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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
26/358

史上最大の作戦


 重い沈黙が続くガンルームの中。

 Bチームの面々は痺れを切らす事無く、エディが発する次の言葉を待っていた。

 その視線が集まっている事に気が付いた少将は、表情がグッと厳しくなっていて、ひとつ息を吐いてから静かに切り出した。


「諸君。状況が更新された」


 表情はネガティブ。何気なく周りを見たバード。

 エディの表情から何かを読み取ったビルが渋い顔だ。


国連安全保障理事会(UNSC)のシリウス対策委員会は国連軍参謀統括本部の五軍統合作戦司令部経由で中国政府に対し、六時間以内に地上軍の現地展開を認めるか、若しくは、核物質の大気圏外持ち出しを防ぐ手立てを明確に示すよう要求した」


 エディはモニター画面へ新しい画像を表示させた。UNSCが要求しているリストが箇条書きで表示されている。そして、その下には大きなフローチャート。

 要求を完全に呑んだ場合。一部受け容れ一部拒否の場合。完全拒否の場合。その三種類全てで対応が異なっていた。


「六時間以内の公式回答が無い場合、問答無用での武力介入を通告しているとの事だ。それを過ぎた場合は時間稼ぎと判断すると最期通牒を行っている。中国軍は現実問題として、国連軍全てを敵に回す事など出来はしまいが、彼らにもメンツがある。今回は最大限配慮した結果だな」


 巨大な垂直坑の周辺画像は変わらない。

 だが、先ほどとは違い周辺へ展開する部隊の展開目標と規模が表示されている。


 月面を出撃する海兵隊第一遠征師団の規模が表示されているのだが、その編成は月面展開の主力全てと言いきって問題ないレベルだ。その表示にバードを含めメンバーが息を呑んだ。


「|海兵隊は歩兵だけでも六千人降下する。全大隊を動員だ。エアボーン(ODST)は千五百名。ここに居るODSTを全部投入する。艦砲射撃を行って同時に降下侵入開始。野戦支援機甲師団や空中打撃群も同行し、地上を一気に制圧して向こうの戦意を殺ぐ……」


 話を続けるエディはどこかウンザリとしている。

 今回の作戦のキモと言うべき部分なんだが、正直面白くないと言った風だ。


 根っからの戦闘好き(ウォーモンガー)という事では無いが、エディ少将はどちらかというと白兵戦が好きなタイプだとバードは思っている。

 大規模破壊兵器を含む近代兵器でバカスカと打ち合うなら、エアボーンで一気に降下してピンポイントで戦闘し、周辺を制圧して終わらせたいと願う穏健派と言っても良い。


「今回の作戦で最も重要なのは彼らに実力差を見せつける事だ。我々の戦闘能力を見せつけ、そして、国連軍の、いや、国連政府の望む結果の為なら、それに至る過程の手段は選ばないと言う事もだ。中国政府の内部で国連軍を甘く見ている連中の横っ面を力一杯ぶん殴ると言うのが今次作戦の最も重要な部分になった。つまり、遠慮しなくて良いし、むしろ遠慮するな。今回ばかりはやり過ぎる位でちょうど良い。ただ、あまり歓迎したくないのは俺も一緒だがな。要するに、軍事的圧力(プレゼン)というのが重要なんだ」


