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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
27/358

エクストリーム・ミッション

 ―――――地球周回軌道 高度700キロ

       強襲降下揚陸艦 ハンフリー艦内 シェルデッキ




 エンジンの換装が進むシェルの隣。チームの面々は今回の降下で持って降りる装備を並べ、抜かりなく最終チェックを進めていた。何度か厳しい局面を経験したバードだが、今回の装備は過去に記憶が無い程の重装備だ。

 クルップ式無反動砲の原理を利用したB-17無反動砲は、見た目がバズーカそのもので、リボルバー式の弾倉には予備弾丸が七発も納められている。

 ソレを両手に二基担ぎ、さらにはC-26ブラスターライフルを二丁背負う。おまけに、ドラムマガジン装備のYack23も二丁もって行くのだ。装備だけなら歩く爆撃機だとバードは思う。


 だが、実際の話としてBチームの男性陣は更なる重装備だ。ガンナーのスミスに至っては二十ミリチェーンガンを予備弾薬二万発持った装備で降下するらしい。その装備だけで軽く200キロを超えるのだが……


「ねぇスミス。それ、歩けるの?」

「歩く訳ねぇって。シェル脱いだ場所でガンポイントになってるさ」


 楽しそうな笑顔を浮かべたスミス。

 まるで遠足に出る直前の小学生だ。


「見てろよ! ショータイムだぜ! 中国兵(チーノ)にジグを踊らせてやるさ! 弾が無くなったらMGー5もって突入する」


 こんな時、スミスは本当に楽しそうな顔をすると。バードは前々からそう思っていた。誰が見たって尋常じゃ無い装備を抱えたまま、超ご機嫌モードになっていた。


「バード! 手榴弾は多めに持てよ!」


 爆薬のチェックをしていたリーナーもご機嫌だった。どう見たってダムやビルを構わず吹っ飛ばせます!ってレベルの爆発物を抱えて、やたらとご機嫌になっている。

 その隣ではジャクソンがじっくりとLー47の照準軸線を調整している。


「遠距離狙撃で一人ずつ頭をぶっ飛ばす。痛いと感じる前に死ぬだろ」


 そんな言葉を吐きながらもニヤニヤとしているジャクソンは、スコープ部の反射をしきりに気にしていた。遮蔽物の少ない砂漠ではガラス部の反射が命取りになるのかもしれないからだった。


 メンバーそれぞれに銃火器の調整に余念が無いなか、ロックはただ一人、長刀を抜いて手入れをしていた。先のカナダで愛刀を一振り使いつぶしてしまっていたロックだ。しばらく姿を見なかったと思ったら、月面都市INABAに居る刀工のラボで新しい太刀を打っていたらしい。


「予備弾薬は多い方が良いけど、途中で撃ち尽くす位にしておかないとな……」


 今回初めて実戦投入されるその太刀は丁字乱れも鮮やかで、涼やかな殺意の如き空気をまとっているのだった。


「ロック…… 凄く楽しそうだね」

「楽しい訳じゃ無いが……」


 刃先を確かめるように指先を走らせて、それから鞘へと長刀を収めた。是光の銘を受け継ぐ恐るべき戦闘太刀が二振り。ロックの手で戦闘態勢へと姿を変え背なのクリップマウントへ収まって出番が来る時を待っている。


「俺は……戦って死にたいんだ』


 いつもと違い、何かに魅入られたような凄みのある笑いを浮かべたロック。

 ちょっと怖くなって一歩下がったバードは梵天の付いたブラシを『ハイ』と持ち上げた。

 ロックは一歩下がって腰を落とすと、予備動作一切無しに飛燕の速さで太刀を抜き放った。背中にさしてある鞘の中で既に剣を走らせ、まるで煙りでも散らそうと手を振る様にロックの右手が中を舞った。

