将官と士官と兵卒 / 設定の話06
――――タクラマカン砂漠中央部 タリム盆地
中国標準時間 1200
「これは劉将軍の手配か?」
エディ少将はシェルとエアバレルの空中戦を見ながら劉少将へ尋ねた。
今にも『ここで射殺するぞ』と言わんばかりの裂帛ぶりで……だ。
「小職の名誉などどうでも良いがわが軍の名誉の為に弁解させてもらう。我々は天地神明に誓って一切の介入を行っていない。勿論工作員などを送り込んでも居ない」
人民解放軍少将の肩書きを持つ劉基炎は胸を張ってそう言い切った。一切疚しい所が無いと言い切り、同じ様に戦車とシェルの戦闘を眺めた。
「本音を言えば、わが軍にもあの様な装備が欲しいのは事実だが、無いものは仕方が無い。我々にはあそこまでの技術が無いからな。しかし、国家はそれを認めない。だから現場が苦労する」
射貫くような鋭い視線を送っていたエディは、劉の言葉に思わず苦笑いを浮かべた。
「程度の違いこそアレ、何処も一緒だと言う事だな。現場はある物で努力するしかないのだから。しかし、核物質の搬出を行うのは頂けない」
「それも現場では判断できぬ事だ。我々軍人はどれ程昇進しても、結局は誰かに使われる。使う側は責任を現場へ押し付ける。つまり、小職は……」
大音響を放ち戦車とシェルが地面へと激突した。
濛々と土煙が巻き上がり、押し問答をしていた位置からは状況が掴めない。
『エディ! 例のレプリを見つけた。いまバードが戦車ごと地面へ叩き付けた所だ』
高級将校向けの無線でエディは報告を受けた。発信者はテッド少佐だ。
事前に報告を受けていたとは言え、思わぬ場所でレプリを見つけた事に、少なからぬ衝撃をエディは受けた。
『バードはどうなった?』
『生死不明だが、あの型のサイボーグはあの程度じゃくたばらない』
『そうだな。レプリはどうだ』
『まもなく軍警のレプリハンターが取り押さえる筈だ。それより』
『それより?』
『中国軍の増援が来てる!』
『なに!』
表情を崩さずに劉将軍を見たエディ。耳元で報告を受けていた劉将軍が少しだけ笑みを浮かべた。エディは形勢逆転を悟る。しかし、ここで怯んでは高級将校の沽券に関わる。
「劉少将。残念な事態のようだ」
遠まわしに切り出したエディの言葉を劉は怪訝な顔で聞いていた。
「残念と言う意味を理解しかねる」
「増援が来た事によって自体はより複雑化しているようだ」
「だが、やるべき事は変わらないのではないか?」
「それについては同意見だ。我々は我々のやり方で地球政府の利益を守る」
「なるほど。下らない言葉遊びをする連中よりも解りやすい」
劉が見上げた先では、中国軍の戦闘機が対流圏へ下りてきた降下艇へちょっかいを出し始めた。降下艇は委細構わず高度を降ろし着陸態勢に入っている。
どうやらそれが気に食わないのか。戦闘機の側は降下艇へ向けて威嚇射撃を行っている。バルカン砲の赤い軌跡が空中に延びていた。
「王同志。空中の同志パイロットへ戦闘を回避するよう指示するんだ」
「了解です」
劉の後ろで成り行きを見守っていた王光美は、司令部のあるプレハブへと走っていった。その後姿を見送るエディ。劉はその眼差しに何かを感じたようだ。
「戦場に女性が居ると言うのはいつの時代でも変わらんことだが」
「現代の戦争では女性も戦力だ。しかし、直接最前線に立たせるのはやはり間違いだと小職は感じている。彼女も高級将校まで登ってきたが、その過程で言葉に出来ない苦労を重ねている筈だ」
「軍隊は結局男ばかりだから、孤独な女性がそこに居れば色々と面倒は起きる」
ふと、エディはバードが気になった。
だけどここでそれを口にするのは憚られる。
「劉同志。本部より直信です」
プレハブから顔を出した王に呼ばれ、劉は僅かに怪訝な表情を浮かべた。
「少しばかり失礼させていただく。私も粛清されてしまうのでね」
「貴官の立場は難しいと言う事だな」
「ご同情痛み入る」
流麗に敬礼を送った劉がプレハブへと歩み去ろうとした時だった。
不意に上空で何かが爆発した。驚いた劉とエディはほぼ同時に空を見上げた。
大気圏降下艇のうちの一艇が空対空ミサイルの直撃を受けてエンジンを損傷し、黒い尾を引いてコントロールを失いつつあった。
「アィヤー!」
劉は大声で感情を爆発させた。
同時に中国軍の戦闘機と海兵隊のエアバレルが空中戦を始めた。
