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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
28/358

毒は毒を持って征す

 ――――タクラマカン砂漠中央部 タリム盆地

      中国標準時間 1月14日 1100




 タクラマカン砂漠の上空30キロ付近。

 バードはシェルに乗り音速を遙かに超える速度で飛んでいた。


 何の目標物も無い宇宙空間を秒速二十五キロで飛ぶのとは違う世界だった。

 恐ろしい速度で地上の景色が変わっている。

 視界に浮かぶ速度計は対地速力2200ノットを示していた。


「凄い綺麗……」


 バードはボソリと呟いた。頭上には黒々とした宇宙(そら)が見える。昼間だと言うのに星々の輝きすら見える。周辺は地球大気圏の青く透明な大気の層が見える。下の方には赤茶けた砂漠の大地。その向こうにはシベリアエリアの緑が広がっていた。


「さて、そろそろ来るぞ」

「地上エリアからの地対空兵器を確認。ロケットモーターの熱源感知。発射した。着弾まで二五秒」


 ドリーの声が無線に流れ、それに続いてジョンソンの声が無線に流れる。まるで機械音声の様なジョンソンの声。同時にロックオン警報が鳴り響く。脳内へ直接鳴り響くアラームが鬱陶しくて、バードは警報を切った。


「対地距離20キロ。降下速度毎秒200メートル」


 バードの視界に浮かぶ三次元パラメーターは順調な降下を示している。


「各シェル散開。地対空兵器を撃墜しろ。降下艇に着弾すると面倒だ。構う事無い。派手にやれ。実力の違いを見せつけろ。いけ!」


 テッド隊長の指令が飛び、降下艇のすぐ近くで大気圏内を降下していた各シェルは戦闘モードに入った。

 通常のグリフォンエンジンとは違うラムジェット推進のドルフィンエンジンは、吸気側スパイクをナセル側へ一メートル近くも後退させ、オリンピック競泳プール二杯分の空気を一秒で吸い込んで最大推力を叩き出していた。


 ただ、最初はそれなりな加速度を感じたバードだが、大気圏外で経験するそれに比べれば、まるで遊覧飛行の様なモノだと感じていた。大気摩擦による加熱崩壊を防ぐために、シェルの大気圏内飛行は最大速度マッハ四程度に抑えられている。

 もっとも、その速度でいかなる戦闘機ですらも追随出来ない空中運動を行うのだから、従来兵器に対応している対空戦闘手段でシェルと戦うなど、狂気の沙汰だ。


 バードは身体を捻って一気に高度を落とし始めた。空中射撃に関しては自信がある方だから、ファーストコンタクトは自分がと狙った。

 しかし、そのすぐ脇を通り抜けたジャクソンはミサイルに対し迎撃射撃を開始した。まるで電柱の様な煙の柱を空へ立てて登ってくる地対空ミサイル。そこへジャクソンの正確無比な射撃が降り注ぎ20発少々のミサイルがあっという間に迎撃された。


