ブーステッドの生き残り
~承前
『しかし、ブーステッドに生き残りがいるたぁねぇ』
素っ頓狂な声で驚いたライアンは、ワクワクと興奮を抑えられないらしい。
『半世紀前の戦争で全部使い潰されたって教育を受けましたが』
訝しがるように言うヴァシリは、何処か不安げだ。
中身の見えない難しい戦闘を求められている。
そんな不安が襲い掛かってくるのだろう。
例によって最も重要な部分を伏せられたまま、バードは降下艇を飛び降りた。
以前であれば容赦無く噛み付いていた案件だが、今は笑顔で動員されていた。
時間が経てば解るよ……と、軽い長子だった
『……しかし、なんか凄い環境ね』
空中で見事な降下姿勢を決めるバードは明るい声だ。
眼下には乾燥した大地が広がっていて、その中に悠々と大河が流れている。
その大河の周辺だけは鬱蒼としたジャングルで、点々と何らかの施設があった。
――ぜったい面倒な事よね……
僅かに不安感を覚えたが、無線の中は明るい声声音だ。
視界の遙か彼方。大河の中を何かが動いているのが見えたからだ。
モーターボートのようなモノが大河の下流部から遡りつつあった。
『あれ、何だと思う?』
『どうせ碌な事じゃねぇぜ』
ライアンの言葉に何とも厭世的な言葉を返したロック。
見事な空中姿勢を決めている彼は、愛刀の他にライフルを2丁持っての降下だ。
やや離れた位置のバードも、主兵装はブラスターライフルを選択している。
絶対的な打撃力としての銃火器チョイスは、本気モードでの降下だ。
普段から愛用しているマシンピストルのYeacは1丁しかない。
『今回はこの先に続く重要な案件だ』
テッド大佐の渋い声が流れ、バードは胸をときめかせる。
だが、それに反応する声と言えば……
『今回もエディの思惑にしっかり振り回されるのが仕事だな』
ライアンは平然とそう言いきり、無線の中に乾いた笑いが沸き起こっていた。
『そう不貞腐るな。今回は珍しいものが見られんだ――』
テッド隊長はライアンを宥めに掛かる。
だが、それはライアンだけで無くチーム全体への言葉だった。
チームの不安を解消するでも無く、テッドは軽い調子で言い放った。
『――どうという事は無い。ただ行って話をして収容する。それ以上は無い』
『大佐殿はブーステッドを見たことがあるのですか?』
硬い調子で聞いたアーネストはテッドへの敬意を添えていた。
出身軍隊によって言葉遣いは変わるものだが、変わらないものもある。
如何なる軍隊であっても、ヴェテランには敬意を払うものだ。
ましてや特殊部隊などでは、生き残ったからこそヴェテランなのだ。
全ての面で人並み以上の努力が要求され、注意力と観察力を求められる。
そして、それ以上に必要なのは運の良さ。
生き残りの経験した話は無条件で素直に聞け。
それは、軍隊という組織の中で生き残るための必須能力だった。
『あぁ、見た事があるし、一緒に戦闘をした。まだ生身の、肉の体だった頃にな』
肉の身体という表現に、誰もが言葉に出来ないモヤモヤとしたものを感じた。
だが、それとは別の次元で、バードはハッと気がついた。
いや、思い出したという方が正しい。
かつてテッドから聞いた、青春時代の話だ。
シリウス軍の大型ロボット兵器と戦闘中に、ブーステッド士官がいた話だ。
血路を切り開くため、消耗前提の無茶な出撃をした。
エディは死ぬなと命じたが、ブーステッドの大尉は仲間の為に死ぬ事を選んだ。
自己犠牲の精神と消耗を恐れず結果を求める姿勢は、今もきっと息づいている。
テッド大佐の血肉になって、その一部になって残っているのだろう。
――すごいな……
掛け値なしにそう思ったバードは、ブーステッドに興味を持った。
いったいどんな人物なのだろうと、そう思ったのだ。
『地上まで1500!』
レーザー計測で対地距離を測ったバードは、同時に着陸態勢になった。
アーネストとヴァシリも上手に降下を続けていたらしい。
ODSTの現場で長く戦っていた二人だ。
特に再教育するまでも無く、HALOも上手にこなすだけの技量がある。
サイボーグ化されたとは言え、一般出身のダブやビッキーが羨ましがるほどだ。
グッと引き紐を引き減速したバードは、教科書通りにフワリと着地した。
ジャングルと砂漠の境目辺りにある、低灌木が続く乾燥地帯だ。
大河を発端とする水の恩恵も、途絶えてしまえばそこからが砂漠となる。
岩と砂利の荒れ地から段々と植生が広がる範囲は、身を隠す場所が余りない。
『狙われるとヤバイ』
『警戒した方が良いな』
パラを始末しながら呟いたバードにロックがそう応える。
パラシュートを始末し戦闘体制になった時、大きな震動と打撃音が響いた。
ズンッと響くその震動は、重量物の着地か、さもなくば何かの爆発。
そして、何の根拠も無い事だが、バードは直感を得ていた。
あの大河の中を遡っていた何かが今回の敵なんだ……と。
「全員注意!」
無線ではなく肉声でテッドは声を掛け、身を屈め辺りを確かめた。
その動きと連動するように、全員が身を屈めて背中を預け合う形になった。
「……移動しましょう。大佐殿」
