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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第19話 オペレーション・ダウンフォール
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市街戦開始

~承前






「高度22キロ! 降下速度320キロ!」


 視界の中に浮かぶデータを読み上げたバードは、いつもの様に自分の仕事をしていた。言うまでも無くチームの目であり、また、チームの置かれた状況を正確に解説するポジションだ。


「地上はどうだ?」


 すかさずペイトンから言葉が返って来て、バードは地上部分をクローズアップし確認する。天候は問題になるほど悪くないが、霞が大くて確認しづらい。


 隊長のドリーと副長のジャクソンに続くポジションだったスミスが不在な関係で、ペイトンは少々気負っているのかも知れない。それ故に、頭を使って皮肉を言おうとしているのだろうけど、微妙に空回りしているように思えるのだが……


「視界がクリアじゃないけど――」


 どう説明しようか考えたバードだが、ここはひとつ、平然を装う事にした。


「――問題になるような視覚情報は無いね」


 何が問題かといえば、それは対空砲であったり、或いは地対空ミサイルなど上空への攻撃手段。降下中は回避行動も碌に取れないので、場合によっては手痛い一撃を喰らう事になる。だが――


 ――ちょっと迂闊だった……


 XINAから空中へと飛び出したバードは、降下中に自分の仕事をしつつも内心でそれを思っていた。そして、思った事を口にしてしまう幼さと迂闊さを何とかしないといけないと感じていた。


 もしかしたらペイトンもそれを解っていて、それで平然を装うようにバードへ話を振っているだけかも知れない。傷めた筋肉は使っていく事でほぐれて柔らかくなるように……だ。


 ただ、自らの失敗と改善点を自分で気がつく様になった。それ自体バードの成長の証だが、誰かに褒めてもらうような事じゃない。自分自身の中で自分を厳しく律して行かないと、いつかこれで痛い目に合う筈だ。


 過日、降下中のトラブルで冷静さを欠き、死に行く若者の事を考えず戦闘に及んだバード。その迂闊な行動は状況を全く考えていないとエディに叱責された。自分の中にある獰猛さを抑え、場面場面で自分を制御する必要があった。


 文字通り、戦略的に無駄な死を遂げた若者達の命を、バード自身が嫌と言うほど顧みて解ったのだ。


 ――バカよねぇ……

 ――私って……


 古来から言うように、己の愚かさを知って、それを認めて、初めて進歩の第一歩とするのだ。誰にそれを指摘されずとも、自分自身で改善できる事。それが出来る様になって、初めて大人なのだろう。


 もっとも、仮にそれを大人の定義とするなら、世間に大人など1人もいないと言う事態になりかねないのだが……


「しかし、あの島の構造はまんまシミュレーターだな」


 薄雲を抜けパッと視界が広がった時、全員がそんな印象を共有していた。たまたまロックが言っただけで、デラド市街を上空から眺めると、そこに見えるのは大きな中洲だった。


「例の4人以外にどれ位いるんだろうな?」


 ライアンの声には気負いの影も無かった。

 降下姿勢を決めてダイブ中のバードは、改めて周辺を確認している。


「まぁ、それなりの数で固まってるんだろうな」


 ジャクソンがそんな事を言い出すが、バードの目は周辺の確認に注がれていた。やや離れた辺りに降下を始めたAチームとCチームが見える。恐らくはデラド市街の西側辺りへ降下するのだろう。


 最初にBチームがデラド市庁舎への急襲を行い、内部で大暴れして中身を外へ追い出す。デラド市街に結集している、暴れたいだけの余所者は郊外へ逃げ出すだろうから、それらを他のチームが叩く。


 単純でこれ以上無いシンプルな作戦だが、これに勝る手順は無いのだ。仮に市庁舎を取り囲んで猛攻撃して来たなら、周辺に着上陸した他のチームが挟み撃ちの攻撃を仕掛けてくれるだろう。


「東側には第2作戦グループが降下中ですし、まぁ、袋のネズミですね」


 ヴァシリは何とも楽しそうな声音でそう言った。下士官上がりのヴァシリとアーネストは、ある意味でバード以上のウォーモンガーな所がある。


 人類最強の暴力装置として組織されたODSTの面々は、ある意味で好戦的なものばかりが揃っている。そんな彼らを統率するのだから、より一層慎重でなければいけないのだとバードは気が付いた。


「高度8000!」


 本来ならバードがわざわざ高度を読み上げる必要など無いはずで、全員の視界にはそれが表示されている。だが、会話を切り替え意識をそっちに向ける為には、それも必要なことなのだ。


