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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第19話 オペレーション・ダウンフォール
289/358

まぁ要するに……

~承前






 大陸北西部に位置するキャンプ・アンディ。

 片面を海に接して設置されているこの基地は、水陸両用に使えるオールマイティな構造の基地となっている。いつの時代も海の恩恵は大きく、大気圏外向けの大型機材を海に浮かべて保管することも出来るのだ。


 そして、そもそも基地とは平面陣地なのだから、その四方に向けて視界が悪くては話にならない。その関係でこのキャンプアンディでは夕日の頃には素晴らしい情景が広がる。

 

「ここの夕日は綺麗だよなぁ」


 基地のハンガーで黄昏れていたライアンは、そんな言葉を漏らした。

 光線スペクトルの関係で真っ赤とは言えないが、それでも充分に夕日色をしたシリウスが海に沈んでいくシーンが見えた。


「ヲセカイはそれどころじゃ無いだろうけどな」


 後からやって来たジャクソンがそう声を掛ける。

 堅苦しい衣装を脱いで事業服に着替えれば、あとはもう晩飯の心配をするだけとなるのだが、正直にいえばそんな事を考えている余裕など無い。


「……本当にやると思うか?」


 ジャクソンに続きやって来たダニーがそう漏らす。

 それは、日中の作戦説明で行われたヲセカイに立て籠もる集団の現状について、衝撃的な情報がもたらされた結果だった。


「普通に考えればあり得ない事だからな」


 ダニーと共にやって来たビルは、呆れた様にそう言った。

 シリウスに展開している地球軍の基地全てから重い溜息の漏れそうな話。

 それは、いつの時代であっても負ける側の国に起きる問題だった。


「……何処まで腐ってる連中なんだかなぁ」


 ライアンと共に夕日を眺めていたペイトンが呟く。

 みんなして沈んだ空気になるのにも理由があるのだった……






 ――――日中






『さて、まずはヲセカイに逃げ込んだ集団だが――』


 3Dモニターの向こう。何処かにいるはずの戦闘指揮艦『ネルソン』は、各地の基地に向かって戦闘情報を送信し始めた。高度な暗号化が行われているはずだが、量子コンピューターによるクラックにより、きっと映像は筒抜けになるだろう。


