デラド降下
ニューホライズン上空、高度34キロ付近。
地球よりも一回り大きなこの惑星では、対流圏の上面は海抜より14キロ付近に存在していて、当然の様に成層圏はその上にある。厚い大気に護られた惑星はハビタブルゾーンの中にのみ生まれる奇跡と言うが、ニューホライズンもまた地球と同じく、何処までも青い空を地上へと見せていた。
「シミュレーターじゃ絶好調だったけど……」
怪訝な顔のビッキーは、改めてC-31を構えてみた。ブルバップタイプの形状だが、それでもこの銃は余りに巨大だ。そもそもサイボーグ向けの戦闘兵器はどれも巨大になる傾向が強い。
取り回しなどよりも威力を取る設計が優先され、旧型のC-26ですらも生身向けの自動小銃より二回り以上大きいものだった。だが、このC-31はさらに大型の燃料電池と新型の加速器を装備する関係でC-26よりも微妙に大きい。
新型の名に恥じず、その威力たるや相手を威するには十分だ。なにせ少々の装甲を纏った車両であっても、それを貫徹撃破するにも申し分ない威力を叩き出してくれる。
「威力優先なのは解ってるけどさ」
含みのある言葉でアーネストが呟く。どんな機械でもそうだが、実戦で使ってみないと解らない事があるのだ。
古来より言われる事だが、武人の蛮用は極限環境のその極地と言って良い。そして、事前にどれ程想定を練ってみたところで、やはり使ってみて初めて現れる不具合などは幾らでもあるのだ。
「まぁ、実際に撃ってみないと解んないだろうね」
ヴァシリもまた懸念を共有していた。長らく下士官のまとめ役として様々な激戦を経験してきたヴェテランは、この銃の重量をとにかく気にしていた。そもそも、小型荷電粒子砲なのだからそれなりの重量となってしまう。
膂力の余裕のあるサイボーグ以外の運用は一切考慮されていないと言ったところで、じゃぁサイボーグなら平気かと言うと、そうは問屋が卸さないものだ。
重量のある兵器はその運用において慣性質量が問題になるもの。降下中はスリングで身体に密着させるが、パラシュートを開けば減速する。その時、銃の重量が全部のし掛かった来るのだ。
「しかし重いよな」
ロックは心底嫌そうにそう言った。敏捷性や瞬発力を武器にするロックにしてみれば、この銃は錘と同じだ。使ってくうちに慣れると言うものでもないのだから、とにかく軽量化を祈るしか無い。
ただし、その軽量化は威力の減衰とセットで付いて回るはず。重量を取るか、それとも威力を取るか。その究極の二者択一は、命のやり取りの現場で消耗する者にしか答えを出せない問題だった。
「まぁ、とにかく使ってみよう。駄目ならS-16に切り替える。邪魔だと思ったら背中にマウントして、それも邪魔なら何処かにまとめて置いとくしかない。シリウス側に鹵獲されないように気をつけてくれ」
ドリーは宥め賺すようにそう言って歩いた。
ニューホライズンの高層気流を縦に滑り落ちていく降下艇は、その気流の関係でガタガタと揺れ続けている。その艇内にいるBチームは、黙々と降下の支度を続けているのだった。
今回の降下では新型の荷電粒子小銃、C-31が初めて実戦投入される事になっている。シミュレーターの中では絶好調だったが、実際に現実で使ってみて問題が出無いとも限らない。
その関係で、全員が実績あるS-16とC-31とを1丁ずつを背中の稼働マウントに装着させていた。それはまるで亀が甲羅を背負うように重い状態だった。
「敵さんにしてみりゃ、不具合出てくれって祈るような威力だからな」
軽い調子でおちゃらけたライアンは、その言葉とは裏腹にC-31向け加速器のスペアを専用ケースに入れて懐に収めた。あの渋谷の降下作戦の時から使っている装甲服も、今回から装甲の材質が変更されていて、浸徹防護力を向上させている。
強い打撃を熱に代えて受け流す仕組み。それは物理法則を逆手に取った、運動エネルギーを熱エネルギーに変換してしまう絶妙の仕組みだ。
