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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第18話 オペレーション・コロネット
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ブーステッドとパワードスーツと

~承前






『……FUCK!!!』


 ジャクソンの絶叫が突然無線の中に響いた。

 一斉に『どうした!』とか『何があった!』と声が返ってくる。


 だが、ジャクソンは『あのクソ共!』と叫んだだけで射撃を開始していた。

 次々にL-47の銃弾が次々と地上へ降り注ぎ、レプリがその都度弾けた。。


 何が起きているのか理解出来なくとも、ジャクソンが沸騰しているのは解る。

 誰もがその事態を知りたいと願った。そしてそれはスミスが実行した。

 全員の視界に自分の見て要る世界を転送し、情報を共有したのだ。


 その瞬間、無線の中から音が消えた。

 一瞬の静寂と痛いほどの沈黙が溢れた。そして……


『MOTHERFUCKER!!』


 ライアンが最初に絶叫した。

 間髪入れずにヴァシリもまた叫んでいた。


『FAUKING! WANKER!』


 大量に集まっていたレプリの兵士に向け、エディはガトリング砲を撃った。

 その砲撃から身を隠す為に逃げ込んだのは、皮肉にもあのクレーターだった。

 だが、そのクレーターにはエディの整えた死体があった。

 直撃弾を受け飛び散ったレプリカントは、その隣に斃れたのだ。


『……引きずってやがるぜ』


 その光景を一言でいうなら、常軌を逸脱した『キチガイ』になるのだろう。

 レプリカント達はクレーターの中に怨敵の死体を見つけた。

 次の瞬間、撃たれる危険も死の可能性も全て忘れていた。


 そして、その死体をクレーターから引きずり出し、持っていた銃で撃った。

 それだけで無く、ストックを叩き付けたり、石を投げたりした。

 文字通り、純粋な敵意の発露だった。


『くたばりやがれ!』


 スミスは残っていた最後の9ヤードを遠慮無くぶっ放した。

 死体を引きずって弄んでいたオーグのレプリ兵士が次々と挽肉へと変わった。


 ただ、レプリに感情は無い。完全に無いか、若しくは感情が希薄だ。

 死への恐怖も生への執着もない。ただただ、元気に動いているかどうかだけ

 そんなレプリ達は、次々と斃れつつも死体を引きずり続けた。

 まるでカーニバルのように、味方の中を練り歩いた。


 自分たちがゲットした戦利品を見せびらかすように。

 お気に入りのオモチャを見せびらかす子供のように。

 奇声を発しなから悦びを爆発させている。


 ――そういう風にプログラムされてるんだ……


 なんの根拠も無いことだが、それでもバードは直感で思った。

 あのレプリ達は、純粋なバーサーカーなんだと思った。

 何処までも続く底なしの憎しみと殺人衝動で染め上げられたのだ。


 ――――やれやれ。次は私の番だな


 ポツリとエディが呟き、全員が押し黙ってしまった。

 バルケッタの中で息を潜めるエディは、ある意味覚悟を決めたらしい。


 ――――ただまぁ……

 ――――はいそうですかと大人しく死ぬつもりは無いがね


 エディは艇内の武装を確かめ、戦闘継続を意思表示した。

 何処までも絶望的な状況にあって、なおもエディには敢闘精神があった。


 ――――かつて私の養父だった男はこう言ったよ

 ――――チャンスはそこらに転がっているもんだと

 ――――それに気付けばチャンスであり

 ――――気付かなければただの石ころか壊れた機械だ


 『……え?』と、心の内でそんな事を呟いたバード。

 エディがやっていたのは、バルケッタの非常起動回路を立ち上げることだった。


 ――――燃料はあと一回くらい宇宙へいける分がある

 ――――ヒドラジン系燃料による大気圏外非常燃焼をここでやる。


 大気圏外向けエンジンは環境対策の関係で液体酸素と液体水素が使われる。

 その比推力に文句を付ける余地は余りないが、更なる高効率エンジンもある。


 有毒なヒドラジン系燃料のエンジンはコンパクトで高出力だった。

 ただ、燃料自体に腐食性があり、扱いの難しい有毒液体なのだ。

 通常は大気圏内で燃焼フェーズに入ることなどまず無い。


 だがエディは、それをここでやらかすぞ?と仕度していた。

 緊急事態に陥ったとき、何が何でも脱出させる為の最後の手段だ。


 ――――全員ガス交換ゲートを閉じろ

 ――――なんせ有毒だからな


 バルケッタの内部からゴトゴトと音がするので、レプリの兵士が訝しがる。

 死体を引きずってカーニバルをしているレプリ達が表情を変える。

 そして、バカ正直に十重二十重とバルケッタを囲み始めた。


 逃げ場も無い程にビッシリと取り囲んだレプリ達。

 極上の窮地とも言えるその時だった。


 ――――緊急燃焼を開始する!


