艦砲射撃の中で・・・・
~承前
『まぁ、そう言う事だな。さて……』
ドリーは改めてキックオフを行い、銃を発射態勢に移行した。
それを見て取った全員が加速器の電源を入れ、キックオフする。
加速器の中の残留磁場をリセットし、強力な磁気渦の中に荷電粒子を溜めた。
『距離4000! 先行隊が船を下りた』
黒宮殿からまだだいぶ距離が有るところだが、シリウス軍は船を下り始めた。
川の畔は遮蔽物が無く、とにかく走るしか無い状況だ。
『いきなり撃って良いのかね?』
ジャクソンは不思議そうな声でそう言った。
基本的にシリウスの独立闘争は終わったと言う認識で社会が一致している。
交戦規定を再確認するまでも無く、平時に問答無用の銃撃戦は御法度だ。
だが、このヲセカイに逃げ込んでいるのは、国家組織では無くテロリスト。
もっと簡単な表現をするなら、ただの犯罪者の集団。
社会的にテロリストの指定を受けているなら、それは事実上、害虫扱いだ。
つまり、何処で殺そうが排除しようが問題無い。
それこそ、新兵器の実験をする上で的代わりにしても問題無い。
地球に吹き荒れたテロ闘争の帰結として、人類はそう結論づけた。
テロリストには生存権がないという解釈だ。
『一応は停止命令でも出すか?』
こんな部分ではビルの頭脳が役に立つ。
まずは停止を命じ、止まらなければ撃つと警告する。
どちらかと言えば警察権を行使し、相手に警告を与え戦闘の意志を確認する。
向こうが反撃してきたなら全面闘争モードに入れば良い。
だが……
『あちゃぁ……』
ジャクソンの視界を見ているバードは、そう呟いた後で言葉を失った。
一目散に駆けてくるレプリの大軍勢は、一斉に爆散し始めた。
ヴァシリとアーネストは、あらかじめ進行ルートへ地雷を設置していた。
地雷はある意味で最も悲惨な結末となる兵器だ。
踏んだが最後、強力な地雷ならば死ぬしか無い。
かつて、ソヴィエトを統治したスターリンは西側首脳を前にこう言ったという。
――――西部戦線が地雷で手間取っている?
――――そんなもの簡単ですよ
――――我が軍では兵士に踏みつぶさせている……と
それがどれ程に非人道的だったとしても、地雷の処理でこれに勝るモノは無い。
同じ事をオーグの指揮官が行っていた。とにかく前進するしか無かった。
『……まぁ、これで銃撃戦やっても問題無いな』
『あぁ。向こうもやる気満々だぜ』
ライアンのボヤキにペイトンがそう返す。
それとは違うところでヴァシリとアーネストが驚いていた。
『あいつら…… 恐怖が無いのか』
『いかれてる……』
驚きの表情でそれ呟いたヴァシリ。アーネストもボソリとこぼす。
ODST時代に散々見たはずだが、改めて見れば驚くのだろう。
そんなふたりにバードが言った。
『レプリに余分な機能は無いのよ』
『余分ですか?』
『そう。彼らには感情が無いから』
それがただの出任せである事など皆はとっくに知っている。
レプリにだって感情はあるし、バードが優しい言葉を掛ければ喜ぶ。
実際、感情を失っているのはブレードランナーの方だ。
とにかく非人道的な使われ方をするレプリに感情移入してしまう者は多い。
その中でレプリカントに転ぶ者が出てきて、最終的には敵になってしまう
『距離は?』
ドリーが無線の中をかき混ぜるように言った。
アーネストは『ざっくり2500!』を叫んだ。
レプリの兵士はこちらに向かって全力で走ってくる。
間髪入れずジャクソンから『主力到着まであと3分くらいか』の声が届く。
『ヴァシリ! アーネスト! 各個射撃を始めろ!』
『イエッサー!』
ドリーはまずここから始めるつもりのようだ。
裏門にいるバードはジャクソンの視界を見ながら言葉を失っていた。
――あー
――これ駄目なパターンだ……
理屈じゃなく直感で感じるモノは確実にある。
バードはこの時、正門側の守備が崩壊していくのを予見した。
現状では、直撃を受けても即死しない距離だった。
各個射撃では無く全力射撃を行うべきだ。
持てる火力を全て使って押し返すべきだ。
直撃弾を受けても死なないのだから、ラッキーヒットを期待するしかない。
幸か不幸か、オーグ側は一本道を進むしかない。
ならばこちらは、その一本道を叩き潰し続けるしかない。
本来なら、確実に即死させられる距離で確実に屠っていくのが賢明だ。
だが、押し寄せてくる敵への不安はサイボーグにだって確実にある。
不安は恐怖を呼び、恐怖は萎縮を生む。そして、辿る結末はひとつだ。
防衛線は突破され、困難な戦闘が続く事になる。
脱出の見込みは薄く、絶望的な現状に押し潰される事になる。
――やるなぁ……
どこか不安を覚えていたバードは、振り払うようにボソリとそうこぼした。
