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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その4 エディとテッド
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予定通りの野戦昇進

~承前






「いや、しかし……驚きました」


 詰め所の奥へとエディを押し込んだバードは、自らお茶の支度を整えた。

 本来であれば下士官などが行なう事だが、それを少尉が行なっている。


 下士官以下の者にしてみれば勤務評価に響くような失態ともいえる。

 だが、バードはそれら全てを承知の上で行なっていた。

 自らの左右に軍曹らを控えさせて……だ。


「些かまいっていてな。テッドが気を使ってくれたんだが――」


 差し出されたティーカップを受け取り、エディは優雅な仕草で口を付けた。

 シリウスコーヒーではなく、ジュザ地域で栽培される茶を淹れたものだ。


 この地域では開拓時代からコーヒーではなく茶を飲む習慣がある。

 非常に厳しい地域だったが故に、嗜好品を入手出来なかったのだろう。


「――あぁ、落ち着いたよ」


 粗末と言って良いレベルの椅子だが、それでもエディは寛いでいた。

 連日連夜の会合や懇談がどれ程の激務かは論を待たない。

 だが、エディはその全てに顔を出し、利害を調整し、諍いを諌めていた。


「ちょっとハード過ぎるんじゃないですか?」


 ロックは単刀直入にそう言った。

 無駄な気の回し方など不要だと言わんばかりにだ。


 ただ、それを聞くエディは僅かに表情を曇らせ、困った様な顔になった。

 それを言うか?と、表情に怪訝の色が混じっていた。


「エディだって承知の上じゃ無いの?」


 バードはやや口を尖らせながらロックに噛み付いた。

 その空気がどうにも微妙な刺々しさを孕んでいた。


 詰め所の中にいた者達は、そこに諍いの空気を感じ取る。

 異なる主張を掲げる者同士が意見を戦わせる類いのモノでは無い諍い。

 つまり、男と女の戦いだ。


「そりゃ分かってるけどよ」


 ロックもロックで、全部承知の上で言葉使いは改まっていなかった。

 基本的には唐変木で朴念仁なロックだ。当然の様に言葉もきつい。


 だが、それを改めようなどという意識はこれっぽっちも無い。

 この男は基本的に、常に我が道のど真ん中に居るのだ。

 思った事を素直に口にすると言えば聞こえは言いのだろう。


 だが、それは相手の理解や許容力と言ったモノを前提にしている。

 一切の配慮も優しさも関係無く、ロックは思った事をそのまま口にする。

 そのやり方は、配慮の人であるバードにとって度し難いモノだった。


「分かってるならモノの言い方変えれば良いじゃない!」

「変に気を使うより、そのものずばりで言った方がはえーじゃねーかよ」

「そうだけど。でも少しは気を使うって事をねぇ!」

「気を使って分かりやすく言ってんだよ」


 ロックもバードもそれなりに死線を潜り、死に掛けの経験を積み重ねた。

 その中で、常に冷静で居る事や、カッと熱くなる事の危険性を学んだ筈だ。


 だが、今のふたりはエディの前で遠慮なく口論一歩前だった。

 俗に言うところの、ポイントカード式な女の怒りが満タン状態だ。

 逆鱗に触れてブチ切れるのが男の怒りだとしたら、女の怒りは蓄積型。


 日々の暮らしの中で少しずつストレスが溜まり、限界に達してブチ切れる。

 その結果、今まで溜めてきたポイントカードのスタンプが発動するのだ。

 つまり、あの時はああだった。この時はこうだった。そんな怒りが噴出する。


 そして……


「だいたいロックは言葉使いが普段から荒すぎるの!」

「知るかそんなの! 英語的思考型の日本語だ!」


 始まった……

 詰め所の中に居た者達全てがそれを悟った。

 そして、夫婦喧嘩は犬も喰わないと言う通りだ。


 飛び火しないよう、遠巻きに眺めるのが正しい対処。

 下手の仲裁に入れば、火種を残してしまう。

 双方共に、言いたい事を全部言わせるのが正しい対処なのだろう。


「おいおい……」


 ふたりの口論がピークに達した頃だろうか。

 詰め所にふらりと姿を現したテッドは、開口一番にそう言った。


「……テッド隊長」


 そのテッドの姿を見たバードは、急に言葉を飲み込んでしまった。

 アクセル全開で突っ走っていたロックは、まるでつんのめるようにして言う。


「今の隊長はドリーだぞ?」


 ここでこの無駄な一言を言ってしまうから、男は後から痛い目に遭う。

 時には上手く喧嘩を収めないと、100年闘争に陥ってしまうのだ。


「羨ましい限りだなエディ」

「あぁ。俺もこんな事をしてみたかった」


 詰め所の誰もが距離を取ったふたりの口論を、羨ましいと評したテッド。

 エディもそれに賛同し、どこか微笑ましい目で眺めている。

 そんなふたりの醸す空気は、加熱したバードの心を冷ました。


「……すみません」


 急激に恥ずかしさを覚え、バードは小さくなった。

 その姿を見つつ詰め所の奥へと進んだテッドは、にこやかだ。


「夫婦喧嘩は犬も喰わないって言うが……」

「殺すつもりの無い闘いだからな」


 この世界にある闘争の中で、愛情ある闘争は夫婦喧嘩だけかもしれない。

 時にその一線を越えてしまう事もあるが、概ねは収まるようにやるもの。

 相手を殺すつもりで戦うのでは無く、改善して欲しいからこその言葉。


「相変わらずだが、それが良い所でも有るから難しいな。バーディー」


 エディは諭すように優しい声音でそう叱った。

 猪系でとにかく突っ込んで言ってしまうバードだ。

 どんな事でも体当たりにぶつかっていって意見を戦わせる。


 そこには女性的な思考回路における配慮や遠慮がない。

 必要な結果を得る為に必要な事を行うべしと教育された士官そのものだ。


「そして……」


 エディとテッドの目が動き、ロックの姿を捉えた。

 その視線の強さはまるで鞭だとロックは思った。


 相手を打ち据え、その命を刈り取らんとするかのような眼差し。

 幾多の戦場で生き延びてきた男の見せる姿は、それだけで威力を発揮した。


「ロック。そろそろ一人前かと思ったが、まだちょっと修行が足りないようだな」


 笑いながらそんな言葉を吐いたエディは、表情を変えずにテッドを見た。

 そのテッドは、まるで苦虫を噛み潰したようにしている。


 ――え?


