シミュレーター訓練
仮想世界。
その言葉からイメージされるのは、何となくフワフワとした長閑で牧歌的なファンタジーかも知れない。或いは、現実世界では為し得ない出来事や事象が自由に引き起こせる世界。
個人の願望や妄想を幾らでもリアルに体験し、やりたいように出来る世界とも言えるかも知れない。しかし、その仮想世界を一度体験してしまうと、誰だってこう思うだろう。
――――これはもう一つのリアルだ
バードにとってのそれは、サイボーグ移植処置を受けたあとで最初に体験したブートキャンプだった。そしてその後、足りない学力を補う為に仮想空間の学校で授業を受け続け、そのまま士官教育を受けていた。
そのカリキュラムはリアルに準拠していると言うが、バードに言わせれば準拠では無くその物だと感じた。同じ学生として学んだ者はリアルにも存在しているし、上級生達はリアルの人物がボランティアで参加していた。その大半が、現実の士官学校経験者だと察しが付くほどの者ばかり。
つまり、仮想空間だの現実だのと言っても、そこに居る人間達は全てがリアル。
そんな環境に送り込まれるときは、寸瞬を惜しんで学ばなければならない。莫大な経費が掛かっているとか、そう言う生臭い話では無く、そこに参加してくれる人々の時間を浪費する事は出来ないからだ。
自分は自分で他人は他人。そんな意識がはびこる個人主義文化の世界とて、士官教育を受けた者達の思考は徹底的に矯正されてしまう。つまり、他利と自己犠牲の精神こそが最も尊く、命令指令の類は必ずやり遂げる根性だ。
「さて、こんなのも久しぶりだ。愉しもうじゃ無いか」
ドリーは楽しげな言葉でそう言った。
先ほど仮想空間にログインしたバードは、先に配備の始まった新型装甲服を着込み、新式の荷電粒子小銃を持っていた。総重量で150キロを軽く越える重装備の姿だが、サイボーグにしてみれば薄絹のドレスと同じだった。
「んじゃ、手順を確認しようぜ。全員ちゅーもく!」
ジャクソンがモニターを引っ張り出してきた。ジーナはカタカタと小刻みに揺れながら降下を続けている。恐らくは途中で飛び出すのだろうが……
――なんかワクワクする
バードは無意識に笑みなど浮かべていた。
仮想空間における戦闘訓練なんて本当に久しぶりだと思ったのだ。
それこそ、冷静に思い起こせばブレードランナー教育で街中を動き回って以来かも知れないし、戦争経験という意味では、あの宇宙軍との契約前の仮想体験が最初で最後かも知れない。
「降下予定地点はこの川の中洲だ。見て分かる通りで今さら説明も要らないと思うが、構造的にはあのヘカトンケイルのいた宮殿とか、ヲセカイのデラド市街を模している。まぁ、規模は全然違うけどな」
3Dで浮かび上がったその地形情報は、大河に挟まれた小さな中洲だった。サイズ的に言えばニューヨークのマンハッタン島レベルで、その最上流には流れを堰き止めるような巨石があった。
「このでけぇ岩の上に城があって、この島に向かって4方向から一斉に前進するって寸法だ。第1グループは島の西側から、第2グループは東側からそれぞれ侵入する作戦だが、俺達Bチームはどういう訳か島のど真ん中を指定された」
ジャクソンの言葉に全員が『え?』という顔になった。島の守備隊が全方向へ意識を向けるその裏に降下する作戦なのだろう。だが、逆に言えば一切逃げ場が無い上に、全方向から味方の攻撃に晒されかねない。
「ってぇ事はなにか? 俺達は十字砲火のど真ん中に降りろと?」
ペイトンはジャクソンを指さしながらそう言った。
だが、その問いに答えたのはドリーだった。
「いや、十字砲火じゃなく、槍衾のど真ん中に強攻着上陸だ。由緒正しき強襲歩兵の本分をここでやる事になる。俺達がまず島のど真ん中に降下し、そこで大暴れして島から守備隊を追い払う。その出口に各チームが陣取っているから、まとめて叩き潰すって作戦だな」
