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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第19話 オペレーション・ダウンフォール
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フラグを立てる

~承前






 ――この作戦を立案したのは、間違い無くエディだ……


 バードはそれを確信してから室内をグルリと見た。

 室内にいたBチームの面々は誰も顔にそんな表情が浮かび上がっていた。


 週明けの士官総会で正式に作戦説明があるとの事だが、ガンルームの中に集まったBチームの面々は誰もが強張りきった表情でモニターを眺めている。それは、今次作戦において501大隊の面々に期待されている戦略的な目標についてだ。

 それもその筈。モニターに表示されている文字はシンプルな単語1つだけしか無く、その意味も単純だった。


 MASSACRE( 虐 殺 )


 このダウンフォール作戦を一言で言い表しているそれは、全員に力尽くで鉛を飲み込ませたような重さを与えていた。もはやこれ以上の改善は見られないのだから後顧の憂いを絶つのだ……と、言外にエディは言っていた。


「なぁアリョーシャ……」


 最初に口を開いたのはジャクソンだ。

 明らかに不機嫌そうな空気をまとい、モニターを怪訝に見ている。


 勝手に独立を宣言したソーガー県の面々は、SRAという組織を立ち上げ自主独立を標榜している。我々こそが正統なシリウス政府だと、そう喚いている。

 新生シリウス連邦の外交部はそんなSRAを相手に、この半年間をかけ、非公式な折衝を積み重ねてきた。差し当たって欲しいのは暫定和平を実現する為、とりあえずテロ闘争を止めて欲しいと言う事だ。

 所詮は口約束でしか無いが、SRAの求める生存の安全保障は、彼等武装闘争路線を標榜する彼等に受け付けられた恐怖その物なのだろう。大気圏外から降り注ぐ猛烈な艦砲射撃の威力は言葉では説明出来ないものだ。


 果たして、双方はそれぞれの手段での闘争を一旦やめると合意した。シリウス連邦を含めた地球側は、艦砲射撃と大型地上兵器による非人道的攻撃の停止を。SRAの側は市民を標的とした無差別殺傷テロの停止を。

 厳しい交渉の末に纏まった暫定和平合意は3003年1月1日から有効となり、暫定的に3月末日まで継続される事になった。だが、その暫定和平の1年延長案がどうしても纏まらないのだった……


「……言いたい事はよく解る。事態が改善したらなんて甘い事を言うつもりは無いし、仮に改善するとしても準備だけはしておくべきだ」


 アリョーシャも全部承知でそう答えた。暫定和平など、ただの時間稼ぎに過ぎない。そんな事など説明されるまでもなくわかりきった事でしかない。

 産業らしい産業の無かった旧ソーガー県の県民は、元々自分達が切り捨てられた存在だと理解していたのだ。だからこそ、どうせ切り捨てられるなら、最後に一花咲かせてやるさと牙を磨いているのだ。

 暫定和平交渉において地球側が出した要望は、ジュザ地域への帰還と再入植で、それについて可能な限り支援すると表明していた。だが、SRAの面々はジュザのソーガーでは無く、もっと豊かな地域への入植を求めていた。そしてもちろん、手厚い社会保障を無条件に受け取る事や、少なくとも入植から30年は生活の一切合切を面倒見る事などだ。


 まとまる訳が無い……


 双方が相手の飲み込み難い条件を出し、厳しい交渉の中で一枚ずつ相手の得に譲歩して、こちらの要求を通す。つまり、話し合いによる穏便な恒久和平などあり得ない人類史その物だ。

 いつの時代も戦争は政治の不始末と没交渉の末の決裂から発生し、その後始末を付ける為に銃弾が飛び交うのだ。夥しい血が流され、涙も涸れ果てて、折れぬ思いを悲しみに撓ませて折り合いを付ける事になる。


