意志と思惑と計画
~承前
昇進のセレモニーを行った会場からやや離れた別室。
エディは旨そうにコーヒーを啜りながらモニターを見ていた。
セレモニー会場はそのまま下士官以下の昇進セレモニー会場となる。
その式の前に一息入れようと、エディ達は控え室へと下がったのだった。
「……バード達はさぞ肝を冷やしたことだろうな」
事も無げに言うエディは、してやったりの表情だった。
昇進セレモニーを終え、生身達から祝福されるバード達は嬉しそうだ。
そんな姿を眺めていたテッドは、満足そうな顔で言った。
「バードも一人前になってきたな」
「あぁ。一時はどうなるかと思ったがな」
様々な試練を乗り越えてきたバードだが、エディやテッドも心配だった。
年齢的な部分もあるが、そもそもに酷い身の上で不安定だったバードだ。
どれ程に訓練を重ねても、経験的な不足は補えない。
「あの子も一人前にしてやらねばと思ったが……案外上手く行ったな」
エディは自己賞賛をするような物言いだった。
バードとロックの二人をくっつけよう。
最初からそのつもりでバードをBチームへ送り込んでいた。
まるでモルモットのように過ごした日々を取り返す経験が必要だったからだ。
場数と経験とを積み重ねて得るものは、自分の心の制御方。
辛いことも悲しいことも、心の座りをコントロールして上手く乗り越える。
いくら年齢を重ねても、経験を積み重ねなければ感情は成長しないのだ。
「……で。こっちも問題ないようだな」
「えぇ。お陰さまで」
エディのところへやって来たバーニー達3人はみなキチンとした身形だ。
シリウス軍の制服姿だが、その服は純白の礼装だった。
なかでもサンドラは、ひときわ糊の効いたパリパリの姿だ。
見るものにグッと威圧感を与えるその姿は、一種異様なものだった。
「……で、どうだ? サイボーグになってみて」
エディはしてやったりの顔でサンドラに言った。
酷い状態だった彼女は、地球側の拠点でサイボーグ化手術を受けていた。
在り合わせのパーツを組み合わせ、オリジナルに近い寸法に仕上げられている。
さすがに最初からG35系列を使いこなす事は出来ない故に、一世代前の型だ。
だが、そんなサンドラはにこやかで穏やかな表情だ。
型落ちという文句は、一言一句漏れる事が無かった。
そもそもにサンドラは気位が高く、意地を張るタイプなのだった。
「……憑き物が落ちるってこういう事を言うんでしょうね」
「ならば良し……と、そういう事にしておこう」
今を去ること40年前。
サンドラが行なった事は未だに語り草なものだ。
あの時、エディが語って聞かせた未来への言葉。
それらは40年を経て、サンドラの一部になっていた。
「民衆の王とは、こういう事を言うのですね」
「こうなるように仕向けてきたんだ。私にとっては満足行く結果だな」
エディとサンドラがかわす言葉には、安堵と安寧が滲んでいた。
シリウスの人民はビギンズの帰還に熱狂し、エディは人民王の扱いだった。
「ところでエディ」
「……なんだ?」
声音を改めて問うたテッドに、エディは怪訝な顔色だ。
面倒を吹っかけられるかも知れない……と、警戒の色を崩さなかった。
「あれからそろそろ40年だ」
「40年? それがどうした?」
首をかしげたエディは暫し思索を巡らせた。
テッドがわざわざ40年と言うのだから、その数字が問題の肝だ。
40年前と言えば、シリウスから遥か遠くグリーゼへと旅をした頃。
グリーゼの上空でサンドラはキャサリンとジャンを人質に取った。
腕を組んで思案に暮れるエディは、なにか約束でもしたかと考えていた。
あの頃、なにか将来への約定をしただろうか?と考えるのだが……
「なんだっけか? 思い出せんな」
「グリーゼの周回軌道上でサンドラを交え話をしたんだろ?」
あー……
そんな顔になってエディは笑った。
「そうだったな。大事な話をするんだった」
モニターで会場を見ているエディは、歓談するバードとロックを見た。
誰がどう見たって夫婦の様に振舞うふたりは、時々顔を見合わせて微笑みあう。
「あのふたりは……私にとっては特別な存在だが……」
「あぁ。それは見ていて思った。ロックとバードもエディの王の剣なんだろ?」
王の剣。
それは半世紀も前、テッドがまだジョニーと呼ばれていた頃から聞く言葉だ。
ブルことマイクとアリョーシャことアレックスの2人からも聞いた言葉。
エディ・マーキュリーと言う人物の魂に引かれあう存在らしい。
それがどういう仕組みなのかは全く見当も付かないのだが……
「いったいどんな話をしたのだろうと、ずっと考えていたのさ」
「隠し事はしない主義だが、まだ話をするべきでは無かったからな」
「俺も少しくらいは成長したんだ。そろそろ聞かせてくれ」
エディとテッドのふたりを繋ぐ信頼関係は盤石を通り越していた。
一衣帯水とも水魚の交わりとも違う次元での信頼。
端的な表現をするなら、一心同体なのだろう。
「私も楽しみにしていたのよ?」
口を挟んだバーニーが楽しそうに笑う。
リディアと並んで座るサンドラがムフフとほくそ笑む。
してやったりの表情を見れば、サンドラも口を割らなかったのだと解る。
「何度聞いてもビギンズとの約束だからって教えてくれなかった」
口を尖らせ気味に言うリディアも、どこか楽しそうだ。
長い時を経て納まるように納まって、エディとその騎士達は大人になっていた。