「これは小職の指令ではない!」
「どうやらそれは間違いないらしいが……」
複数の戦車が連携の取れた機動戦を展開し、速度には劣るが火力に勝る戦車はジリジリと中国軍戦闘機を攻め立てている。黒煙を引いて墜落傾向に入った降下艇からは続々とエアボーン脱出が続いていた。
「直ちに戦闘を停止! 直ちにだ!」
振り返って大声で指示を出している劉。
エディはその後姿を見ながら、無線でテッドを呼び出した。
『テッド。上から見たらどうなっている?』
『中国軍の増援組みは好戦的だ。攻撃許可をくれエディ。五分で全部片付ける』
『いや、出来る限り受け流してくれ、地上に向こうの戦力を並べたい』
『しかしバードが!』
『解っている』
『……今はともかく、これから必要になるんだ。そうだろ?』
『あぁ。バードは重要なキャラクターだ。俺も何とかしたい』
『バードのシェル周辺だけは掃討する。俺の判断でだ』
『そうだな。それが良い』
黒煙を引いた降下艇は戦闘地域から大きく外れた地域へ墜落した。遠くに爆煙が上がっているのがエディ達にも見える。無線通信を終えたエディは手にしていた小銃の加速器電源を投入した。
高周波音が響き、トリガー脇の小さなモニターに表示されたチャージレベルのバーグラフが射撃可能段階に達した事を告げていた。
「劉閣下。個人的には戦闘を回避したい所だが、約六千に及ぶ将兵の命を預かる立場としては応戦の許可を出さざるを得ない。故に交渉はこの場にて終了とするが、どうか」
事実上の最後通牒がエディの口から漏れた。劉は言葉を飲み込んでプルプルと震えていた。その姿を見かねたのか、王大佐は手をメガホンにしてプレハブから叫んだ。
「同志劉。まもなく総参謀部の楊首班がみえます」
「楊同志だと!」
「はい」
中国語をある程度理解するエディの表情が硬くなった。楊と言えば三百年近く前から面々と続く軍事家系の中でも大物中の大物。つまり、人民解放軍は本気だと言う事だ。
『エディよりテッドへ。どんな手段を使っても先にバードを回収しろ』
『シェルはどうする?』
『出来る限り回収するが、無理ならデミフレアナパームで焼き払え』
『つまり、連中に渡すなと言う事か?』
『そうだ。バードもシェルもこっちの持ち物だ』
『了解した』
通信を終えたエディたち海兵隊首脳部のすぐ近くへ中国軍のヘリが着陸した。タラップを降りてきたのは高級将校だと一目でわかる人間だ。驚くほど細身で面長の顔。そして、引き連れる参謀陣の顔ぶれがどれも知識階級のような怜悧な威圧感をまとっている。しかも、そのどれもが……若い。
「お初にお目にかかる。私は八一解放軍の総参謀部で総長を務める楊と言う。見知り置かれたい。宇宙軍海兵隊の中でも高名な切れ者と評価されるエディ・マーキュリー少将とお話できて光栄だ」
階級は上将。つまり大将を意味している。
エディより高階層の将校が出てきた事になる。
国際慣例に従いエディは敬礼を送った。
「こちらこそ光栄に存じます、楊大将閣下。人民解放軍の頭脳と呼ばれる方がわざわざ砂漠へお越しとは恐れ入る」
エディの敬礼を受けた楊が敬礼を返したので、エディは手を下ろして再び銃のグリップを握った。既にいつでも射撃できる体勢になっているのだが、どうやらそれは楊も織り込み済みのようだ。
「単刀直入に言う。要点は三点。まず、この地の防衛及び核物質の搬出を防ぐ行為の首魁は我々である。したがって一切の手出しは無用だ。、次に、ここは中国政府の管理するエリアであるから、ここでの軍事活動は中国政府の承認と監視があって当然の地域である。しかし、多少の些事により人質が死亡した事は残念であり、我々はわれわれの持てる手段で宇宙人を撃退する。その中で国連軍に被害が及ぶのは困るので、直ちに引揚げる事を強く希望する。これは軍ではなく国家的要請である。三点目は、先の戦闘に置いて宇宙軍側の攻撃により我々の側に死傷者が出た事だが」
楊は一度言葉を切って劉を見た。
劉の表情に引きつるような恐怖が浮かんでいた。
「こちらの劉少将の独断で人質の処分が行われ、結果的に海兵隊の誤解を生む自体になった事は慙愧に堪えない。だが、国家の安定と人民の幸福を願う点に関しては我々も国連政府と歩調を同じくしていると理解を求めたい。その為にテロリストそのものであった人質を処分したのだから。そして、海兵隊の攻撃による我々の側の死傷者の発生については一切の補償を求めないし、謝罪も賠償も要求しない。ただし、現状で地上に残っているもの全てはそのままにして帰っていただきたい。それぞれが身体一つでここを離れて欲しいと言う事だ。中華人民の尊厳を踏みにじらない形で退去してもらいたい」
