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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第19話 オペレーション・ダウンフォール
287/358

終わりの始まりに向けて

やっと準備出来ました。だいぶお待たせしてすみません


「スミス…… どうだった?」


 シリウスの青い光が降り注ぐジュザ大陸の北西部。

 この戦争の最終局面に向けた前線基地の中でバードはそう切り出した。


 遠くサザンクロスのメディカルセンターへ顔を出していたダニーは、基地へ帰投するなりBチームのメンバーが陣取るガンルームへと顔を出した。


「……いやぁ、どうにもこうにも――」


 壁際のハッチを開けて高圧ケーブルを取り出すと、ダニーは自らの脇腹に装備されている受電ポートに接続した。かつてジュザ軍が使っていた基地だが、その中身は完全に地球軍仕様だ。

 艦砲射撃により完全な荒れ地へと姿を変えたジュザ軍基地の跡地に入った地球軍の工兵部隊は、3ヶ月程で立派な前線基地造築を成し遂げたのだった。完全にブロックユニット化された設備は地球軍最新鋭装備の運用に最適化されていて、各部で使い勝手を優先した構造となっている。

 その関係で、Bチーム達サイボーグにとっても使いやすく、過ごしやすく、メンテや補修といった作業にも都合が良いのだった。


「――正直、打つ手無しってところだ」


 ダニーの言葉は重いガンスモークの様にガンルームを漂った。

 話を振ったバードの隣にはロックが居て、その更に隣にはライアンが居る。

 全員が黙ってダニーを見れば、続きを待っているのだと察するのだが……


「サイボーグセンターの脳機能調整専門スタッフは、どうやら閉じ込め症候群状態だって診断したんだけどな――」


 閉じ込め症候群。

 それは、脳自体は生きているがコミュニケーションを司る部分が機能を失ったため、身体が動かない状態という状態だ。脳の内部で思考は続いており、MRIなどで脳を見れば、外部からの問いかけや質問に対し、脳が活発に動いてるのが解る状態なのだ。

 しかし、そんな思考も外部に表現する手段が無い以上、サイボーグは沈黙し続ける状態だった。脳殻への酸素とカロリー供給は続いているが、何処かで突然脳死したとして、ソレを確認する手段が無かった。


「――ブリッジチップ廻りとかは全く異常が無いもんだから、最終的には脳幹死って診断しか無いらしいな」


 コロネット作戦から約半年、重傷を負ったスミスは身体機能こそ回復したものの意識を取り戻さないでいる。サイボーグセンターに送り込まれ、G35に切り替えた身体は全く問題が無い所まで来ているのだ。


「それって……回復しないモンなんですか?」


 バード達とテーブルを挟んで反対側に座っていたヴァシリがそう質問した。その隣に座っているのはアナスタシアで、更にその隣にはヴィクティスが居た。新任少尉の面々はこれから始まるであろう作戦について、ヴェテランになりつつあるバード達とあれこれと討議していたのだ。


 まだサイボーグ化して日の浅いヴァシリは、ダブやアナを交え、アーネストと共に訓練訓練猛訓練の日々を送っていた。そもそもにODST出身なヴァシリとアーネストは、空挺や地上戦闘に関して再訓練をする必要は全く無いと言って良い。


 だが、兵士の経験が無いか乏しい状態なアナを始め、ダブとビッキーの3人と共に地上における様々な訓練を繰り返していた。それはつまり、サイボーグとしての経験を積み重ねる事で有り、自分の身体のトラブルを経験させる事でもあった。


「さぁなぁ…… 最後は神の御手に委ねられる領域だし……」


 ダニーは何とも歯切れの悪い言葉を吐いた。

 心臓を含めた内臓や骨格、筋肉と言った部分は幾らでも回復させる事が出来る部分だ。21世紀に登場した万能細胞の技術は、短期間で失った肉体の再生処理を行えるまでに医療の進化を促した。

 その結果、死という救済手段すらも失われたとジョークが飛び交う程に、人は死ななくなったのだ。ただし、そこに唯一無二の条件が付く事を忘れては行けない。その条件はすなわち、脳を破壊されない事だった。


「従来はブリッジチップ不良か、それが接続される可視小体辺りの神経細胞がやられて死んだもんだけど、スミスの場合は可視小体がぶら下がる脳幹周りその物が駄目になってるって可能性が高いんだよ」