 次の瞬間、バードの持っていた筆先の毛がコンマ5ミリほど削れて舞った。


「よし……」


 瞬間的にクロックアップしてロックの刃先を目で追いかけたバードだけど、サイボーグの高性能センサーですらその動きを完全には捉えられなかった。残像だけが残り、瞬きするより遙かに短い時間で白刃は鞘へと帰って行った。あまりの早業にバードは言葉を失う。


「バードよりちょっと早くここに居る俺だけど、こんなに重装備するのは初めてだ」


 どこか楽しそうにしているロックをバードは苦笑いで見た。バトルソードだけじゃ無く、銃火器もしっかりと抱えているロック。だけど、ロックの主兵装はやはり太刀の様だった。


「ロックだけじゃねーって。俺もコンだけ重装備したのは始めてた」


 ペイトンは両手に抱えた分隊支援火器を眺めながらぼやく。


「それっていつもはスミスが持ってる奴じゃん」

「まぁ、今回のスミスはミートチョッパー(挽肉製造器)だからな」


 MGー5を抱えたペイトンはせせら笑うような笑みを浮かべていた。

 今回はとにかく酷そうだ。そんな予感をバードは持っていた。


 地上での戦闘装備はシェルのペイロード内に収まる分だけおもちゃ箱(ハットラック)に納める事になっている。吟味に吟味を重ねて選んだ装備だ。乱戦になった場合でも、おそらく勝ちきれるだけの喧嘩道具を揃えたつもりになっていた。


「Bチーム集合!」


 装備を床に並べて確認していたら、テッド少佐の声が聞こえた。チームメイトが歩き始めたのを見て我に返り、シェル用の流体金属装甲服を着たまま集合地点へとバードは歩いて行く。その姿にヴェテラン(シェルバック)揃いのODST達が(どよ)めきをあげた。


 ――――地上でシェル使うらしいぜ

 ――――マジかよ

 ――――ソニックブームで潰されねぇようにしとけよ


 そんなヒソヒソ声がバードの耳に届くが、全部承知であえて無視した。

 涼やかに笑みなど浮かべ、楽しそうな様子を見せるのも仕事のウチだと思っていた。


 ――――少尉が笑ってるぜ

 ――――彼女、死神だからな


 物騒な事言ってるなぁと内心苦笑いしつつ集合地点へと出頭したバード。

 そこには降下作戦に参加する第一大隊から第四大隊の各隊長が集まっていた。


「場合によっては地上で海兵隊の各大隊に分散参加する。各隊で打ち合わせしておけ。我々は専用の降下艇から降下だ。高度20キロで降下艇から発進しシェルで地上を掃討する。大気圏外から予備砲撃が行われるが、ソレが終わり次第だ。味方に撃たれて撃墜されるなよ。士官学校の教本に失敗例として掲載され、永久に笑いものにされる」


 テッド隊長の言葉にBチームのメンバーがドッと笑う。そして、バードは隊長の指示に従いジャクソンやリーナーと共に第三大隊の隊長へ挨拶に行った。年中訓練している相手はここ第三大隊だからだ。

 ここの連隊長はロニー・フィールズ少佐。テッド隊長と仲が良く、年中あれこれ話をしているので、バードもすっかり顔見知りだった。


「フィールズ少佐」

「やぁバード。相変わらず粧し込んで美人が映えるな」


 ろくにメイクもしてないし、シェルの装甲服を着込んでいるのに?と訝しがるが、僅かに考えた後、それは少佐のジョークだと気が付く。粧し込んだ美人というのは重装備をさすスラングだ。


「少佐のジョークは相変わらずだ」


 ジャクソンがいつものようにヘラヘラと笑っている。


「君ら三人が一緒だと心強いな。まぁ、役目はわかっているだろうけど再確認する。我々はODSTの目標降下点1200メートル後方へ着上陸し、エリア周辺を掃討する。向こうはおそらく組織的抵抗を試みないだろうが油断はしない方が良い。所定の手順に従い降下艇で進入し地上で君らと合流。抵抗拠点を無力化しながら前進。しかる後に地上軍の進行を待って再編成だ。何か質問は?」