 その為に必要とされるのは、純粋な犠牲の数でしか無いのだった……


「そりゃ……もちろん俺たちだってそんな甘い考えしてる訳じゃねぇし、それに、いまさらカマトトぶった事を言いたいわけじゃねぇ。けどよぉ……」


 ジャクソンを含めた全員が問題にしているのは、このヲセカイの中心部にある古代遺跡に立て籠もる面々だ。

 旧ソーガーから流れ込んだ狂信的独立標榜集団は、少なく見積もっても10万を超える。それは、事実上棄民だったソーガー県の中で、何とか生きる術を作った人々のなれの果てだった。

 文字通りに骨の撓む思いをしてやっと根を下ろした彼等は、一方的に悪者にされ入植した地から引き剥がされた地球を恨んでいる。その思いの強さは、理屈でどうこう言える次元を遙かに超越していた。


「あの……なんつったっけ? SRAの代表の……おっさん」


 唐突に口を開いたライアンは、首を捻りながらビルを見た。

 この問題について音頭を取っているソーガー側の首魁だ。

 しかし、そのビルが答える前にドリーは聞きたかった答えを言った。


「ギャビー・ドーミンだろ?」

「そうそう。なんだっけ? 真なるなんちゃらかんちゃらな――


 ライアンが頭をボリボリと掻きながら言う。

 サイボーグの頭からフケが出る事は無いが、ビジュアル的に痒そうな印象を受けるのは致し方ない。しかし、そんな仕草が意味するものは分かっている。

 生身のように振る舞っているのでは無く、頭の中がそんな風に自然に振る舞っているだけだ。骨の髄まで機械になっても、心の中は生身なのだ。


「真なるシリウスの独立を求める人民の議会……ですね?」


 アナは柔らかい声でそう言う。

 ライアンは『そうそう。それだ』と言いつつ、スイッとアリョーシャを指さす。


「その組織の連中、男だけじゃ無いんだろ?」


 逆説的な表現だが、つまりそれは、その組織は1つの国家として存在し得るだけの人口と構成とを持っていた。つまり、兵士になる男だけでは無く、女も子供もそこにいて、1つの社会を作っていた。

 ヲセカイの中心部にあると言うその遺跡がどんなものだかは解らないが、1つだけ解る事は、彼等が全滅も辞さずの構えを見せている事だ。


 つまり……


「私達は……その全てを……」


 それ以上は言いたくないと、アナはそこで言葉を切った。

 そう。エディが求めている事の本質は、つまり、全てを殺しきる事だ。

 女子供も関係無く、大規模兵器や大量殺戮兵器を使う事無く、全て殺す事。


「……諸君らの言いたい事はよく解るし、私だって出来ればそれをしたくない。だが現実問題として――」


 アリョーシャはモニターに動画を表示させた。先の地上戦で録られたものだ。

 SRAの独立闘争の一環だろうか、まだ幼いと言って良い年齢の少女がドローン兵器を使って爆弾テロを行った。恐らくペイロート1kg未満の小型ドローンだ。

 だが、ギリギリまでバッテリーを削り、その代わりにネジや釘などをビッシリと貼り付けたダイナマイトをぶら下げてある。それに火を付けて、一気に飛ばす唐突なテロの瞬間だった。


「――ご覧の通りだ。この少女を殺さなければテロは防げない。だが、どうしたって撃つ側は一瞬躊躇する。そこで我々の出番なんだ。射撃のシーン全てを自動で映像記録出来る我々の……」


 アリョーシャですらも悔しさが滲み出るシーン。

 少女のコントロールするドローンは人々が集まるバザールの中心部で爆発した。

 そこは貴重な燃料が集積された、露天の油脂販売所だった。


「テロする方が有利だぜ」


 ペイトンは皮肉を忘れてそう言い放った。

 現実的な話として、それはもう防ぎきれない事だった。


「ドローンの規制など出来るわけが無いからな」


 ジャクソンの漏らした言葉に、アチコチで小さな首肯が続いた。

 様々な用途で自立制御のドローンが使われている。それこそ、ある程度の出力がある荷物運搬ドローンや、空中では無く地上を歩行移動するタイプなどでは、数百キロのペイロードがあるのだ。