 不機嫌な沈黙が漂う。

 面白くないのは皆一緒だろう。

 その中身が大きく違うのをバードは気が付く。


「なぁエディ」


 ジョンソンが手を上げて口を開いた。


圧力(プレゼン)って言ってるけど、海兵隊トータル六千人ぽっちじゃ話にならないぜ? 勝てるには勝てるだろうけど、圧倒的実力差と言うわけじゃねーな」


 その言葉にエディが苦笑いを浮かべた。


「実は話には続きがある」


 エディが椅子を座りなおし、説明の続きをしようとしている。

 だが、バードは『圧力(プレゼン)を掛ける』と言う、その意味を掴み損ねた。


「ねぇ。端的に言って軍事的圧力(プレゼン)ってどういう意味?」


 小声で隣のジョンソンに聞いた。


「北京の下手物喰い(ブス好き)共にシリウスじゃ無くこっちと踊れって誘ったのさ」

「最後に勝つのはこっち側(地球)だって?」

「まぁ、そう言う事だな。上手く立ち回る事も時には必要だ。国も人も」


 ヒソヒソ話をしていたが、エディ少将はちょっと笑うような目でバードを見た。


カップケーキ(お嬢さん)とのピロートークを邪魔して悪いが話を続けるぞ」

「おーぃエディ。ジョークきついぜ」


 額に手を当て上を向き苦笑いのジョンソン。

 ブリテン人(皮肉屋)から一本取るのだから、エディ少将も百戦錬磨だ。


「戦闘能力的にこちらが遅れを取るとは思えない。だが、彼らはシリウス側の船が来るまで時間稼ぎをするだろう。彼らにとって重要なのは金儲けだからな。我々はその時間稼ぎを逆手に取り、一気に戦力を増強する」


 モニターの表示は砂漠近隣の立体画像に切り替わった。

 巨大な垂直坑周辺に向かって大きな三つの矢印が伸びる。


「我々の作ったその拠点を目指して三方から地上軍が一斉になだれ込む。迂回して入ってくるインドルート、山並みを越えるロシアルート、中国の領地を横切って進むビルマルートだ。地上軍の歩兵だけで二百万人が動員される予定で、それに追加してトータルで戦車二千輌。自走野砲三千五百門。対地攻撃支援車両四千二百輌の大部隊だ。支援部隊含めて六百万人の大軍勢となる」


 六百万という言葉にバードは開いた口がふさがらなかった。驚いて隣を見たら、メンバーの誰もがポカンと口を開いていた。士官学校の戦略講義でも、そんな数字を効いた事が無い。


「国民に対する見栄の為に共産党指導部は自力でシリウス問題を片付けたと発表したくなるだろう。そうなるように仕向けるんだ。間違いなく、地球人類史上最大の軍事侵攻作戦になる。破綻なく現地指揮をしなければならない関係で臨時野戦参謀本部が設営される事になっている。海兵隊の本分といえば聞こえはいいが、要するに俺達は巨大な歯車を現地へ設営する下準備に行けと言う事だ。統合作戦本部の連中もストレスが溜まってるんだろう」


 エディは持っていたファイルをテーブルへ投げ出すと、モニターの表示を変えつつ不機嫌そうに腕を組んで部屋の中をぐるっと見回した。Bチームの士官たちは言葉を飲み込んだ。


「今次作戦における国連軍海兵隊の重要なテーマは、降下作戦の後に行う地域制圧と拠点確保後の防衛体制の構築。つまり、現地前線本部をどれだけ速やかに構築し、指揮命令系統を一本化できるか? と言う部分での壮大な実験だ。墓穴で待ち構える人民解放軍はその犠牲となるわけだが、まぁ、彼ら自身が力による統治を推し進めてきたんだ。たまには圧倒的武力による蹂躙と言うのも良いだろう。良い経験になるはずだからな」


 ウンザリとしている理由についてバードはなんとなく理解した。単純に消耗品として扱われている事でも、或いは、消耗前提の酷い作戦と言う事でも無い。人と人が命のやりとりをする戦場を実験の場にしようとしていると言う事だ。

 言葉を失ってエディを見ていたBチームの面々。バードの目に映るメンバーの顔は、どれも心なしか青ざめている様な気がした。


「可能な限り武装を持て。手榴弾だけじゃ無く刃物があると望ましい。万が一、核物質処分場での戦闘となった場合は重火器が使えん。偶発的に連鎖反応が発生してしまうと、我々でも蒸発は避けられん」


 恐ろしい事をサラッと言ったエディは涼しい顔でBチームを見回した。


「今回はひどい事になる。地上側から大歓迎してくれるだろうが、構う事無く全て粉砕しろ。サイボーグの実力を発揮するんだ。何も残さなくていいし、何も残すな。バーミヤンの丘をここで再現する。抵抗する者は全て敵だ。良いか悪いかじゃない。()るか()られるかのどっちか。生身の連中がやって来る前に消毒を終わらせるんだ。我々は最初にこの手を汚す事になる。同じ地球人の血でな」