「よし! 今日は冴えてるぜ!」

「仕事全部取られました~」


 急降下した後で再び高度を上げたジャクソンがバードとハイタッチ。

 だが、タッチの直後にそれぞれの後方乱流が絡み合って、錐揉み上に振り回された。


「大気圏内を音速で飛行中だと気流に影響されて危険だ。不用意に接近しすぎるなよ」


 テッド隊長の言葉が笑い声混じりで無線に流れた。


隊長(おやじ)! そう言うのは早く言ってくれよ!」

「そーですよ! 本気でビックリしたんだから!」


 ジャクソンとバードが笑いながら抗議した。


「二人の頭は帽子(カバー)の飾り台以外に使い道あるのか?」


 呆れるような口調でジョンソンが呟くと、無線の中にドッと笑いが起きる。

 さっきまでの尊敬できる上司ではなく、ごく普通のブリテン人が戻ってきた。


 だけど、その言葉は悪意や敵意ではなく、ジョンブルなりの場の和ませ方だ。

 今なら『そういうモノだ』とバードは自信を持って言える。


「さて、そろそろ一気に降下するぞ。空中での姿勢制御は各自で研究しろ。急降下し過ぎると機体を起こしきれなくて激突する。あんまり調子に乗るなよ」


 テッド隊長のシェルが一気に急降下を始めた。編隊飛行ではなくバラバラになって高度を一気に下ろし始める。バードの視界に浮かぶシェルの機動限界上を真っ赤な線が延びる。地球の重力を受けて、歪な形をした不揃いの花のようだった。


「地上に戦闘車輌を多数確認」


 ジャクソンの声と同時にハイライト表示された装甲車輌群が浮かび上がる。バードはモーターカノンに装填する弾丸を榴弾から徹甲弾へと変更した。四十ミリ砲の装填マークが榴弾を示すピンクから徹甲弾を示す赤に変わるのを確認する。


「地上掃討を開始する。それぞれの隊の責任範囲をきっちりヤれ」


 イエッサー!

 各々が元気よく応えて急降下を開始する。独特の風切り音が響く。その音はまるで死者を呼び起こすサイレンだった。人間の恐怖心を最も効率よく煽る周波数とも言える。

 ジャクソンとリーナーの僚機に挟まれタイミングを伺うバード。だが、ジャクソンは構う事無く高々度からの精密射撃を開始する。


「400発程ぶっ放す。そしたら急降下してくれ」

「りょうかい!」


 ジャクソンの射撃が始まり、それを眺めているバード。

 だが、無線にはリーナーの声が入った。


「バード。俺はここの――


 バードの視界に写る地上の光景へリーナーが線をひいた。

 現実の光景にオーバーレイされる作戦目標と状況説明。

 これは何度体験しても便利だと思う代物だった。


 ――トレンチ(塹壕)ヘッジホッグ(対空射撃拠点)コールボックス(トーチカ)を優先的にぶっ潰す。オープントップな抵抗拠点はバードに任せるけど、良いか?」


 コールボックスってなんだっけ?と一瞬だけ考えて電話箱だとバードは気が付いた。こんな状況でもジョークが飛び交うのかと驚くと同時に、Bチームの面々は常に状況を楽しむ余裕があるんだなと改めて気が付く。


「オーケー じゃぁエリア東半分は私のポジション」

「西半分は俺が()るから問題ねーな」


 20秒程の間にジャクソンのステージ制圧が終了し、三人はシェルを一気に急降下させた。風を切って急降下してくる音がエリアに響き、地上側は大混乱に陥っていた。高度30キロまで到達できる地対空ミサイルはあっと言う間に全滅した。それだけでなく、地対空射撃拠点のミサイルランチャーや地対空砲座の全てが空中から降り注いだ大口径機関砲の餌食に成って爆発炎上した。


「火災を鎮火しろ! 負傷者は救護所へ! 重傷者は処分しろ!」


 前線指揮官の声が響く。しかし、事態はいっこうに改善しない。

 業を煮やした指揮官は拳銃を頭上へ掲げて数発発砲した。


「お前達それでも人民解放軍か! 誇りを見せ――


 突如、猛烈な音速衝撃波が地上を襲った。地上三百メートル程の高度をマッハ4で通過したテッド隊長機は、その通過時のソニックブームだけで燃料貯蔵庫に大爆発を発生させた。


「この方が早いな」


 隊長の一言でシェル各機が地上三百メートル程の高度を次々とフライパスし始めた。

 プレハブ事務所の窓ガラスなどが粉々に割れ、地上にいた兵士達は鼓膜に異常を来たし、至近距離で衝撃波を受けた物は吹飛ばされ壁に叩き付けられた。


「陣地東部に敵戦車!」


 多少ノイズ交じりの声が聞こえる。多分リーナーだとバードは思った。視界のバトルフィールドマップに赤く点滅する反応が幾つか見える。一つ二つと数えていって二十と幾つかの反応だ。


