点数稼ぎのアルバイト
~承前
「クリアランスαだ」
最初にそう宣言したドリーは、チーム全員の前で赤外ポートを開けた。
チカチカと光るドリーの目から高速赤外通信が漏れる。ただ、その通信を受け取ったバードは、内心でこぼしていた。
――あちゃぁ……
バードの視界に展開されているのは、ヲセカイの地上で起きている事態を大気圏外から捉えた映像だ。ドリーからの司令でガンルームに呼び出されたチームの面々は、まるで申し合わせたかのように、苦虫を噛み潰した表情だ。
「……暴動にしちゃ重武装だな」
ロックはボソリとそう呟いた。
今チームが見ているのは、ヲセカイの地方都市で起きている街を二分した銃撃戦だった。ただ、その銃撃戦はある意味で異常なものだった。激しい銃撃を受けているのは、あのソーガーからやって来たオーグ側なのだ。
「と言うかさ、なんでこいつら銃撃されてるわけ?」
ライアンが疑問を漏らす。
それに付いてドリーの説明を要約すればこうだ。
まず、ヲセカイの各地へ地上軍の特殊作戦群所属部隊が派遣されたらしい。
主に行動しているのはチーム・サジタリアスとチーム・ナイトストーカーズだ。
共にサイボーグではなく生身の兵士が所属する特殊部隊で、かつての空軍デルタフォースが受け持っていた任務のうち、宣撫工作や世論工作を行い、場合によっては誘拐された要人の救護や脱出を行なう部隊だ。
彼等はヲセカイ郊外の小都市で活動中、偶然にも地球派の有力議員が誘拐されている事を突き止めた。暫定停戦が行なわれ、双方共に矛を収めて平和的に交渉を進めていたが、実際にはその舞台裏で壮絶な工作合戦が行なわれているのだ。
そして、その議員を救出し脱出するプランだったのだが、結果的に都市部にやって来たオーグ側関係者をあぶり出し、厭戦気分を作り出す世論工作になった。そして、彼等特殊作戦群コマンドはそれを実行した。そこまでは良かったのだ。
だが。
「蜂の巣を突付いてしまった結果、興奮したミツバチが一斉に巣箱を飛び出してしまったと言う事だな。ただ、場合によっては暴徒と化した民衆に議員が殺されかねない。実際の話として、市民には鬱屈した感情があるのは知っているだろ?」
――面倒だなぁ……
嘘偽り無いバードの本音はそれだ。
自分達の不始末は自分たちで何とかしろよ……と。
要するに、自分のケツは自分で拭けと言うことだ。
「……で、エディの思惑としては、ここで恩を売っておこうって事なんだがな」
ドリーだって正直ウンザリ気味だ。
ダウンフォール作戦が間違いなく始まろうとしている中、面倒を押し付けられて降下を求められている。
しかもそれは他のチームの面倒で、しかも自力解決しようと、ありとあらゆる努力をした果てに、どうにもならなくなった案件の筈だ。
「でよぉ、その地上の街なんだけど……」
酷くウンザリ気味なペイトンがおもむろに口を開いた。
聞いておきたい事といえばひとつしかない。
「あぁ、解ってる。世論は主に地球派が多い地域だ」
ホロケウは約50年前のシリウス脱出戦では穏健派に属していた。
独立強硬派は少数で、どちらかと言えば融和派が大勢を占めていた、幾分か穏やかな組織だった。その関係でシリウスに取り残された地球派は、大挙してホロケウへと逃げ込んだ。
彼等はその多くが『タヴァーリッシ』と呼ばれ、シリウスの復興と発展に向け努力する事でホロケウへと溶け込んだ筈だった。だが……
「地球派って言っても、あんまり良い感情じゃ無さそうだな」
ライアンが言った言葉は溜息がブレンドされていた。
地球帰還を望みつつ、それが叶わずシリウスに残った者や、その子孫たちが今のホロケウを形作っていると言って良い。彼等に共通する感情は、要するに諦観だ。
