騎兵隊到着
~承前
――――何故逃げぬ!
ニュクスの叫んだ言葉を笑みで受け流したエディ。
タルタロスはそんなエディを見て満足そうな表情だった。
もはや言葉になっていないのだろうが、それでも口だけはパクパクと動く。
その流れを追っていたテッドは、何を呟いているのかを知った。
「さて、状況はレッドを通り越したな。叔父上なら笑って喜んで居られるだろう」
「エディ……余裕カマしてる場合じゃ無いぜ」
「なんだ。ジョニーは一気に50年も若返ったようだな」
エディは顎を引き、ニヤリと笑って外を見た。
バルケッタのハッチ外側ではロックが獅子奮迅の戦いだ。
離れた場所からの銃撃は装甲服が完璧に弾いている。
そして、迂闊に接近すれば、一撃で戦闘不能になる太刀捌き。
「小隊の中にソードマンを入れておくのは叔父上のアイデアだったが、やはり正解だったようだ――」
凄みのある笑みを浮かべたままテッドを見たエディ。
その表情には、充足感が溢れていた。
「――叔父上は本当に博識であった。思慮深く、注意深く、聡明であった。まだ存命だったなら、もっともっと、あの方から学べたはずなのだがな」
エディが吐いたその言葉にテッドは僅かながら違和感を覚えた。
それがどんな意味を持っているのかを言葉で説明する事は出来ない。
それは考えるモノでは無く、心で感じるモノだ。
「……吾子は良い経験をしたな」
ニュクスがそう呟き、テッドはヘカトンケイルが同じ感情だと知った。
そして、何があってもエディを殺しては為らないのだと思った。
あの黒宮殿にいる、まだ産まれてないビギンズの為に、エディは必要なのだ。
『エディ! オヤジ! そっちは大丈夫か!』
ジャクソンの声が上ずっている。
そりゃそうだと正門周辺にいるBチームの面々誰もが思う。
降りきった跳ね橋にオーグ兵士が殺到していた。
その全てがレプリカントで、恐るべき数だった。
小隊規模で射撃しても、数が大きく減るモノでは無い。
やっと1000人単位のオーダーに乗ったか?と言う所だが……
『こちらはバルケッタに逃げ込んだ。後は救出を待つしかない』
テッドは全員にそう呼びかけた。
そしてその後、エディは落ち着いた口調で言った。
『こちらは少々では破壊されないところへ逃げ込んでいる。今すぐ跳ね橋を上げ籠城しろ。万が一このバルケッタが破壊されても絶対に飛び出すな。当初の戦術目標達成を最優先に行動しろ。解ったな?ドナルド少佐』
ドリーでは無くドナルドと言ったエディ。バードは死ぬ気だと直感した。
ただ、思ったとてどうになるモノでも無い。戦力差は絶望的なレベルだ。
たかだか20人程度で数万単位を押し返す事など、現実には不可能なのだ。
――神様!
バードは思わず神に祈った。こんな時だけ虫の良い話だとは良く解っている。
ただ、それでも人は神に祈るのだと痛感した。
そして、余裕がある時にスミスが祈っている意味を知った。
イスラームの教えにある礼拝の義務・サラートは、純粋な感謝だと。
『エディ!』
『無駄口を叩く前に行動しろ!』
言い募ったドリーを振り払うようにエディは言った。
もはや状況的にどうこう出来る訳では無いのだ。
ならば救助を受けるに当たって最善の行動をするしか無い。
恐らくは大気圏外や周辺基地からの救助を待つしかないのだ。
荷の勝る負荷を負えば、少々の無理をしても無駄なのだ。
『救援を信じて最善を行なえ。ヒーローは諦めないからヒーロー足り得るんだ』
都合のいい強がりで場を逃れた。誰もがそう思うエディの言葉だ。
ただ、その裏にあるものも知っている。
エディと言う人間が持って生まれた運の良さは折り紙付きだ。
『だけどよぉ!』
スミスの言葉が荒々しい。
普段から発音の端々が力強い中等系の男故に仕方がない部分もある。
そして、そんなスミスに当てられたのか、ドリーまでもが叫んでいた。
『このまま橋を上げちまったら、帰ってから軍法会議も……
仲間を見捨てて逃げる事は、軍にとって何よりの重罪だ。
ただ、その言葉を言い終わる前にスミスの声が途絶えた。
ジャクソンの視界に乗っかっていたバードとアナが叫んだ。
『スミス! ドリー!』『なんてこと!』
スミスの下腹部に直撃弾が当り、スミスの胴体が真っ二つに千切れた。
ドリーは左肩辺りが完全に吹っ飛んでいて、バランスを崩し蹲った。
それは小口径の小銃ではなしえない、強烈な一撃だ。
サイボーグの装甲服を完全に粉砕しただけでなく、基礎装甲まで破壊した。
『くそ! あいつを忘れてた!』
ジャクソンが弓なり弾道で銃を撃っても当らない距離にあるもの。
当った瞬間にスミスの全てを砕いたのは、強力な25ミリ機関砲だった。
『俺を棄てろ! 橋を上げるんだ!』
上半身だけのスミスは逃げようとしたが、そこにレプリの兵士が殺到した。
形勢逆転はあっという間で、レプリの兵士たちが至近距離から銃を撃ち始めた。
『FUCKING!』
遮蔽物から飛び出たビルは腰ダメにして銃を乱射した。