 バードは首を振って否定した。ジャクソンもリーナーも同じように否定している。

 そんな状況下、今度は第三大隊の各中隊長が下士官を連れて集まってきた。皆顔見知りばかりなので何も問題ない。


 第一中隊はジャックボウスキー大尉とシンプソン軍曹のコンビ。

 第二中隊はコスタ中尉とメロウズ軍曹のコンビ。コスタ中尉は女性士官で、しかも、第一遠征師団指折りな狙撃の腕前だ。

 第三中隊はジャーフィールド中尉とウーメル軍曹のコンビ。共に少数民族出身と言う事で、何かと馬が合うらしい。

 第四中隊はウメハラ少尉とリン軍曹のアジアコンビ。キャンプでバードと顔を合わせるとアジアントークに花が咲く組み合わせ。そして、ウメハラ少尉も海兵隊では有るが新任少尉だ。


「バード少尉。ウチの小僧共のケツを蹴り上げてやってくれ。遠慮する事は無い。目一杯やろう」

「了解しました」

「降下まであと二時間だ。それまで楽にしていよう。兵士も緊張しすぎている」


 フィールズ少佐はデッキの中を見回した。


「多少は気を抜いてやらないとな。それも士官の仕事だ」

「そうですね」


 敬礼して別れたバードは、シェル用装甲服の上からジャケットを羽織って艦内を歩いた。

 通常なら五千人程度の艦内に七千人近い人間が乗っている関係で、どこへ行っても人だらけだった。


『バード。ちょっとウォードルーム(士官室)へ来てくれ』


 無線の中に突然テッド隊長の声が流れた。

 なんだろう?とアレコレ考えつつ士官室へやって来たバードの目の前には、テッド隊長と一緒にアリョーシャが立っていた。


「とりあえずこれを見てくれ」

「これは?」


 小さな紙片に書かれているQRコードをスキャンすると、機密資料と書かれたデータがロードされた。視界の中に浮かぶ上等兵のパッチをつけた白人青年の画像。だが、直ぐにその画像の上に[+]マークが重なる。


「たった今しがた、アームストロング基地のセキュリティからこれが送られてきた。送信者はルーシーだが、ヘッダーにはNSAが付いている。おそらくは」


 展開されるファイルを見ながらバードは唸る。


「ネクサス()ですね。あぁ、そうか。監視カメラに拾われたんだ」

「おそらく艦内に居る。何処かに紛れ込んでいるはずだ」

「艦のクルーズパート(航海要員)に居るんじゃないでしょうか。おそらく降下要員では無いと考えて良いと思います。殆んど日焼けしていないので戦闘要員に紛れ込むのは難しいかと。あ、機甲師団とかならあまり日焼けしませんね。その場合は」