「スミス! リーナー! 血祭りに上げろ」

「イェッサー!」


 スミスとリーナーが挟み込むように襲い掛かった。

 戦闘機動を行っているとは言え、戦車でシェルに戦いを挑むのは無謀だ。

 

「すれ違いザマにモーターカノンを使う。お互い右半分をヤろう」

「オーケー ショータイムだ!」


 リーナーの声が珍しく弾んでいる。スミスもノリノリで攻め込んでいった。

 おそらくは精一杯逃げようとしているのだろうけど、シェルの機動から逃れるなど土台無理な話だ。次々と真っ赤な炎を吹き上げて敵戦車は撃破されていく。戦車の群れに突入した二人は、すれ違いザマに全ての戦車を一瞬で血祭りに挙げた。


「まぁ、こんなもんか?」

「なんだかチョロいな」


 音速の4倍以上で大気圏内を飛行しながら、地上掃討を進めていく。


「西側12キロ。新手の戦車群42輌」


 抑揚の無い声でレーダー情報を読み上げたジャクソン。広域をスキャン出来るレーダーは実に便利だとバードはいつも思うのだけど。


「さて、あっちは――


 何かを言いかけたテッド隊長の言葉が無線に流れた時だった。

 新手の戦車群が次々と火の玉になって墜落し始めた。


「何が起きてる?」


 訝しがるテッド隊長の声。

 その直後、ドリーが答えを見つけた。


「降下艇からエアバレルが発進したみたいだな」


 降下艇を飛び出した空中戦車(エアバレル)は、急降下しながら敵戦車に襲い掛かっている。32輌の海兵隊戦車と42輌の敵戦車が空中戦を始めていた。


「よし、アッチはエアバレルに任せよう。こっちは地上の人民解放軍と話をつける」


 隊長機の速度がグッと落ちた。


「連中素直に応じますかね?」


 速度を落としながらジャクソンは地上を片っ端からスキャンしている。

 同じ様にバードもスキャンをかけていた。


「地上展開中の兵士にレプリ反応は出てません。おそらく全部生身です」


 各機の速度は遷音速程度まで落ちていた。ラムジェットエンジンはこの速度程度になると、自力で推力を維持する事が出来なくなり始める。


「各機失速に気を付けろ。エンジンのコンプレッサー電源を忘れずに入れろ」


 隊長に促されバードはエンジンのモードを切り替えた。コーンスパイクが一番前までせり出し、内蔵されていたモーター(機関)により圧縮が始まる。ラムジェットエンジンは通常のターボジェットエンジンへと切り替わった。


「着上陸エリアの掃討を確認。爆発物反応なし。トラップ反応なし」


 リーナーの読み上げに続きジャクソンが確認している。


「周辺にスナイパーの赤外線反応なし。レーザー反応もなし」


 超低空を地形に沿って舐める様に飛んでいるシェル各機。

 地形追随レーダーに誘導されているとは言え、その速度は尋常ではない。


「ジョンソン。地上に連絡を入れろ。所定手順で所属を尋ね降伏勧告だ」

「イエッサー」


 ジョンソンは全バンドを使って地上へ呼びかけを始める。


「地上で迎撃中の国籍不明軍に通告する。こちらは国連宇宙軍海兵隊である。戦闘を直ちに停止し降伏を勧告する。繰り返す。戦闘を直ちに停止し降伏を勧告する。戦闘を継続する場合は中国政府の代理として地上を完全に掃討する」


 しばらくの沈黙。

 皆が地上側の出方に注目している。


「地上で迎撃中の国籍不明軍にもう一度だけ通告する。こちらは国連宇宙軍海兵隊である。戦闘を直ちに停止し降伏を勧告する。繰り返す。戦闘を直ちに停止し降伏を勧告する。戦闘を継続する場合は中国政府の代理として地上を完全に掃討する」