 エディは片肺だけ生きていたバルケッタの緊急脱出エンジンを点火した。

 その比推力は凄まじいモノがあり、バルケッタはグルグルと回転し始めた。

 推力線がバルケッタの中心軸を貫いていない関係で、回転するのだ。


 ただ、その燃焼温度は常識外れで、とんでも無い出力ときた。

 バルケッタの周囲に居るレプリの兵士達が次々とバーベキューになり始めた。

 肉が焼け骨が焼かれる臭い。そのふたつが黒宮殿の周囲に撒き散らされた。


『すっ! すげぇ!』

『あれで死にたくは無いですね』


 驚きの声を漏らしたビッキー。その隣に居たアーネストも呟く。

 高温高圧の燃焼ガスに焼かれ、レプリの兵士は事実上蒸発していた。


 一瞬にして芯まで焼かれる威力に為す術が無いのだ。

 そして、その煙が空へと舞い上がるのを見ながら、テッドが言った。


『さて、時間稼ぎ出来たな』


 燃料を燃やし尽くしたバルケッタは完全に沈黙した。

 偶然の流れ弾でエンジンが暴走した。

 そんな風にオーグ側が解釈してくれる事を祈った。


 ただ、現状においてもエディは艇内で息を潜めるしかない。

 バルケッタの周囲は騒然としていて、オーグ側の兵士が大量に駆けつけていた。

 生き残りを探しているのだろうが、実際にはそんなもの等ありえない。


『何とかなんねぇのかよ!』


 腹立たしげにスミスが叫ぶ。

 最後の弾を撃ちつくした50口径は、既に巨大な鈍器でしかない。


『サイボーグなんだから飛行ユニットくらいあればね……』


 スミスの世界を共有しているバードは、裏門側を牽制射撃しつつ言った。

 小型のジェットエンジンでも背負い、大気圏内で高機動歩兵でもやれれば……


『昔はあったぞ』


 ポツリとそれを言ったのはテッド大佐だった。

 突然そう呟いた大佐の声は、何となく懐かしさを感じさせるモノだった。


『遠い日、サザンクロス手前の地上戦でブーステッドの生き残りだった士官が仲間の為に血路を開くと言って空中へ飛び出して行った。ブーステッドのそもそもは、生身の兵士を使った高機動パワードスーツの研究からだ』


 その言葉と同時、エディから随分と解像度の低い映像が送られてきた。

 小型の兵員輸送車の中、モニターに映っているのは南欧系人種の士官だった。


 ――――少佐殿!


 兵員輸送車の後方ハッチが開いている。

 そこに立っている士官は、左腕が肘までしか無かった。

 その左腕でヘルメットを持ち、ふちに立って敬礼していた。


 ――――待て! アンディー! 行くんじゃない!


 エディの声が金切り声だ。

 間違い無くその時代のサイボーグが見ていた映像だとバードは思った。


 ――――論議をしている暇は有りません!

 ――――俺たちが血路を切り開きます!


 笑顔で言うその士官――アンディ――は、至って冷静に叫んでいた。


 ――――ここでは無駄死にだ!

 ――――死に場所は選べといってるんだ!


 そのアンディ中尉を止める為、エディは本気で叫んでいる。

 普段のエディからは想像も付かない声に、バードは息を呑んだ。


 ――――一輌でも多く脱出出来るなら本望です!

 ――――仲間の為に最期の義務を尽くす事こそ軍人の本懐です


 ヘルメットを被ったアンディー中尉は背中の姿勢制御エンジンを発火させた。

 不思議な燃焼ガスの臭いを感じたバードは、それがエディの感覚だと気付いた。


 ――――車外へ出たら包囲の輪の一番弱いところを探します

 ――――そこを突いてください

 ――――今までお世話になりました

 ――――自分の如き存在に目を掛けてくださって

 ――――言葉に出来ないくらい感謝しています


 アンディー中尉の言葉には、一片の演技も挟まっていなかった。

 心からの言葉を吐いたその士官は、花の様な笑みだった。


 エディの視線がグラリと揺れ、辺りを見回したのが解る。

 その視界にチラリと写ったのは、半世紀前のまだ若いテッド大佐だ。

 両眼一杯に涙を溜め、グッと奥歯を噛んでいた。


 間違い無く死を覚悟している。覚悟を決め、事に挑もうとしている。

 その姿は、悲壮感に酔った兵士が見せるモノでは無い。

 燃え上がるような義務感に駆られた、自己犠牲の精神だった。


 ――――アンディー!一つだけ約束しろ!


 エディの声が震えている。何故だ?とバードは思った。


 ――――はい

 ――――何でありますか?


 恐らく、このアンディ中尉も理解出来なかったのだろう。

 素直な声で聞き返したアンディは、エディの回答を待った。


 ――――自爆するな。可能な限り帰還せよ


 絞り出すように言ったエディ。アンディも思わず反論していた。


 ――――それは……


 アンディがなにかを言いかけた時だった。

 激しい音と震動に包まれた兵員輸送車の中に響き渡る大音量でエディが叫んだ。


 ――――中尉!

 ――――命令を復唱しろ!


 エディという人間は、力で人を従わせようとするところが一切無い。

 言って聞かせて理解させて、自発的に行動させるのが真骨頂だ。

 だが、ソレを叫んだエディには、そんなモノが一切無かった。

 それは、間違い無くエディの『情』だった。


 ――――復唱いたします!

 ――――可能な限り帰還いたします!


 そう答えたアンディに『よろしい! 行け!』とエディは言葉を返した。

 中尉は再び敬礼し、ハッチを飛び出していった。


『ブーステッドのパワードスーツ部隊が消えた理由はコレだよ』


 エディの声に沈痛さが混じった。

 それは、痛みの告白そのものだった。


『自己犠牲の精神によって被害が拡大する。ソレを防ぐ為だ』


 それは、バードを含めた全員が痛い程に理解出来る言葉だった。

 エディの言った自己犠牲の精神は、命令の拒否も含まれると気が付いた。


 つまり、撤退しろとか後退しろと言う命令を無視するのだ。

 仲間の為に、味方の為に、勝利の為に、自分を犠牲にする。


 そんな行為に一片の疑問も挟まない人間に士官は育てられるのだった。

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