムアップで笑ったバードはブラスターを手に取った。電源ケーブルはバード達サイボーグも使っている高圧電源用のコネクターだ。迷う事無く再びトップレスになったバードは、自分の電源部分にそれを接続し電源を供給してみた。ブラスターのコントロールパネルに灯りが点り、加速器の音が響く。


「使えるわね」


 バードは満足そうに微笑む。


「少尉!電源は!」

「自前を使うから問題ない! それより誰か! ハーネス探して! 断線してない物!」

「それならここにあります!」


 通信機をいじっていた若い兵士がバードへハーネスを手渡す。

 ソレと同時にトップレスのバードへ目が釘付けだ。


「これでも一応女だからあんまり見ないでね。見られて減るモンじゃ無いけど」

「ソーリー! サーッ!」


 雷に打たれたように背筋を伸ばした兵士を笑ってみながら、バードはハーネスをブラスターへ接続。反対側を頸椎バスへ繋いでコントロール出来るかどうかを試してみる。この辺りは高度に規格化された宇宙軍の仕組みが便利だと思う一瞬だ。


「試しに撃ってみる」


 積み上げられた石塁へと登って見下ろすと、遠くから歩兵が後退しつつあった。

 あぁ、接近を許したのかとガッカリしたのだけど、あまりに兵力差があるのだから仕方が無い。

 バードの目が歩兵戦車を捉えた。距離千二百メートル。

 ブラスターの最後尾部分を石塁へ乗せ、本体部を両腕で抱えて狙いを定めた。

 三次元レーザー測定での照準なら外さない。砲身さえ曲がっていなければ……だが。


「お願いだから壊れないでね」


 ささやく様にブラスターへ言い聞かせて初弾を発射。砲口部の猛烈なマズルフラッシュを至近距離で浴びると、一瞬視界にノイズが浮く。各部センサーが一時的に異常な状態となるも、数秒でシステムの再起動が完了した。そして、目に映る光景の中で歩兵戦車が煙を上げて燃えている。


「よし」


 すぐさまもう一輌を探したバード。たった今撃破した戦車の後方百メートルほどを前進していた。着弾距離は千三百五十メートルほど。威力的には問題ない。


「こっちも当たってね」


 心の中でそう念じながら二射目を放った。相変わらず眩いマズルフラッシュに視界がぼやける。だが、こっちは外したとすぐに分かった。戦車の後方に居た歩兵が纏めて消し炭になった。

 小さく舌打ちしながら三射目を撃とうとした時、視界の隅に浮いている電源表示がおかしくなっている事に気がつく。さっきまで八割以上残っていた筈のバッテリーだが、今はもはや三割程度しか残っていない。次の一発を撃ったら自分が動けなくなる。どうやらそれは間違いないらしい。

 気が付けば石塁の上で腹ばいになった歩兵が気前良く射撃を続けている。もはや録に弾薬が残っていない筈だ。


「さて…… どうしよう。ピンチね」


 出力を絞って射撃しようかと試みるも、手持ちの射撃管制アプリではそこまでの制御が出来ない。歩兵戦車は順調に迫ってくる。もっと近ければ威力を絞ってでも装甲を打ちぬけるかもしれないが……