――うわっ……
さすがに引きつった笑みを浮かべるバード。
そんな状態で隣を見れば、ニヤニヤと笑うロックが居た。
「……なんかバカなこと考えてるでしょ」
「え? あ、いや、バカかどうかはともかく――」
ロックは背負っていた愛刀の塚を指で弾いた。
「――コイツのデビュー戦にはちょいと物足りねぇなぁってな」
「……新調したの?」
「いや、研ぎ直してあるんだが…… まぁシミュレーターだしな」
先の戦闘で刃が僅かによじれたらしい愛刀は、工作班のレーザー研磨で刃の建て直しを受けていた。従来の職人技による研ぎ出し作業と同じレベルで刃を建ててあるのだ。しかもそれは、光を使った完璧な直線を生み出す魔法のような技術だ。
「どれ位の精度なのか、早く振ってみてぇってな話よ。それより――」
相変わらずの死狂いだなぁとバードは苦笑いするが、ロックは心配そうだ。
「――頼むから今回は手が届く所に居てくれ。勝手に突っ込んで行かねぇように」
真面目さマシマシでそう言うロックに、バードはキュンと胸をときめかせた。
――――――――――戦闘シミュレーター上 降下艇内
経過時間 00:25:30
「よし。飛ぶぞ!」
その言葉と同時、最初にジャクソンが空中へと飛び出した。それに続きドリーが説明もそこそこに降下艇から飛び出す。その後を追うように全員が一斉に空中へと飛び出すと、青い空の下はるか遠くに島が見えた。
大河の中州を中心にした町は恐ろしく巨大で、本当にニューヨークのようだとバードは思った。地球をぐるぐると周回し続けたハンフリーから見下ろす地球は本当に美しい星だと思ったのだが……
「……なんかトラブってねぇ?」
レーザーで対地距離を測ったバードの視界に高度20キロの表示が浮かんだ時、ジャクソンは地上を見ながらボソリと言った。『なにが?』と不思議に思ったバードは、その状態で地上を凝視した。
スーパーインポーズ状態で拡大された地上では、グリーンの戦闘服姿な歩兵が射撃しながら前進していた。まだ相当な距離があって細かい様子を掴む事は出来ないが、少なくとも穏やかな状態では無さそうだ。
「……戦闘中だな」
「先客がいるってのは聞いてねぇけど……余り良い戦闘じゃねぇな」
ライアンの呟きにペイトンがそう返す。島の中央部あたりにハリネズミのような陣を敷く守備隊に対し、緑の戦闘服を着込んだ連中がIADのような動きを繰り返している。
海兵隊の戦闘教育としては初歩の初歩だが、これが出来ねば戦列を理解せず、また安全な力圧しも出来ないのだ。だが……
「なんか素人の訓練ぽいぜ」
「あぁ。おまけになんか、立派なバストのネーちゃんが混じってやがる」
場数を踏んで経験を積み重ねたダブとビッキーがそんな会話を交す。そこに『あれじゃ邪魔だよなぁ』とヴァシリが参戦し、『しっかりブラジャーで止めてんじゃね?』とアーネストが口を挟んだ。
――やっぱ男だね……
空中で姿勢を決めているバードは、内心で苦笑いしつつ不意にアナへと目をやった。その視線の向こうにいるアナは口元だけ見えるヘルメット越しだが、それでも苦笑いしているのが見えた。
――感情が育っている
AIのようなアナスタシアだが、人間らしい感情は着々と育ちつつある。色々と実験的な措置を施されているよう存在は、人と人の間で経験を積み重ねて成長するのだろう。その深謀遠慮に舌を巻くしかないのだが……
「つうか、あれ、なんだ?」
素っ頓狂な声でライアンが漏らす。
全員の視界に拡大表示されているのは、まるでカトゥーン世界から抜け出てきたような獣の姿をした人間だった。
「……敵?」
「解りやすく表示してあるって訳じゃなさそうですが……」
バードの言葉にアナがそう返した。ただ、少なくとも戦闘中なのは間違いない。
問題はその戦闘が余りに異常と言う事だった。
「市民に銃を向ける支配者サイド攻略中ってか?」