 だが、逆に言えばそれ自体がヲセカイに逃げ込んで待ち構える集団への圧力となり、また、無言では無く雄弁な脅迫その物となる。


「なかなか嫌な顔をしてるな」


 ボソッと漏らしたビルは、視界に浮かぶ画像をそう評した。

 少将となったアリョーシャが見せる表情は、笑顔と言うより獰猛な喜色を剥き出しにしたものだ。

 それは、肉食獣が得物を追い詰めてから牙を見せるあの顔。つまり、これからお前を殺してやる。喰ってやると、そう通告する顔だった。


『――ご覧の通り、現状では約7万がここへ立て籠もっている。ソーガー県から流れ込んだ者だけでは無いだろう』


 ヲセカイに逃げ込んだ集団の全体像説明は、様々な分析情報全てを詳らかにしたものだ。

 そもそものジュザ共和国は、急進的独立派が集まって形作られた国家。

 そしてその国家から発せられたメッセージに呼応した者が集まってきている。


 やれ『徹底抗戦』だの『最後の一兵まで』だの、勢いだけがご立派な事だと呆れる程だ。

 そして、最初はそんな呼びかけに応えた人々も、どこかでハッと我に返っているのだろう……


『現状では人の増減に釣り合いが取れているようだ。増えもせず減りもしない。一定数の新規加入があり、同じ程度で脱落していく者がいる。ただし、脱落の仕方が問題だがな』


 何とも厭な言い回しでアリョーシャは現状の説明を続けていた。

 7万人。言葉で言えばそれまでだが、その中身は推して知るべしだ。


「……よく集まったな」

「シリウス中から集まったんだろうな」


 3Dモニターを見つつ驚くビルにジャクソンが声を掛ける。

 その頭数は最早純粋な敵意の数その物だった。


「要するにアレだ。あの、何だっけ、妙なポスター」


 ペイトンが何かを思い出し言葉を絞り出し、その声に応えるようにライアンが言うのは、ジュザを含めたシリウス中に張り出された街角のポスターだ。


 大小様々なサイズだが、そこに書かれた文字は、ある意味でロマンを掻き立てるだけの威力があった。


 ――――飢えてなお自由を選ぶ狼はヲセカイへ来たれ


 それはソーガー県議会における一議員の発言が元ネタとなった、自由シリウスを標榜する頑強な独立派のスローガンだった。


 曰く、飼われる豚は殺されて喰われるだけだ。我々は豚の安心に慣れてはいけないのだ!と。ラウなどへ大量に運び込まれる食料を横目に、彼等はそう強がるしか無かったのだ。


 そして、殺され喰われるのを前提に肥育される豚で良いのか?と民衆を煽った。豚舎の中でムシャムシャと飼料を貪る豚の映像付きで、彼等は声を嗄らして訴え続けた。


 相手を噛み殺し、その屍肉を喰らってでも自由に生きる狼になろう!と。我々を支配するのは地球人やその法ではないと。シリウスに生きた者達が代々積み重ねてきたやり方と情熱を元とする、シリウスの掟だと。


 ――――支配され生きる者は奴隷と変わらぬ


 その言葉に絆された者は余りに多く、また、辛く苦しいシリウスの生活は、時に破壊衝動を抑えきれなくなるのだろう。


 ただ単純に我慢しろと押さえつける事は、かえって事態を悪化させる。そして、蝶よ花よと望むものを全て与えれば、それはそれで事態の回復を妨げるのだ。


「……結局、根性がガキなんだよな」


 ロックは自分の表現でそう言った。

 要するに精神的に未熟で、思うようにならないなら壊してしまえ……と、そう考えている者は多い。なによりそれは、自分自身の問題では無く、相手が悪いと言う逃げの発想逃げ込む弱さの裏返しだからだ。


 だが、それだけでは済まない問題がヲセカイで発生している点で、実は地球軍側が頭を抱えていると言って良い。つまりそれは……


『諸君らも事前情報として認識している事と思うが、このヲセカイには最低でも7800万の人口がある。率直に言えば、この凡そ8千万全てが彼等オーグの人質であり、また、戦闘員の供給源だ』


 そう。そもそも孤立大陸と名付けられているが、このヲセカイは無人大陸では無い。人々が暮らし、産業を興し、大地を耕す生活の場でもあるのだ。


 この地に入植した人々は、水の弁がある所では農業を、荒涼とした山岳地域では鉱業を。そして、立ち入り禁止となっている古代遺跡の周辺では、ヘカトンケイルの為の施設などが有り、それらの関連観光産業が盛んに行われてた。


 その関係か、ある意味でこのヲセカイは、シリウスの中で最も裕福なエリアでもある。シリウス中から人が集まり、独自の文化的発展を遂げている。なにより、シリウス内部で自主独立の気風が強く、また融和的な地域だ。


『そもそもシリウスに辿り着いた最初の地球人が降り立ったのは、このヲセカイのどこかだ。その詳しい情報は我々も掴んでいない。だが、星都と呼ばれる最大都市セントゼロは周辺まで含めて最低でも2000万の人口があって、この面々はソーガーから逃れてきたオーグの面々について敵対では無く取り込む行動を開始している。ただまぁ諸君らも解っていると思うが――』


 アリョーシャが見せた映像は、ヲセカイの何処かで行われたらしい凄惨な集団リンチの映像だ。どこかの街の広場中心に幾人かの男女が立っていて、その周りには同じ服を着た者達が立っている。


 音声は無いが映像からは何をしてるのかがすぐにわかるのだ。あらん限りの罵声を浴びせ、棒やバットのようなもので小突き、やがてそれが殴打に変わった。最後には瀕死の状態のまま油が掛けられ、火を付けて焼き殺された。


『――ご覧の通り、急進的集団が取る行動は人類史の中で一貫しているらしい。見ての通り、総括を行い自己批判させ僅かでも躊躇う者は粛正させる。人類はいつの時代でも同じ愚行を繰り返すのだろうな。全く持って進歩が無い』