何を聞いても、何を経験しても、いまならきっと言えるのだろう。
――――こうなるために必要だった……
と。
「……遠い日、あのグリーゼの上空でサンドラが突然軽はずみな事をはじめた」
そっと切り出したエディは、責めるような眼差しでサンドラを見た。
視線を受けた彼女が肩をすぼめ、怖い怖いと言い出しそうな勢いでだ。
ただ、それを見てとったバーニーもリディアも笑うばかりだ。
そんな3人を見ていれば、ワルキューレと呼ばれた彼女たちの関係がわかる。
かつてエディが直率した元祖クレイジーサイボーグスがそうだったように。
30年を掛けて作り上げたテッド率いるブラックバーンズがそうだったように。
ウルフライダーと呼ばれたワルキューレもまた、磐石の関係なのだろう。
「あの時の私は、野望と書いてゆめと読む状態でしたから」
「あぁ、だろうな。今さら言うのもなんだが、随分と凄い顔付きだったよ」
笑いを噛み殺したエディは、楽しそうにしながら天井を見上げた。
厚い屋根の向こうにある筈のシリウスへと想いを馳せた。
「……私だっていつかは死ぬ。いや、もう死ぬと言った方が良いのかも知れない」
唐突にシリアスな言葉を口にしたエディ。
それを聞いていたテッドやバーニーが僅かに表情を変える。
だが、エディはそれですらも楽しげだと言わんばかりの姿だ。
困難ですらも楽しむと言うジョンブルの矜持を、エディはまだ持っていた。
「幾度も時間を飛び越えてきた。この身体が経験した時間はおよそ70年だ。しかし、最近になって感じるんだが、もしかしたら魂に流れる時間はこの世界の時間とは関係ないのかも知れない。魂自体が死に近づいてきている」
エディがこの世に生を受けてから、既に103年が経過している。
身体ではなく魂の年齢は100歳越えだ。
医学の進歩とアンチエイジングの進展は人類の平均寿命を大きく引き伸ばした。
だが、もって生まれた寿命だけは如何ともしがたいらしい。
現実に、身体のどこにも異常が無いのに、眠ったまま死亡するケースは多い。
様々な現場で普通に使われるようになった言葉。
すなわち『魂の寿命』は、超光速飛行の影響を受けないのかも知れない。
「……シリウスの社会が不安定だった頃、私はシリウス統合の象徴として不必要なまでに担ぎ上げられていた。幾度も死に掛け、その都度に私は作り直されていた」
その言葉に今さら驚くような事は無い。
バーニー以下、ワルキューレの面々とて良く知っていることだった。
そして、テッドはそれを、その懊悩をつぶさに見てきた。
「スペアとして作られた胚の中でフィメール型のひとつがバーニーになり、時を経てルーシーになった。フィメール型はあとふたつあるらしいが、詳細は知らされていない。そして、肝心なメール型の……男に生まれてくるはずの胚は――」
イタズラっぽい笑みで話を切ったエディは、ジッとサンドラを見た。
覚悟しろよ?とそう言わんばかりの顔になったのだが、彼女は笑うばかりだ。
「――詳細不明だ」
スパッと言い切ったエディの言葉。
だが、サンドラは得に慌てる風でも無く、笑みを湛えていた。
「……今となっては、もう執着しませんから」
「そうか。それは良かった――」
安心したように首肯を繰り返したエディ。
その振る舞いは、内心で詫びたのだとテッドは思った。
「――いきなりその腰のもので撃たれたらどうしようかと思っていたよ」
サンドラの腰に下がっているのは、シリウス製の拳銃だ。
11ミリ弾をレールガン式に叩き出すそれは、サイボーグの頭蓋をも撃ち抜く。
さすがのエディと言えど、それで撃たれれば即死は免れない。
だが、それを承知で正直に言ったのだとすれば、大した胆力だ。
「でも、もし残りがゼロであれば困りませんか?」
リディアは声音を改めそれを問うた。
正当なシリウスの支配者として立つには、残りの寿命がなさ過ぎる。
この惑星の文明はまだまだこれからなのだ。
幾つも困難を乗り越え、まだまだ辛い決断を行わねばならない。
その時、誰からも恨まれる役は絶対に必要だ。
「困らないだろうさ。民主主義とはそう言う仕組みだ」
エディは民主主義という表現で責任を放棄した。
少なくとも、エディ・マーキュリーという人間は地球人だ。
シリウス人の未来はシリウス人が責任を取るべきであり、自分は関係無い。
言外にそう言ったに等しいのだが、それはある意味で現状追認だった。
「……エディは地球人だからな」
「あぁ。おまけにシリウス人の敵だった」
フッと笑いながら言ったエディは、バーニーの顔をジッと見た。
何の意味があるのかを思案したリディアは、ハッと気が付いてテッドを見た。
バーニーはもう一人のエディであり、エディは架空の人物だ。
本来はビギンズという存在で、その映し身がバーニーだった。
つまり……
「マーキュリー元帥は……このまま退役されるのですか?」
エディの思惑を正確に見抜いたリディアは、驚くより他なかった。
このまま退役の道を選ぶエディは、何らかの形で次のビギンズを用意するのだ。
そして、そのビギンズを通してシリウスに係わるのだ。
但しそれは、人民王などと言った支配者としての存在では無い。
シリウスの象徴として、その行く末を見守る存在になるのだろう。
「帝……ですね?」
サンドラも確認する様にそんな言葉を吐いた。
エディの思惑は、シリウス社会の中で傍観者になると言う事だった。