 大きな円を上空に描きながら飛ぶBチームのシェル。斜めに傾いた建物から若い兵士が飛び出してきて、上空のシェルに向かい対戦車ロケットを構えた。その直後、別の兵士が建物から飛び出してきて、対戦車ロケットを構えた兵士を射殺した。


「仲間割れかな?」

「錯乱してるんだろ。あのほうが早い」


 ライアンとペイトンが物騒な事を言っている。

 その言葉を聞きながらバードはひたすら地上を観察していた。


「こちら、地上展開軍責任者。中華人民共和国人民解放軍である。我々は中国政府の正式な軍隊である。戦闘の即時停止を希望する。責任者と直接話をしたい」


 食い付いてきた!

 無線の中に明るい声が流れた。


「ジョンソン。こっちに攻撃した理由を突け。いつもの調子でな」

「イエッサー!」


 ジョンソンの声が弾んでいる。

 これは酷い事になるぞ!と、耳を傾けた。


「地上のどこにも紅旗が見られないが、人質を容赦なく射殺し宿舎を爆破する事に一切の躊躇が見られぬのだから人民解放軍なのは間違いないと思われる。見事に統制の取れた戦闘は間違いなく国家軍隊だろう。若干信用するには心許無いが要望は受領した。本物の人民軍である事を神に祈る。もし我々を騙すつもりであるならば、それ相応の報復を行う。念のため先に聞いておきたい。我々の降下に対しなぜ先に応戦した?」


 僅かな沈黙が流れた。

 皆、笑いを堪えるのに必死になっている。


「上空から一方的に艦砲射撃を加えてくる組織を国連軍と認識するに足る保障が無かったからだ。シリウス政府組織の横槍だった場合、我々が手痛い一撃を被る事になる。人質はテロリストと結託している確証を得たので粛清しただけだ。いずれにせよ、そちらの責任者と交渉する事を希望する」


ボス(隊長)?」


 ジョンソンの声が笑いをかみ殺しているかのようだ。

 楽しくて楽しくて仕方が無いといった空気なのだが。


「そろそろエディが降りて来る。降下の安全を保障させろ」

「イエッサー」


 再び声色の変わったジョンソン。


「自分は国連宇宙軍海兵隊。軌道降下強襲隊のジョンソン大尉だ。これから我々の本体がシリウス派テロリストを掃討する為の降下を開始する。中国政府の代理として降下への同意を求める。万が一、この隊に地上からの攻撃が有った場合は、艦砲射撃を含むわれわれの持てる全力で地上を掃討する。どう対処するかは貴官に一任する。貴官と貴官の家族が幸せな明日を迎えられる為の賢明な判断を願う。なお、拒否という言葉は戦闘再開を希望する物と解釈する」


 こんな時の高圧的で居丈高な物言いはジョンソンの十八番だ。バードを含め、メンバーが笑いをかみ殺して無線を聞きながら上空を旋回し続けている。まるで獲物を狙うハゲタカがグルグルと空を舞うようにだ。


「小職は人民解放軍第七軍管区責任者の劉基炎(リィゥジーイェン)少将である。甚だ不本意だが降下を歓迎する。地上からの迎撃行為は小職の命でたった今禁じたところだ。万が一現場の兵士が勝手な活動をした場合は、そちら側の判断で反撃する事に同意する。中華人民共和国連邦へようこそ」


 まるで苦々しいクスリを口内で噛み砕いたかのような言葉が流れてきた。歯の浮くような偽善とは言うが、歓迎されざるウェルカムコメントにBチームのメンバーが大爆笑した。


「上出来だジョンソン。上に連絡しろ。エディたちが降りて来るだろ」

「イエッサー」


 ジョンソンの報告が上にあがって程なく、降下艇から一斉にパラ降下が始まった。地上からそれを見上げていた兵士達は、空が全て多い尽くされるような数のパラシュートに青ざめる。