 それを見ていたバードは、思わずウヘェと言葉を漏らした。

 総括。急進的な活動家達が組織の純粋性を保つために行う血の儀式だ。


 かつて世界を赤化統一しようと夢見た若者達が劣勢に追い込まれた時、どうしようも無い現状への苛立ちを仲間への攻撃で解消した、愚劣な行為だ。


 きっとそれは些細な行為が発端なのだろう。

 人類史を紐解けば、そんな恥ずべき思想の断片は幾らでも出てくる。


 やれ『アジトの中、笑顔で会話しているのは緊張感が無い証だ』とか、若い娘が化粧をすれば『目指す大義を忘れ些事にかまけ不道徳である』とか、本当にくだらない理由なのだ。


 だが、当人達は真剣だ。

 なぜなら、組織のリーダーから目を付けられれば、次の犠牲者は自分になる。


 テロ。


 つまり恐怖による社会変革を目指した者達は、その内部でテロによる支配を受けて、結果的に組織の奴隷になる。それに気付いてしまった者を粛正する行為こそが総括だった。


『彼等は社会革命を目指したが、その中身は諸君らも政治教育を受けただろうから理解していると思う。要するに支配者の立場まで上り詰めたい。いま居る支配者を失脚させ、自分が変わりたいと言うただの欲望だ。やれ共産主義思想だの国家社会主義だの全体の利益だのなんてものは、ただの理論武装に過ぎない』


 23世紀の社会において共通認識とされる事はここに尽きる。

 結局、人間は同じ愚行を繰り返すのだと繰り返し教えられる。


 そして、行き過ぎた自由主義と平等主義との結果としてもたらされた権利の精神は、他人を踏みにじる行為を正当化しかねない所へと行き着いた。


 ――――人が人を殺す権利は存在するか?


 死刑という制度を問題視し、その制度を廃止に追い込もうとした人権集団は、その死刑に処せられる犯罪者が人を殺したと言う事実に対し、全く合理的な説明を行う事が出来なかった。


 社会の歪みだとか犯罪に追い込まれた制度が悪いとか、非合理的な言い逃れに終始し、最終的には感情論でただただ喚き立てる以外の手段が無かった。故に地球の人々は、死刑という制度の代わりに地球追放を決定した。


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『基本的には暴力による解決を問題にしない連中だ。それ故、彼等に対し取るスタンスはひとつしかない。基本的には全て死んでもらう』


 暴力による解決は憎しみと哀しみの連鎖しか生まない。

 その螺旋の中で、人は憎悪と敵意を増幅させてしまうのだ。


『彼等はヲセカイの人間を拉致同然に勧誘し、戦闘員として仕立て上げる訓練に明け暮れている。その中で正論を翳し諫言した者がこのような人生の結末を迎えているようだが――』


 アリョーシャは深い溜息をこぼしながら言った。


『――突き詰めればこのヲセカイの人々全てが、彼等にとっての人質となる』


 アリョーシャの言った言葉は、それを聞いた者全てに鉛を飲ませたような空気を造り出した。

 約八千万と口で言えばそれだけの言葉でしか無い。だが、それは全て命であり、もっと言えばこれからのシリウスをどうするかの試金石。


 ここで迂闊な手を取れば『結局は地球は……』と声が出るし、手を拱いて人命優先政策を取って失敗すれば、それはAUG側の戦略的勝利となる。


「結局……」


 溜息混じりに漏らしたペイトン。

 ビルはそれに応えた。


「シブヤシティの再現だな」

「しかも、よりデカイ環境でな」


 ジャクソンの吐き捨てたその言葉は、鉛よりも重い水銀のようだ。

 バードは胸の奥に何かが使えたような錯覚になり、思わず自己機能チェックを始めてしまった。視界の浮かぶ構造体のシステム情報には異常なしが出る。

 つまり、精神的なストレスから来る脳機能(じぶん)のエラーによるものだ。


「1人ずつ手で殺せって事ですか?」


 何ともウンザリ気味の調子でダブが漏らす。

 渋谷を経験していない少尉達は、その作戦の内容を知識でしか知らない。


「まぁ、そう言う事だ。どって事ねぇさ……」


 ライアンは口を尖らせたように言うが、その言葉自体が強がりだと気付かぬ者など居ない。夥しい犠牲者を生み終了した渋谷作戦は、公式な報告書の中に犠牲者総数約5千名の数字が合ったのだ。