「曹長!」

「どうしました!」

「中隊の指揮を任せます」

「はい?」


 石塁の上に駆け上がってきたブーン曹長にバードは簡単な説明を行った。

 つまり、次の射撃で自分は電源が尽きるから動けなくなる。

 救出が完了するまで抵抗し続けろ、と。


「無茶です!」

「しかし、あの戦車を撃破しなければ全滅です。論議の時間はありません」

「ではこうしましょう」


 ブーンは迷う事無くバードとブラスターを繋ぐ電源ケーブルを銃で打ち抜いた。


「曹長!」

「流れ弾ですよ! ハプニング(偶然)って奴です!」


 ブーン曹長は清々しいまでに男らしい笑みだ。


「捕虜になるなら全員一緒です! 海兵隊は仲間を売りません。裏切りません」


 憮然とした表情のバードだが、怒っても仕方が無い事だ。


「解りました。この件は不問にします。戦線を順次後退させましょう、戦車は別の手を考えます」

「そうしましょう」


 二人で石塁を降り、歩兵の列へ並んだその時だった。

 ターレの反対側に居た歩兵が即席で作ったクラスター手榴弾を持って肉薄した。

 反対側辺りに居る歩兵が一斉に収束射撃を加えて戦車の気を引いている。

 ターレの背後から接近していき、まずはエンジンルームのあたりで爆発させた。


 エンジンが損傷を受けたらしく戦車は停止。

 状況を確かめようとした搭乗員がターレのハッチを開け身を乗り出した所を後方から射殺。

 そして、そのハッチへ手榴弾を投げ込んでハッチを閉めた。

 鈍い音が響き、戦車は完全に機能を停止する。


「いま肉薄していた彼に戦功勲章を申請するから覚えておいて」

「了解であります!」


 ブーンも上機嫌になっている。歩兵戦車を全部失った中国軍は距離三百メートル程の所で前進を停止した。数の上ならばまだまだ向こうが圧倒している筈だが、前進を停止したのは何故だろうか?


「少尉、連中は前進を停止しましたね」

「優雅にランチタイムでも取るのかしら。余裕ね」

「まさかそんな事は無いと思いますが」

「ブーン曹長。どう思う?」

「いえ、自分の意見など……」


 困ったような表情を浮かべたブーン曹長をバードがジッと見た。


「ねぇフレディ。ナゲット(ヒヨッコ)にモノを教えるのはヴェテランの役目じゃなくて?」


 嗾けるのでもバカにするのでもなく、バードの純粋な眼差しがブーンを貫く。どんなに取り繕って、その能力を持って士官の義務を果たしたとしても、経験だけはカバーしきれない絶対的な差とも言える部分だ。


「遠慮なく意見して」

「はい」


 ブーンは恥ずかしさを誤魔化すようにカービンのスコープを覗き込んでいる。


「人民解放軍とは言え彼らは基本的中国と言う国家の国民です。あの国は人口抑制政策の一環として一人っ子政策を行っています。つまり、彼らは迂闊に戦死してしまうと家を継ぐものがありません。つまり」