 バードはアリョーシャとテッドを順番に見た。


「地上降下中が危ないですね。空中でエアバレルは飛び出しますが、大気圏内ならエアバレルは戦闘機と変わりません」

「その通りだ。つまり、降下前の忙しいタイミングだが」


 アリョーシャは申し訳無さそうに肩をすくめた。


「わかりました。ちょっとネズミ捕りしてきます」

「スマンがそうしてくれ。現在地球標準時間で1月14日午前0時10分過ぎだ。降下開始は0145より順次発進を予定している。余り時間が無い」

「イエッサー」


 敬礼して部屋を出ようとしたバードへテッド隊長が声を掛ける。


「艦内士官も含めて機密扱いになっている。この件を知っているのはこの三人の他だと艦長とハンフリーのマスターチーフだけだからな。機密の取扱に気を付けてくれ」


 身体が半分部屋を出ていたバードは鋭い眼差しで首肯した。

 テッド隊長はサムアップでバードを見送る。

 ドアが閉まり、狭い部屋にテッドとアリョーシャが残された。


【バードもサマになってきたな。今は立派なブレードランナーだ】

【あぁ。最初はどうなるかと思ったがな。それに、あいつだけ気がつく事が多い】

【役に立っているか?】

【あぁ、もちろんだ。エディの目に狂いは無かった。さすがだよ】


 艦内のセキュリティレコーダーへ音声が残らないよう、二人は赤外で会話していた。

 旗から見れば無言のまま僅かに見詰め合っていたのだけど、テッド隊長はぞんざいな敬礼を送って部屋を出て行った。目指すはBチーム士官の揃うハンフリー艦内のガンルーム。やる事が多すぎて準備を全く終えていないテッド隊長の喧嘩支度はこれからだった。






 士官向け控え室へ戻ったバードはそそくさとシェル用装甲服を脱いで艦内用の事業服へと着替えた。誰が見てもただの海兵隊の航空士官姿だ。

 艦内用ファイルと無線機を持って廊下を歩いて行くバード。分厚いファイルの下には、偽装した自動拳銃を携行している。


「少尉殿。艦長より同行するよう指示を受けました」


 ふと姿を現したのはハンフリーの|グランドマスターチーフ《最先任兵曹長》であるクリストファー・ペントン。階級はマスターチーフと言う肩書きが表すとおりに、チーフ(下士官)を束ねる立場のE-9(上級兵曹長)だった。


「ご苦労です。マスターチーフ。面倒を掛けますがフォローしてください」

「イエッス マム」

「早速ですが、この男は乗組員に居ますか?」


 バードは持っていたハンディ端末に画像を表示させた。

 先ほど受け取った男の画像を示す。


「……いえ、小官はこの軍艦(ふね)に約十年乗り組んでいますが、見た事が全くありません」


 黙って頷いたバード。


「降下班を見て回ります。念の為に確認しますが、この二週間で乗組員の交代は無いですよね?」

「はい、有りません」


 ちょっと大げさにウンと首肯してからバードは歩き始める。

 すぐ隣にはペントン兵曹長が歩く。


「少尉殿。小官が愚考するに」

「おそらく機甲師団でしょう」

「……そうですね。それしか隠れる場所がありません」


 ペントン兵曹長より先に核心を言い当てたバード。

 その姿に兵曹長は若干目を細めた。


「少尉」

「どうしました?」

「すっかり一人前のブレードランナーになりましたね」


 いつも厳しい顔をしている兵曹長が、まるで成長した娘を眺めるようにバードを見ていた。初めて火星へ降下したあの日から、ハンフリーのマスターチーフはずっと見ていたのだろう。まだ若いバードの存在は、すっかり中年になりつつあるペントンにとって何か時になる存在だったようだ。


「……褒めて貰うと嬉しいモノですね」

「それが少尉の良い所なんですよ。素直に喜ぶと言うのは、少尉の美点です」

「ありがとう兵曹長」


 花の様に微笑むバードをペントンは楽しそうに見ている。


「さぁ、手早く済ませましょう。もうすぐ降下です」

「そうですね。あまり時間がありません」


 バードの表情から笑みが消えた。強襲降下揚陸艦ハンフリーは全長400メートルに達する巨大な構造物だ。まだ多くの軍艦が地球の海に浮いていた時代。移動可能な領土とまで言われた原子力空母よりも二回り以上大きい。


「少尉。艦内保安要員を動員しますか?」

「情報セキュリティ上で不安があります。面倒ですが二人で片付けましょう。面倒を掛けて申し訳無いです」

「士官の方から率直にそう言っていただけるだけで十分です。協力を惜しみません」

「ありがとう」


 バードとペントンは機甲師団が待機するハンガーデッキへとやって来た。

 降下艇へ収容され飛び出す時を待つエアバレル(空中戦車)M-38が24輌。複数の艇内で出番を待っている状況だった。


「兵曹長。搭乗員は?」

「おそらくチャウホールかと」

「なるほど。降下班のレイトデッキ(待機室)へ行きましょう」

「良い読みです。急ぎましょう」


 ハンフリーの艦内でウロウロと歩き回るバードとペントン。だが、二人がどれほど歩いてもターゲットは発見出来ない。降下まであと十五分程となった頃まで探し続けたのだが、容疑者を見つけられなかった。バードは明らかに狼狽していた。