「まぁ、しっかりやろうぜ。エディが俺達に用意してくれたショータイムだ」
ペイトンの皮肉に艇内は妙な失笑が漏れ、バードも苦笑いをこぼしつつ装備を整えていた。C-31の重量は如何ともしがたく、実体弾頭兵器なS-16も抱えて降りるのだから、背中がずっしりと重く感じる。
そんな状態でもバードは使い慣れたYeck23にドラムマガジンを押し込み、腰の両サイドにぶら下げる。グレネードとパンツァーファウストはそれぞれ3発しか持ってないが、戦闘力としては申し分ない筈だった。
「さて、派手に行こうか。徹底した戦闘を行なう。デラド市街を奇麗にするんだ」
ドリーは改めて全員に目標を通達した。今回の降下はダウンフォール作戦の下準備だが、ある意味ではメインイベントと呼べるものだ。
「シリウス開放を叫ぶ連中からの開放ってな……」
厭世的な言葉でライアンが漏らすが、結局はこれが目標だ。デラド市の中で牙を磨く最後の強硬派を1人残らず鏖殺する。これにより、この戦争の形を付ける。そして、ヲセカイのセントゼロにある遺跡を護るのがテーマだった。
――――――――ニューホライズン ヲセカイ大陸南東部 デラド市上空
2303年 3月18日 午前5時
『501大隊のメンバー諸君。優雅な遊覧飛行もそろそろ終わりだ。改めて言うまでも無く、徹底的にやれ。遠慮はいらない。先のシミュレーターでの訓練と一緒で必要なのは流された血の総量だ』
無線の中に聞こえてきたのはアリョーシャの声だ。
少将へと昇格したが、やっている事は何も変わらない。
『目標はデラド市外中心部。あのSRA幹部が陣取っている市庁舎だ。その周辺に結集している凡そ5万ないし7万の独立強硬派を纏めて処分する。その外郭部にはデラド市民が居るが、中立とは言いがたい』
――あっ……
バードは表情を強張らせてロックを見た。
そのロックは苦虫を噛み潰したような表情でライアンと視線を交わしている。
――こっち見ろ!
――バカッ!
僅かにむくれたものの、ふたりの両目にチカチカと赤外が飛び交っているのを見れば、その中身を察すると言うもの。内緒で交された会話の中味は、恐らくライアンの専門分野だ。
そして、そのライアンがペイトンを見る事で、その推察は概ね正しい事をバードは知る。そこにあるのはふたりの再確認だけでなく現場での対応だ。つまり、その現場にデータサーバーがあった場合の対応と言う事になる。
『なぁアリョーシャ。基本的に市民は撃たない方向だよな?』
ライアンは何を思ったのか、改めてそんな確認を出した。
民間団体同士の喧嘩やとばっちりで痛い目にあったのだから、出来るものなら市民への手出しはしたくないのだろうかとも思う。ただ、そんな甘っちょろい事が通用する相手でも無さそうだ……と、誰もが思っているし覚悟してもいる。
敵の目標は要するに、大騒ぎするだけ大騒ぎして、後は夢に順ずるのだろう。
シリウス独立の夢を追ってここまで来た者ばかり。その中味の正当性はともかくとして、もはや勝ちは望めない事など解りきっている。ならばどうするのか。その夢は最後まで追い詰めてへし折るしかないのだ。
夢をへし折り、その目標を泥に沈め、同じ夢を見ないようにする。勿論それは彼らへの懲罰的な報復や数多を巻き込んだ者達への仕置きでもある。だが、もっとも重要な事は、この目標をではなく異なる目標を人民に選ばせることだ。
『あぁ。余り撃たない方がいいな』
――は?
余りの言葉にバードは絶句するよりほか無かった。
撃たない方が良い……などと、寝言以下の言葉が無線に流れた。
「それって……現場で判断しろって事?」
艇内で本音を漏らしたバードに全員の視線が集まった。
『アリョーシャ。判断材料をもう少し欲しい』
チームを代表してドリーがそう問うた。まだブラインドになっている大事な情報を聞き出すのもリーダーの責務だ。それが良いにくい事であれば触りだけでも教えてほしい。
『……いや、判断材料云々の前に、現場の状況が把握で来ていない』
――……把握出来ていない?