 脇腹に充電ケーブルをぶら下げながら、ダニーは身振り手振りを交えて説明を重ねた。脳の構造は原始生物からの進化による階層の増加その物だ。つまり、脳の中心部に行けば行くほど、原始生物の頃から機能していた部分と言う事になる。

 すなわちそれは、生命と呼ばれる科学では解明できない魂の根幹部分で有り、人格のより所となる入れ物であり、何より、その活動を支えるための、謂わば命その物の領域だった。


「回復して欲しいなぁ……」


 心配そうな声音でバードはそう言う。

 だが、そんなバードを余所に、ライアンは軽い調子で言葉を返した。


「バーディーに心配されんなら役得だぜ。サクサク回復しやがれってんだ」


 誰が聞いても立派な憎まれ口だが、不思議な人徳持ちのライアンはそれを咎められる事が無い。バードは苦笑いでそれを聞き、ヴァシリは対処に困ってロックを見ていた。助け船を期待する眼差しだった。


「まぁ……スミスだって何度も修羅場を潜ったはずだぜ。あーだこーだ言ってるうちに、シレッと回復するさ。それに――」


 ロックはテーブルの上の書類を指でトントンと叩いた。

 まだ未開封なそのA4封筒は横にしても自立するくらいの厚みがあった。


「――このオペレーション(作戦)を実行する段階じゃ、俺たちはフルハウスが求められるってモンだし、そうなるようにエディが動くだろうからな」






  作戦ファイル01-04-2303


 Opelation:DownFall


 作戦名『滅亡』











 ――――――――ニューホライズン ジュザ大陸北西部 キャンプ・アンディ

           2303年 3月5日 午前10時











 ロックの言う()()()がBチームを指すのは論を待たない。そして、フルハウスはフルメンバーを意味するスラングだ。実際、Bチームはそれぞれが一芸持ちの希有な構成となっている。

 そのメンバーが一人欠けただけでも、戦力が著しく低下してしまう事が予想されていた。その為、スミスのポジションをどうやって埋めるか?で、新任少尉達が相談を重ねていたのだった。


「……でも、本当にやるんでしょうか?」


 アナは訝しげな声で言った。

 コロネット作戦の終了から早くも半年が経過し、正直に言えば実戦の勘が薄れ始めているとアナは感じていた。

 だからこそ、派手な戦闘が始まるなら早くして欲しい。パニック障害に苦しむ事こそ無いものの、やはり戦闘は精神的な重荷なのだからスパッと決断して欲しいのだ。


「なんでそう思う?」


 不思議そうに言ったバードだが、アナは言葉を選んで応えた。

 それがただの希望的観測である事は、言われなくとも解っていたのだが。


「……スミス大尉の回復を待ってる部分もあるんじゃ無いかと」


 ガンナーであるスミスのポジションは、絶大な戦闘能力を持つBチームにおいて小隊支援火器を受け持つ、謂わばチームのゴールキーパーだ。戦闘エリア全体を見渡し、必要な所へ鉛玉をバラ撒くのがスミスの役目だ。

 そんなスミスが動けない以上、Bチームの戦闘能力が大幅に低下してしまうのは自明の理。その為、チームを危険に曝したくないのだから戦闘を控えている可能性があるとアナは考えた。


 だが……


「ははっ!」

「バカな……」

 

 アナの漏らした余りにも甘い考えの言葉に、ロックとライアンは顔を見合わせ手を叩きながら笑った。そして、ここまで幾つ修羅場を潜ったんだ?と、そう言わんばかりの眼差しでアナを見ていた。