 やがてそれらが全て地上へタッチダウンを決めた後、大型の降下艇が優雅に地上へと着陸した。無事の着陸を見届けたブラックバーンズも少し離れた所へシェルを着陸させる。

 人民解放軍の兵士が興味深そうに見ている中、整備中隊がやって来てシェルの燃料タンクへ大気圏内飛行用燃料を補給し始めた。


『エディよりブラックバーンズへ。全員シェルの中でもう少し待機してくれ』


 降下艇から歩み出たエディ少将は、見事な野戦装備で劉基炎少将と対峙している。少なくとも友好的雰囲気では無いし、どう見ても喧嘩一歩前だ。激昂しているらしい劉少将は拳を振り上げて抗議している。だが、エディ少将は平然と全てを受け流していた。


「エディがマズんねーと良いな」


 ロックがボソリと呟いて、それきり、無線の中から会話が消えた。

 飲み込む必要なんか無いと解っている筈なのに、バードは息を呑んでいた。





 ――――タクラマカン砂漠中央部 タリム盆地

      中国標準時間 1145





 砂漠色の大地へ着陸してから既に三十分経過していた。

 そろそろ痺れを切らし始めるバード達ブラックバーンズの面々。

 だが、エディ少将と劉基炎少将の押し問答は続いている。


 そんな中、海兵隊の本体が大型降下艇で続々と降下を始めていた。既に十艇程度が成層圏へ突入し、最初の艇は対流圏との境辺りで後続を待っている。一艇辺り百人からの重装備な海兵隊が乗艇しているはずだ。更には空中戦車(エアバレル)野戦重砲(エアカノン)が同乗しているはず。実際の話、力での勝負なら数に劣っていた所で充分押し返せるだけの戦力だ。


『ところでバード』


 突然バードの脳内にテッド少佐の声が流れる。


スケルチ(内緒話)ですか?』

『あぁ、そうだ』


 テッド少佐の声が若干緊張しているとバードは思う。


『例のレプリはどうなった?』

『結局見つけられなかった後、ハンフリーのマスターチーフに任せたのですが』

『発見の報告は無いか』

『はい』


 テッドの声に僅かな苛立ちを感じるのだが、現状では如何ともし難い。


『おそらく地上に降りています。どこかで脱出をはかってると思うのですが』

『まぁ、ここから歩いてどこかへ脱出できるほど甘いモンじゃ無いだろう』

『タクラマカンの名は伊達では無いと思います』

『お前と同意見だ』


 それきり二人とも押し黙ってしまった。

 不自然なまでの緊張と切迫感にバードは僅かな違和感を感じる。


『隊長。まさかとは思いますが』

『おそらくお前と同じ事を危惧している』

『自爆要員で無い事を祈ります』

『墓穴へ飛び込んで自爆されるのだけは勘弁願いたいものだ』


 ファイナルグレイヴの地下深くに眠っている放射性物質の濃度は、連鎖核反応を発生させる程では無い筈だ。ただ、中国共産党政府が対外的に発表している数字が信用に値するならと言う前提条件がそもそも怪しい。

 だが、リアクター(原子炉)の中で最も安全でメルトダウンもスタンピードも起こさない重粒子線照射駆動型原子炉と同じ様に、低濃度放射性物質とは言え大量の重粒子線を浴びせかければそれなりに反応は起こす。


 核砲弾程度の物だったとしても至近距離で小規模核分裂反応を発生させれば、連鎖的に爆発的反応を起こす事は理論的に可能だ。爆破の実行犯は確実に死ぬ事には成るが、少なくとも地球上の地下深くでそんな振動が発生すれば地球規模で大規模な振動波が駆け巡る事になる。


 地震の巣とも言えるエリアでは偶発的大規模震災が。火山帯では活動の励起が。強い応力を受ける断層帯などでは、大規模な断層活動が発生するだろう。そうすれば地球規模での災害に対処するため、各国の政府機関は国連への関与を弱める事になる。国連宇宙軍を維持運営するための供託金も支払いを渋る国家が続出するだろう。