「死にたく無いから戦闘しない」

「はっきりとは言わないでしょうが、無意識にそう言う選択肢を選ぶのでは」


 ブーンの説明を聞きながら、バード消極的な前進の理由を何となく得心した。

 ソレならばそれで対応のしようがあると言うもの。


「じゃぁ、下手に生き残りが出たりすると不公平って不満が出そうね」

「と、言いますと?」

「纏めてここに埋めてやるって事よ。せっかく目の前にでっかい墓穴があるんだから」


 フフフと笑ったバード。


「大変素晴らしいプランです。ぜひ実行しましょう」


 ブーンもまた禍々しい笑みを浮かべた。

 隊を率いる士官の笑みに、臨時編成中隊の士気が嫌が負うにも高まっていった。







 ――――タクラマカン砂漠中央部 タリム盆地

      中国標準時間 1215






 時間は少し遡る。


『エディ。テクニカル(戦闘車両)は全部破壊した。歩兵もあらかた戦闘不能だ』


 僅か十五分ほどの間にシェルが地上を掃討し尽している。

 報告を上げたテッド少佐の声が満足げだ。


『了解。よくやった。燃料を温存しろ。孔の周りに着陸だ。残りは生身に任せる』

『オーケー。シェルで陣地にする。味方の増援はまだか?』

『おそらく一時間後程度だ』


 上空を見上げながらシェルと交信していたエディ。

 地上に組織的抵抗を試みる者はいなくなり、満足げにエディは楊を見た。

 勝者の冷笑を添えて……だ。


「楊将軍。そろそろ二つめのプレゼントが届く頃だ。もう少し眺めますかな?」


 冷たく言い放ったエディの言葉に、楊はまるでトマトの様な真っ赤な顔になっていた。


「楊同志」


 拳を握り締めて小刻みに震えていた楊。

 その背後から王が走ってきて小声で何かを告げた。

 黙って効いていた楊だが、やがて震えは納まり、同時に真っ赤な顔が青ざめ始めた。


「ジェネラル・マーキュリー。ひとつ伺いたい」

「小官の範疇でしたらなんでも」

「国連軍は中華民族を滅ぼすおつもりか?」

「質問の真意を理解しかねますな」

「はぐらかさないで頂きたい」


 楊の表情には明らかな狼狽が有った。


「部下の報告では、ここへ向けて三方から大軍がなだれ込んでいるとの事だ」

「そうですか。まぁ、タイムテーブル的にはちょうど良い時間でしょうな」

「総兵力で五百万と報告を受けているのだが」

「おかしいですね。小官の持っている作戦データには総戦力八百万とありますが」


 多少吹っかけた数字を言うのは交渉での常套手段。


 楊の顔から一切の表情が消えた。


「わが国の直接戦力を超えております」

「ランチェスターの法則では三倍の戦力が必要です。小官はそう教育されましたが?」


 何をおかしいのか。

 クククとかみ殺した様な笑みをこぼしエディは続ける。


「まぁ…… きっと国連軍は健闘するでしょうな」

「やはり中国そのものを滅ぼすおつもりか?」

「その問いは意味がありません」


 エディはここで初めて小銃の加速器を止めた。

 ストラップを肩にかけて、リラックスしたような姿だ。


「将軍も小官も立場は異なりますが軍人です。軍人は政治家の決断に従い必要な結果を得るために使われる作業員に過ぎません。ですから、小官は命じられた任務を果たすだけであります。その先の事は国連軍ではなく国連の常任理事会の。いや、つまり、政治家の仕事の範疇ですな。もっとも、一党独裁なあなたの国の政治家とは違い、国連を運営する議員団は民衆の代表ですが……ね」


 木で鼻をくくったような小バカにした回答をサラッと言い切ったエディ。今の立場に登ってくるまでは、政治のゴタゴタを何度も体験している。現場が巻き込まれないように気を使うのは将官にある者の義務だ。出来る限り現場が仕事をしやすいように気を使ってやらねばならない。


「中国以外の多くの民衆が中国のやり方に不満を持てば、自ずと中国を滅ぼす方向へ舵を切るでしょう。友好的な大国として、寛容と融和を旨として他国へ気を使い、多少のヤンチャも笑って許す位の穏やかな国家であれば、民衆はそうでは無い選択をするでしょうな。つまり」


 ぞんざいな仕草で巨大な孔の方を見たエディ。そこには次々とBチームのシェルが着地していた。主兵装であるモーターカノンの砲身を地平線へ向け、包囲している歩兵を威圧する。


「他国の民衆が現状の中華国家に不満を持たなければ、中国は安泰でしょう。他国の民衆が不安を持てば、その不安を解消する為に我々は努力せねば成りません。ただまぁ、同じ地球人と戦闘をするのは気が乗らないですし、この手を同じ地球人の血で赤く染めれば、明日の寝起きにはちょっと嫌な事を思い出して多少気分を悪くするでしょうが…… なにせ多くの民衆が願う事ですからね。納税者の期待に応えるのは公僕の勤めと言えるでしょうなぁ」


 そこまで言ったエディは芝居がかった仕草で『おっと!』と驚く仕草を見せた。


「あなたの国家では指導者層にとって民衆は虐げ支配する家畜扱いでしたね。根本が違いましたな。発想の根本も多少は異なるでしょうか……な」


 嫌味を織り交ぜて相手を圧倒する手法はジョンソンばりだ。

 こういう部分での交渉術と言うのは経験と同時に資質が大きく物を言う。


「さて、将軍の方針を伺いましょうか」


 将軍個人で出来る対処の範疇を越え、もはや国家間交渉レベルに話が大きくなった所でエディは会話のサーブ権を丸なげした。黙っていても話は進まないし、どう転んでも国連軍は損をしない方向へ進んで行く。

 進退窮まったのだと楊将軍は覚悟を決めた。もはや一軍人の手の上で転がす事の出切る事態を越えていた。最終的に責任を取るべき国家指導者階級の判断と決定を伺うレベルまで話が大きくなっている。

 辺境の紛争で政治的実績を稼ぎ、軍部内で発言力を得て中央へ撃って出る。そんな思惑の絵を描いていた楊大将の目論見が足元から崩れつつある。劉はそれには気が付いていたが、その件で手を貸すつもりも無かった。ここで楊が失脚すれば劉の政治序列は一段上がる。