シリウスを脱出できなかった彼等は、脱出した人々をうらやみ、乱数で選ばれるセレクションから漏れたことへの不貞腐れが色濃い。そして、拗ねていじけて実に面倒な深層心理部分での捻れ方をしている。
だが、何より悪いのはこのホロケウに、ヲセカイの中にヘカトンケイルの面々が陣取っていることだ。彼らが寝起きする施設を持つことは、ある意味で他の地域に対する猛烈なアドバンテージになる。シリウス人であれば誇りに持てるのだ。
つまり、猛烈にプライドが高いホロケウの民衆は、些細な事で鬱屈した感情を爆発させかねない。むき出しの火薬が積上げられた中で、火打石を叩こうとしている状態だった。
「地球派市民は怒り狂ってオーグ関係者の闇討ちを始めたようだ。だが、その過程で今度はオーグ関係者が地球派市民を見せしめ的に惨殺した。かつての地球で起きた麻薬系マフィア抗争と一緒だ――」
かつての地球で行なわれてきた報復の連鎖。
それは、相手の戦意を殺ごうと凄惨極まりない殺され方をしたのが発端だった。
相手から見える場所に相手の仲間を吊るす。顔にこちら側のマークが付いた袋を被せたり、或いは顔に傷をつけたりして。そして、その死体を損壊させておく。
――――次はお前だ
そのメッセージを相手に見せ付ける威示行為そのものと言って良い。
だが、時と場合によってそれは、火に油を注ぐ事になる。殺された仲間の報復にと、殺害した側が本当に陰惨な殺され方をする。そして、場合によっては彼等の目の前でそれをやりかねない。
人間の感情は些細な事で暴走するもの。
それを計算に入れず、ただ単純に自分の満足でそれを行なってしまう愚か者は余りに多い。ブレーキの壊れた車で下り坂を転がり落ちていくようなものだ。
燃料やエンジンが無くとも車は走っていくだろう。だが、それを止める方法が一切無い状態でそれをやった場合どうなるかは、言われるまでもない事だった。
「――もはや双方に事態を止めようと言う意志は無い。地球派市民に紛れ込んでいるナイトストーカーズとサジタリアスを救出し、あわせて地球派議員を脱出させるのが目標だ」
思わず『はぁ?』とバードは漏らした。
いわゆる、『ちょっと何言ってるのか解らない』という奴だ。
そもそも工作するべく入っていって、それで助けてくれとは何事だ?と。
いや、実際はそれだけではない。地球派議員の救助など、その為の部隊の筈なのに……だ。
ちょっと所ではなく、大幅に『情けない』と言わざるを得ない。
それこそ本当に、自分のケツは自分で拭けと思うのだ。
「……いや、全員呆れるのはやむを得ないと思う。正直、俺だってあきれて言葉がない。けど、どんな事だって失敗する時はあるんだ。こんな時にすかさずポイントを稼いでおくのは無駄じゃない」
まるでエディがそう言うかのようにドリーは語り、全員が言わんとしてる事を我が事として飲み込んだ。戦後を睨んでいるのは重々承知しているし、サイボーグ部隊のポイント稼ぎは重要だ。
だが、何でこのタイミングなんだ?と。
どうしてもそれが腑に落ちないのだ。特集作戦群は自己完結した工作のための組織として造られたものの筈なのに、なんでその組織の不始末を、超攻性組織であるサイボーグスコードロンが後始末しなきゃいけないのか。
バードを含めたチームの全員が、その裏側に隠された思惑や目的を思案した。エディが単に善意で動く訳がないと言う妙な共通認識が全員にあり、変な角度で安心している部分でもあった。
「んで、具体的に何をすれば良いんだ?」
黙って話を聞いていたビルは、怪訝な声音でそう訊ねた。
具体的な行動を聞けば、その裏側の思惑を読み取れると思ったのだが……
「中身は簡単だ。オーグの立て籠もる施設に真っ直ぐに降下し、連中をまとめて処分して議員を救助。地球派市民に引き渡し、その後にサジタリアスやナイトストーカーズの連中と帰ってくる。それ以外の事は指示を受けてない」