 恐ろしい程に禍々しい笑みを浮かべて自嘲するエディ少将。

 その表情を眺めたバードは、背筋に寒気すら感じていた。

 

「つまり我々は…… 今次作戦における最も重要なステップを、どういう訳か独り占めで支えるヒーロー(英雄)となる訳だ。戦友の安全の為、仲間を守る為に行う事だ。軍人としてこれ以上の栄誉は無いぞ…… 以上だ」



 ――――嫌な顔するなぁ……

 


 ふと、バードはそんな事を思った。ガンルームを出て行ったエディ少将とアリョーシャを見送るバード。チームは皆で顔を見合わせた。どの顔にも苦虫を噛み潰したような苦渋の表情が浮いている。


「……砂漠だってよ」


 最初にぼやいたのはペイトンだ。

 おもむろに上半身裸になって、各部ハッチを確かめ始めた。


「あとでメンテ大変なんだよなぁ…… まぁ、俺やスミスはつい最近アチコチ新しくしたから良いんだろうけどな」


 場の空気を変えようとしたのか。普段より明るい声でリーナーが呟いた。

 隣でスミスが苦笑いを浮かべていた。胸部部分から下のユニットはまっさら新品と言っても良いレベルなのだから、同じように上半身裸になって両脇のハッチや、頸椎部のバスカバーを確かめ始めた。


「バードはまだまだ新品の精度が出てるから良いだろうけど、俺とかペイトンはぼちぼちオーバーホールの時期だからさ、この辺りのパッキンが弱くなると内部に細かい砂が入って面倒なんだ。可動部に入り込むと摩耗が進んで誤差が増える」


 ウンザリした表情のライアンが愚痴っている。


「とは言え、バードもパッキンの内側にグリス塗って置いた方が良いぜ。有ると無いとじゃ随分違う。身体を捻ったりすると中の空気が呼吸するからな。細かい砂がグリスに引っかかってくれるのさ。掃除が助かるんだよ」


 ダニーはポケットの中からチューブに入ったグリスを取りだした。

 高温でも溶けないグリスだけど、低温時の流動性や延伸性が素晴らしい逸品だ。


「そうなんだ。ありがとう。砂漠とか行った事無いし知らない事だらけ」


 ダニーからグリスを受け取ったバードはパッケージを眺める。高度精密作動機械向け高浸潤作動油と書かれている。効能書きには『サイボーグなど精密作動部品の可動部に塗布し、滑らかな作動を助け、埃や塵の侵入を防ぎ、稼働状況を改善します』とある。

 つくづくと自分が機械である事を認識させられる文章では有るが、それを読みながら同時にバードはニヤッと笑った。そのまま全く逡巡せず上半身裸になってハッチを開ける。チームメイトが一瞬驚いてチラッとバードを見てから背を向けるのだけど……