「どこに居るんでしょう?」

「小官にも想像が付きかねます」

「そろそろ時間切れですね」


 悔しそうに歩くバード。

 肩をいからせ厳しい表情で通路を歩く。


『バードよりテッド隊長』


 チーム内無線でテッド隊長を呼び出したバード。


『どうした?』

『ターゲットを見つけられません』

『艦内に居ないのか?』

『いえ、ソレは確証がありません』


 テッド隊長は無線の向こうで唸っている。


『とりあえず降下を優先しよう。タイムスケジュールを護るのが優先だ』

『了解しました。もしかしたら艦内には居ないのかも知れません』

『そうである事を祈ろう、ただ』

『ただ?』

『バード。お前の直感はどうだ?』

『……たぶんですが』


 バードは心の中で一つ溜息をついた。


『どこかに隠れています』

『そうか』


 テッド隊長の声に不安の匂いが漂っていた。


『最後は神に祈るしか有りませんね』

『そうだな。とりあえずシェルで降下する。どこかで見つけて処分してくれ』

『イエッサー』


 廊下を歩いていたバードは振り返ってペントンを見ている。


「兵曹長。念のため艦内をチェックし続けてください」

「イエッス マム」

「私が調べた限りですが旧式のネクサス()です。ただ、私達ならともかく、訓練を受けたベテランのCQB(接近格闘戦)専門家でも生身だと危険です。充分に注意してください。決して無理はしないように。銃火器などで武装してない限り、船室に閉じ込めるとかして、私達が帰還するのを待ってください」


 澱みなく指示を出しているバードをジッと見ながら、ペントンはゆっくりと頷いた。まるで成長した娘の言葉をジッと聞く父親のようだった。


「少尉」

「はい」


 ペントンは一つ息をついて目を外してから、心の準備をしてバードをもう一度見つめた。


「必ず。必ず、帰還してください」

「えぇ。勿論です。必ず帰ってきます」


 ペントンは一歩下がって背筋を伸ばし敬礼した。


「お気をつけて」


 新人として海兵隊へ入隊した二等水兵(E-1)から叩き上げで上級兵曹長(E-9)まで昇進したヴェテランは、まだ何処か不安げにバードを送り出した。

 人間の生理限界を遥かに超えるマシンで降下すると言う危険なミッション。ペントンの不安は艦内ではなくバードに注がれているのだった。






 ――――タクラマカン砂漠中央部 タリム盆地

      中国標準時間 1月14日 1030





 中国内陸部。ウイグル人民共和国を管轄とする人民解放軍の第7軍管区は、全部で十二ある人民解放軍区の中でも、比較的リベラルで知られた組織だった。

 中国辺境部でイスラム(回教徒)の影響が色濃い地域と言う事もあって、共産党指導部による締め付けが効きにくい土地柄というのもあるらしい。


 二十一世紀の初頭頃から、何度も何度も漢族とウイグル族の衝突が繰り返された地。ありとあらゆる国際社会からの批判や介入を突っぱね続け、100年の年月を掛けてイスラム文化の破壊と中華化を図って来た中国共産党政府だが、生活に密着したイスラムの文化を根底から破壊する事はついに不可能だった。

 一億を超える自国民を粛清し、史上最悪最低な人民支配システムを作り上げた最凶最悪の独裁者毛沢東は『政権は銃口から生まれる』という言葉を遺したが、ここでは無意味な物だったのだ。


 そんなエリアを任される掌軍責任者、劉基炎(リィゥジーイェン)は椅子に腰掛けたまま地図を凝視していた。彼が陣取るタリム盆地の片隅。野戦車両千輌の待機する陣地は、気温35度を越えていた。


「劉同志。水分を補給してください」


 無言で受け取ったペットボトルの水を一気に飲み干し、また地図を凝視している。

 襟に付いた階級章は少将を意味している高級将校だった。


 だがこの日。彼の心中は遠い日に始めて並んだ人民兵学校の教室の中で、難問を出題され返答に困っていた士官候補生の頃と同じになっていた。



 ――――彼らはどこからやってくる?