「予備減速無しで行こう。戦闘降下だ。一気に距離を詰める。全員ビビるなよ!」


 ドリーの声が弾んだ。

 やる気だとバードは思った。


「そーこなくっちゃ面白くねぇ!」

「おうよ! かち込みだぜ!」


 ライアンとロックはほぼ同時にヘッドダウン姿勢になった。一気に速度を増して急降下して行くが、地上に動きは見られない。


「……地上が気付いてないって変ですよね」


 冷静な声でアナが違和感をこぼした。

 地上側が急襲を警戒していないのはおかしいのだ。


「なんかトンデモ兵器使われるかも」


 ボソリと言ったバードの言葉は、ヘッドダウン姿勢だったロックとライアンに急減速を掛けさせた。バードの言葉は素直に聞いておけ。それがBチーム暗黙の了解なのだから、疑う余地も無かった。

 精一杯に両手両脚を広げて、身体の中央で風を孕んで速度を殺し、真剣な眼差しで警戒態勢に入った。だが、速度を殺せば地上も良く見えると言うわけではない。


「対流圏は視程が良くないな」


 ダブの言葉に露骨な警戒感が混ざり始めた。人間は視覚情報に周辺認識の約90%を頼ると言うくらいで、見えないと言う事はとにかくストレスなのだ。


「あれ…… 対空監視かな?」


 ビッキーが僅かな視界の中に何かを見つけた。デラド市街中心部にあるそれほど大きくはないビル状の建物の、その屋上だ。視界の中に赤丸で囲まれた物が浮かび上がり、バードもそのインポーズを凝視するのだが……


「女……だね」


 それは、女だった。それも一目でわかるほどに女だった。一糸纏わぬ姿のまま、建物の屋上に寝転がっていて全く動かないのだ。辺りには着衣だったと思しきモノが散乱していて、その様子を見れば、古来より戦場で行なわれてきた事だと、誰だって察しが付くのだ。


「まぁ、負ける一方になった時なんか、実際こんなもんだろうな」


 アーネストはボソリと戦争の真実を呟いた。いつの時代でもどんな世界でも、そこに男と女がいれば、それはどうしたって管理せざるを得ない事があるのだ。

 古来より言い習わされるように、戦争の真実はたった4つのワードに集約され、それで説明が付いてしまう。


 つまり、男は殺し、女は犯し、田畑財産は奪われ、誇りは踏みにじられる。そして、その犯される女は敵だけとは限らない。精神的に荒んで行く兵士達はむき出しの凶暴性を宥めるように女を欲しがり、本来なら守るべき側にいるはずの同胞ですらもレイプの対象にしてしまう。


 決して認められない事実だが、しかしながら確実に1つ言える事がある。人種や民族ごとにレイプ事件の発生頻度は異なるのだ。レイプされた女がボロボロになってから保護を申し出て、その保護先で再びレイプされたなんて事件も確実に存在していた……


「……死んでるな」


 ダニーは医者の視点でそう分析した。その視界に赤外情報をオーバーレイしたダニーは、建物の屋根と女の身体の温度差がろくに無い事を見て取ったのだ。


「まぁ、何があったかは聞かねぇが……」

「余りおもしれぇ光景じゃねぇな」


 刺々しいロックの言葉にライアンが嫌悪感をむき出しにして応えた。

 ただ、そんなライアンに対し、ビッキーが一言だけ言った。


「ライアンはこの手の事では本当にジェントルメンだよなぁ」


 ――あぁ……


 ビッキーやダブやアナ達はライアンの過去を知らないんだった……と、改めてそれを再確認したバードだが、その間にも高度は随分と落ちていた。


「あのビルの前に着地しよう。少し広そうだ――」


 ドリーが指示したのは、あの女性の死体があったビルの前辺りだ。

 デラド市街の繁華街がある中洲の中は東西南北に十字状の大通りがあるらしい。


「――着地と同時に戦闘に入る。まずは通りの中のアレをどうにかしよう」」


 ドリーが言う『アレ』とは、通りの中で気勢を上げている群衆だ。

 炎上したらしい自動車の屋根に乗り、何ものかがハンドマイクで叫んでいる。

 その声が聞こえなくとも、何をしているのかは手に取るように解った。


「お盛んなこったぜ……」


 民衆を熱狂させるべくアジるのは、左巻バカが散々とやって来た伝統芸能のようなモノだ。自分自身の理想や欲望を民衆の願望にすり替えてしまうのは、一握りの存在だけが持つ特殊能力的なモノだ。