ロックの声に怪訝な色が混ざった。なんとも状況を読めない現状に、少々混乱していると言っても良い。ただ、状況がどうであれ、まともな人の姿をしている存在はごく少数だ。
シミュレーターをコントロールしているAIは、わかりやすさ重視でそう調整しているのかも知れない。だが、どう調整を受けたところで兵士の側は獣人を圧倒していた。率直に言うなら、比較にならない戦闘力だった。
「勝ちきったか?」
兵士達の射撃が一旦停止されると、陣地内部には夥しい死体が見えた。
至近距離から大口径自動小銃で撃たれたらしいのだが、ズタボロになった死体を見れば大体は様子がつかめると言うもの。そしてそれ以上に驚くべき光景は、それを見守っていた一般市民と思しき普段着の民衆だった。
「やべぇ!」
ロックは唐突にそう叫んだ。下界に見えるのは、あの緑の戦闘服を着込んだ兵士たちを取り囲むようにしている獣人達だ。彼等は恐怖に駆られたのか、誰ともなく石を投げ始めた。
たかが投石と侮る無かれ。石とはいえ当たり所が悪ければ即死しかねない。ましてや戦闘服一枚なのだろうから、身体の防御力は推して知るべしだろう。頭こそヘルメットで守っているが、顔や首に当れば重傷は免れない。
「重火器の類が見当たりません!」
「重火器どころか、あの連中小銃だけだぜ!」
悲鳴染みたアナの声にライアンが叫び返す。
夥しい数の獣人達が投げる石の雨は、装甲服でも着込まない限り危険な代物だ。ましてやヘルメット1つで対峙している兵士だ。大き目の石が最大効率で当れば即死しかねない。
「シミュレーターのAIはあれに介入しろと要求しているっぽいな」
ビルの冷静な分析が漏れ、全員がハッと気がついた。
そういえばこれはシミュレーターだった……と、バードも今さらに思い出した。
ただ、仮にシミュレーターだとしても、その隊列の先頭は随分と慣れてそうだ。
重火器の代わりにハンドグレネードを使ってターンチェンジを図っている。
「中々やるな」
ボソリとこぼしたペイトンは、それきりまた黙ってしまった。ありったけの小銃弾とハンドグレネードで敵を押し返そうとしているらしいが、それにしたって多勢に無勢だろう。
「なら、あのパーティーに参加しようぜ」
「そうだな。ヲセカイの連中を掃討する作戦も、きっとこんな調子だろう」
地上に取り残されている筈の特殊部隊を救出する為、大規模に侵攻する算段なのかも知れない。それ故にこんなシーンになっているのかも。瞬の間に様々な事をバードは考えた。その間も高度は落ち続け、気がつけば1万を切っていた。
「さて、予備減速だ…… って、あっ!」
予備減速指示を出したドリーが焦った声を上げた。
眼下はるかに見えるのは、あの東亞重工製のジャイアントもどきだ。
「あいつ…… なんてパワーだ」
ジャクソンも呆れるジャイアントの馬鹿力。大の大人程もある岩を抱え、地上の兵士に向かって投げている。少なくともあんなサイズを喰らえば間違いなく即死だろう。
頭が潰されない限り望みはあるが、それでもサイボーグとして活動するには一定の条件がある。それから漏れれば、あとは死あるのみだ。そして、そんな不安染みた予想は大概当るもの。
地上にいる兵士たちは、どうやら石礫の直撃を受けたらしい。しかも、あの立派な胸をした女性兵士が蹲っていて、仲間がそれを介抱している。ヘルメット越しに当ったのだろうか、流血の惨事にこそなってはいないが、それでも頭部への直撃は大きな危険を伴うものだ。
ズルズルと後退し始め建物の影に隠れて見えなくなった。その前後には夥しい射殺体が見えていて、相当な威力の小銃を使った事が見て取れた。
「敵討ちだな」
ジャクソンの言葉と同時、射撃音が響いた。空中で姿勢を決めて狙撃出来るのはジャクソンだけだとバードは思う。だが、場数と経験の果てに得た物は、バードの中にしっかりと息づいていた。
――いけっ!