 サイボーグばかりが集められた501大隊に来た以上、そんな希望的観測など何の意味もない事だった。


「おいおいアナ……」

「今さら……そりゃねぇだろうよ……」


 何をどう言って良いものか……と、ロックとライアンの二人は混乱した。

 ただ、甘い考えは身を滅ぼす元で有り、気の緩みは死に直結した特急券だ。


 ここでしっかり釘を刺しておかねば、後々になってチームが危ない。

 そしてそれは自分が危険に曝されると言う事だ。


「……だいたい、エディがそんな悠長な事を言うようなたまに見えるかよ」


 ウンザリ気味の表情になってロックはそう言った。

 機械の身体でもそんな表情が出来るのかとアナが驚く程に豊かな表情だ。


「いいかいアナ。あのエディは筋金入りのジョンブリストで原則主義者だ――」


 珍しく真面目な声音のライアンが切りだした。

 真面目さをグッと増したその姿は、バードですらも一瞬だけキュンとなる様な男ぶりを発揮している姿だった。


「――頭の天辺から足の爪先まで、びっしりとプリンシプルって機械で作られたサイボーグだ。そんなエディが『やる』と言った以上、絶対やるのさ。どんな理由も言い訳も一切聞いちゃくれないぜ」


 スイッとアナを指さしたライアンは、最後までハッキリした口調でそう言いきった。そして、その後を受けるようにロックが言葉を紡ぐ。それは、過去幾度もエディに鍛えられたロックの心からの言葉だった。


「そうさ。あの筋金入りの真性サディストがそんな甘っちょろい理由で延期なんかするもんか」


 ライアンとロックの息の合った言葉にアナは頷くしか無い。

 これから始めようとしているのは、ブラックオニキス計画の最終章、ダウンフォール作戦と呼ばれる最終撃滅戦闘だ。統合参謀本部が策定した作戦は、最後の最後まで徹底抵抗する者を根絶やしにするのが目的だった。

 その咎と責の全ては参謀本部が背負うと言い切った、非人道的結末を許容する人倫に悖る作戦と言える。つまり、反地球的思想の根幹となる者は、1人も残す事無く皆殺しにするという決断だった。


「やるって言ったらやるさ。だいたい――」


 ロックは両手をアナに突き出した。

 左右の手を広げ、掌に何かが乗ってるように見せている。


「――コッチの手には10人。反対の手には2人。どっちかを救わなきゃならねぇが、両方は無理だ。さぁ、アナはどっちを助ける?」


 士官教育の中で、その問いに対する模範解答は徹底的に叩き込まれる運命だ。


 つまり、その2人が仮に地球の命運を握るレベルで重要な人物でも無い限り、言い換えるなら、あとからリカバリーが効く存在である限り、一大原則として一人でも多い方を助ける。もはやそれは、人類の共通認識だった。

 過去幾度も血みどろのテロ闘争を経験し、テロの首謀者は射殺も辞さず……では無く、積極的に射殺するべしと舵を切った社会の共通認識だった。


「……そうですよね」


 アナもそれには納得せざるを得ない事だ。

 遠くフランス革命の時代、議場左手に座った左翼主義的なジャコバン一派の時代より、武力と権力を武器に人民をテラー(恐怖)で支配する左翼主義者の事をテロリストと呼ぶ。

 その中身や精神性に柱があるかどうかは関係無く、恐怖で支配を試みる者達を総じてテロリストと呼ぶのだ。その犠牲者は一人でも少ない方が良いのは自明の理であり、国連軍海兵隊はそれらに抵抗する為のみに立ち上げられたものだった。


「私達は恐怖を道具にする者達を許さない……でしたね」


 アナの悲痛な言葉に全員が微妙な表情となる。

 許さないと声高に叫ぶのは人民であり、彼等を導く指導者であり、国民の代表と呼ばれる政治家達だ。海兵隊の尖兵はその道具に過ぎず、彼等の精神的な苦痛の一切は自動的に無視される。

 身体と生命の両方が危険に晒される恐怖を無視し、結果のみを求める国民達の奴隷となる運命だった。


「こうなると……ね」


 バードはそっと切りだした。

 基地の中に無造作に置かれたレポートファイルには、ここまでの政治的な流れが書かれていた。約半年の間に政治的な闘争の何が行われたのか。何が目的で戦略的勝利の条件はこうで、どれ程達成されたのか?と言う事が詳細に書かれていた。

 そんなファイルを指さし、バードは渋い表情を浮かべている。つまり、もう戦闘抜きに政治的な決着で終わらせて欲しいと願っているのだ。アナに比肩するレベルで甘っちょろいものだとバード自身が自嘲するほどなのだが……


