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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その4 エディとテッド
262/358

中尉昇進

~承前






「バード少尉。一歩前へ」


 アリョーシャの声にピクリと反応し、バードは一歩進み出た。

 最新型のG35シリーズは驚く程細身に仕上げられている。


 その実態を知らぬ者が見れば、トップモデルなみの体型な女性にしか見えない。

 口さがない者ならば、ミス海兵隊にでも選ばれたマスコットか?と言うだろう。

 だが、そんな細身で華奢な身体の内側には、獰猛な肉食獣が入っていた……


「バード少尉。参りました」


 敬礼しつつ、バードはそう言った。

 その言葉を聞き、僅かに首肯したエディ。

 晴れやかで嬉しそうで、そして楽しそうな表情だ。


「バード少尉。任官より3年と少々だが、奉職規定に照らし合わせ人事考査委員会は君を中尉へと昇進させる事を決定した。君はこの決定に異議があるか?」


 エディの隣にいるアリョーシャは、小さな声でバードに問いかけた。

 これはバードだけが聞けば良い事なのだから、声は抑えている。


 バードの背後にはロックが立っていてスピーチしていた。

 一瞬だけ早く昇進したはずなのだが、これで並ぶ事になる。


「異議はありません」

「よろしい」


 アリョーシャは中尉のワッペンをとり、エディへと手渡す。

 そのワッペンを持ったエディは一歩進み出て、バードの肩にそれを貼り付けた。


 階級線の棒がひとつ増えただけのもの。

 だが、プライベート(二等兵)オフィサー(士官)などと揶揄される少尉卒業だ。

 表現出来ない充足感がバードの心の奥底にわき上がった。


「バード。今日から君は階級をひとつ上げ、中尉として任務に就く事になる」


 バードの目の前に立っているエディは、最も近いポジションで語りかけた。

 これ程までに近い距離で直接囁かれるのは、ロック以外にはまず居ない。


 その出自からなのか、それともブレードランナーの習性か。

 バードはどうしたって()()()()()を踏み越える者を警戒する。

 だが、エディは。エディとテッドだけは別だった。

 バードにとってそのふたりは、寝顔を見られたところで警戒しない存在だ。


 肉親。


 その言葉が意味する存在に最も近い他人。

 Bチームの面々と、そしてこのふたりだけは、きっとそうなのだろう。


「はい」


 歯切れ良く返事を返したバード。

 その胸の中には、様々なシーンが去来していた。


 捕虜にもなった。PTSDにもなった。

 アルコール中毒状態に陥った事もあった。

 そして、絶望的レベルでの技量差を見せ付けられた事も。


 その全てが。全てを乗り越え、経験を積み重ねた事こそが財産だ。

 一人前の条件とは、一通り成功するのでは無く失敗する事だと気が付いた。


 失敗こそ、最も成長出来る反面教師なのだから。


「この3年の間に経験し、学び覚えた事を下の者達に教え諭し、導くのだ」

「はい」


 改めて思えば、本当に碌な経験が無いと気が付いた。

 そして、それら一つ一つを思い出せば、苦笑いを浮かべそうになった。


 だが、この場においてふざけた態度は取りたくないし、取るべきでは無い。

 士官として立派な姿を見せなければ、下士官以下の兵卒は付いてこないのだ。


 人間的な弱さは誰にでもある事だが、それでも時には締まった表情が必要だ。


「責任は一段重くなるが、権限も一段大きくなる。義務と責任を果たすのだ」

「はい」


 日本的な階級の解釈であれば、中尉は尉官の中間となる。

 だが、少尉セカンド・ルーテネント中尉(ルーテネント)の2段階は、士官で言うならば新兵扱いだ。

 場数と経験を積み、専門機関で教育を受け、始めてキャプテン(大尉)になる。


 逆に言えば、大尉となって始めて一人前。そこから本格的な出世競争になる。

 少佐から上は将官を目指す新たな旅の始まりであり、人数が絞られるのだ。


 一般的に言えば、中尉から大尉へ上がれるのは、約半数に過ぎない。

 そして、大尉から少佐へ上がれるのは、更にその半数だった。


「シリウスの恩寵が、君を導く事を祈っている」

「ありがとうございます」


 何がどう導かれるのかはバードにもよく解っていた。

 大尉から少佐に昇進できるのは、凡そ3割程度が現状だ。


 そして、少佐から中佐へ半分ほどが削られ、中佐から大佐へも半分が削られる。

 1000人の少尉から30人の大佐が生まれる勘定だ。


 現段階では戦時中と言う事もあり、高級将校の数も増え気味ではある。

 だが、公式に終戦を向かえれば、生身の多くが予備役入りとなるはずだ。


 その淘汰の中で、必ず生き残れとエディは発破を掛けている。

 バードはその意志を酌み取ろうと、新たな旅の覚悟を決めた。


 30人の大佐から少将のポストを得られるのは、多くて10人。

 将官に昇進出来なかった者は准将の職に就き、名誉職を2年経て退役だ。


「では、皆に挨拶を」


 アリョーシャの声に導かれ、バードは振り返った。

 ちょうどロックのスピーチが終わったところだった。


 ロックを送る拍手とバードを迎える拍手が重なる。

 何処かぞんざいなものにも感じるが、盛大な拍手をされても恥ずかしい。


「ありがとう…… ありがとう……」


 感謝の言葉を口にしながら、会場をグルリと見回したバード。

 思えばいつの間にか、ODSTの面々や海兵隊にも知己が増えた。


 かつての地球で共に訓練した海兵隊少尉達はどうしただろうか?