言っている事が支離滅裂だとエディは思った。要するに、海兵隊の戦闘機材の全てを置いていけと。中国は二十一世紀の初期から極端な孤立主義をとってきた。あまりの我がままぶりに、周辺各国が一斉に反発を強めた結果ともいえる。
だが、中国は巨大国家だ。人類の5人に一人は中国人と言われるほどなのだ。彼らが自力開発できない数々の技術などを纏めて手に入れるチャンスと捉えている。エディの表情に隠しようのない不快感が浮かび上がった。
「三点の要望に関しては検討に値するモノもありますが、それ以前に核物質搬出阻止に関する具体的行動手順について伺いたい。事と次第によっては、非情に残念な事態へと繋がりかねない」
比較的強い口調でエディは言い放った。
つまり、全面対決も辞さず……と。
「現在我々は二十万を動員し、地上における搬出活動の全てを実力封鎖出来る。つまり、その体制を整えてあるのだから心配は無いと言う事だ。理解いただけるかね?」
「地下に潜んでいるテロリストの殲滅はどうされるか?」
「簡単な話だ。このまま土砂を流し込み生き埋めにして蒸し殺す。多少は生き残るかも知れんが、地下の坑道が全て埋まった状態で水も食料も無くなれば、彼らは自然に干上がるだろう。干殺しは残酷だが、現状では地下で戦闘するのは得策では無い」
「もし。もしの話だが、地下に居るテロリストの目的が核物質の搬出でない場合は?」
エディは可能性の話を振った。つまり揺さぶりを掛けたつもりだった。
しかし、楊は見るからに慌てた様な表情を浮かべた。
「その可能性は考慮していなかった。しかし、搬出しないのに地下へ潜ったのでは理由として合理性に乏しいと考える。それとも何かね。地下で核爆発でも引き起こそうと」
半ば冗談を言ったつもりの楊。
しかし、エディの表情には不自然な緊張感があった。
「合理性に乏しくとも可能性がある以上は考慮せねばならない。故に、そちらが単に搬出阻止だと言うのであれば、我々は独自の手段で地下へ降下せねばならない。テロリストとは取引しない。テロリストとは妥協しない。テロリストは生かしておかない。これが我々の行動原則ですからな。例外は一切無い。あり得ない。存在自体認めない」
エディははっきりとそう言い切って手にしていた銃のセーフティを外した。
刹那、楊の表情から余裕が消えた。
「私を脅迫しているのかね?」
エディはニヤリと笑う。
「それ以外に解釈があるなら承りたいモノですな」
嗾ける様な言葉に楊の表情が厳しくなった。
『エディよりテッドへ。交渉は決裂だ。派手にヤれ。遠慮するな』
『良いのか?』
『もちろんだ』
楊はエディに指を突きつけた。
「後悔する事になるぞ?」
「楽しそうですな」
ニヤリと笑っていたエディの表情が、まるで勝ち誇った様になっていた。
「我々宇宙軍海兵隊のショータイムをご覧あれ。気が変わったらいつもで言ってくださって結構だ」
楊に聞こえる様に言ったエディ。
無線の中ではBチームに呼びかけていた。
『ブラックバーンズ諸君。遠慮する事は無い。派手にヤれ。五分でケリを付けろ』
エディの上空をシェルが通過した。
見事なまでの編隊飛行だ。
「大気圏外でも大気圏内でも。この兵器は最強だ。これからそれを証明して見せよう」
右手を高々と上げたエディ。
その指が上空を指した時、ちょうど通過していくテッド隊長機を初めとするシェルが一斉に攻撃を開始した。
同じ頃、上空千五百メートル付近。
『エディのゴーサインが出た。まずは戦闘機、それと輸送機を片付けろ。掛かれ!』
全機が一斉にエンジンを最大推力に持っていく。大気圏内最強のドルフィンエンジンがリフティングボディ形状のシェルを一気に加速させた。
逃げ惑う戦闘機を追いかけていき、後方からチェーンガンを浴びせて次々に撃墜していくスミスとリーナー。ジョンソンとドリーは統制の取れた編隊機動で同じように撃墜していく。
ジャクソンは高度を取って輸送機を片っ端から精密射撃で撃墜している。
同じようにロックとライアンが射撃を加えていた。
『オヤジ! そろそろ全部片付くけど、この後は?』