「あれ?」


 バストも露わな完全トップレスのバードは遠慮する事無くハッチを開けた。

 両脇のサービスハッチに続き、胸部のバッテリーケース部分も開けている。


「サービスシーンなのにこっち見ないの?」

「おいバード! せめてあっち向いてやれよ!」


 ダニーは笑いながら言うのだけど、バードは気にしてない。

 目のやり場に困っている面々を眺め楽しそうなバード。


「あれ? ドクターの診療時間じゃ無いんですか??」

「わかったわかった。何処を診療するんだ?」

「じゃぁ、肩胛骨脇のヒンジにグリスアップお願いしまーす!」


 わざとらしく両胸を手で隠して恥ずかしそうに背中を見せる。

 その姿はまるでバックホックのブラジャーを外された女のようだ。


「やべぇやべぇ! やたらそそるぜ!」

「つうか、バードは襲われ願望でも有るのか?」


 ジャクソンとロックが辛抱溜まらんと言わんばかりに襲いかかりそうだ。

 ヘラヘラと笑いながら背中の部分にグリスを塗られて居るバード。


「襲っても良いけど反撃するよ?」

クランケ(患者)は静かにしたまえ」

「はーい」


 だけど、当のバード自身が、今さらに恥ずかしがっている。


「よし、良いぞ。背中はこれで良し」


 女性らしい柔らかな曲線を描く背中を見ながら、ダニーがハッチ部分を封鎖した。


「あっ ありがとう」


 今さら恥ずかしくなったのがばれたのか。

 囃し立てられてバードが小さくなっている。


「さて。バードの嫌がらせストリップも終わった事だし、俺とドリーは降下チームと打ち合わせだ。各々資料に眼を通しておけ」


 娘のはしゃぎぶりに苦笑いしてたかの様なテッド隊長は、コンバットブルゾンに袖を通し部屋を出て行った。常に冷静な隊長の振る舞いで、バードは余計に恥ずかしくなった。


「今回もまた面倒だな」

「全くだぜ」

「やっぱ女子大とか降下しねぇかなぁ」

「バードの嫌がらせストリップで我慢しろ」


 メンバーが口々に愚痴をこぼす。


「まぁ、要するに。俺たちの真価が試されるってこった」


 皮肉屋のジョンソンが珍しく良い事を言った。

 バードは新鮮な驚きを覚えていた。






 ―――――国連宇宙軍海兵隊 キャンプ・アームストロング

       中央作戦検討室 地球標準時間 1200





「諸君。昼食前だというのに申し訳無い。最初の打ち合わせは手短に済ませよう」


 海兵隊基地に駐屯する各部隊の長と支援集団の長が集まった検討室。

 ここには第一遠征師団の各大隊長と副官。だいぶ経験を積んだ第131戦闘集団の大隊長と中隊長。それから、ODSTの各隊長と、そしてサイボーグスコードロンのテッド隊長がドリー副長を連れてやって来ていた。また、機甲師団や空中打撃群のコマンダーと各艦艇の艦長や砲術長と言った戦闘に携わる面々もここにやって来ている。これから始まる大戦(おおいくさ)に向けての準備は念入りに行わなければならない。

 話を進める議長役はエディ少将自らが務め、床一面を使ったモニターの上に立ち、指示棒で床をさしながら作戦の進行手順について打ち合わせを続けていた。


 その様子をドリーの視線に相乗りしながらBチームは眺めている。ウォールームと呼ばれる作戦会議室の隣。士官向けに作られた特別な談話室の中にBチームが揃っていた。

 降下前の士官打ち合わせで話を聞く事に成っているし、その場で生身なODSTクルーと打ち合わせをするのは規定事項だ。しかし、このような『現場の長』同士の会話を聞いておいて損は無い。それぞれの集団がどんな思惑で動くのかを予備知識として持っておくのは重要だ。


「編成はいつもと代わらない。手順もだ。Bチームが最初に降下。地上を徹底的に消毒し強襲降下班が空挺で突入する。しかる後に地上集団を再編成し所定拠点へ前進。それだけだ」


 ――守備側の規模は?


 出席していた誰かからの質問が出る。


「現状把握しているのは、派遣軍総兵力二万二千人で、実質戦闘人員は多くて七千人程度だと予想している。周辺から増強を受けるにしても、たかが知れている。また重火器や野砲や戦車といった重戦闘車両も総数で百輌足らずだ。問題にはならないだろう」


 ――破れかぶれになった時の対抗措置は?


「NBC兵器の携行は確認されていない。また、弾道ミサイルや巡航ミサイルによる攻撃は考えなくとも問題無さそうだ。彼ら自身が危ないからな」


 ――戦闘の泥沼化や中国軍と全面戦争になった場合は?


