戦闘準備
~承前
――――心に飼っている虎をどうにかしないと
――――自分自身が喰われちゃうわよ?
バードの心に浮かび上がってきたのは、ガイアの放ったこの言葉だった。
瞬間的にバードの表情がスッと曇り、メンバーはバードの言葉を待った。
「でも、弱気の虫の話しは嘘だと思う。一度それで痛い目にあってるし、それに今回はどうやったって荷が勝ってるんだから、慎重にやるべきじゃないかなって」
それを弱気の虫と捉えるか、それとも成長だと考えるか。
何とも微妙なところだとテッドも思わざるを得なかった。
だが、少なくともこれはバードの直感だ。
言葉に出来ない部分でバードは事の本質を捉えているのかも知れない。
過去、バードの言葉を聞き流したが故に様々な事を経験した。
そして、時には手榴弾の安全ピンをも言い当てた。
ヴェテラン兵士たちの言うラッキーリビングの言葉なのだ。
その直感には絶対無視してはならない何かが含まれている筈だった。
「……バーディーがそう言うんじゃ間違いねぇっすよ」
ペイトンは表情を変えてテッドにそう言った。
そのテッドもまた首肯しつつ無線で本部を呼んだ。
『ガーダー ガーダー テッド大佐だ』
――――こちら前線本部
『増援を要請する。それと支援砲撃もだ。これは共に早急に手配を求める』
――――了解しました
『砲撃責任者に直接伝えてくれ。砲撃の誤差圏内に我々が入ったとしても構わず砲撃してくれと。15人で対応できる敵の数じゃない。これは必ずやって欲しい。それから、増援はとにかく大至急手配してもらいたい』
――――要望は伝えます
――――増援に付いてはスペンサー少将が既に手配中です
――――推定120分程度でノア基地を出発します
ノア基地。それはセントゼロの南西にある連邦軍の拠点基地だ。
そもそもに孤立大陸ヲセカイは地球のオーストラリア大陸程度な面積がある。
大陸中心部にセントゼロがあり、北部は平原で南部は山岳地系だった。
この黒宮殿は赤道に近い北部の砂漠地帯に位置していて、主要連絡道は少ない。
名も無い大河の恩恵がある場所だけはジャングルだが、基本は乾燥性気候だ。
『了解した。地上側は出来る限り遅滞活動を行なう』
――――幸運を祈ります
ハンフリーの通信主は、ありきたりな言葉で更新を終了した。
だが、そんな紋切り型の言葉でもこんな時には心強いものだ。
全員がそれを聞いていたのは間違いないので、テッドは説明を省いた。
「さて、じゃぁ始めるか。ブルがどれ位の増援を連れて来るか解らんが、可能な限り手は打った。ノア基地からならヘリで凡そ3時間だろう。つまり、増援は5時間後と言う事だな。後は我々の努力だ」
全員がイエッサーを返した。
何となくだが、ゾクリとした寒気をバードは感じた。
ただ、そこから先の1時間は、そんな事を考慮する余裕など微塵も無かった。
工兵や重機が何も無い現場な上に、その手の下働きな下士官や兵士が居ない。
つまり、Bチームはその全てを自分たちで準備しなければいけなかった。
そして、実は、こんな時にこそサイボーグは威力を発揮する。
単純な力と持久力に関していえば、生身の追随を許さないのだ。
バードとアナは手分けして裏門側の跳ね橋前に二つの陣地を作った。
土嚢に使う袋がないので、土塁を積上げざるを得ない状況だ。
「鉄板でもあれば、まだ安心ですが……」
ボヤキを織り交ぜつつも、アナスタシアは作業を休まずに行なう。
その向かいでは、同じようにバードも土を掘り返していた。
「鉄板入れると兆弾でやられるかもね」
「それもそうですね」
ざくざくとアナを掘り、50センチほど抉った時点で爆薬を敷き詰める。
無線発火式の電磁信管を突き刺し、その上から掘り返した土を被せた。
土の中に鋭い小石や破片を混ぜるのはサービスだとバードは思った。
直撃を受けても死なない程度に苦しませるのが正しい手順だ。
負傷者の後方送致には二名の手が掛かるのだから、3人が減る事になる。
一撃で死んでしまうようでは、正直、作戦失敗だ。
「これでやられたら……痛いだろうなぁ……」
ボソリと呟いたバードの言葉にアナが表情を曇らせる。
だけど、これをしなければコッチが危ない。
「……死にたくないですし」
「せっかく拾った命だものね」
「ほんとです」
バードだってアナだって、その思いは心から抜けてはいない。
どんな時だって、最後に生死を分けるのは覚悟だと知っている。
敵を喰い殺してでも生き残る強い意志が必要だ。
「気のせいかも知れないけど……」
バードは不意に空を見上げた。
降下してから数時間が経過し、空には雲が増えてきた。
支援砲撃を依頼したが、味方がいる場所への砲撃は目視照準が原則だ。
砲撃誤差圏が半径300メートル程度に収まらなければ、砲撃は出来ない。
野砲のように打ちっ放しの砲弾では無く、ある程度は自己操舵して修正できる。
だが、それでもやはり誤差は出てしまうモノだった。
「これじゃ砲撃できません」
「そうよね」
「……つまり」
「しっかりやれって事ね」
サクサクと作業を終わらせ、バードとアナは裏門の左右にある銃眼へ陣取った。