『決まってるさ! 地上を掃討する。戦車も歩兵もシラミ潰しにしろ』
ジャクソンの声にテッドが応えた。海兵隊の地上軍戦力も各所で応戦を始めた。
普通に考えれば二十万と僅か六千の兵力差だ。しかし、海兵隊は各場面で圧倒していた。
『隊長! バードが居ません!』
戦闘には参加せずバードのシェルを調べていたダニーが叫んだ。
擱座したバードのシェルはエンジンが切られていて、ハーネスとストラップは残っていなかった。
『どういう事だ? 既に拉致されたか?』
『いえ、救援隊も確認をしていません。コックピットは完全に潰れています。最大効率で岩石に激突しています。コックピット内部にハーネスもありませんし、地上用の戦闘装備はおもちゃ箱に入ったままです』
ダニーの声がどこか泣きそうだと皆が思った。
『ダニー。周辺を探せ、何らかの形でトラブルに巻き込まれている可能性がある。残りはとにかく地上を掃討しろ。バードの機材に近づけさせるな。中国軍の歩兵を押し返す』
テッド機が長々とアフターバーナーの尾を引いて急上昇を始めた。この後に来るのは急降下によるソニックブーム攻撃だ。地上から見上げているエディ達も、満足げな表情を浮かべていた。
「楊閣下。デモンストレーションはここからが佳境ですが、続けて宜しいか?」
臍を噛むような渋い表情の楊や劉を余所に、エディは続々と拡大する戦火を確認している。中国軍の戦闘機はほぼ全滅。戦車や野砲も全滅した。残すは歩兵ばかりだが、数が多すぎて、まるで古い時代のギリシア戦争の様だった。
「戦いは性能では無く数で決まる。太古から連綿と続く戦争の歴史の教訓はそうだ」
「それは同意見ですが、性能性ありすぎる場合は……どうなりますかな?」
勝ち誇った様に笑うエディ。その上空をテッド少佐のシェルがフライパスした。急降下していき、そのまま方陣を組んだ歩兵団列の真上を通過した。音速の三倍の速度で、僅か高度100メートルほどの超々低空を。
通過直後から隊列の各所に悲鳴が上がり、血飛沫が飛んだ。ソニックブームの直撃を受けた兵士達は目や耳や鼻などから一斉に出血をきたした。強い衝撃を受けた者は三半規管に異常をきたし、装甲に覆われていない戦闘車両は次々と圧壊していった。
『全員コントロール失って地上に激突だけはするな。射撃はしなくて良い、弾薬を温存しろ。燃料が乏しくなったら孔のまわりに後退する。ハロウィンのタンクはもう空の筈だ』
テッド少佐の指示が無線に流れる中、ダニーは周辺を探し続けた。
足跡も残っていないのだからバードが自力で移動したとは考えにくい。
『どこに行ったんだ? 返事をしろ! バード!』
ダニーの声が砂漠に響く。
照りつける太陽がジリジリと肌を焼いた。
サイボーグの肌でも熱を感じる。
このままでは危険だ。
医者の勘がそう告げていた。脳液を一定に保つ機能が失われた場合、サイボーグの脳殻内で脳それ自体が茹でられる事になる。
思わず身震いし、そしてエリアスキャンを掛けるダニー。
バードのシェルから10キロ圏内にバードの反応は無かった。
――――タクラマカン砂漠タリム盆地
戦闘中心部から西へ25キロ地点
ふと目を覚ました時、自分がなぜそこに居るのかを理解出来ないと、対処出来ない不安に襲われる。
バードの視界に写るそれは、辺り一面が岩と砂だらけの世界だった。
「ここどこ?」
ぼそりと独り言を呟いて立ち上がったバード。
努めて冷静になり、記憶を確かめるように思い出す。
戦車を投げ捨て、そのまま地面へ激突。
左肩が接地し、そこを視点に機体が側転。
両脚が地面に接地し、最大抵抗になって脚部構造を全て破壊。
速度が死にきらず再び側転方向へ回転を開始。
二度三度と回転している間にコックピットキャノピーをロスト。
ベイルが無い状態で強い衝撃を受け意識を失い、そこでダミーシステムが起動。
そこから先は思い出せなかった。
GPS機能と無線通信機能を消失。
レプリチェッカーとリアクター制御は生きている。
両手両足を含め、地上行動における機能障害は無し。
武装はナイフ一本と、そしてブレードランナーが持つレールガンだけだ。
「えっと、ダミーシステムの作動ログはどう確認するんだっけ」
恐怖を振り払うように独り言を呟く。
少しでも気を紛らわせないと、泣き出しそうだった。
――――オフィサーなんだから!
