状況悪化
~承前
『まぁ、バーディーの言う通りだ』
テッド大佐はそう呟きつつ、タイミングを計っていた。
正門のやや後方、オーグ側の銃弾が届かない所に陣取り、間合いを見ている。
すぐ傍らにはドリーがいて、同じようにしていた。
サイボーグの脚力は、戦闘加速を行えば驚くべき速度を瞬時に叩き出す。
ただ、その速度がどれ程速かろうと、銃弾の速度を越える事は出来ない。
『なにか楯になるモノが必要ですね』
ドリーの言葉は苦渋に満ちたモノだった。
小口径で高初速な自動小銃の銃弾は、着弾距離が近くなると侮れないもの。
装甲服装備のサイボーグとは言え、連続して小銃に撃たれればダメージが残る。
小さな銃弾が持つ運動エネルギーが、装甲服を砕く事もあるのだ。
『戦車でもあればな』
呟くように言ったテッドだが、本音は違うところにあるのだろう。
ドローンが登場してからと言うモノ、地上戦の主役はドローン兵器だった。
AI制御で群れとなって行動する小型軽量の戦闘用ドローン。
それらは事実上使い捨てにされる特攻型兵器だった。
ただ、それらの兵器も量子コンピューターの登場で状況が一変する。
瞬時にハッキングされ、自爆するか攻撃目標をすり替えられてしまう。
通信型兵器が全く用を為さなくなった後、主役は再び有人兵器に戻った。
ただし、それらは重装甲で機動力のある装輪戦車だった。
こんな状況では敵のど真ん中に突っ込んでいける代物だ。
『ぼやいたって仕方が無いですよ。それより……』
何かを言いかけたドリーは、不意に人の気配を感じ振り返った。
そこに立っていたのは、大剣を抱えたタルタロスだった。
「難渋しているようだね」
タルタロスは抜き身の剣を見せ、ニヤリと笑った。
相当使い込まれているが、刃毀れひとつしていない。
「我らの吾子を救いに行くのだろう?」
「我らも加勢しようと思う。と言うか、加勢するのでよろしく頼む」
もう一つの声が重なり、ドリーは驚いて辺りを見た。
するとどうだ、ごく僅かでしか無い影の中から闇のエレボスが現れた。
文字通り、影の中から姿を現していた。
「あ……あの……」
どう言葉を発して良いか解らず、ドリーは僅かに混乱した。
だが、そんなドリーを余所にテッドは涼しい顔で言った。
「支援はありがたいのですが、そもそも皆さん方の救援が任務です。救援を受けてしまっては、あとで我々が困ります」
テッドの素直な物言いに、タルタロスとエレボスが顔を見合わ笑った。
「少なくとも現状では、無傷で切り抜けられまい?」
エレボスの言葉には、嘲りや蔑みでは無いモノが混じった。
心底心配しているのが解るのだ。
「君らもまた、我らの吾子ぞ。我らの助勢を不要と言うなかれ」
そんな事を言ったタルタロスは、大剣を構え斬り込み体勢になった。
全身の筋肉がグッと盛り上がるのだが、それは見事な黒光りだった。
「要するにね、最後の華を咲かせたいのだよ」
タルタロスの近くで剣を抜き放ったニュクスは、しなやかな構えを見せた。
ただ、その身体には幾つもの傷が残っており、まだ新しい傷もあった。
それは、コレまでの人生が決して平坦では無かったのだと雄弁に語った。
「我らヘカトンケイルの面々も人生の終点が近づいてきた――」
不意の女の声が響き、テッドは振り返って辺りを探す。
その声の主は身体に漆黒の布を巻き付けた女だった。
闇のエレボスがそこにいた。
「――最後は役に立って死にたい」
その手に持っているのは、驚く程大きな弓だった。
鉄で出来たその弓に矢を番え、エレボスは無造作に弓を引いた。
ギリギリと音を立てる弦は、驚くべきテンションだった。
「我らが吾子よ、永らいそうらえ」
エレボスが弓を放つと、瞬間的にブン!と鈍い音が響いた。
銃弾よりは遙かに遅いが、威力なら負けない一撃だった。
『え? なにそれ!』
驚いたアーネストが素っ頓狂な声を上げる。
エレボスの放った矢はレプリを幾人も貫いた。
『全員総力射撃! エディを救助する為ヘカトンケイルが出撃しそうだ!』
ドリーは考える前に叫んでいた。
エディを含めた参謀本部の思惑は解っているのだ。
ヘカトンケイルの全てを救助し、その身分保障を行っておく。
それはシリウス人民に対する懐柔策の仕上げだった。
つまり、シリウス社会を否定しないと言う意味だ。
故に、このヘカトンケイル達にはここで死んで貰っては困る。
何が何でも生き残って貰って、シリウス人民の前に出て貰わねばならぬのだ。
『勘弁してくれよ!』
ジャクソンは泣きそうな声で喚きながら、L-47を撃ち続けた。
次々とレプリの兵士が弾け飛んだが、いかんせん数が多すぎた。
『仕方ねぇさ!』
無線中にそう叫んだのはロックだった。
中途半端な位置で止まっていた跳ね橋は、閉まりきっていない。
そこへ走り込んだロックは跳ね橋を駆け上がり、一気に飛び出して川を渡った。
見事なエアウォークで中を舞ったロックは、着地の直前にレプリを斬った。
その反作用で衝撃を殺し、レプリのど真ん中へと飛び込む。