空中で銃を撃つ曲芸はテッド隊長の十八番と言って良い物だ。
撃つだけなら誰だって出来るのだが、エディに言わせれば目標にキチンと命中させて、初めて射撃と言うのだそうだ。意地とメンツと心意気の塊なブリテン人は、ぶっ放すだけでは射撃とは呼ばないらしいのだが……
「ヒェー! あの腐れジャイアント、直撃だけど斃れねぇ!」
高度5000を切った辺りでの射撃だが、ジャイアントは気にする事無く岩を投げていた。それに腹を立てたのか、ペイトンはパラの制御も捨てて地上に向けた射撃を開始した。
「オラッ! くたばりやがれ!」
スミスの代わりに分隊支援火器を使っているペイトンの咆吼。その手に抱えられているのはMG-5の荷電粒子砲版と言うべき兵器だ。実体弾頭を打ち出すチェーンガン状態の兵器は、凄まじいサイクルで荷電粒子の塊を吐き出し続ける。
その威力は凄まじいを通り越して悪魔の鞭のようだ。意思を持った変幻自在な炎の蛇は、地上にある全ての物を蒸発させるように焼き払っていた。
「ワオ!」「こりゃスゲ-な!」
ロックとライアンが無邪気に喜んでいる。
「これ、スミスだったら喜びそうだね」
もちろんバードだって大喜びだ。この威力で荷電粒子をバラ撒けば、それを受ける側は一瞬で蒸発する筈。分隊支援に求められる威力は、率直に言えば歩兵戦車なみと言って良い。
そも、スリーメンズウェポンと称されたM-2以来、この手の兵器に求められる能力は敵を釘付けにする事だ。俗にビッグママと呼ばれるように、叱られる子供が動けなくなるような威力が求められるのだ。
しかし、どれ程威力が凄まじくとも、実際に斃れるのは獣人ばかりでジャイアントはまだ斃れない。その威力と実力に舌を巻くしかないのだが……
「なら、美味しいところは俺が戴くぜ!」
予備減速からそれほど速度を落とさぬまま、ロックは遠慮なく急降下して行く。
そして、サブコンの計算より300メートルほど下まで行ってからメインパラを広げ着陸態勢になった。その時点で背なの愛刀を抜き放ち、抜き身の刃を振り下ろしながら、ジャイアントを縦に一撃で切り裂き、その反作用で減速して着地した。
「一騎当千見参!」
チームの中で誰よりも早くに着上陸したロックは、その返す刀で隣に居たジャイアントを横凪に切り裂いた。混ざる筈のないチタンとタンタルとクロモリを無重力環境で合金化し、それを劣化ウランでサンドした凄まじい刃だ。
まるで豆腐でも切り裂くかのように3体目のジャイアントを袈裟懸けに斬り、ツバメ返しの早業で首を刎ねた。ジャイアント達がもっとも密集している所に降り立ったロックは、鬼武者もかくやの鬼神状態だった。
「よしっ! ロックに気を取られてる間に着陸するぞ!」
その言葉と同時にダニーが着陸した。辺りを確かめ状況を把握する。
それに引き続きバードが着地し、程なくしてジャクソンが着地した。
「ポイント0-0-0 タイムラインスタート! バーディー! 出番だ!」
ゼロポイントを示す指標を地面に突き刺し、ドリーは戦闘開始を宣言する。
その声と同時、バードは一気に加速し、自分の仕事をスタートさせた。
「オーケー! 1-0-1より9-0-9! チェキオン! データ転送開始!」
この手の着上陸戦ならばバードの役目は一切変わっていない。最初に着上陸し、ゼロポイントから周辺情報を拾い、チーム全体で共有する。その目としての役割は、Bチームに配属された時から全く変わらずにあった。ただし……
『広域情報をブレンドする。エリアマップ更新!』
唐突に聞こえた声は、Aチームへ移動したジョンソンだった。第1作戦グループ全体のエリア情報を混淆させ、全員がそれを共有する様にバラ撒いた。
『ジョン! そっちはどうだ?』
『Aチームは間もなく全員揃う! ガンガン行くぜ! リーナーもその気だ!』
『オーケー! こっちも行こう! バーディーの出番だ!』