そう自分に言い聞かせて、心を落ち着かせる努力をする。
こんな時、深呼吸を出来ない機械の身体が恨めしい。
視界に浮かぶコントロールタブからダミーシステムのプロパティを呼び出し、その中の作動ログフォルダの中身を確かめる。
一番新しい作動ログのファイルを見つけたので、モーション再生を選択した。
激突の瞬間、脳殻内に最大で14Gの加速度を検出。
同時に意識レベルが低下したのでダミーシステムが緊急起動。
シェルの機体が地上を転がる中、進行方向に大きなダンプ程もある岩を発見。
ダミーシステムの計算では最大効率で激突する可能性がかなり高いと判断。
シェルのキャノピーを爆砕破断し、コックピット部分のベイルアウトを選択。
空中へ放り投げられる形にはなるが、激突するよりはマシと言う事でベイルアウトを実行。
その直後にシェルが岩へと激突し、激しい土煙が上がった。
バードの身体は土煙に巻かれた状態で空中を飛行し、激突地点から延々と二十四キロを空中散歩。
最後はシェル用の流体金属装甲服により強い衝撃を受けつつもほぼ無傷で着地。
慣性は着地時点で死に切らず、そのまま砂の上を一キロ近く滑走し停止。
意識を失っていたのは、約一時間の様だった。
「なんだかM110の砲弾になった気分。でも良く生きてた…… 音速は伊達じゃ無い……」
電源残量は九割を超えている。
シェル搭乗中はシェルから給電されるので、電源を殆んど使っていなかった。
GPS無しでは現状の場所がどこだか分からない上に、無線通信も出来ないので救援を呼ぶ事も出来ない。
「とりあえず本隊復帰しないと拙いな」
シェル向け装甲服を脱ごうかと思ったのだが、シェル関連の機材は全てトップシークレットの塊りと言って良い物ばかりだと思い出す。幸いにして脳殻内の生理的コンディションを調整する部分は機能的に問題なかったので、そのまま歩き始めたバード。まずは手近な岩に登って周辺を観察だ。
「本隊まで直線距離で……十五マイル……二十五キロってところか」
随分と飛んだなと苦笑いしながら岩を降りた。
地上航海法の訓練は士官学校時代に散々やっているのだから問題ない。
GPSは死んでいるけど、コンパスは機能しているのがありがたい。
さて、千里の道も一歩から。『いきますか!』と足を踏み出したとき、何かが燃える臭いをバードの鼻が捉えた。
近くで何かが燃えているとは考えにくい状況だ。機能的なエラーを疑ったバードだけど、別の岩に登って辺りを確かめた時に臭いの正体を見つけた。岩陰の側に降下艇が墜落し炎上していた。そして、その向こうには接近しつつある中国人民解放軍の歩兵が一個連隊ほど見えた。
シルエットでしか見えないが歩兵戦車と思しきテクニカルが三輌程見える。
「うそ! ヤバイじゃん!」
岩を滑り降りて降下艇へ駆けつける。エンジン部分から激しい炎が上がっていた。生き残ったらしい兵士が何人も集まって消火活動を繰り広げているが、消火器が足りて無い様で、周辺の土砂を集め窒息消化を試みていた。
「どうした! 何が起きた!」
叫びながら岩肌を滑り降りてきたバード。そのシェルの装甲服を見た男は、駆けつけた女がサイボーグ士官である事を理解し叫んだ。消去法的にバードであろうと気が付いたらしい。
「降下艇が攻撃されコントロールを失って墜落しました!」
「現状は?」
「艇内搭乗者は約五十名!」
「艇外に有毒物質なし! 腐食性物質なし!」
「中国軍歩兵連隊が接近中」
「ヒドラジン系液体は燃え尽きたようです」
「艇内温度は華氏百度少々!」
「軽装甲兵員輸送車五輌を確認!」
「艇内に生存者反応がありますがバイタルサインは減衰中!」
「歩兵戦車四輌!」
「生存者体温三十五度弱!」
「艇内に爆発物反応有り!」
「周辺展開中の歩兵は五十五名」
「中国軍までの距離は約二マイル!」
一斉に報告が集まり始め、様々な単位が飛び交う。
全部を同時に聞き取りながら整理するが、頭が一瞬パニックを起こしかけた。
「リーダーは誰!」
「機内です!」