そんな状況で出撃を命じるのか?とバードは訝しがる。
だが、アリョーシャはやや間を置いてから続けた。
『市民の温度としてSRAに同情的ならともかく、連れない態度だったり反抗的であれば市民を支援して良い。ただし、同情的なその態度が一方的に殲滅されるSRAへの同情と言う可能性もある。従って現場判断しかない』
――あぁ……
――そうだよね……
もうそれ以上の反応が湧かなかった。
面倒を押し付けられるのも織り込み済みで動くしかないのだ。
『了解した。基本的には手を出さない方向で振舞う』
ドリーがそう返答した。
鉛を呑んだように重い空気の中ボソリとペイトンがこぼす。
「責任感厚いアリョーシャだ。全くまぁ解りやすいな」
それはもはや皮肉ですらなく、ただの嫌味だった。
ジョンソンと違いペイトンの皮肉は時にきつ過ぎるのだ。
「なんか最近のペイトンは皮肉と嫌味の境目が微妙だね」
バードは遠慮なくそう言った。その諫言が通るだけの関係だと確信しているからだ。友達だとか恋人だとか夫婦だとか、そう言った関係の中では、ついつい言わなくても良い事を言うときがある。
そして、それと同じで時には諌めたり本人が気付かない事を、況や要するに耳の痛い事を言うべき時がある。それが出来るかどうかでその人間の価値は決まるし、新なる敬意と感謝を得られるかどうかも決まるのだ。
「……そうか? うーん……」
単刀直入に言われて腹の立たない者など居ないだろう。だが、幾度も共に死線を潜り抜けてきて、オマケにバードの言葉は後になって無視するべきではなかったと気がつくものばかり。
そんな実績があるからこそ、ペイトンはバードの言葉を真正面から受け止めた。
腹が立たないといえば嘘だが、腹を立ててなお、それを飲み込んだ方が良いのだと直感しているのだ。理屈ではなく肌感覚として必要なんだと、そう理解した。
「まぁあれだな。俺がまだ小僧の頃に教えられた話だけど――」
バードとペイトンをフォローするようにロックが切り出した。
白馬の救世主だと思ったバードは、顔ごとロックに向けた。
「昔々の偉い坊主が言うに、あんまり硬く心に決めちまうと柔軟性を無くすんだそうだ。こうと決めたら梃子でも動かねぇってんじゃ駄目なんだ。力を受ける軸受けみたいなモンで、多少は柔軟性がないと折れちまう」
何となくつかみ所の無い表現をしたロックだが、ペイトンはスイッとロックを指差して言った。
「SRAの連中と同じってか?」
「……そうだな。あんまり違いねぇと思う」
ウーンと唸って考え込むペイトン。ちょっと面倒な事を言ってしまったか?とバードも気にするが、そこに口を挟んだのはビルだった。
「バードの場合は思った事を口にするタイプだ。配属直後なら遠慮の塊だったが、今は直感に従って正論を言う。気心知れてない相手に同じ口を効かないように気を付ければ良いんじゃないかと思うよ」
ビルの言葉を聞いたダニーがニヤリと笑って言った。
東南アジア系特有の人懐こい笑顔を浮かべながらだ。
「そういえばジョンソンの場合は相手によって明確に態度を変えてたよな。気心知れてる相手には遠慮なく皮肉を言うけど、面識無い相手には皮肉も控えめだった」
ビルとダニーの言葉を聞いたペイトンは、苦笑を浮かべて頭を掻く。
それが無辜の信頼から来る言葉だと気が付いたからだ。そして。
「まぁ、アレだぜ。こんな時のジョンソンならこう言うぜ?」
相変わらず『まぁ』から始まるライアン。
そんなライアンが何を言うのか、チーム全員が聞き耳を立てた。
「二人の頭は帽子の飾り台以外に使い道あるのか?ってよ」
ジョンソンの声音を真似てライアンがそう言うと、全員がドッと笑った。こんな時のジョンソンは、何時も何時も呆れるような口調で呟いていた。そして毎回、無線の中だったり、或いはそれを聞いた者達がドッと笑うのだ。
ロンドンの待ち中にいる、ごくごく普通のブリテン人。ただ、その言葉は悪意や敵意ではなく、ジョンブルなりの場の和ませ方であり、また毎日の生活にピリッとスパイスを効かせる心配りだ。そして、ライアンに続きロックが口を開いた。
「俺やバードの生まれた国には鯉幟って筒状の旗があるんだけどな、五月の鯉の吹流しって言ってよ、鯉の口にゃ角が立ってるけど、腹に一物あるわけじゃねぇってな。角のたつ言い回ししても悪意があるわけじゃねぇって」
そんなロックの言葉を手で遮ってペイトンは笑った。
「解った解った。別に怒ってねぇ。気をつけるさ」
バードに拳を伸ばしグータッチを誘ったペイトン。
その拳に自分の拳を撃ちつけ、バードはニコリと笑った。
「さっすが大尉! 良く分かってる~♪」
最後の最後で調子の良い事を言って艇内を再び笑わせたバード。引きずってないと確信し、バードはおちゃらけて見せた。少々不用意な言葉だったと自己嫌悪だが、口から出てしまったんだからもう遅いのだ。
ただ、そんなタイミングで艇内に案内放送が掛かった。全員がスッと表情を変えて放送を聞く。そして、上空へ飛び出す最終チェックを全員が始めた。相互チェックを行なうのは言うまでも無いのだった……
――――降下5分前! 最終準備!