ドリーの声が弾んでいるとバードは思った。ただ、それもそうだとも思う。
テッド隊長からBチームを託され、ここでは一番やばい場所へ送り込まれた。
つまり、期待されていることは1つしかない。
「押し返せ!」
ドリーの声と同時、地上に着上陸したメンバーが一斉に射撃を開始した。
こちらに向かって石を投げてくる獣人は夥しい量だが、新型のC-31は凄まじい威力でバッタバッタと薙ぎ倒していく。その有効射程は軽く5000メートルはありそうで、荷電粒子の塊を受けた物体は霧のように霧散していった。
「こりゃスゲェな!」
イヤッホォ!と奇声を発したヴァシリは、バリバリとC-31を乱射しながら前進し始めた。相変わらず石礫は降ってくるが、装甲服とヘルメットのおかげでダメージは一切無い。
「いやぁ~こりゃ最高にずるい代物だな!」
ヴァシリに続きアーネストがそう叫んでいた。少々の遮蔽物はあっという間に削り取り、ザクザクと敵を掃討してしまう。しかもその威力は、加速器を代えること無く延々と発揮できるのだ。
あっという間に石を投げる獣人の数を減らし切ったBチーム。正直、何か問題でもあったのか?と、そんな調子で一方的に蹂躙したような状態なのだが……
「こんな呆気なくて良いンでしょうか……」
アナですらも呆れる一方的な戦闘は、大事な事を見逃すかも知れない。そう思ったバードは死体の積み重なるエリアを抜け、中州から飛び出る方向へ加速した。
「チェキオン! エリア3-0-8! 巨大バリケード!」
バードの報告したそれば、中州を東西に横切る大通りの西詰めあたりだった。
大河に掛かる橋の島側には巨大なバリケードが作られていた。島外からの侵入を防ぐ為のものだろうが、これが有ると第2作戦グループが入ってこれない。
「アーネスト! ビッキー! 爆破しろ!」
澱みなく指示を出すドリーの声に弾かれふたりが爆破の支度を始めた。その間もバリバリと射撃し続けるチームの面々は、C-31の丈夫さに驚くばかりだった。
「これ、スゲェな。撃っても撃っても加速器がヘバらねぇ」
驚きの声を漏らすライアンにジャクソンが言う。
「技術は進化するって奴だな!」
銃火器は兵士を守る最後の武器。その能力と信頼性が向上し、怒る者はいないだろう。ただそれは、小銃で死んでくれる存在が敵のときだけだ。
城に程近い場所で剣を振るうロックは、既に9体目のジャイアントを完全に殺しきっていた。愛刀は刃こぼれ1つする事無く、凄まじい威力をたたき出していた。
「なんか指揮官ぽいのがいるぜ!」
城の中から飛び出してきた黒犬顔の存在は、辺りの惨状に言葉を失った。
ただ、遠慮無用とばかり襲い掛かったロックに対し、巨大なブロードソードで立ち向かってきた。身体のサイズは大して違いが無いのに、その一撃一撃が身体の芯に響く重さだった。
「つえぇぇ!!」
振り下ろされたブロードソードを受け流したロックは、その懐へ一気に踏み込んで逆袈裟に斬り上げた。刃の先端が衣服をかすめたものの、その身を切り裂くまでは行かなかった。
「……あ」
不意にロックの声が漏れた。ブロードソードを持っていた犬は、文字通り犬のように後方へと飛び退いた。その分だけ視界が広がったロックではあるが、正直言えば見たくない物がそこにあった。
「ロック!」
バードが悲鳴その物の声を上げた。ロックの前には十重二十重に戦列を敷く弓隊が並んでいた。限界まで引き絞られた弓には鋭い矢尻の付いた矢があった。
――死ぬ……
どうしたものか……と一瞬思案したロックは、意識が極限までクロックアップしている状態だった。
――盾
――障害
――死体
ロックの脳内でパパパと手順が組み立てられた。同時に身体が無意識レベルで動き始め、足下にあったジャイアントの死体を持ち上げた。相当な重量だが、サイボーグの膂力ならば問題になら無いレベルだった。
――どうだ!