幸いにして視界は広く、射撃を遮る障害物は非常に少ない。
「しっかり数を減らして、後は増援を待つだけね」
バードがボソリとこぼしたその言葉は、アナスタシアの緊張を一段上げた。
現実問題として、手持ちの武装で対処出来る数では無いのだ。
裏門上部のオープンデッキで構えるスミスは、50口径の手持ち数が少ない。
キチンとした支援がない状況では、持って降りた弾の数に限りがあるのだ。
「……まさかここに予備が有るわけ無いしな」
「あったらありがたいぜ」
ロックとスミスがそんな事をぼやくが、それももう後の祭りだ。
ワンパッケージで9ヤード分しか無い弾丸ボックスは、全部で5箱だ。
これを撃ち尽くしたら、高価な機関砲もただの巨大な鈍器でしか無い。
「俺のC-26を置いてくから、コッチも使ってくれ。加速器のスペアは4本だ」
「悪いな……」
ロングレンジならば50口径の方が有利だ。
発射サイクルは遅くとも射程距離が約2500メートル有る。
「ロングレンジで削るだけ削って、お後はC-26の出番だな」
C-26ブラスターライフルの射程は凡そ1000メートル。
それ以上では重度の火傷を起こして終わりだ。
充分負傷するレベルだが、それでも確実に殺傷するには心許ない。
まず自分たちが生き残る事
この一大原則を忘れてしまうと大変な事になる。
死んでも良いからと戦闘に及ぶのは、バカのやる事だ。
増援が向かっているのだから、生き残り挟撃に持ち込むしかない。
「さて、俺の新しい遊び道具が猛威を振るうぜ!」
新型装甲服の背中にある武装マウントは4器。
そのウチ2器にC-26が装備され、2器は戦太刀がマウントされていた。
C-26を二丁ともスミスに譲ったロックは、愛刀の抜け留めを抜いた。
白銀に輝くおろし立ての戦太刀が涼やかな殺意を放ち、戦闘態勢に入った。
「さっきジャングルのところで使ったが、実に良い感じなんだよ」
「……それ、新型か?」
ロックが引き抜いた愛刀は、新たに打たれたモノだった。
シリウスに入植していた刀工が打ったそれは、シリウス鋼の太刀だった。
「地球には無い組成の金属だそうで、軽くて粘りがあるんだけど、とにかく刃毀れしないんだよ。ジャングルのところでいくつかレプリを斬ったけど、骨までスパスパ斬れる割りに、刃が丈夫なんで全く威力が落ちないんだ」
実はこの太刀。
エディが肝入りで作らせたシリウス産特殊鋼の太刀だった。
この太刀を見たロックは、即座に『エディのと同じだ』と言い切った。
研ぎ出され磨かれた太刀の光沢は、まるでクロームシルバーだ。
しかし、銀の類とは次元の異なる強靱さを兼ね備えていた。
「俺は戦闘刃の事は全く解らないが――」
スミスは慎重に言葉を選んでいる。
そこにアラブ男の優しさを見たロックは、ただただ静かに笑った。
「――敵に身を晒す以上、とにかく死なないようにな」
「あぁ。大丈夫だ、任せてくれ」
ロックは右手を握りしめスミスへと突きだした。
その拳へスミスが拳を当ててくる。
グータッチによるエールの交換が終わり、ロックは階段を降りた。
あとは飛び込んでくるのを待つだけだ。
『こちらスミス。配置についた』
『バード。配置よし』
『アナスタシア。配置よし』
『ロックだ。俺も配置についた。コッチは任せてくれ』
無線の中に4人の声が流れる。
裏門の戦闘配置が完了し、表門側の状況に耳を澄ました。
『ヴァシリです。第一堡塁に陣取りました。ダブの支援を受けます』
『こちらアーネスト。ビッキーと第二堡塁にいます。視界良好です』
いまいち影の薄いビッキーだが、こんな時は頼りになる。
元々が一般企業に居たらしいけど、細かい話を聞いた事が無い。
ただ、端端まで目が届き、細かい部分まで配慮が行き届く性格だ。
こんな時はサポートに主戦力にと頼りになるのだった。
『ダブ、ビッキー、ヴァシリ、アーネスト。いいか、絶対に無理をするな』
テッドの声に緊張感がある。
ただ、その声音は心地よい緊張だとバードは思った。
『後退できなくなる前に後退しろ。進退窮まってからじゃ遅い』
『イエッサー!』
物事にはタイミングがある。
最大効率でそれを行うのが最も良いのだ。
そして、ややあってジャクソンの声が聞こえた。
弾むような楽しさ溢れる声だった。
『来たぜ来たぜ! すげー数だ! こりゃ大歓迎してやらねえとな!』
その言葉と同時、ジャクソンの視界が転送されてくる。
川を遡ってやって来るボートの上には、大量のシリウス軍兵士がいた。
そのどれもが自動小銃を抱え、無表情に前方を見ている。
『これ、全部レプリだ!』
ブレードランナーが持つ識別アプリは、判別不能の評価だった。
機械は彼らが人間とは識別出来なかったと言う意味だ。
バードは視界に浮かぶ警報をそのままの意味で受け取った。
『まぁ、ありがちな話だろうな。消耗前提の戦闘だぜ』
ペイトンの怒れた声が無線にこぼれる。
その声にライアンが返答した。
『コッチが消耗しねぇようにしねえとよ』
何とも厭そうにそう吐き捨てたライアン。
ただ、それは全員が一斉に笑う切っ掛けだった。