「じゃぁさ、せっかく盛り上がってるみたいだから相の手入れてやろうぜ」


 何を思ったのか、ジャクソンがやたらと明るい声でそう言った。

 ただ、何をしようとしているのかは聞くまでも無い事だ。


 全員が一斉にパラシュートを広げ、グッと速度を落として減速し始めた。だが、その音が響いたのか、通りを埋め尽くしていた面々が一斉にこっちを見上げて何事かを叫びだした。


 その声が聞こえる筈も無いのだが、これから何が起きるのかは考えるまでも無かった。眼下はるかに見える面々が、空に向かって一斉に銃を構えた。自動小銃やらサブマシンガンやら、雑多な小火器が大量に見える。


 ――あー……


 一瞬どうしようか考えたのだが、その前に銃声が響いた。

 ジャクソンはパラの制御を放棄して、L-47を構えていた。


「あったりぃ!」


 ジャクソンが放った銃弾は、アジっていた男の頭蓋骨を一撃で吹き飛ばした。

 低速で飛ぶ平弾頭の一撃により、完璧なレベルで頭蓋骨が粉砕されたのだ。


「ソーレ! いけいけっ!」


 ペイトンが奇声染みた声を発して射撃を始めた。

 C-31をフルオートにして射撃し始めたのだが、光速でやって来る荷電粒子の塊により、人間が直接蒸発し始めた。ペイトンに続きヴァシリとアーネストが撃ち始める。


 程なくしてビッキーやダブが撃ち始め、ドリーもビルもダニーまでもがバンバンと撃ち始めた。地上までの距離は500メートルを切っていて、正直、射撃するより安全な着陸の方が優先される距離なのだが。


「あっ!」


 嫌な感触がパラシュートのベルトに伝わり、バードは上を見上げた。パラシュートの風をはらんで膨らんでいる部分に大穴が空いていた。強靱な繊維で作られているパラだけに、一気に穴が拡がる事は無いが、それでも余り良い気分な事では無いのだからして……


「まったく! 安全に着陸くらいさせなさいよ! どうせ死ぬんだから!」


 などと物騒な事を言いつつ、バードは両手にYeckを握りしめていた。

 頭からC-31の事が抜け落ち、使い慣れた道具を無意識に選んでいたのだ。


「おいおい! バーディーそれじゃ駄目だろうよ!」


 アッハッハと笑いながらビルが叫んだ。

 ドラムマガジンを空にする勢いでバリバリと撃っていたバードもハッと気が付くと、Yeckを収めてC-31を抜いた。


「パラに穴が空いたから軽量化したの!」


 それが咄嗟の言い訳である事など明白だ。

 しかし、半分は真実で、実際には僅かながらも軽量化している。


荷電粒子砲(ビームライフル)は軽くならねぇしな!」


 茶化すように叫んだロックもまたC-31をバリバリと撃っていた。

 変な突っ込みするな!と喚き掛け、それでも地上を掃討していたバード。

 だが、もう一度ロックへと目をやったとき、それは起きた。


「ロック!」


 悲鳴混じりなバードの声が響いた。

 全員がその声に異常を確信してロックを見た。


「冗談じゃねぇ!」


 全員が息を呑んだそれは、パラに繋がるベルト8本のうち5本が切れた状態で必死に銃撃しているロックの姿だった。何故か集中砲火を受けたロックは、夥しい銃弾を地上から受けたらしく、応戦射撃を放棄した状態で残り3本を必死にコントロールしていた。


「ロックがヤベェ! 支援しろ!」


 ドリーがそう喚いた。言われるまでも無いとバードはC-31を構えて撃ち続けた。ただ、いかんせん多勢に無勢で射撃密度は中々落ちない。


「くそっ!」


 バードはパンツァーファウストに榴弾を付けて構えた。後方に誰かが居る事を確認するべきだが、そんな余裕など正直無かった。おそらく一番密度が高そうなあたりめ掛け、パンツァーファウストの発射ボタンを押した。