夥しい数の矢が一斉に放たれ、ロック目掛けて飛んできた。その全ての矢がジャイアントの死体へと食い込み、ギリギリで貫通はしなかったらしい。だが、その死体を蹴り飛ばして後退を選んだロックに向け、次々と矢が放たれ始める。
高速で飛翔する小銃弾を止めるくらいの事は装甲服にも出来るが、果たして矢尻はどうであろうか?とバードは不安になる。
「ロックがヤベェ! 支援するぞ!」
ペイトンは持っていた分隊支援火器を城に向かってぶっ放した。凄まじい威力のそれは、一瞬にして弓兵を血祭りに上げた。そして、尚も荷電粒子の塊を吐き出し続け、やがて、川の中洲からまともな生命反応が消え始めた。
「戦闘停止させるにはどうするんだ?」
不安染みた声でダニーがそう漏らした。
正直言えば、これだけ死体が積み重なっている環境は歓迎しないと言う事だ。
「戦略目標を達成すれば勝手にログアウトすると思うが……」
ドリーの言葉は隊長らしからぬ不安さを抱え込んでいた。
戦略目標がこの場合に何を意味するのかはバードも混乱する。だが、そんな事よりいま目の前の勝負についてカッカしているロックが問題だった。
「あの糞野郎! 逃げやがった! 色々試してみたかったのに!」
――あぁ……
何時もの死にたがりの発作が出たとバードは苦笑いするしかない。
だが、当のロックは死ぬつもりなど微塵も無かった。
「それよりロック! ログアウトする方法を考えて!」
バードは遠慮無くきつい声音でそう叱りつけた。
するとどうだ。ピタッと足を止めたロックはパッと切り替えて頭を捻った。
「……例えばこの島の外に出るとか?」
「それだと味方に撃たれる」
「じゃぁ島の外の面々の手引きとか?」
中洲中央部に戻ってきたチームの面々は辺りを見回して頭を捻る。
いつの間にか城の入り口は分厚い戸が閉められていた。素材感を見ればどうやら石造りの重厚な物のようだ。まぁ、仮にそうであっても集中砲火で砕くことは簡単だろうと思われるのだが。
――――こちらCチーム
――――東街路を制圧したので中洲へと向かう
唐突な感じで無線の中に声が聞こえた。Cチームのウッディ隊長だ。
その声の直後、今度は無線の中に女性の声が響いた。
――――こちらFチーム。西街路を制圧完了
――――中洲に向かうのでお茶の用意しといてね
「……ミシュリーヌの声だ」
ボソッと呟いたバード。ロックは『だれ?』と聞き返した。
「今のFチームの隊長。あのロクサーヌの――」
ロクサーヌの言葉にロックの表情が僅かに曇った。
それは嫌いだとか、その手のネガティブな感情では無いものだ。
「――双子の妹らしいけど『なんか裏がありそうだな』うん」
素直な言葉で肯定したバード。
こんな時のバードはやたらに可愛い女だとロックはいつも思うのだが……
「おっ! ログアウトかも!」
中洲の東西を結ぶ通りの両側から501大隊の各隊が前進してきた。
その光景を見つつ、バードはフッとログアウトする感覚を味わうのだった。