 人民解放軍の監視センターからは、月面を出撃する国連軍の情報が届いていた。

 推定で八千人程度の兵力だが、百戦錬磨な海兵隊の上に、機械兵(サイボーグ)が来るのは間違いない。劉基炎が使える手持ちの総兵力は予備役まで含めて二万足らず。実戦闘人員は八千人に満たない。数の上なら互角だが戦闘力は段違いと言って良い。


「北京からはなんと?」

「……それが」


 すぐ傍らの女性将校は、言いよどんで息を呑んだ。

 胸に付いているネームプレートには王光美(ワングゥァンメイ)とある。

 王は手にしていたファイルを広げた。


「国連軍に対し自発的攻撃の一切を禁ずる。応戦のみにとどめよ。予定されていた引渡しは滞りなく行うように最大限努力せよ。尚、将兵らの補充に関する諸問題は解決される見通しである」


 ハッ!と短く笑って劉基炎は天井を見上げ右手で顔を覆った。


「見通しと来たか。結構だな。実に結構。どうせ来ないさ」

「同感です」

「十万の増援を送るとか言った所で、このエリアの人民軍にそれだけの予算が無い」


 引きつった様な表情で劉基炎は王光美を見ている。

 僅か二万で対抗せねば成らない己の不幸を呪うしか無いのだ。


「同志王光美。彼らの先遣隊は、やはり機械人だと思うか?」

「はい。過去の国連軍降下作戦では100パーセント尖兵を務めています」

「その戦闘能力を客観的に言うとどうなるか」

「兵士一人で戦車十輌でしょう」


 劉基炎は深く溜息をついた。

 まるで、心中の懊悩を纏めて吐き出すように。

 

「守備兵は実質七千人だ。しかも、その多くが回教徒(イスラム)の現地補充。一日五回は戦闘中断時間が必要だ。彼らをその時間働かせると、あとで手痛いしっぺ返しが来る。宇宙人もここのゴミが必要なら黙って持って行けば良いのに」


 ぶつけ所の無い苛立ちからか。空っぽのペットボトルをひねり潰して乱雑に投げ捨てた劉基炎。そのゴミを拾ってくず物入れへ捨てた後、王光美はドライフルーツを劉基炎に勧めた。


「檸檬のドライフルーツです。少し落ち着きます」

「あぁ、すまない。君に気を使わせるようでは私も将校失格だ」

「いえいえ。気を使うのが部下の仕事です」


 前線本部のプレハブ内は、エアコンがフル稼働していても摂氏30℃を切らない。

 そんななか、極度の乾燥と緊張の連続で劉基炎は憔悴しきっていた。

 恰幅の良い福々しい顔立ちが、まるで萎んだ風船のようになっている。


「過去の作戦を精査したが、まず周辺を固めてから機械人が上空からパラシュート降下。対空陣地を制圧して本体の海兵隊が降下。おそらくそんな流れだろうな。手持ち火力では撃退出来ん事も無いが戦闘は拙い。かといって、着上陸を歓迎しますと迎え入れては商品の引き渡しもままならない。北京が期待するのは双方睨み合った状態だ。膠着状態にして国連軍へと対応に気を揉んでるうちに盗まれた。責任は国連軍にある!と言う所だろうな」


 テーブルの上の地図へポイと赤鉛筆を投げ捨てた劉基炎。

 両肘をテーブルへ突き、頭を抱えている。


「無茶な事を要求してくるもんだな。その気になれば国連軍の海兵隊だけで我々はいとも簡単に制圧されるだろう。彼らの輸送船はどうなってるんだ? 予定では今朝降下してるはずじゃ無いか」


