殺し合いの螺旋を断ち切る為に
~承前
『ガーダー! ガーダー! Bチームは現在デラド市街中心部。チームに減耗無し。郊外へ圧を掛け始めた。そっちへ押し出すので処理を頼む。以上』
ドリーの声がチーム内無線に流れ、状況の進行を全体に告げた。
それは、一切の容赦が無い作戦の始まりを告げるものだった。
――――作戦本部よりBチーム各員へ
作戦本部からの声が流れたとき、バードは一瞬だけ手を止めた。
聞き慣れたその声音テッド大佐だった。
――――デラド郊外への降下が進行中だ
――――押し出す速度を調整しろ
――――ジワジワと推して行くのが望ましい
その声は、バードに安心をもたらしてくれるものだ。
だが、いまこの場面に限って言えば……
――無茶振り
その声を聞いていたバードは、素直にそう思った。
だが、ヘルメットに隠されたその表情は笑っている。
さすがエディの息子だと笑うしか無かった。
『ドリーより大佐。了解しました。いたぶりながら前進します』
全く逡巡すること無くドリーはそう答えた。
聞いていた全員が苦笑いするような内容をサラッと言った鬼畜な一言だ。
「ロック! 精一杯踊って良いぞ! 伴奏はこっちでやる!」
ジャクソンのイカレた声が無線に響く。そして、鋭い発砲音が街中に響いた。
独立派市民の多くがSRAの兵士と共に石を投げ始め、ロックの身体に命中し始めている。だが、それをものともせずにロックは前進し、人の多いところへ飛び込んでいって剣を振り続けた。
そもそもサイボーグに疲労は無い。息継ぎも無い。休まず剣を振り続けられるキラーマシーンだ。それを認識し始めた独立派市民がズルズルと拡がり始めた時、ドリーは容赦の無い言葉を吐いた。
「逃げ出す奴から始末しろ。まだ早い」
……うわぁ
いまさらカマトトぶったような事を言うつもりは無い。
その主義主張が相容れないのもやむを得ない。
だが、それでテロに及んだり憎悪を募らせ破壊活動を勤しむのはいただけない。
穏やかに、大人しく、平和的に独立活動をするなら、それは一向に問題無いし歓迎するべき行為と言える。だが、彼らはそれをしてこなかった。いま撃たれている面々は、いままで散々と撃ってきた、爆破してきた、数多を殺してきた集団だ。
因果応報というように、そのツケを払っているだけなのだ。
故にこれは、一切の情を挟む必要が無いものだ。何故なら、彼らは情を挟まなかった。行った行為の報復では無くペナルティとしての非常な措置。
テロとの闘争を続けてきた地球人類が至った、最後の社会的な共通認識。つまりそれは、単に感情が暴走しただけのテロリストは、その存在を許さず、妥協せず、容赦せず……だった。
「同士撃ちに気をつけろ! コイツは俺達の装甲服を貫通するからな!」
何処か嬉しそうにジャクソンが叫ぶ。スナイパーである筈なのに、いつの間にかC-31に持ち替えていて、容赦無くバンバンと撃ち続けている。
チームの古い面々は、その誰もがテロリストの活動に一物持っている事をバードは知っている。なによりそれは、絶対に相容れない主義主張の衝突である事もだ。
憎しみと悲しみの連鎖と言うが、だからといって人を殺して良いわけでは無い。テロの根本には大義も仁義も無く、ただ単純に『気に入らない』とか『嫌い』とか『面白く無い』とか、そんな程度のくだらない理由でしか無いのだ。そして、往々にしてその手の活動をする左巻と言われる集団は、自分達だけが絶対に正しいと言うスタンスで活動する。
「輪が拡がってるな。そろそろ押し返すぞ!」
ドリーの指示で一斉射撃が始まった。ロックを囲む輪の外側からバリバリと射撃が始まる。ただ、その銃口が向く先にロックは居ない。まるで林檎の皮でもむくように、浅い角度で射撃し続けるのだった。
「そろそろ降下したんじゃ無いですかね?」
アーネストがチラリと空を見て言った。
既に上空にパラは見えず、デラド郊外へ展開が完了した可能性が高い。
『ガーダー! ガーダー! 状況は!』
作戦本部に問い合わせを行うドリーの声が弾んでいる。
ややあって再びテッド大佐の声が流れた。
『ドリー。郊外への着上陸は完了した。遠慮無くやれ』