 ふと、そんな事を思うのだが。


「どうか楽にして。肩の力を抜いて」


 改めて振り返れば、自分は何と分不相応なところに居るのだろうか。

 バードは自分自身のこれまでを振り返り、夢でも見ているのではと思った。


 だが、嬉しそうな表情でこちらを見ている下士官や兵卒を見ればわかる。

 これは紛れもない現実だし、自分が成し遂げた努力の結果だ。

 辛い事も苦しい事も乗り越えた果てに今があるのだと、そう感じていた。


「……今から3年前。とある所で死にかけていた小娘は、運命的な出会いで宇宙軍海兵隊に所属する事になりました。世間知らずで怖いモノ知らずで、おまけに中身がトラかイノシシかって言われる程の弾丸系で。そんな使い勝手の悪いユニットである筈の私も、皆さんのおかげで……ひとつ前進する事が出来ました」


 遠慮無くそう言ったバードの言葉に、多くの者が苦笑いを浮かべていた。

 シリウスを含めた様々な地上戦でバードの麾下に入った者が笑うのだ。

 自分で言ってりゃ世話無いね……と、そんな笑いが眩しかった。


「責任がひとつ重くなりましたが、たぶん……中身は大して進歩してないと思います。またひとつずつ痛い思いをして辛い思いをして、このマキナ(きかい)の身体の奥底に隠れている自分自身へ染みこませて……成長していきたいと思います」


 サイボーグにとって機械の身体というのは色々と微妙な意味を持つ。

 黒人差別のニガー(くろんぼ)と同じようなモノなのかも知れない。


 マキナ。

 ラテン語で機械を意味するその言葉は、サイボーグへの蔑称になった。

 生身と比べ重量があり、エレベーターやエスカレーターでは困る存在だ。


 その言葉を、バードは遠慮無く自分自身へと使った。

 卑下するのでは無く、自らの誇りの拠り所だと言ったのだ。


「今までと同じように、これからも、どうかよろしく――」


 ……お願いします

 そう言いかけたバードの口が止まった。

 会場となった市民大会堂の奥に新しい集団が入ってきたのだ。


 広い会場故に、生身では個人識別など出来ない距離だ。

 だが、ブレードランナーであるバードには視野拡大が可能だ。

 そして、半ば無意識レベルで拡大した時、そこに意外な人物が立っていた。


「――あ、ごめんなさい。言葉を間違えた」


 ウフフと笑って誤魔化したバードは、会場が盛り上がるのを眺めた。

 皆の前に立って可愛く振る舞えば、女日照りな若い男はそれだけで喜ぶ。


 これもサービスよね……と、そんな事を思って気を取り直す。

 視界の奥に見えていたのはティアラのマークの女。サンドラだった。


「今までと同じく、まだまだ修行中の小娘に色々と経験させて欲しいから、これからもどうかよろしく」


 言葉の最後に手を振って皆に挨拶したバード。

 会場からは拍手と喝采が溢れた。


 だが、その音声とは別の部分で、緊張が走っていた。


『会場の奥にサンドラさんが居る』

『なんだって?』


 バードの言葉にロックが緊張の度合いをひとつ上げた。

 現状では丸腰なのだから、何かあったらどうしようも無い。


 もしサンドラが銃でも持っていたら、どうやってバードを護るか……

 ロックは何の迷いも無くそう思案したのだが、当のバードは違う反応だった。


『サンドラ少佐。身体、どうしたんだろう?』


 ――あっ!


 ロックは自らの見識を恥じた。

 激しい戦闘の後で回収されたサンドラは、人とは言いがたい状態だった筈だ。

 ロックの一撃を受けた彼女は、だるまか芋虫かと言った姿だったはず。


 だが、会場の奥、壁沿いに立つサンドラは、2本の足で立っている。

 太陽系内でのレプリ生産は一切止まっているのだから、地球製では無い。

 シリウス系でのレプリ生産は停止こそされていないが……


『シリウス製なのか?』


 ダニーは怪訝な声で言った。

 バードは僅かに首を捻って呟く。


『距離が有りすぎてインジケーターが作動しないけど……』


 なんとなく直感でバードは思っていた。

 今の彼女はレプリカントでは……無いと。


 レプリカントの動き……と言うか、振る舞いにはどこか優雅さがある。

 ひとつひとつの所作に典雅さを感じる時があるのだ。


『直感だけど、多分……サイボーグだ』


 バードの言葉に無線の中の空気が変わった。

 目に見えないものだが、少なくとも穏やかな空気ではなくなった。


『それは何か根拠のある事ですか?』


 アナは無線の中にそんな言葉を漏らす。

 バードより後にBチームへ来た者達は、少々途惑った。


『外でもないバーディーの言葉だ。黙って聞いといた方がいいぞ』


 スミスは少々強い表現で新人たちの動揺を諌めた。

 その直後にビルが言葉を継いだ。


Bチーム(ウチ)のブレードランナーがそう言ってるんだ。根拠は無くとも可能性があるってことだ。違和感と言うモノが正鵠を射る事は多々ある』


 そんな言葉を聞きながら、バードは拡大した映像をチーム内に流した。

 サンドラの隣にはバーニーとリディアが居て、柔和な表情でこっちを見ていた。


 だが、わざわざジュザの片隅まで出張ってきた3人にバードは胸騒ぎを覚えた。

 他でも無い、ワルキューレ面々がこんな所にいるのだ。


 ――嫌な予感……


 もはやそれは、不可抗力と言って言いことなのだった。

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