下士官のワッペンをつけた男が懸命に消化している。
チラリと見えた階級章は曹長だった。
「消火器は!」
「使い潰しました! 残りはあそこに!」
曹長が指差した先には、機外部分から取り出せる消火器のハッチが見えていた。
バードは考える前にシェル用のヘルメットを被って気密を取った。その後、迷わず炎の中へ飛び込んで行き、艇外の消火器収納部分を蹴り破って消火器を取り出した。
激しく燃える部分の隙間へ力一杯に消火器をねじ込み、そのまま炎から飛び出してくる。流体金属装甲の表面温度が五百度を超えていた。
「誰か銃を貸しなさい!」
強い口調で叫んだ時、周辺の兵士がバードだと気が付いたようだ。
曹長はホルスターの拳銃を抜いて、グリップ側をバードへと差し出した。
「少尉殿!」
何も言わずに受け取ったバードは消火器に向かって発砲。
炎に焼かれ圧が上がっていた消火器の本体は、消化粉末を撒き散らして爆散した。
燃え残っていた燃料が延焼していたらしく、それを鎮火させると、こんどは艇内ハッチ部分へと取り付いた。強い衝撃でハッチが歪み、開ける事は出来ない状態だ。
「あなた達は何処から出た?」
「エアボーンで降下しましたので駆けつけました」
「そう! わかった!」
機首から岩へと突っ込んで止っているのだから、最後尾のハッチは開くかと思ったのだけど、モノコックな機体構造が機首の衝撃を機尾へと伝えている為か、スロープハッチですらも開かなくなっている。
「仕方が無いわね」
スロープハッチのヒンジ部分が完全に歪んでいるのを確認し、そこへ向かってレールガンを構えた。ほかに道具が無いのだから仕方が無い。
「全員下がりなさい!」
左右に居た兵士が後退したのを確認してからヒンジを完全に破壊し、力尽くでスロープを下ろした。だがしかし、艇内は一面血の海になっていた。
「誰か生きているか! 返事をしろ!」
精一杯叫んで艇内へ足を踏み入れたバード。
艇の機首側から鈍い呻き声が聞こえた。
「誰か居るのか!」
レールガンを収納し艇内へと踏み入ったバードの足が何かを踏みつけた。
ヘルメット越しの狭い視界が恨めしく、思わずヘルメットを取った。
艇内の頭上構造物が崩れてきたら危険だと思うものの、少なくとも現状では何とかなりそうな気がする。
ヘルメットを投げ捨て足元を見たら、そこには全身を壁に打ちつけ即死したらしい降下隊の隊員が物言わぬ遺体となって転がっていた。それも、夥しい量で。
「誰か! 戦友を艇外へ搬出しなさい!」
入り口で様子を伺っていた曹長らが手分けして遺体の搬出を始めた。
バードはそれを手伝わず降下艇の機首を目指した。コックピット部分の壊れ方が酷いものの、呻き声が断続的に聞こえているのもまたここだった。
「生き残りが居るのか! 返事をしろ!」
このような場合、優しい言葉をかけてホッとした瞬間に死んでしまう事があると教育されている。多少手厳しいくらいでちょうど良いとエマージェンシートレーニングの教官が話していたのを思い出す。
「中に誰か居るか!」
乱雑に崩れた機内パネルや椅子や様々な道具類を一つずつ取り除きながら前進して行くと、コックピットハッチへとたどり着いた。ドアは開かず何かが引っかかっている。
構う事無く力一杯にドアを蹴り破ったのだが、そこには意外な人物が居た。
「梅ちゃん!」
「バ…… バーデ……」
機首を岩へと激突させた降下艇は、その機首部分ごと機体側へ押し込まれていた。
操縦席に座り計器パネルに押しつぶされるようにしているウメハラ少尉。
副操縦席ではリン軍曹が胸部を完全に押しつぶされた状態になっていた。
内臓を全て押しつぶし、さらにはパイプ上の物が貫通している。
もはや普通の方法では遺体の回収すらままならない状況だ。
だが……
リン軍曹にも僅かに生命反応がある……
「リンちゃん……助けて……」
ウメハラ少尉が弱々しく呟く。自分はもうダメだと思っているらしい。
だが、そのリン軍曹もどう見たって生きているとは言いがたい。
――――どっちを助けるか?