「うわっ!」


 どうやら後方に誰かが居たようだが、ソレを確認してる間が無かった。

 空になった発射筒にもう一度榴弾をセットし、バードは構えた。


「うしろ! 気をつけて!」

「ちょ! 待て待て待て!」


 その声はライアンだと思った。ただ、バードは遠慮無く射撃を加えた。

 地上で大爆発が二度発生し、夥しい数の人間が吹き飛んだ。

 ただ、そんな努力も虚しく、怖れていた事態が発生してしまった。


「ロック!」


 ウワッ!と声が響くと同時、ロックを吊っていた最後のベルトが切れた。

 まだ高度は200メートル以上あり、間違い無く擱座すると全員が思った。

 だが、そんな状況でもロックは冷静に対処し着地を目指していた。


「えぇい! ままよ!」


 背中のマウントにC-31を収めていたロックは愛刀を引き抜き、度胸一発に空中へと躍り出た。ニューホライズンの引力に引かれたまま、自由落下で加速した。


「そぉりゃぁぁぁぁ!!!!」


 そのデタラメな声と同時にロックは空中で姿勢を整えて落下した。二振りの愛刀を同時に振り下ろし、左右の人間を同時に斬った。その反作用を使って減速しつつ着地したのだが、それでも減速しきれなかったらしい。


 地上に斃れていた独立派の死体をクッション代わりに踏みつけ、それが着地の衝撃を和らげたようだった。最悪の感触だろうなとバードは思ったのだが、その後は余りにも凄惨な光景だった。


「人斬り見参!」


 ――はぁ?


 何を言ってるんだ?と呆れたが、そこはそれ、ロックなりの仁義だと割り切る。

 ただ、そこから先の光景は、筆舌に尽くしがたいモノだった。


「っそい!」


 ロックの気迫が漲る。二振りの愛刀は凄まじい威力だ。その周辺にいた者達全てを一瞬にして斬り伏せ、更にグッと飛び出して人混みへと飛び込み、バッサバッサと切り刻み始めた。


 劣化ウランを使った高密度重金属刀の威力は常識外れも良い所で、咄嗟に銃を突き出して身を庇った者を銃ごと真っ二つに切り裂き、次々と絶命せしめていた。


「ジャンジャンこいや!」


 地上で無双モードに入ったロックを見つつ、バードは引き紐を引いて最終減速し、フワリと地上へ着陸した。教科書通りの綺麗な着地を見せ、そのままパラを脱ぎ捨てると再びC-31を構えた。


「ロック! 支援に付くから!」

「おう! こっちだ!」


 人混みの中で銃を放ったバードは、辺りの仲間を探した、すぐ近くにアナが居るらしく、視界の中に赤いシルエットが浮かび上がる。言うまでも無くこっちには撃つなというAIの危険判定だ。


「アナ! ダブ! ライアン! 銃列敷こう!」


 バードはロックを支援する方向に銃を向けて構えた。バンバンと撃ちながら寄ってきたアナが隣に滑り込み、反対にはダブが付いた。その向こうにライアンが入り、逆サイドにはペイトンが付いた。


「よっしゃ! ぶっかますぜ!」


 ペイトンが最初に撃ち始め、5人が一斉に射撃を開始する。C-31の威力は凄まじく、辺りの敵がバタバタと斃れ始めた。その射線と交差する所にドリー達が銃列を敷き、文字通りの殺し間が出来ていた。


「ロック! 敵を引きつけてくれ! こっちから推して行く!」


 統制の取れた凄まじい射撃により、凄まじい速度で死体の山が出来ていく。

 ただ、ここからが問題なのは言うまでも無い。


「ドリー! どっちへ進むんだ!」


 ペイトンが叫んだのは、銃列の前進方向だ。

 現段階ではロックを守る方向で大きな翼が閉じる形になっている。

 やがてその翼は交差し、離れて行く方向になる筈なのだ。


「このまま進んでいこう。ロックをやり過ごして射撃し続け、左右に押し広げるんだ。そうすれば都市の外へと敵を押し出せる!」


 ドリーのイメージした戦闘手順が全員の視界に浮かび上がった。通りの中心部に着陸したロックが死体の山を築いているが、そこに向かって東西から銃列が接近している。


 そのままロックを通り過ぎ、今度は拡がる方向でバリバリと撃ち続けるのだ。そうすればデラド市街に集まっている独立派市民の武装組織は嫌でも郊外へと押し出されるだろう。


 ――バッチリだ!


 内心でそんな事を思ったバードは、そこから先も遠慮無く撃ち続けた。

 もはや許容も慈悲も無い。そこにあるのは鉄火の裁きだけだ。

 そして、バードは思った。


 これこそが、エディの思い描いた最終局面なのだろう……と。

 刹那の夢に溺れた者達への、裁きの鉄槌なのだ……と。

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