「そうです。碌な予感がしないです」
アーネストとヴァシリがそう提案してきた。
共に下士官経験の長い新人は、チームの面々とは違う形で戦闘の鼻が効くのだ。
何事も場数と経験と言うが、生き残ってきたからこそのヴェテランだ。
死亡してなお蘇ってきた得がたい経験は、これから役に立つのだろう。
死の臭いは死ぬまで解らないが、死んでしまってはそれを伝えられない。
一度は死んで帰ってきたふたりには、きっと死に神が見えるんだ……
何の根拠も無い事だが、バードは直感でそう思っていた。
「森へ入りましょう」
ドリーは静かな声でそう提案した。
この時点でバードの直感は確信に変わった。
この森の中に何かがあるのだ。
もしかしたら、何かが居るのかも知れない。
――なんだろう……
――碌な予感がしない……
押し黙ったままのバードは、黙って背中のマウントからライフルを取った。
思えばC-26を実戦で使うのも久しぶりだ。
「より。前進する。行こう」
テッドの決断にドリーは首肯し、ハンドサインで前進を指示。
チームは2段構えの形で緩い半円の弧を作った。
どの角度から襲われても4名以上の収束射撃を可能とする形だ。
前列8人後列7人となれば、その配置は市松型となる。
限定的だが後列からも投射力を得られる合理的な陣形。
歩兵戦車なみの攻撃力だとバードは思った。
「え?」
最初にその声を発したのはアナだった。
森の奥から銃声が聞こえた。発射サイクルの早い実体弾頭の小火器だ。
「銃撃戦とか聞いてねぇぜ……」
吐き捨てるように行ったペイトンは、身を低くしてズリズリと前進を始めた。
慎重に距離を詰めて行くのは定石だが、交戦中のUNKNOWNが怖い。
生唾など飲み込む理由も無いのに、バードは生理的な反応を抑えられなかった。
――なんだろう……
――空気が震えている……
半ば裸の感覚となる新型の装甲服は、大気の流れをダイレクトに伝えていた。
それこそ、生肌を風が愛撫していくような、ゾクリとする感覚だ。
「……震動センサーに動体反応があるぜ」
後列にいたジャクソンが渋い声でそう言った。
スナイパーの持つ震動センサーは、ごく僅かな大気の揺らぎを検出できる。
――え?
ジャクソンの言葉からバードはひとつの推論を立てた。
自分が感じるこの感覚は、スナイパー型の持つ震動センサー並と言う事だ。
だが、戦闘モードに入っている精神は、それに喜ぶ前に警戒レベルを上げた。
仮にこの感覚がそうであるならば、チームの仲間達の為に役に立つ事を選ぶ。
「昼間なら見える筈なのに――」
スミスはMG-5のセーフティを外して即応射撃に備えた。
夜間ならともかく日中ともなれば森の中も明るい。
震動だけを捉えて姿が見えないなら、風景に溶けこんでるとしか考えられない。
「――サーモに反応がない……」
ガンナーであるスミスの特殊装備は、人一倍優秀なサーモグラフだ。
銃身が熱を持ちやすい重機関銃故、頻繁に銃身の交換を必要とする関係だ。
だが、こんな時にはそのサーモグラフが役に立つ。
スミスは森の中で熱源を探していた。
「光学迷彩なんてフィクションの産物だがな」
それは、古い時代から幾度も映画やドラマを彩ってきたギミック。
だが、それに似た物はあっても完全に姿を見えなくするようなものはまだ無い。
「そのうち出来るだろ。科学は進歩するもんだ」
ドリーはそんな風に応えたのだが、現実には実用化一歩前とは言いがたい。
量子コンピューターの実用化から幾星霜を経ているが、結局同じ道を辿るのだ。
つまり、より小型では無く、より高性能に。省電力を無視しながら。
『それより、ここからは無線に切り替える。声を出すな』
ドリーの指示が無線に流れ、全員が押し黙った。
散開陣形状態のまま、全員が森の中を慎重に進んで行った。
『なんか動いたぜ!』
ダブは鋭い声で警報を発した。Bチームが前進する方向だ。
茂みの中を何かが動いているのがバードにも見える。
無意識にレーザー計測を見たバードは『380メートル』と呟く。
『……何をやってるんだ?』
渋い声音で警戒感をあらわにしたテッドは、手を水平方向で振っていた。
ゆっくりと慎重に接近せよのハンドサインだ。
音を立てぬよう慎重に接近するバード。Bチームは完全に無音で前進していた。
――移動……してる?
なんとなくそんな印象を持ったのだが、どうやらその第1印象は正解のようだ。
鬱蒼とした森の奥で何かが何かと戦っていた。激しい銃撃戦の最中だ。
双方が有利なポジションを欲して森の中を移動しているらしい。
銃声から推察するに、少数対多数での戦闘だ。
そして、多数側は押し包み慎重にすり潰す作戦のようだ。
『もらい被弾に気をつけろ』
テッド大佐の声にときめきつつ、バードは更に身を低くして森を進んだ。
思えば最初に使ったG21と比べ、戦闘重量は半分以下になった。
何より、投影面積が30%近くも減少している。
小型軽量は高性能の一部。
自分自身が機械である事など、とっくに飲み込んでいる。
そして、今はもう既に性能の向上を悦ぶ余裕を持つに至っていたのだった。