ヴァシリもアーネストもヴェテランらしい射撃でオーグを押し返し始めた。
アーマーベストを着ていないのだから、荷電粒子の塊は確実に肉を焼く。
ふたりはかなりの距離を承知の上で、皮膚の弱い所にそれを当てていた。
ただ、いかんせん数が多すぎて実行力としては心許ない。
『手堅いな』
ボソリとこぼすビルは、砦上部の高台から銃を構えていた。
進行してくるオーグを前に、どうしたモノかと思案しているのだが……
『ドリー。コッチも撃って良いか?』
ビルが珍しく射撃を提案した。
それが何を意味するのか、バードには痛い程よくわかった。
恐らくは弱点を見つけたのだ。そして、それを叩きたいと思ったのだ。
ここで叩いておかねば、間違い無く後々に影響が出る。
それは、理屈じゃなく積み上げてきた経験が導き出すものだった。
『……そうだな。各個の判断で射撃開始だ。チマチマやってる場合じゃない』
ドリーはそう決断し、正門側の各所に陣取った面々が一斉に射撃を始めた。
まだ距離がある関係で有効打にはならないかも知れない。
だが、レプリの兵士は碌なアーマーベストも着てないらしい。
距離2000を越える状況だが、バタバタと斃れ始めた。
――あ、そっか……
死ななくても良いのだ。
むしろ、殺さない方が良いのだ。
直撃を受けて蹲れば、後続に踏み殺される。
それが増えれば、前進の速度は遅くなる。
綺麗事でアレコレいってる場合じゃない。
まずは生き残る為の努力が必要だった。
『支援するぞ!』
尖塔の上からジャクソンが射撃を開始した。
ロングレンジにおけるL-47の威力は50口径機関砲に匹敵する。
かなりの距離だがジャクソンの道具では有効殺傷範囲だった。
『ウハッ!』
その直撃弾を見ていたビッキーが叫んだ。
エネルギー弾では無く実体弾頭を受けたレプリがパッと炸裂した。
ジャクソンは炸裂系の弾頭を使っていた。
レプリカントの白い血がパッと飛び散り続ける。
それと同時、物言わぬ肉塊が進行ルートのど真ん中に幾つも出来た。
当然、後続はそれを避ける事になる。そして、将棋倒しが発生していた。
『さすがっす!』
ダブの声が弾んでいる。
次々と射撃するジャクソンの弾頭は、2キロ以上彼方で威力を発揮した。
『あらら。団体さん。追加のようだぜ』
ジャクソンは再び自分の視界を転送した。
前進してくるオーグ集団の後方では、別の船が兵士を卸し始めた。
やや霞んではいるが、それでも凄まじい数での上陸だ。
――――こちらハンフリー射撃管制
――――Bチーム聞こえますか?
唐突に割り込んできたのはハンフリーの射撃管制だった。
すかさず『感度良好』の言葉をテッド大佐が返した。
――――支援砲撃を始めます
――――主砲塔を5基展開しました
――――有質量弾による砲撃を5斉射行います
連装の大型砲なので、5基ならば10門だ。
それが5斉射するのだから、落下してくるのは50発。
――うわっ!
ハンフリーの射撃管制が言いたい事は単純かつ明瞭だ。
直撃を受けたら蒸発するしかない。だからそれは諦めろ。
問題は、直撃以外で勝手に死なないでくれ。
それだけだ。
『全員衝撃に備えろ!』
テッド大佐の声が無線に響く。
それと同時、バードが見上げた空の彼方に、眩い光があった。
――来た!
艦砲射撃は着弾まで大幅に時間が掛かる代物だ。
どんなに高速で飛んでも、絶対的な距離が有るのだからやむを得ない。
そして、その砲弾はある程度自己操舵しつつやって来るのだが、誤差もでかい。
周回軌道800キロの上空なら、大気の抵抗などにより大きくずれる事もある。
着弾誤差500メートルと言うが、これは正直、歓迎出来ない数字だった。
『頭の上に落っこちねぇように祈っとけ!』
スミスはどうにもならない言葉を吐いて笑った。
そして、『アッラーフ!アクバル!神は見ていて下さる!』と付け加える。
どうで見てくれるなら、天国に行きたいものだとバードは思う。
しかし、そんな権利など自分自身にないこともまた、よくわかっていた。
『来るぞ! ヴァシリ! アーネスト! 隠れろ!』
ドリーがそう叫び、堡塁の中に居た4人が身を隠す。
その直後、凄まじい衝撃と震動が黒宮殿を揺るがした。
足下が波打ち、歪むような錯覚をバードは覚えた。
――凄い……
艦砲射撃の直撃を受けるのは初めてだ。
なんて威力だと驚くバードだが、何気なく見たジャクソンの視界に息を呑んだ。
降り注ぐ艦砲射撃のなか、テッド大佐が身を乗り出し空を見ていたのだ。
――隊長!
隊長はドリーだと直後に思うのだが、バードにとってテッドは今でも隊長だ。
そして、そのシーンが何を意味するのかも解っていた。
降り注ぐ砲弾の中、リディア大佐を探した日を思い出しているのだった。