 民衆の幸福と利益と安全を追求するべき政治家の姿はここには無い。ただひたすらに利己的人間の集まりである民衆国家の悲哀が滲み出ていた。


「失礼」


 突然楊将軍はポケットに有った携帯電話を取り出した。

 誰もが北京へのホットラインだと思った。


『ジョン!』


 エディの声が弾んでいる。

 ジョンソンも楽しそうだ。


『へいへい、解ってますって。筒抜けですよ。なぁビル。同時通訳してくれ』

『お安い御用だ』


 噂では十四の言語を自在に使いこなすと言うビルもまた本領発揮で楽しそうだ。


『おぃ。あのチーノのサニー(若造)は何喋ってんだ?』


 ジャクソンが暇そうに眺めている。


『あー要するにだ』


 ビルは同時進行で通訳を始め、同時進行で考察を挟んでいる。


『主席を呼び出してるな。緊急事態なんで戦争するかしないか判断しろって迫ってる。ヤレと言われればヤルが、戦力的に比較にならないから確実に酷い負け方をする。その後に国家崩壊を招くかもしれないけど、どうする?って話だ。あぁ、なるほど、国家主席とは直接話を出来ないんだな。って事はあの楊は上海閥か。今の国家指導部は北京閥で固まってる筈だ。あの将軍は精華大学の特別講義組み出身じゃ無いんだな』


 そんな言葉にライアンが口を挟んだ。


『たしか、士官学校の国際政治学講義だと、上海閥と北京閥は事実上別国家並に仲が悪いって話だぜ? つまり、あの楊はトカゲの尻尾扱いにされるかもな』


 何処か不安げなライアンの言葉。

 その言葉がメンバーの心に暗い影を落とす……訳も無く。


『へー 士官学校ってそんな講義もあるのか』

『俺みたいな銃撃つしか脳がねぇバカにゃ難しすぎら』

『俺もだな。せいぜい導火線に火をつけるか雷管にケーブル巻くかが関の山だ』


 ジャクソンの新鮮な驚きにスミスとリーナーが相槌を打った。

 そんな言葉をドリーが茶化す。


『まぁせめて新聞くらい読めよ。どんな左巻きバカの書いた記事でも、だいたいは掴めるさ。なんせブンヤ(新聞屋)って奴は非主流派の妄想とか願望を書くのが仕事だからな』


 明らかに小バカにするような笑い声が無線の中に響く。


『ところでバードはどうなった?』


 心配そうなロックの声が笑いをかき消す。


『そうだそうだ。あんなボーイ(小僧)なんかどうでも良い』

『ダニー! 手がかりは?』


 ライアンとペイトンはダニーを呼び出す。


『たった今シェルを岩から引き出した所だ。整備中隊が調べてるが、コックピットの座席ごと射出されてる。フライトレコーダーを解析中だが、おそらくダミーモードで自動射出だろう。どこへ飛んで行ったかは神のみぞ知る……って奴だな』


 皆が言葉を失って無線に耳を傾けている。


『ジョンソン。バードからの救援信号は出ているか?』


 いつも冷静なテッド隊長の声が僅かに慌てている。


『いや、救援信号もなんもないっすね。それどころかIFFもチェックコードも無い』


 ジョンソンの声が無線に流れ、そのまま静かになった。


『考えられる理由は三種類。無線発信機能が死んでるか、何らかの勢力の捕虜になって電波暗室へ放り込まれたか、脱出後に即死級のダメージを受けて身体の機能が全部停止』


 ドリーは努めて冷静な声で現状を分析した。

 副長の分析は常に冷静で外さない。

 そんな安心感がチームにはある。


『俺達は脳が死んでも身体のサブコンが生きていればダミーモードで自動帰還するはずだ。帰還不能な場合でも、ビーコンを発信して所在地通達を行う筈。だけど回収要請が自動発信されてないって変じゃないか?。まぁ、電源が生きていればの話だけどな。ソレが無いんだから可能性的には一番目のプランが現実的だと俺は思うが』