 そんなドローンに大量の爆薬を背負わせ、『配給が来たぞ!』と人を寄せておいて爆発させれば大惨事になるのは目に見えている。そして、まだそれが発生してないのは、ただの幸運だった。


「まぁ、いずれにせよ……」


 アリョーシャは再びMASSACREの文字を表示させ言った。


「覚悟はしておいてくれ。悪意に凝り固まった人間は殺すしか無い。いかなる理由があろうと無差別爆弾テロは許容出来ないからだ」


 飲み込み難い話だが、それでも嫌と言うほどその意味は解った。

 テロ闘争の根幹を突き詰めれば、それはただの感情論だからだ。


 選挙や政治闘争と言った形で社会を変える事は出来るが、テロを行う側の論理はそれを超越いている。要するに社会その物が気に入らないからぶっ壊したいのだ。


 その後でどうなろうと知った事では無い。とにかく壊したい。

 ただそれだけだ……






 ――――翌週 3月8日






 バードは士官服に袖を通し、キャンプアンディの倉庫にいた。

 この大きな倉庫には100人を優に飲み込める巨大な立体席が用意されていた。


「工兵部隊に感謝だな」

「そうだね」


 工兵科の兵士が手で組んだのだろうか。足場材を幾つも使って作り上げられた臨時の作戦検討室は、シリウスに展開する各軍団が分散駐屯する各基地とネットワークで結ばれている。


「……テロ対策だよな」


 ライアンがボソッと漏らすと、バードとロックが視線を向けた。


「アレを経験しちまうとな……」

「だよなぁ……」


 この3人は、あのジョン・ポール・ジョーンズで奇襲を受けた現場に居たのだ。

 どうしたってそのシーンを思い出してしまうし、どうにもならない状況で死を迎えた者達の断末魔も覚えている。


「まぁ、地上じゃ急減圧で死ぬのは無さそうだけどね」


 何とも虚無的な言葉を吐いて、バードも表情を強張らせた。

 どうにもならない状況で喚いたってどうしようも無いのだ。


「まぁ、サクサク終わらせてくれって話だよな」


 そんな声が後方から唐突に響いた。

 驚いて振り返った3人は、そこにジャクソンが立っているのを知った。


「俺たちの席はあっちらしい」


 ジャクソンが指さした所は、倉庫の中に設置された3Dモニターの正面だ。

 エディを筆頭とするシリウス派遣軍団の首脳部、大気圏外の何処かにいるはず。

 テロ対策として地上では無く宇宙に陣取っているのだが……


「どこもかしこも本気でビビッてるぜ」


 後から姿を現したペイトンがそう吐き捨てた。

 実際問題として少数侵入による一気呵成の自爆攻撃は防ぎようが無い。


「その芽を摘むのがこの作戦って事だ」


 ジャクソンはそんな風に表現して着席を促した。

 全員が座席に着いた所で、前線基地を預かる地上軍の大佐が切りだした。


 ――――そろそろ始めるが緊張はしなくて良い

 ――――この作戦で全て終わるんだからな


 軽いトークと軽妙洒脱なジョークで人気のある大佐はイギリス出身らしく、ジェームス・トワニングと言う名だが、バードは面識が無かった。


 そもそも、海兵隊と地上軍は全く異なる組織で、用兵思想や運用方針だって全く違う。地上の重力下戦闘を専門とする組織で、旧陸海空の三軍を統合した惑星上戦闘全般を受け持つ組織だった。