――――それ以外の事は指示を受けてない
その言葉を額面通りに受け取ったのは、新任の少尉達だけだった。
ロックとバードは顔を見合わせ、その舞台裏を考えた。
――――間違い無く何か思惑があるはず……
怪訝を通り越し憮然とした表情のバードは、言葉に出すまでも無く不快感を示した不機嫌さを醸し出し、ロックは吹き出すのを必死で堪えた。
惚れた女の不機嫌さですらも可愛く思えるのは、もう精神的に病気としか思えないレベルで極まった状態なのだが。
「んじゃ、サクサク降りてぶち殺してきますか」
厭世的な物言いのライアンは、腕を組んだままそう言った。
最近すっかり皮肉な物言いが板に付いたペイトンもまた遠慮せずに言う。
「コッチはエディにポイント稼いでおこうぜ。なんせ……」
それが悪意から出る言葉では無い事など全員が良く解っている。
かつてのジョンソンがそうだったように、チームの様々な感情が自分へと向かってくるように仕向ける言葉だ。
エディはもう長くない。
それはサイボーグスコードロンで一定の古株なら誰でも解っている事だ。
なにより、エディが戦後を見据えてポイント稼ぎするように、サイボーグ全員がエディ亡き後を考えて動く時期に来ている。
地球とシリウスが一体となって運用される時代の宇宙軍において、サイボーグスコードロンが頼りにされる存在であるために。そのためにまず努力しようと、そう言う事なのだった。
「でさ、これ、いつやるの?」
バードはその決行について問うた。人質が居る以上、モタモタしてる場合では無い。そして、シリウスの地上に居る以上、一度は宇宙へ帰らなければならない。
地上を離れる前に、やるべき事は全部済ませておきたい。そんな思惑がバードにはあった。
「それが……」
ドリーは肩をすぼめながら切りだした。
瞬間的に『うそ……まさか……』とバードは直感した。
「これから……ですか?」
アナも同じ事を思ったのか、率直にそう問うた。
その言葉に対し、ドリーは困った様な顔になって言った。
「その通りだ。2時間後に地上を発つ。全員普段着のまま地上を離れてくれ。基地の外に陣取っているマスコミが基地に動き有りと報道するかも知れないからな」
シリウスの地上に存在するマスコミ各社は、見事なまでに親地球派と反地球派に別れていた。そして、概ね反地球派マスコミは地球軍基地の周辺に陣取って、基地の様子を観察しては詳細な報道を繰り返している。
それ自体が反地球活動にとっての諜報活動その物なのだが、なにせ報道の自由があって無碍には出来ない困った集団となっていた。だからこそ……だ。
「んじゃ、アレコレ荷物持って宇宙へ行くか?」
ジャクソンは軽い調子でそう言う。
それに対し『荷物って何ですか?』とダブが問うた。
まだまだブリーフィングの時に闊達な物言いが出来る程では無い。
しかし、チームには馴染んできたのだから、こんな時には物を言えるようだ。
「そりゃあれさ。戦闘だってばれねぇように――」
ジャクソンがニマニマ笑っている以上、絶対碌なモンじゃ無い。
バードもニンマリと笑ってから言うのだった。
「ビールとか酒類持ち込もうか」
宇宙空間においては、酒類を飲む事が出来ない。無重力環境下になる可能性がある以上、体内にアルコールを入れると事故が起きる可能性が高いからだ。
しかしながら、一定の条件では決められた量まで飲む事が出来る。翌日が非番であるとか、或いはストレスの溜まりやすい環境で飲酒が認められているポジションなどだ。
「上手く誤魔化すしか無いが、程々にな」
ドリーはそんな事を言って場をしめた。
何とも面倒な降下作戦が始まろうとしていた。