 ドリーは遠まわしにバード救出を提案した。

 皆それはわかっている。本音を言えばテッドもそうしたい所だが。


『バードの件はもう少し様子を見るべきだと思う。それより』


 重い沈黙を破るようにビルは話を切り出した。


『いま楊将軍がえらい所と話をしている』

『なんだ?』


 テッド隊長の声が僅かに苛立っている。

 話を続きを急かすようだ。


『中華核産集団公司だ。中国系の核産業系総合企業だが、この孔の管理会社だ』

『それがどうした?』


 そんな事がなんだと言うんだ……

 忌々しげな声が流れる。


『その中華核産の相談相手がカナダのカメオ社だ』

『カメオっていや世界最大の核物質精製企業だな』


 ビルの言葉にドリーが反応する。


『そう。そのカメオだ。そして、カメオの向こうにアストロマイニング社がいる』


 再び無線の中に重い沈黙。

 鉛を呑んだような重さが漂う。


『つまり……』

『地球側の国連サイドと中国サイドと』

『シリウスシンパな木星系企業のアストロマイニングが全部繋がってる』

『あいつら全部グルで、しかも』

『あの楊とか劉とかは賄賂貰ってトンズラ予定かよ!』


 メンバーが口々に言いたい事を言っている中、ビルが最後に口を開く。


『話を聞いている限り楊も嵌められたっぽいな。上海閥出身の楊は北京の政府サイドに派閥替えする手順の一環として北京の連中が袖の下を貰うよう算段したようだ。北京サイドは核物質も作業員もどうでも良くて、自分達の実入りが減るのは絶対避けろと厳命しているらしい。相当な額の金がシリウス企業から地球企業へ流れ、その大半が北京の連中の懐に流れ込むって算段のようだ』


 だんだんと見えてきた事件の真相。

 その全貌にメンバーは絶句した。


『って事は何か?』


 ペイトンの声が裏返っている。


『俺達はまた地球サイドの、しかも国連に非協力的なわがまま国家のゴタゴタで、こーんな砂漠くんだりまで来たって訳か?』

『らしいな。他人の金で観光旅行だから良い身分だぜ、俺たちも』


 相槌を打ったジョンソンの言葉が皮肉まみれだった。


『なぁ隊長(オヤジ)。俺が思うに』

『みなまで言うなジャクソン』


 ジャクソンの言葉をテッド隊長が遮る。

 妙に殺気立った空気が流れる。


『テッドよりエディへ』

『なんだ?』

『俺たちゃいつまでこうしていれば良い?』

『そうだな。そろそろ増援が来る筈だ。それから動け』

『まだ動いちゃダメか?』

『あぁ』


 テッドは心中でサンドバックをおもっきり殴った後、視界に写るエリアマップの縮尺を変えて広域を表示させた。

 シェルのカメラが見ている『外の景色』に地図をオーバーレイさせ、通常の索敵範囲である10キロを大きく越える地域の情報を集め始める。

 大気圏外を航行するハンフリーは約三時間ほどの間に地球を五周ほど周回していた。その間に撮影された地上データを呼び出して、巨大な孔の周辺をくまなく探し続けている。


『ところで隊長』


 唐突にテッドの耳へジョンソンの声が入ってきた。


スケルチ(内緒話)か?』

『そうです』

『なんだ?』

『実はさっきから西エリアで中国軍の軍事無線が賑やかなんですけど』

『西?』

『えぇ。電波強度から行ったら20ないし30キロ向こうですね。歩兵無線位の出力で』


 テッドは無意識に西側地域の地上画像を展開させた。

 どこまで行っても赤茶けた大地が広がるばかりだ。


『エディとチーノ(中国人)の将校が最初に顔をあわせたとき、降下艇が一艇攻撃されてるはずです。ですが、救援信号も何も出さないままロストしました』

『大気圏外へ最脱出している可能性は?』

『エンジンに直撃を受けて黒煙をひいてました。出力的に無理かと』


 次にハンフリーが上空を通過するまであと十五分ほどある。


『中国軍の無線を慎重にワッチしろ。降下艇が何処かへ不時着していたら、そこで包囲しに来た中国軍と戦闘になってるかも知れん。または、降下艇が墜落炎上し、奴らが宝探しに躍起になってる可能性もある』


 アレコレ考えつつテッドは広域表示を拡大して行って、割と狭い地域を虱潰しに探し始めた。何となく胸騒ぎがしたと言う方が正しい。

 拡大画像を左右へスクロールさせながら地上を虱潰しに見ていくテッド。ふと、画面の上に表示される小さな白いドットが気になった。


「ん?」


 画像を拡大させて行くと、そこには墜落し炎上する降下艇の姿があった。周辺には広げたままのパラシュートと消火活動を行うODSTの隊員。どう見たってただじゃ済んでない状況だ。重軽傷者が続出と言って良いだろう。

 テッドの脳裏にふと『運の悪い奴ら』という言葉が浮かんだ。

 このエリアに降下した降下艇は両手足の指の数を遙かに超えている。だが、たったの一艇だけが墜落し炎上している。外殻を破壊しての脱出など出来やしない恐ろしく強靱な筐体だ。生きたまま蒸し焼きにされて死んでいく恐怖と苦痛に、心からの哀悼を捧げた。

 

 ――――それしか出来ないのだから


 苦々しい思いに身を焦がすテッド。

 気ばかり焦るが事態はいっこうに進展していなかった。

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