 国連機関最大のスポンサーとも言える日米欧の政府機関などは、災害対処のために予算を割かざるを得ない訳だ。


『地球規模での災害の連鎖は悪夢です』

『全くだな。どうか違うターゲットであって欲しいモノだ』


 緊張から来るストレスにみぞおち辺りへ違和感を感じ始める。無い筈の胃が違和感を覚えるのは、きっとファントムペインの一種だとバードは思った。


 ただ、無為に時間を浪費するのは勿体無い。暇つぶしをかねて降下し続けているODST兵士のリストをチェックしていた。

 膨大な量の個人ファイルを確かめて、一人ずつチェックしている。トータル六千人に及ぶ個人情報をチェックするのはそれなりに骨が折れる。だけど、この場でそれを出来るのはバードしかいないのだから。諦めて一つずつやるしかないと、そう考えていた時だった


『え?』


 短く言葉を発したのはスミスだった。

 バードの位置からはスミスの影になる側で爆発が起こった。


『何があった!』


 テッド隊長はシェルの周りにいた整備中隊へ退去を命じつつ、エンジンの始動を開始した。同じ様に各シェルが一斉にエンジン点火体勢に入った。


『解りません! しかし、少なくとも二輌の戦車が炎上しています。更に三輌の戦車が始動または戦闘態勢に入りました! 現在二〇三号車がエンジン最大出力で起動中!』


 スミスは半ば絶叫状態になりつつもエンジンを始動し離陸体勢に入った。整備中隊が慌ててシェルから離れ、耐熱装甲の付いたエスケープボックスに退避した。


『戦車が二輌起動しました。周辺の戦車を手当たり次第に攻撃中!』


 別の角度から見ていたリーナーが叫んだ。同時にリーナーの見ている世界をBチーム全員が共有した。Mー38空中戦車(エアバレル)が高度五メートルほどに上昇している。


『各機準備出来次第離陸しろ!』


 大きな声で返事を返したバードは整備中隊へ退避の指示を出した。

 蜘蛛の子を散らすように掛けていった整備兵が戦闘整備車両へ逃げ込んだ。


『バード離陸します!』


 周辺に有った工具や空っぽの弾薬箱を吹き飛ばすバードのシェル。


『周辺を攻撃しているのは二〇三号車と三〇五号車! 宇宙軍関係車輌を手当たり次第攻撃中!』


 スミスの声が無線に流れる。


『ペイトン! ライアン! 車内カメラをハッキングして私に見せて!』


 そう叫んだバードの声に連動して、ペイトンとライアンはあっと言う間に戦車内の様子を映し出した。バードの視界に浮かぶインジケーターが真っ赤に染まっていた。


『こんな所に居た!』


 中途半端に暖まっているエンジンを構わず最大推力へ持っていく。

 猛烈なエンジンブラストが伸び、焼かれた地面が蒸発を始めた。


『戦車内搭乗員にレプリ反応! ファッキン! サノバビッチ!(このクソ野郎)


 怒り狂ったバードのシェルが音速の4倍で戦車に迫った。至近距離から超高速で迫る物体へ射撃など訓練されていたって出来るもんじゃ無い。戦車内部のモニターを見ていたレプリから表情が消えた。


『くたばれ!』


 普段のバードからはおよそ考えられない荒々しい言葉が流れた。モーターカノンの弾種を無意識に変更し、視界の中に浮かぶ敵性車輌をロックオン。

 主兵装の四十ミリモーターカノンは、一秒間の射撃フェース中に重元素弾芯の装甲貫通型徹甲弾と、炸裂し小さな金属ボールを弾けさせる榴弾と、そしてモンローノイマン効果を利用した超高熱轟爆波を生み出す成形炸薬弾を、曳光弾を挟みながら二十発近く叩き出す事が出来る。