待ってました!とばかりに『イエッサー!』を返答したドリー。
ほぼ同時に輪を押さえるような形だった射撃が止まった。
「おー! オリンピック出られるレベルだぜ!」
ケケケと笑うようにペイトンが言う。その言葉はやっぱり皮肉では無く嫌味だとバードは思った。ただ、これ以上の指摘はよろしくないのも承知している。
包囲の輪を抜けるべく一斉に走り出した市民は、郊外目指して奔流のように走って行く。ただ、その先に何が有るのかを彼らは知らないだけだ。
「全員防護措置! ロックもだ!」
ドリーは各通りの射角から退避を命じた。
おそらく、このデラドを取り囲むように展開する各チームからの総力射撃が来るだろう。全員がC-31を持っている以上、撃たれるのは歓迎しない。だが……
「おいおいおいおいおい!!!!」
ライアンが素っ頓狂な声で叫んだ。
都市周辺から最大出力で連射される攻撃は、建物の壁を軽く貫通してくる。
少々厚みのある岩壁ですらも、荷電粒子の塊が大穴を空けてしまうのだ。
「なんか極上のピンチって奴だぜ!」
「味方だっつうのに!」
ダブの叫びにアーネストが喚く。
そして、場数と経験なら折り紙付きなヴァシリが叫んだ。
「隊長! 散開しましょう! リスクを落とすべきだ!」
当るのは仕方がないから、被弾の危険を下げるべきだとヴァシリは提案した。
だが、ドリーはそれに対し冷静な声音で言った。
「いや、クロスファイアの交差点を脱出する。全員南東の建物に集合。死体を盾にしろ。密度があるから一撃で貫通はしない」
――あぁ
なるほど……と内心で独りごちたバードは、手じかに転がっていた死体を担いで動き始めた。ガッシリとした体躯の大男は完全に絶命しているようだ。
――せめて役に立ってね
まるでサイコパスのような言葉を吐いた自分がおかしいとバードは思った。共感性の欠如と言う断面で言うなら、死体損壊に全く抵抗がないので完全なサイコパス状態だと思った。
だが、自分が死ぬか相手が死ぬかの土壇場に立ったとき、相手を思って自分が死ぬなんて事をする人間は居ない。戦場と言う極限環境は、人間の本性を容赦なく曝け出してしまうもの。
例え相手を殺してでも自分が生き残る。 或いは、例えそれが愛しい人の死体であっても容赦なく盾に使うことを躊躇わない。
「盾になる物が多いってのはラッキーだぜ!」
ビッキーが妙な事を叫び、ペイトンが相槌を打つ。
「最後に誰かの役に立って罪滅ぼしってな。聖人君子はやる事が違う!」
なんだそりゃ!と苦笑いしつつ、バードは必死になって走った。この出力のクロスファイヤは本気で洒落にならない。どれ程硬くとも分子間結合自体を破壊するのだから、重要なのは密度だった。
「ふぅっ!」
息を吐き出しながら建物に飛び込んだバードは、そのまま2階へと駆け上がって窓の外を見た。鉄骨モルタルな雑居ビルの階段は無機質な仕上げで、何とも冷え冷えとした印象だった。
「どうだ?」
窓際へとやって来たビルも眼下を見ている。中州の東西南北へと伸びる大通りの全方向から濃密な収束射撃が飛び交っている状況だ。
「なんとも……ひどい眺め」
「そりゃ仕方がねぇさ」
ビルの隣にやって来たジャクソンがそんな事を言う。
ややあってアナとヴァシリが飛び込み、最後尾のロックが退避を完了した。
「これを使う限りは攻撃手順を考えないと危ないな」
手にしていた銃を見つつ、アーネストがそうぼやいた。
それほどの威力を持つC-31だが、加速器自体は全く消耗してない。
「これだけ撃ったらとっくに寿命だったな」
ライアンが回想するC-26の欠点は、とにもかくにも加速器だ。
本気で連射し続ければ15分と持たずに加速器が寿命を迎えるデリケートさだ。
筐体容量が稼げない以上、強い磁場を作って中で行ったり来たりさせる事しか出来ない。強力な磁場の渦を作り、その中でグルグルと回転させつつ加速させる仕組みだった。
「これなら本気で撃ち合っても問題無さそうだ」
「ちょっと重いのが難点だけどね」
ロックは碌に撃ってないC-31を見ながらそう言う。だが、バードは銃自体の重量を気にしていた。段々と軽量化の図られている自分自身に対し、銃火器の重量が嵩み始めた。