 沈痛な空気が前線本部へ流れた。


「おそらく国連軍の側が船を停めているのでしょう。一切の通信が出来ない状況ですので確認を取る事は出来ませんが」


 淡々とした口調で王光美は答えた。

 その線で間違いないだろうと劉基炎も思っていた。

 国連軍は全部承知で船が来ない状況にしておいて降下し制圧する。

 中国軍にしてみれば痛し痒しの状況だ。


「秘密計画だから失敗とは言えない。人民に手を下した咎で私は逮捕されるだろう。北京は責任の一切を私へ押し付けるつもりだろうな。同志王光美。北京へ機密書類を送る算段をするから、君だけでもここを離れたまえ」

「同志劉基炎。私は更迭ですか?」


 劉基炎の丸顔が人懐こい笑みになった。


「そうじゃない。私はここで国連軍と対峙する。宇宙人との約束は果たさねばならないからな。当然手痛い一撃を受けるだろう。場合によっては国連軍と一戦交える事になるかもしれない。だからその前に君は脱出したまえ。退役して余生を過ごす位はもう財を作っただろう?」


 人民解放軍が独自にビジネスを行っているのは周知の事実だが、それに伴い様々な利権で高級将校が私財を蓄えるのは珍しい事では無い。厳しい出世競争に生き残って立場を築いたなら、その課程で得た力を使って私財を築くのは当然の事だと国民も理解している節がある。実はこの時点で、王光美の持つ財産はちょっとしたビルが買える程だが……


「前線から逃げ出した高級将校など査問委員会にかけられて財産没収が関の山です。なんとか生き残る事が望ましいと思われるのですが」


 あっけらかんと凄い事を言った王光美。

 劉基炎はその言葉を聞きながら苦笑いを浮かべる。


「それもそうだな…… 今のうちに財産をドルへ変えておくか。機密資料を手土産にして国連軍側に投降するのも有りかもしれん。北京のお偉方から責任を押し付けられる前に、なんとか逃げ出す算段をしないといかんな」