周囲360度全てを敵に囲まれたとき、それはロックの為のステージになった。
『我身既鋼! 我心既空! 天魔覆滅ってな!』
宇宙空間の高温炉で鍛えられたシリウス鋼の長刀は恐るべき切れ味だった。
右手の長刀と左手の短刀を連動させ、駒のように廻りながら全てを切り刻んだ。
どれ程に銃が便利でも、敵に手が届く距離なら刃物の方が有利。
しかもその使い手は、ブレスを必要としないサイボーグなのだ。
次々とレプリを切り刻みながら、ロックは前進し始めた。
その身体に、幾つも直撃弾を受けながら。
『野郎共! あのバカ野郎を援護しろ!』
テッド大佐は無意識レベルでそう叫んでいた。
正門側の銃眼全てが一斉に火を噴き、ロックを狙うレプリが撃たれた。
近距離はロックが惨殺し、ロックを狙うレプリは射殺される。
見事な連係だと誰もが思うのだが、そこの闇のエレボスが介入した。
「美事! 御見事為!」
鉄弓に矢を5本番え、ソレを一気に放ったエレボス。
その矢は軸その物が鋼鉄製で、先端は驚く程鋭いモノだ。
防弾チョッキを着ているらしいレプリですらも貫通していた。
「我らも参る!」
「夜のニュクス見参!」
タルタロスとニュクスが同じように跳ね橋から飛び出した。
着地点のレプリ達を幾つも斬り殺し、文字通りの無双状態だ。
「……アンディ中尉」
ヘカトンケイルの2人を見ながら、テッド大佐はそう独りごちた。
タルタロスとニュクスが見せるその振る舞いに、遠い日を思い出したのだ。
あのサザンクロス撤退戦の最中、最後の活路を切り開く為に飛び出した男達。
ブルーサンダーズと呼ばれたブーステッドの戦闘小隊は今も胸に生きていた。
時間を掛けて人を集めていったブラックバーンズのモデルだったのだ。
『……スゲェ』
感情の麻痺したような声音でライアンが言う。
ロックを中心にタルタロスとニュクスが前進していく。
幾ら銃弾を撃ち込んでも効果がなかったオーグの大軍団が後退し始めた。
2発や3発の直撃弾で死なないレプリだが、袈裟懸けに斬られれば話は別だ。
胸腔内の重要臓器全てを一撃で破壊されれば、幾ら頑丈なレプリも即死だ。
白い血をまき散らしながら死に続けるレプリの死体が、みるみる増えていく。
『……けど』
『あぁ……』
ビッキーの辛そうな声にダブが応えた。
幾ら刃物が強かろうと、一撃で絶命絶命しようと、絶望的な現実がそこにある。
どれ程の威力があっても、最終的に戦いは数だ。
タルタロスは次々と銃撃を受け、ボロボロになり始めた。
全身から血を流し、それでも戦う事を止めずに斬り掛かっていった。
ロックを挟んで反対側にいるニュクスもまた直撃弾を受けている。
装甲の類いを一切持っていない2人は、流れ弾でも大惨事なのだ。
闇のエレボスは危険な敵に矢を放ち続ける。
ただ、いかんせん敵が多すぎた。
『ダッ! ダメですよ隊長!』
唐突にドリーがそう叫んだ。ドリーが体調と呼ぶのは一人しか居ない。
正門側の誰もが見ている中を、テッドは遂に飛び出していた。
『ドリー! 後を頼むぞ!』
大地を蹴って一気に加速したテッドは、タルタロスへと走っていた。
そして、それを見ていたチームの面々はその理由を思い知った。
テッドが走って行く先にエディが居たのだ。
ヘカトンケイルの二人が撃たれ続けるのを見て、エディが飛び出していたのだ。
『こうなりゃ自棄だ! 野郎共! 着剣して突っ込め!』
ドリーは独断で跳ね橋を降ろしてしまった。
その瞬間、レプリ達の目がヘカトンケイルから黒宮殿に移った。
この瞬間まで当初の戦略目標を堅持していたのだ。
『上等だぜ!!』
正門側の中央に陣取っていたスミスが飛び降りた。
かなりの高度なので両脚にかなりのダメージが出る筈だった。
だが、スミスはM2の銃身を握りしめ、鈍器のように振り回していた。
着地の瞬間に飛び込んできたレプリを叩き潰し、返す刀で頭を砕いた。
重量があり、しかも強靱な構造のM2は、こうなれば大錘と同じだった。
シェルでの戦闘で大錘を使えるスミスなら、扱いは慣れていた。
『おらおらおら! 掛かってこい!』
細い跳ね橋の中央部で文字通りの仁王立ちなスミス。
その周囲には見る見る間に死体が積み上げられた。
『スミス! 今支援する!』
ジャクソンは残っていたマガジン2つ分を遠慮無く撃ち続けた。
頭をぶっ飛ばされればレプリだって即死だ。
バルケッタに向け進む3人に襲い掛かる敵は、いつの間にか減っていた。
「タルタロス!」
バルケッタを飛び出たエディは、タルタロスを抱きかかえていた。
全身に200発以上の射撃を受け、現状で生きているのが不思議な状態だ。
エディはそのままバルケッタにタルタロスを収容した。
すぐ後にニュクスとテッドが転がり込み、ロックはまだ外にいた。
「吾子よ! 何故逃げぬ!」
「ヘカトンケイルを置いてシリウス人が逃げられるものか」
絶体絶命のピンチで、タルタロスは既に声を出す事も出来なかった。
だが、そんな状況でもエディは静かに笑っているのだった。