同じようにペイトンも飛び出していて、片っ端から射殺し始めた。
ただ、レプリの兵士は少々撃たれた程度で死ぬわけではない。
『くたばりやがれ!』
ライアンまでが飛び出して行き、スミスの持っていたM2を振り回した。
真上から振り下ろされる鉄の塊によりレプリは頚椎を粉砕し、行動不能になる。
それを見ていた全員が、レプリの弱点を頚椎部だと看破した。
そして、スミスに群っていたレプリを次々と払いのけていく。
だが、そんな状況においても、オーグ側の行動は一貫していた。
『全員伏せろ! 次が来るぞ!』
ジャクソンの叫んだ次の意味が何であるかを考える時間すらなかった。
再び25ミリ機関砲が火を噴き、レプリごと薙ぎ払われ始めた。
決してサイクルの速い砲火ではないが、その威力は折り紙付きだ。
事実、飛び散る白い血飛沫に混じり、火花と黒いオイルが飛び散る。
その元はビルとペイトン。そして、M2を構えたライアンだった。
「中尉!」
ヴァシリは思わず飛び出していた。
士官が負傷したなら、それの救護に向かうのは下士官の義務だ。
そして、兵卒を纏める役の兵曹長は、それが出来るかどうかで将来が決まる。
上官から安心して任せられる存在。部下から万全の信頼を預かる存在。
その為に、兵曹達は身体を張るのだ。例えそれがどれ程の危険であっても。
『バカ! 伏せろ! ヴァシリ!』
ジャクソンの絶叫が無線に響いた。
次の瞬間、胸部辺りに直撃弾を喰らったヴァシリがバラバラに弾けとんだ。
25ミリ砲の威力は凄まじく、レプリですらも後退を始めた。
『あいつを何とかしネェと!』
銃眼から銃を撃ち続けていたダニーが喚く。
ただ、現実にはどうしようもない威力なのだ。
『機関砲まで1500メートルを越えてますが、全速力で走れば15秒でしょう』
アーネストは武装などを全て落とし、装甲服のみの身軽な格好になった。
その状態で拳銃一丁と手榴弾を数発持つと、正門あたりに陣取った。
『ここから全速力で突っ込みます。支援射撃してください』
『無茶をするな!』
アーネストを止めるべくジャクソンが叫んでいる。
ただ、実際それでどうになるものでもない。
『いけますよ! 大丈夫です!』
何がどう大丈夫なのかと誰もが聞きたくなった一言。
だが、アーネストは遠慮する事無く正門を飛び出した。
腰を高い位置にキープし、両足を稼動限界一杯まで使っての全力加速だ。
レプリの隙間めがけ突入しようとしたのだろう。
ただ、その努力は一瞬にして終りを告げた。
『だから言っただろ!』
アーネストは左足付け根当りに直撃弾を受けた。
跳ね橋から数歩進んだところだ。
その場で反転したアーネストは、上半身だけを使って後退を試みた。
そんなアーネスト目掛け、25ミリ砲が次々と襲い掛かった。
周囲に次々と土煙が上がる中、アーネストは後退を試みていた。
『ちっきしょう!』
悔しさをむき出しにしたダブが叫ぶ。
ズリズリと這いずるアーネスト目掛け、レプリ兵士たちが再び前進を開始した。
この瞬間だけは25ミリ砲の砲撃が止まるのだが、姿を見せれば再開する筈。
『こうなりゃ自棄だ!』
ダブはそんな事を言いつつ、正門のところから橋の上に飛び出した。
最初にドリーを抱え、正門の中へと逃げ込んだ。
そんなダブ目掛け25ミリ砲が火を噴き、レプリを次々とミンチにする。
幸いにしてダブには当っていないが、回数行なえばいつかは当るだろう。
『届かねぇかなぁ』
ダニーは銃眼から数歩下がり、手榴弾を力一杯に投げた。
サイボーグならばと思ったのだが、どう投げても300メートルが限度だ。
ただ、幸いにしてその一撃はレプリが固まっているところに落ちた。
多少は効率よくレプリを駆除できるのだが……
『もういっちょ!』
今度は助走をつけておもっきり投げたダニー。
中を舞った手榴弾は400メートル近くを飛んで爆発した。
だが、その爆音は予想以上に大きかった。
あれ?とダニーは空を見上げた。同じようにチームの面々も空を見た。
攻め立てるオーグの側のレプリカントたちもだ。
『……やっと来たぜ』
『騎兵隊のご到着ってな』
ジャクソンが安堵するように漏らし、橋の上で転がっていたドリーがボヤく。
黒宮殿の上空にいたのは、超大型のローターを持つV-TOL機だ。
その腹下には地上戦向けにシェルがぶら下がっていた。
――――こちらDチームのウェイド大佐だ
――――騎兵隊のご到着なので拍手を持って迎えられたい
新生Dチームの地上戦向けシェル12機は、空中から投下され地上へ降りた。
着地の段階で25ミリ砲を踏み潰し、戦闘態勢に入った。
『ウェイド。やっと来たか』
――――あれ? エディが居るのか?
ウェイドにすら話が通っていなかったらしい。
それに驚くバードだが、それ以上に驚くシーンが展開された。
シェルが持っていたのは、巨大な火炎放射器だったのだ。
そしてその威力は、全員が言葉を失うものだった。