「この半年の政治的な動きが……無駄では無かったと祈りたいもんだな」


 ロックはロックで心底嫌そうにぶっきらぼうな物言いをした。

 実際の話、Bチームを含めた501大隊の面々は、行けと言われればいつでも飛び出していける体制だ。


 この日にここへ行けと指示が出たら、それに沿って出撃し、行った先で大暴れするだけ。街角に溜まった木の葉を蹴散らす様に、1人残らず鏖殺するだけだ。


 その命が出るのをずっと待っていた面々は、正直痺れを切らしている。エディに呼び出され、今すぐ行けと言われるのを心待ちにしている。どれ程危険だったとしても、それを乗り越えていく訓練を受けているのだ。


 だが、エディがその命を出す事は無く、地球から送り込まれた政治官僚達がこのシリウスの内部に強固な政治体制を構築し、ジュザでは無くヲセカイに残された者達の懐柔策を採り続けている。


「……時間稼ぎじゃないと良いね」


 バードの一言はいつも全員をドキリとさせる。

 とっくに心臓なんて臓器を失ったサイボーグ達だが、それでも胸の奥で何かがびくりと動くのだ。


「まぁ、戦争は軍人でも始められるが、終わらせるのは政治家の手腕だしな」


 ライアンは腕を組んで唸りながらそう言った。

 その言葉を聞いていたヴァシリは控え目に言った。


「最前線を本当に支えているのは下士官ですが、士官が何を支えているのかは、今やっと理解しました」


 この世界には、誰もが理解している口には出せない約束がある。

 酷い表現なのは仕方が無いが、ある意味で、それを理解した者を大人と呼ぶのだろう。古い政治家が言ったように、共産主義に傾倒しなければ良心は無く、それを信奉する者には知恵と経験が無いのだ。


「ま、後は待つだけさ。作戦が開始されるのと、スミスが復帰してくるのを」


 ライアンはそんな調子だった。

 軽く考えているとも言えるが、逆に言えばそれ以上どうしようも無い事だ。


 生命維持が困難なレベルで負傷したスミスの回復は、神の御手のレベル。

 正直に言えば、もはやどうしようも無いのだ。


「そうだな。あとは――


 何かを言いかけたロックの言葉を遮るように、無線の中に言葉が響いた。ロックは瞬間的に口を噤み、聞き耳を立てる努力をした。

 こんな間合いで話をぶち込んでくるのはエディかアリョーシャ。そして、テッド大佐位しか思い付かなかったからだ。




『寛いでいる諸君。穏やかな時間を邪魔して済まないが――』




 ――この声はアリョーシャだ! 


 バードはロックと視線を交わす。ライアンは腕を組み、無口なヴィクティスとアナは不安そうな顔になっていた。

 それもその筈。作戦の立案や詳細について話を詰めるのはアリョーシャの役目で有り、そんな存在が話を切り出す以上、絶対に作戦の実行についてだと察しが付くからだ。




『――大至急ガンルームへ集合して欲しい。事態が動いたようだ。今後について説明を行うので、各自心の準備をしてくれたまえ。30分後にブリーフィングだ』




 いつもいつも嫌なタイミングで始まるブリーフィング。

 敵にも味方にも容赦の無い作戦が始まろうとしているのだから、それを歓迎する者は少ないだろう。だが、上官の召集は絶対の命令だ。

 ガンルームに集まれと指示が出た以上、バードはガンルームの中の椅子を片付けようと立ち上がった。だが、そのバードの肩をポンと叩いたアナは、バードより先に動き出すのだった。


「それは私がやりますから、座って資料の整理をお願いします。中尉殿」


 ニコリと笑ってそう言ったアナスタシアにバードははにかんだ笑みを返す。

 昇進してもう半年以上が経過しているが、心は未だに新任少尉だ。


「……じゃぁ、そうするからコッチをお願いね。少尉」

「えぇ」


 その会話の裏側で、バードは身の引き締まる思いだった。

 1つ階級を上げた自分が本格的に一般兵卒の居る現場に出向く事になる。

 当然のように責任は重くなり、兵士の命を預かる事になるのだ。


 ――参ったなぁ……


 内心でそう思いつつ、それでも戦争の終わりを感じ始めていた。

 平和とは次の戦争への助走期間に過ぎない……と、古来より人口に膾炙する人類の法則をも思い出しながらだが……

当面、週一更新・予告無しで休載となります

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