 その振る舞いの核心は何だろうか?

 それを考えたバードだが、理由は思い浮かばない。


「まだ早いかと思ったが、もうこれ以上先伸ばしにも出来んしなぁ……」


 ――なんの話だろう?


 どれ程頭を捻ってみても、バードには理由がわからない。

 何事も場数と経験と言うのがエディの方針だが、未経験の事は仕方がない。


「やむを得んな。まぁ、時間が解決してくれるだろう」

「それで良いのか?」

「あぁ、それで良いさ。お前だってそうだったんだぞ? テッド」


 苦笑いのエディは、茶化すような言葉でテッドを納得させた。

 不承不承に話を飲み込んだらしいテッドは、表情を固くしてロックを見た。


「…………なんすか?」


 その固い表情によくない話をイメージしたロック。

 たった今、熱い口論をしていた筈のバードも表情を固くした。


「お前たちふたりは本当に良いコンビだな」


 まるでじゃれ合う子猫を眺めるような、そんな微笑ましい表情のテッド。

 そこには言葉では表現しきれない満足感があった。


「唐突だが、明日、野戦昇進を行う」


 テッドはそう切り出した。

 ロックとバードは顔を見合わせ、同時に『『え?』』と答えた。


 野戦昇進と言えば、戦闘中に隊長が戦死した時などで行うモノだ。

 指揮権の明確化のため、同階級にある中の最古参が臨時昇進するもの。

 言い方を変えれば、責任と言うケツを持っていく先の明確化だ。


「野戦昇進って……」

「……なんかヤバイ事ですか?」


 息もぴったりに恐る恐るな言葉を吐いたバードとロック。

 ふたりがイメージするのは、間違い無く危険なミッションへの投入だ。

 ここまでも散々とヤバイ橋を渡ってきたが、野戦昇進を行うほどに危険な案件。


 ――あぁ……


 その言葉を吐いたバード自身がハッと気が付いた。

 アナにダブにビッキーの3人組だけで無く、更にふたりの新人が居るのだ。

 Bチームは総勢14名となり、その内少尉が9名という歪な構成。


 傍目に見れば、責任の所在が不明瞭なのだろう。

 それを整理する為の……整理する為の……


 バードはロックへと視線を向け、『3年目』と言いつつ指を指した。

 そのロックもまたバードを指さしながら『忘れてた』と言う。


 サイボーグ化された士官は、職務契約が10年単位となる。

 だが、その中では3年単位で昇進が行われる事になっている。

 もちろんそれには審査が必要だが、どちらかと言えば形式的なモノだ。


 生身の少尉は平均して18ヶ月後に中尉へ昇進する。

 そこから更に18ヶ月の従軍を経て再度の身辺調査が行われる。

 そこで問題なしの判定が出れば、大尉へと昇進する。

 士官にとって大尉(キャプテン)は一つの目標と言える階級だ。


 キャプテンの名が示す通り、一つの集団を指揮する立場となるのだから。

 下士官以下を率い、作戦の中でアクションを行う単位ユニットの責任者。

 大尉への昇進は、再びやって来る挑戦への助走期間とも言えるのだった。


「ふたりとも任官配置から3年が経過した。ロックの方が多少長いがな」


 テッドは満足げな笑みでバードを見ていた。

 この僅かな間に大きく育った自慢の娘だと思っていた。


「色々あってキリも良いからふたりとも昇進しろ。今回はドリーが晴れて少佐の仲間入りで、中尉軍団も一斉昇進だ。チーム構成を再整理する意味もある」


 エディはテッドの後を受けるように切り出した。

 各チームを預かる隊長軍団にあって、ドリーは未だ大尉だった。

 そのドリーが少佐へと昇進し、あわせてベテラン勢も昇進する。


「チームの中がちょっと変わりますね」

「そう言う事だな」


 楽しげに言うバードは、それに応えたエディにも笑みを向ける。

 何が嬉しいと言えば、公式にBチームが存続する事だ。

 もはや戦乱は終盤戦と成り、サイボーグチームの解体も視野だろう。


 それに抗する為、エディはテッドと共謀したのかも知れない。

 少佐から一足飛びに大佐となったテッドは、既に参謀という立場に居る。

 将軍達を補佐するポジションである大佐の責任は、想像を絶するモノだ。


「まぁ、要するに、エディに調整役以外のスケジュールが必要になったって事だ」


 目をキラキラとさせていたバードに対し、テッドは遠慮無く冷水をぶっかけた。

 現実に目を向けさせ、無駄な妄想を抱かぬよう配慮する。


 そしてもちろん、連日のハードワークが続くエディへの配慮。

 テッドはテッドで、もの凄く難しい舵取りを迫られていた。

 大変だな……と思いつつ、充実しているなとバードは思っていた。


「明日、市街地のホールでセレモニーを行うから、逃げるなよ?」


 エディの声も、どこか楽しげだった。

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