一瞬でいろんな事を考えた。
そして気が付く。
――――どっちを捨てるのか?
両方助けるべく頑張るなどと言う奇麗事は通用しない。
バードの前に究極の取捨択一が突きつけられた。
逃げる事は出来ない。自分の決断に責任を取らねばならない。
この日、バードは初めて士官学校のプリーブが、なんであんなに理不尽な苛めを受けるのかを嫌と言うほど認識し理解した。
極限状況下で下士官から一斉に集まってくる脈絡のない膨大な情報を全部確実に記憶し、分類して解析して素早く整理して最適解を出すための頭脳を養う大事な期間だったのだ。しかも生死に関わりない安全な状況下でだ。そして、その結果に責任を負う事も。
「梅ちゃん喋っちゃダメ!」
どう見てもリン軍曹はダメだ。
どっちか一人を助けねば。
非情の決断をバードは果たした。
前後に動く操縦席のロック部分が歪んでいて全く動かない。リクライニングが全く効かないコックピットシートを力ずくで強引に引き剥がし、そのままウメハラ少尉ごと機外へと搬出。外部では曹長達があり合わせの天蓋布を使ってテントを張っていた。
降下艇内部から回収された遺体は四十を数えた。
「ウメハラ少尉!」
言葉を飲み込んだ曹長。ウメハラ少尉は虫の息で焦点が定まっていない。
肺が完全に潰されていて呼吸できない状態だと考えたバード。
迷う事無く降下野戦服の上胸部をナイフで切り裂いた。
割と大きかった筈のバストが完全につぶれ内側へめり込んでいる。
肋骨が内部へ向かって圧壊骨折していて、心肺部を圧迫している。
普通の方法では助からない。
今すぐ集中治療室へでも担ぎ込まない限り。
遠くでは未だに戦闘中だ。
ここで重症が出た場合の対処は選択肢が殆んど無い。
バードの脳裏に戦闘指揮官の心得と言うモノが浮かび上がってきた。
「バー…… 生き残りを……おねが……い ほ…… ほんた……いへ……」
「解った。解ったからもう喋らない!」
相当痛いのはわかっているが、バードはウメハラの肋骨部へ指を突き刺して引き上げた。途端に激しく吐血し、ヒューヒューと喉を鳴らして苦しそうに息をしている。
「わ……たしはも……ダメ」
激しく吐血しながらも、パクパクと口が動く。
「あなたとち……がって……セレクションレベルが低いか……ら……サイボーグもダ……メ……」
紫色の唇に真っ赤な鮮血のルージュ。
血の気を失った顔には空の青さが映りこんでいた。
「レプリに……も……なれそうに無い……し……なりたくも……無い……し」
「たとえプリセットなロボットレベルでも負傷名誉除隊出来るから諦めないで!」
バードは装甲服を脱ぎ、胸部ハッチを空けてメディカルキットを取り出した。
男ばかりの環境下だが、結果的には女二人がトップレスだ。
でも、そんな事を構っている余裕など無いし逡巡もしない。
五本だけ入っている鎮痛鎮静剤と高濃度酸素水液を頚動脈へ打ち込み、血液と一緒に脳へと送り込んだ。
「曹長! 艇内に緊急凍結パックがあるはず! 持ってきて!」
「イエスマーッ」
艇内へ駆け込んでいった曹長。
その間にバードは士官学校で覚えた生身の兵士への緊急救命処置を続けていた。
あの四年の間に徹底して教え込まれ詰め込まれ、人間それ自体を矯正された日々。
その全てがこんな場で役に立たせる為の物だと言う事を痛感した。
「もう……ダメよ……それよ……り……戦線を維持し……て……士官の……責に」
「士官も兵士も同じ!」
「バー……ディー……ありが……と……」
ウメハラ少尉の眦から一筋の涙が流れた。僅かに血が滲み赤く染まっていた。
ただ、わき目を降らずバードは脳殻部へ酸素液アンプルを打ち込んだ。
同じタイミングで曹長が緊急凍結袋を用意した。
「曹長! 足を持って!」
「イエッスマー!」
ウメハラ少尉の身体を袋に入れ込み二重のチャックを閉め、その後に袋の中へ緊急凍結剤を送り込んだ。脚部付け根付近から送り込まれる凍結剤は、化学反応を利用した極低温の液体だ。
袋がみるみるうちに霜に覆われ始めた。ウメハラ少尉の身体は緊急凍結措置を経て高度救命センターへと送られる事になる。その結末が本人にとって幸せであるかどうかは、全く判断が付かない事なのだが。
「曹長! ほかに重傷の生存者は?」
「こちらに」
下腹部から下を失い痙攣している兵士が二名。