「同感です。同志劉基炎。詰め腹を切らされる立場は甘受しかねます」


 禍々しい程の笑みを浮かべて顔を見合わせた王光美と劉基炎。

 プレハブの外では兵士が戦闘車輌の整備を続けている。

 皆一様に緊張した面持ちだが、どこか他人事のような空気でもある。


「なんか国連軍がやって来るらしいぞ」


 そんな噂はあっという間に広がる物だが……


「ここへ来るのか?」

「たぶんな」


 延々と行われてきた一人っ子政策で生み出された利己的人間の拡大再生産。

 その本当の悲劇はこんな場面でこそ現れてしまう。


「じゃ、俺たち撤収かなぁ」

「まだそれは無いんじゃないか? 国連軍とにらみ合って時間稼ぎだよ」

「地下の宇宙人退治とかはあっちに任せようぜ!」


 問題の本質をもっと深刻に考えるべきなのだが、どこか常に他人事なのだった。


「人質の死体もちゃんと埋めたし問題ないよな」

「そうだな。向こうだって痛い目にあいたくないさ」

「こっちも増援が来るらしいぜ。十万人単位で動員されるって話だ」

「こっちの方が多いんだから心配ないよな」


 ハハハと笑いながら宿舎へと引き上げていく若い兵士達。

 彼らに身にこれから起きる事を、彼らは知るよしも無かった。


「おい! あれなんだ!」


 若い兵士が空を指さして声を上げた。それに触発されて、皆が一斉に空を見上げた。真っ青な空の彼方。黒々とするような蒼空の彼方に白く眩く光る物が有った。

 その直後、遙か遠くの頭上高く。オレンジの炎を纏った何かが大気圏へ突入してくるのが見える。まだ昼間だというのに、赤々と燃える何かが宇宙から地球へと突入してくる。

 最初、彼ら兵士はそれを隕石だと思った。所が、一つ二つと数えているウチに、気が付けば一〇を超えて二〇に迫ろうとしていた時点で嫌でも悟る。


「国連の宇宙軍だ……」

「違うよ海兵隊だよ」

「そうじゃない! 防空壕へ退避! 艦砲射撃だ!」


 下士官が叫んで若い兵士達が一斉に逃げ出した。夜間に使われる照明弾と同じ位に眩い光が降り注ぐ。太陽が照らす日中だと言うのに、影が落ちた。

 悲鳴を上げて防空壕へ逃げ込んだ兵士達。その直後、地響きを立てて有質量弾が着弾を始めた。大地を揺るがし土煙が立ち昇る。


「……俺たち、ヤバイんじゃね?」


 狭い防空壕の中に張り詰めた空気が漂う。

 不意に若い兵士がハッチを空けて地上を見た。


「なんか白いモヤが迫って……『バカ! 衝撃波だ! にげ―――


 若い兵士を引っぱろうとしたヴェテランの兵士。だが、その二人の上半身が一瞬にして挽肉と真っ赤な血の霧に変わった。想像を絶する振動が防空壕を揺らし、コンクリートの天井に裂け目が入る。怒号と悲鳴と絶叫とが溶け合い交じり合い、兵士達の声に怨嗟が溢れた。

 次々と着弾し続けるなか、兵士達は防空壕の地下通路を走り始めた。一斉に戦闘配備に走り、誰も指示を出していないのに、気が付けば臨戦態勢になっていた。


「地対空火器準備良し!」

「ミサイル発射準備良し!」

「飛行砲台発進準備良し!」


 恐怖と緊張に震えながら兵士達は自主的に準備を整えていた。


「照準諸元入力良し! 最終安全装置解除良し! ロケット発火電源投入!」


 最初。彼らはそれを単なる脅しだと思ったようだ。


「睨み合うだけだろ! なんで撃って来るんだよ!」


 しかし、遠慮なく艦砲による砲撃は続いている。だんだんと兵士達の表情に不安が混じり始める。続々と砲弾は降り注ぎ、兵士達の恐怖とストレスが限界に達した頃だった。


「あれ? 着弾しなくなった」


 地響きを立てて落下し続けていた砲弾がパタリとやんだ。


「もう終わり?」

「いや、あれじゃないか? 睨み合う前のアリバイ作り」

「誰か外見てみろよ!」


 恐る恐るハッチを空けて外を見た若い兵士。


「なんかトンでもないモノが飛んでる!」


 悲鳴にも似た声で絶叫した兵士。

 なんだなんだと一斉に声をあげて、彼らは外を見た。


「なんだアレ」

「国連宇宙軍の海兵隊降下艇だろ」


 だが、その時彼らはまだ知るよしも無かった。

 彼らが見た物は、彼らの対応手段では対抗出来ないモノだ。


「撃って良いのかな?」


 空を見上げる兵士達が見たモノは、真っ赤な炎を見せる降下艇の群れ。

 そしてその降下艇群から分離して大気圏内を飛ぶ、シェルの一群だった。


「どうせ当たんないよ」

「じゃぁ撃っちゃえ!」

 

 大気圏内を超音速で飛ぶシェルに対し、有効な一撃を安定して加える事など不可能だ。


「こっちもアリバイ作りした方が良いんじゃないかな」

「そうだな。適当にやっておこう」

「どうせ当たんないだろうし。牽制射撃! 地対空ミサイル発射!」


 その絶対的兵器と言える宇宙軍海兵隊のシェル12機へ。

 無駄な事と知りつつ兵士は実績を稼ぐために射撃を開始する。

 電柱のような白い柱のロケットスモークを残し、ミサイルは蒼空へと駆け上がった。


「各班射撃を禁ず! 繰り返す! 射撃を禁ず! 撃つな! 勝手に撃つな!」


 下士官が金切り声を上げて射撃を静止していた。

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