「地上組ってのは……」

「あぁ。どうにも緩いぜ」


 ライアンの言葉にロックが本音を漏らす。

 彼等地上軍の雰囲気は宇宙軍側に近い海兵隊からすると、どうにも緩いのだ。


「まぁいいさ。それより始まるぞ」


 ビルは3Dモニターを指さした。

 モニターの向こうでは艦内に作られた演台に乗るエディの姿が見えた。

 その手前には何人かの姿が見えるのだが……


「おっ! ドリー発見!」


 ライアンが楽しそうにそう言うと、今まで口数少なかったタブが言った。


「やっぱニグロイド系って目立ちますね」


 それがかなり微妙なニュアンスを含んでいる事は言うまでも無い。

 この23世紀の社会でも人種差別は色濃い影を落としている。

 だが、このBチームに限って言えばそうでも無い。


「ドリーもこんな時は外装パーツ変えたら良いんじゃねぇ?」


 ライアンは全く無思慮に言いたい事を言った。

 ただ、それは人種差別以前に存在する、もっと根深い問題だ。


「それが出来んのは我々だけだ」

「まーた言われちまうぜ? 便利ですねぇってよ」


 ビルとペイトンがそんな反応を返した。

 サイボーグがブリキの人形と馬鹿にされるのは今に始まった事じゃ無い。

 そして、生身の面々からしたら、サイボーグとアンドロイドの区別が付かない。


 高度AIで自立作動するアンドロイドのイメージはとにかく悪いのだ。

 サスペンス系やホラー系の映画や演劇などでは、密命を帯びたアンドロイドによる秘密工作が行われるのは定番の展開だ。

 責任感に熱く勇猛果敢な戦闘を見せるサイボーグ士官の面々は、恐怖を感じず目的だけ果たそうとするアンドロイドに重なって見えるのだろう。


「いっそ脳殻周りとか頭蓋装甲とか、全部透明なスケルトン構造にしたらどうだろうな。丸見えにさ」


 解剖学的なジョークをダニーが言う。

 そんな言葉もサイボーグの面々には大ウケだ。


「その内そんなのも実現するかもな」

「きっと気持ち良い日光浴出来るぜ?」


 ジャクソンとペイトンがそんな風に応え、ヘラヘラと笑った。

 全員が楽しそうに話をするなか、ロックは隣のバードを抱き寄せて言った。


「俺も相方の中身が見たいぜ」


 ロックは無意識に相方という言葉を使っていた。

 ただ、それには特別な意味があるのは言うまでも無い。


「おいおい!」

「頼むからフラグ立てねぇでくれ」


 仲間内が一斉に囃したて、バードはいたたまれない位に恥ずかしい。

 だが、それとは違う次元で嬉しさも感じているのに自分で気が付いた。


 非公式ながらプロポーズの言葉に近いもの。

 しかし、ずばり『それ』とは異なるもの。


「どうせならもうちょっと……はっきり言って欲しかったなぁ」


 バードの言葉の意味するところをロックが察し、小さく『あっ』と漏らす。

 コケティッシュな表情でそれを見ているバードは、女の笑みだった。


「……この作戦が終わったら~とかフラグ立てんじゃねぇぞ」


 ライアンが珍しく妬かずにそう言った。

 妬いても仕方が無い所まで来ているのも事実だが、それ以上に今は作戦だ。


 期待されている仕事の内容を思えば気が重いのだが、それをやらないわけにも行かないので、逃げ場が無いのだ。全員が一斉に微妙な表情になる中、ふとバードは思いだした。


 ――――あなたも……

 ――――大変な運命を背負ってるのね


 あの黒宮殿の中でヘカトンケイルの1人に言われた言葉だ。

 大地のガイア。地母神ガイア。始まりの神ガイア。

 様々なペットネームを持つガイアは、最も重要な神の一柱だ。


 ――――今まで大変だったでしょうけど

 ――――もうすぐ一度はゴールに辿り着くわよ

 ――――ただ、その後が問題ね


 その次に出た言葉は、いまもバードの胸の内にあるのだった。


 ――――心に飼っている虎をどうにかしないと

 ――――自分自身が喰われちゃうわよ?





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