胸部圧迫骨折により生命反応をほぼ失っている者が一名。
それ以外は骨折などの外傷が多いが、生命維持に問題ないケースが殆んどだ。
「曹長。銃を」
脱いでいた服を着込みなおしたバードは、負傷兵を見ながらそう言った。
何をするのか察しの付いた曹長は一瞬躊躇った。
「少尉殿。その件は自分に『士官の義務です』
バードは迷わずに言い切った。強い眼差しにウメハラ少尉の返り血が添えられた。
曹長とて切った張ったの修羅場を幾つも経験しているはずだ。
だが、まだ配属から半年も経っていない筈のバードは、平然と決意を述べた。
曹長は士官と下士官の違いを痛感した。
「少尉殿。よろしくお願いします」
手渡された拳銃は手入れの行き届いた曹長の私物拳銃だった。
サイボーグ向けの弾体加速装置ではなく火薬発射式だ。
火器取扱習熟訓練で散々やったように、マガジンを抜いて状態を確かめる。
「ありがとう」
一言だけ言い残し、痙攣を続ける兵士を後ろから抱き上げ膝枕に寝かせた。
「いま、楽にしますてあげますよ」
バードの左手が兵士の目を閉じた。そして、右手でこめかみ辺りを撃った。
血液と脳漿が飛び散り、痙攣がピタリとやんだ。
膝枕の上にある『ソレ』が静かになって、そして心の中で冥福を祈った。
戦場の土壇場で、誰を殺し誰を生かすのか。
その決断を突きつけられるからこそ、士官は厳しく激しく教育される。
泣き喚き、責任から逃げ、必要な結果よりも自らの階級や名誉を優先するような人間は士官にはなれないし、人の上にも立てない。
重傷者三名のドッグタグを回収したバードは、それを大事そうに脇腹部のハッチへと収容したあと、背筋を伸ばし士官の威厳を持って遺体へと敬礼した。全く意識する事無く、バードはその決断を下した。
「任務ご苦労でした」
一つ息をついて振り返ったバード。
そこには曹長達下士官が集合していて同じ様に敬礼していた。
設定の話し その6 ブレードランナーの切り札 レールガン
先のカナダの戦闘でいきなり登場したバードの左手に装備されているレールガンですが、これは実は宇宙軍サイボーグが装備していない設定です。
と言うのも、本来軍用兵器であるレールガンを民生向けサイボーグが使えるわけが無い……と言う事でして。
軍のサイボーグが使う電磁加速系の兵器は全てユーザー認証を行って使う完全個人向け装備な訳ですが、あくまで警察権力の延長線上に居るNSAなどのブレードランナーではそれを使う事が法規制上難しいと言う解釈です。
現実問題としてNSAのブレードランナーもサイボーグですが、そのブレードランナーが使う武器はNSA職員の共同利用です。個人認証を行って云々というのは制度上あり得ないと言う、まぁ、何処の国にもある縦割りという奴でして。
盗難の危険も有るんだし、そんな高出力兵器渡すかボケ!となった宇宙軍の装備研究機関と、NSAを初めとするブレードランナー管理組織が交渉に交渉を重ねた結果……
一体不可分の状態として装備されるなら……
そう言う条件を付けて解禁になった訳です。
で、なんでブレードランナーに電磁カタパルト兵器が必要かというと、普通の武器じゃ死なないレプリカントがいる訳です。いわゆる『ジャイアント』と呼ばれる生物型パワーローダーです。レプリカント技術の応用で作られた身長3メートルを軽く超える大男ですね。そう言うのと対峙するブレードランナー向け装備な訳です。
でもって、なんでそれをバードが装備してるのかというと、ODSTからNSAに貸し出されたときに宇宙軍装備を持って行けないから、自衛用に戦闘装備を持ってないとダメって事です。つまり、元々バードは海兵隊では無くNSAのブレードランナーになる筈だった……と言う事です。
そこに横やりを突っ込んで奪い取ったのが宇宙軍海兵隊。そして、と、ある高級将校の強引な割り込みな訳ですが、その辺りの詳細はまた段々と明らかになるでしょう。
ただ、海兵隊で使われるサイボーグでも、それぞれの職能にあわせいろいろと特殊装備を持っています。その意味では『生身には出来ない事をする』という面でサイボーグって最強なんでしょうね。使い勝手が良いユニットですよ。
従って、使う側は遠慮無くバンバン使いたがるわけで、現場はそれで苦労する筈ですよねぇ……