 それを遙かに上回る数字がヲセカイにある。約7万の強行派が陣取っていて、自分達の夢に殉じようとしている……


「骨の折れる作業になりそうです」


 ヴァシリはアーネストと顔を見合わせてからそう言った。

 軍隊と言う組織は、概ね下士官以下の懸命な努力によって目的を達するもの。

 その現場にあって率先した行動を求められる下士官出身のふたりだ。言いたい事は赤外通話などしなくとも、アイコンタクトで充分に通じる。


「まぁ、やれって言われりゃ何処にいっ――


 何かを言おうとしたライアンと同じタイミングでアリョーシャが言葉を発した。

 ライアンはスッと口を閉じ、話を聞く体勢になる。その僅かな機微にジャクソンやビルがライアンの成長を感じた。

 少なくとも配置直後の頃であればアリョーシャの話など聞かずに喋り続けていただろうから。


『方針としては簡単だ。可能な限り平和的な手段を使って総数を減らし、その後にどうやっても減らせなかった者をまとめて処分する。残念だがこれは人類の経験した忌まわしい歴史から得られた教訓だ。そして――』


 アリョーシャがグラフを表示させた。

 そこには総括の犠牲者数が折れ線グラフで表示されていた。


『――この数が、彼等が行っている総括自体が、彼等を崩壊に導く致命的な毒になるだろう。幾らヲセカイの住民が融和的であっても、怒りと悲しみから彼等が切り捨てられるのは時間の問題だ。それまでは……』


 ……黙って見ている


 それは、どうしても口に出来なかった言葉なのかも知れない。

 全部承知で犠牲者を増やすのは、どんな理由があろうと褒められる事では無い。

 地球軍はリベレーターを標榜しているし、自由と平等の守護者でもある筈。


 だが……


「こればっかりは仕方がねぇ……」


 仕方が無いと言う表現は多分にアジア的なものなのだろう。

 ロックの言ったその言葉に頷いたのはバードだけだった。


「まぁ、なるようになるのを待つしかねぇな」


 ロックの言葉にそう反応したライアン。

 そんなライアンをビルは冷やかした。


「最近のライアンは、まぁから始まるな」


 重い笑いが僅かにこぼれ、ライアンも苦笑している。

 だが、内心ではその方針が心の重しになっているのだった……






  ◇  ◆  ◇






「で、まぁ――


 やおら口を開いたライアンだが、バードは遠慮なく突っ込みを入れた。


「やっぱりまぁから始まってるね」


 ビルの一言から全員が一斉に意識し始め、ライアンは頭を掻くばかり。

 そんな気の置けない仲間たちは、これから始まる汚れ仕事を忘れたくて楽しい事に気を向けている。それが解るだけに、バードも遠慮なくそれをするのだが……


「油断すんと出んだよ」


 ロックも朗らかに笑いながらそう言う。

 ライアンはウーンと唸ってから言った。


「まぁ、気にしても仕方がねぇな」


 その一言で再び全員が笑う。

 ただ、その笑い声はジュザの空に融けて消える頃に全員が中隊無線を受信した。


『俺だ――』


 ……ドリーだ


 バードは無意識レベルでロックを見る。

 こんな時、最初に誰を見るかで普段どれ位の信頼があるかが垣間見える。


『――ちょっと不味い事態になった。大至急ガンルームに集合してくれ。事と次第によっては先行降下してドンパチする事になるかも知れない』


 ドリーの声が不自然に緊張している……

 誰もがそこによくない兆候を感じた。もしかしたら、あのオーグと名乗る集団がヲセカイの住人を殺戮しているのかも知れない。

 それは歓迎しないし、いますぐに現地へ行って行為をやめさせるべく鏖殺するのも吝かじゃない。


 しかし……だ。


 事ここに及んでドリーが『不味い事態』と表現するのだから、実態はもっと酷いのだと容易に想像が付く。追い込まれたオーグの面々が何をしでかすのかは、ちょっと予測が付かないのだ。


「なんか嫌な予感がする」


 バードは小声でそう言った。

 それを聞いていたライアンは、間髪入れずに言うのだった。


「まぁ、これで碌でもねぇ事態ってのは確定したぜ。なんせバーディーがそう言うんじゃどうしようもねぇってこった」


 ライアンのまぁ言葉が再び出て全員が笑う。

 ただ、その不味い事態は全員の予想を軽く飛び越える事態なのだった。

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