 強力な電磁カタパルトを利用した超電磁砲から打ち出される砲弾はシェル自身の速度と相まって、音速の十倍近くで戦車に吸い込まれて行った。重装甲で高機動力を誇るMー38重駆逐戦車とは言え、それは戦車同士での戦闘の話だ。生身の兵士の反応速度を遥かに越えるサイボーグが搭乗したシェルと戦う事など、土台無理な話と言って良い。

 ぶ厚い装甲を貫通して車内で大爆発した榴弾がレプリを焼き払ったらしい。コントロールを失った戦車が地面へ激突し炎上している。


『バード! もう一輌は出来れば生け捕りにしろ!』


 テッド隊長の指示が飛ぶ。

 出来っこない!と叫びそうになったバードだが、その言葉をグッと飲み込む。


     士官は貴族だ


 ジョンソンの言葉が耳に甦る。

 出来るか出来ないかじゃ無い。

 出来たか出来なかったか、だ。

 

 それに対し真摯に努力して結果を残すよう努力する。それこそが貴族に求められる筈だと自己暗示をかける。

 だが、もう一輌の戦車は周辺に居た戦車を片っ端から射撃しつつ逃げ回っていて、困った事に見方で生き残った戦車が起動してしまい、空中退避を始めた。

 こうなると全てが敵味方識別装置上は味方の反応になる為、戦車同志では戦えない。最後は装置の電源を切って着陸するしかない。


『各戦車長! 無理は承知の上だけど、着陸して! どれが敵だかわからない!』


 羽虫の乱舞が如き戦車のタコ踊り会場を音速で突き抜けたバード。すばやく向きを変えて戦車の側面に書かれた車輌番号を読む。最初に撃破したのは三〇五号車だった筈だ。もう一両は二〇三号車。どれだどれだと自動識別センサーのスイッチを入れて探すのだが。


『バード! 手伝うぜ!』


 スミスとリーナーがやって来た。更に乱舞する戦車の外をジャクソンとライアンがグルグルと巡回している。


『何処にいやがる!』

『ウチのお姫様に手間かけさせやがって!』

『大人しく出てくれば苦しまずに死ねるんだがな』


 かなり際どい事を言いながらも戦闘機動を続ける仲間達。

 バードは群れの中を突き抜けながら二〇三号車を探した。


『居たぞバード!』


 ライアンの視界に浮かぶ戦車二〇三号車がバードの視界にもハイライト表示された。

 同時に二〇三号車の発進していた敵味方識別装置の信号がロストする。


『レプリ戦車のIFFを殺した。これですぐにわかるだろ?』


 ペイトンの言葉が聞こえ、同時にテッド隊長の指令が飛ぶ。


『戦車の中のレプリを絞り上げて吐かせたい。出来る限り殺すな』

『オヤジ! そりゃ無茶だ!』


 ジャクソンの言葉が鋭い。しかし、テッド少佐の声は冷静だった。


『わかっている。しかし、情報を吐かせん事には侵入ルートがわからん』


 ハイライト表示されている戦車にロックオンを掛けて射撃フェーズに入りかけていたバードは、テッド隊長の言葉に発車寸前の所で思いとどまっていた。


『飛行中の戦車を押さえるって出来るかな?』


 バードは機体を捻って隙間を縫いながら最短コースで接近した。

 戦車の背面に接近して推進ノズルへ至近距離から射撃を浴びせ、そのまま背面へ取り付く。


『あんまり無茶すんなよ!』


 気休めのようなジョンソンの言葉に苦笑いしながら、そのままバードは戦車を振り回して地面へと叩き付ける。派手な土煙を上げて戦車が乾いた大地に激突し、見るも無残な姿に大破した。


 だが、超低高度で無茶な起動を行ったバードのシェルもバランスを崩してしまった。スラスターノズルのベクトル方向を変え機体の上昇を試みたのだが、機体自体が持つヨーモーメントを修正する前に左肩が地面に触れた。