それは、俊敏性を武器に速度を稼いで戦闘するバードにとっては、加速の時間が長くなりバッテリーの消耗を早める死活問題とも言える部分だからだ。
「まぁ、その辺りは使いながら考えればいい」
話を纏めたドリーは眼下を見ながら唸っていた。
新たな任務が発生するのがわかったからだ。
「ヴァシリ! アーネスト! このビルの裏口を探せ。 アナとバードは屋上で状況偵察だ。ジャクも一緒に行ってくれ――」
ドリーは窓の外を指差しながら続けた。
「――ビルとビルの間や狭い路地に逃げ込み始めた。掃討戦になる。粗方片付けたが、勘の良い連中が逃げおおせたらしい。あいつらを残すと面倒が増えるだけだ」
都市戦に於ける掃討は文字通りに掃って討つのだ。
建物一つ一つ、部屋一つ一つを虱潰しに掃って行く事が求められる。
「遣り甲斐のある仕事だぜ……」
ウンザリ気味のライアンがそう呟き、ロックと共に動き出した。
そこにビッキーが加わり、三人一組のグループを作る。
「各班は相互に連携しろ。まずはこのビルの各部屋を当たれ。南東ブロックから掃討戦を始める。見つけ次第射殺しろ。捕虜だと考えなくていい」
ドリーの冷たい宣告が響き、全員が表情を硬くした。汚れ仕事は幾らでもやって来たつもりだが、逃げ惑う市民への攻撃は歓迎せざるると言うのが本音だ。
ただ、誰かがやらなきゃいけない任務であり、都市制圧の最終局面ではどうしたってこれをせねばならない。敵側は眦を決して待ち構えている。こんな場面こそサイボーグの本領発揮といえるのだ。
「アナ、行くよ」
「はい」
階段を駆け上がってビルの屋上に出たバードは、ギリギリまで前進し地上を見下ろす位置についた。細い路地に逃げ込んだ独立派市民は、手に手に銃を持って待ち構えている。
その銃がシリウス軍正式採用の自動小銃なのは笑うしかない。もはや彼等に共存や和平の意識がないのは明白だ。生かしておけば次の悲劇を生むのだから……
――やるしかないのよね……
話し合いで解決出来ると本気で信じてる人には話が通じないものだ。そして、意固地になった人間は妥協と言う言葉を忘れてしまう。絶対折れないとなったなら、最後はへし折るしかない。
へし折って叩き潰して、次の悲劇の芽を摘む……
それもまた軍隊と言う組織の重要な任務だった。
「ドリー。路地部に結構居るけどどうする?」
「遠慮なく撃って良いぞ」
「いや、そうじゃなくて――」
バードはこの時、ほとほと感情の麻痺を知った。
口を突いて飛び出した言葉は、人を人とも思わないものだった。
「――追い出す? それともその場で消えてもらう? 後で掃除する都合があるでしょ。片付ける側の都合も考えた方が良いかなって」
バードの言った言葉にチームの中から『あぁ』とか『そうだよなぁ』と言葉が漏れた。ただ、それへの返答は、少々不穏当だった。
「生き残りにやらせりゃ良いんじゃないか?」
それを言ったペイトンは、おそらく冗談でそれを言ったのだろう。
だが、ビルの冷静な一言が流れてきた。
「さらに憎悪を募らせる事になるが……それでも良いのか?」
人の心理を見つめるプロは、そこにペイトン内部の変質を見ていた。
そして、バードとは違う角度で釘を刺す事を選んだようだ。
ここしばらくのペイトンが気負いすぎていると感じているのは、どうやらバードだけじゃない。心理学のエキスパートであるビルもまた、それを分析していた。
「……だよな」
ペイトンはビルが気を使ったのを感じ取った。
そして、声音を変えて明るく言った。
「後腐れ無い様にしないとマズイな。頑張るか!」
何を頑張るんだ?とバードは吹き出し掛けた。
ただ、そこでパッと気を入れ替えられるのはペイトンの美点だろう。
「さて、気はのらねぇけど給料分働きますか!」
ジャクソンの声が響くと同時、鋭い銃声が街に響いた。
何処かの路地でドサリと音が響いた。
「戦争って……悲しいですよね」
アナの悲痛な声が流れ、全員が言葉を失う。ただそれでも、この戦闘には意味があるのだと信じるしかなかった。割り切れない感情から始まる殺し合いの連鎖を止めるには、これしかないのだと全員が理解しているのだった。