 こうなるとシェル自身の速度が仇になってしまう。グルリと回転して側転状態に陥り、まるで高速回転する洗濯機に放り込まれた様な状態になって、転地も左右も空間認識の全てをロスト。そのまま地面をスライドしていった。激しい土煙が巻き起こり、シェルも戦車も周囲からは見えなくなっていた。


『バード!』


 誰が最初に叫んだかは解らない。

 ただ、強い衝撃で一瞬意識が遠くなり、同時に視界が真っ赤に染まった。

 バードの耳にテッド隊長の声が聞こえたのだけど、そのまま意識は薄れた。


 僅かに残っていた最後の意識を手放す瞬間、隊長の『今すぐに歩兵が来る。バードを支援しろ!』と言う言葉を聞き、何処か安心して繋ぎ止めていた意識を手放した。恐怖も苦痛も無かった。遠い日、父親の背に負ぶさって歩いた時の安心感を思い出していた。


『近づく敵は無警告で攻撃しろ。千メートル以内に入れるな!』


 テッド隊長の指示に従ってBチームのシェルが一斉に戦車群の中へ突入を始めた。

 擱坐したバード機と戦車の間に割って入ったロックは、着陸と同時にシェルから飛び出して走った。背面のまま地面へ叩き付けられた戦車から、いく体かのレプリが這い出てきたからだ。


「ここで俺に三枚に下ろされるか、それとも素直に従うか好きな方を選べ」


 ロックのバトルソードが二振りとも鞘から抜かれている。その後ろにはスミスのシェルが三十ミリチェーンガンから鈍い光を放ちながらレプリを追い詰めていた。


「大人しくしてりゃ、もう少し生きてられるぜ」


 出来る限り冷たい口調で言い放ったロックだが、無表情のレプリはニヤリと笑った。


『ロック すぐに軍警が到着する。身柄を引き渡し一端離れろ』

『しかしバードを救助しなければ!』

『それは地上に任せろ! ちょっと面倒な事態だ!』


 小型のヘリに分乗した軍警が到着し、ロックに一瞥をくれてからレプリを拘束した。

 流石に手慣れていると思ったロックだが、面倒な事態という言葉が気になってシェルを離陸させた。


『レプリの身柄は引き渡しました』


 急上昇するレプリの視界に何かを捉えたロック。

 燎機が高度一〇キロ近くへ到達した時、視界に写るモノの正体を理解した。


『全員よく聞け。先に手を出すな。絶対にだ。ただし、撃墜される無様は赦さんぞ』


 ロックたちの視界の向こうには、中国人民解放軍の大型輸送機が幾つも飛来してきていた。その周辺には護衛として飛ぶ大量の戦闘機たち。

 そして地上には展開を終了した人民解放軍の将兵が整然と隊列を組んで居る。ざっと勘定しても十万はくだらないと思われる数だった。


『バードの救援を地上側で行っている。奴らをここへ近づけさせるな』


 テッド隊長の声に殺気が漲る。


『隊長! バードの救護に行かせてくれ! 地上を見たがバードのシェルはコックピット部分から岩に激突している!』


 チームのメディコ(衛生兵)であるダニーが要求を出した。だが、テッド隊長は返答を保留した。つまり、事実上の却下だ。上空から見ているBチームの面々。こうして眺めているだけでも、燃料はどんどん減っていく。


『シェル各機。ハロウィンパーティー(空中給油機)だ。燃料の少ない順にトリックオアトリート(空中給油)をコールしろ』


 空中管制の声が流れ、ダニーはテッド隊長が沈黙した理由を理解した。

 燃料さえ補給しておけば、救出後になんとかなる。


『ダニー 最優先で給油を受けろ 話はその後だ』

『イエッサー』


 ダニーのシェルがタンカー艇のデッキに着艦し給油を受け始めた。

 気ばかり焦る中、地上ではバードのシェルに人だかりが出来ていた。

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