「最終的には彼らが動員出来る戦力の三倍を投入する。ランチェスターの法則に従い必勝を期すわけだ。何らかの面倒が発生して全面決戦になった場合は―――


 エディは室内の人間を一週ゆっくりと見回した


 ―――全力で叩き潰すだけだ。人口過密地帯への軍事侵攻も辞さない。国連政府のやり方にいちいち噛み付いてくる面倒が減るんで感謝されるだろう。むしろ政治家と言う職業の連中はそれを望んでいるフシがある。噛み付かれたらフルパワーで殴り返すまでだ。暴れる事しか知らない愚かなドラゴンに躾を付けると思えば良い」


 淡々と説明するエディをドリー越しに見ながら、Bチームの面々はコーヒーを飲んでいた。


「なんだか無茶苦茶言ってるぜ」


 ぼやくように呟いたライアン。

 その言葉にスミスがウンザリとした表情を浮かべている。


「なんだか徹底的にこき使われそうだぜ。今回は……」


 半分呆れながら話を聞いている面々。だが、作戦は決行される。

 それはもう仕方が無い事だと判っている。

 ただ……


「シリウスの糞共ならナンボでも血祭りに上げてやるが……」


 スミスの言葉にリーナーも相づちを打つ。


「今回はチーノ(中国人)とやり合うんだろ。あんまり歓迎しないね」


 ジャクソンまでもが溜息混じりにぼやき始める。


「まったくだ。しかも、テロリストとかで無くちゃんとした軍隊だ」


 頬杖を付いたロックは、視界に浮かぶ『ドリーの見ている世界』を呪った。


「今回だけはひでぇドンパチになりそうだな。斬った張ったは仕方ねぇにしても」


 半ば澱んだような重い空気に巻かれ、バードは窒息しそうな錯覚に陥っていた。


「あんまり歓迎しない事態だな。非正規戦でなくて、古式ゆかしい戦争だぜ」

「何言ってんだ。軍隊らしい有意義な仕事だぜ。期待で胸がはちきれそうだ」


 ペイトンのぼやきにジョンソンは皮肉を返す。

 軍隊である以上命令は必ず実行される訳だが、気が乗らない時だってある。

 しかも今回の敵は地球人だ。生身で血の通っている地球人だ。

 多少敵対性があるとは言え……レプリでもテロリストでも無い。


 シリウス派のテロリストであるとはいえ、生身の兵士を手に掛けた事だって一度や二度では無い。しかし、それはテロリストという『明確でわかりやすい敵』だった筈だ。だが、今回ばかりは勝手が違う。相手は普通の地球人で、しかもサラリーマン軍隊だ。妻や子供や家族を持っている普通の兵士達だ。


 出来るものなら戦闘前にケリを付けて降伏して貰いたい。

 だけど、それじゃ今回の作戦の目的を果たせない。


 今回の真の目的は圧力(プレゼン)だ。

 したがって、敵側へ盛大に死傷者を出してやるのが目的だ。


 戦術的勝利では無く戦略的勝利と言う目的の達成は、現地の守備を担当する人民解放軍が全滅がそれに相当する被害でなければ成らない訳だ。

 何となく溜息を一つ吐いて、飲みかけのコーヒーカップを持ち上げたバード。

 すっかり冷え切ってしまったコーヒーは、酸味の混じるモノに成り下がっていた。


    ガシャン!


 カップの割れる音に驚いて皆の視線が一斉にバードへ集まる。

 その当人は手にコーヒーカップの弦だけ持って呆然としていた。


「え? なにこれ」


 コーヒーカップの脇についているツルが根元から割れて剥がれて分離している。カップは重力に導かれ乱暴にコーヒーソーサーへと着陸を試みたようだ。

 だが、僅かな距離とは言え自由落下に導かれて落ちたカップだ。下敷きの皿を粉砕し、カップ自体も見事に砕けた。

 空気を変えるようにジョンソンが軽い調子で言葉を掛ける。


「おぃバード。緊張するにゃ早いぜ?」

「いや、そんな事無いけど……」


 飲み残していたコーヒーが飛び散り、バードはまだそれを呆然と見ていた。

 言葉に出来ない不安感が一斉に押し寄せてくるのだが。


「壊れる時にはなんだって壊れる。タイミングの問題だ。気にするな」


 ビルの言葉が単なる慰めにしか聞こえない。

 テーブルの上をダスターで拭いて、それから割れたカップを丁寧に片付けた。

 サイボーグの指先なら割れた陶器やガラスで手を切る事は無いし、血が流れるわけでもないから、ある意味で便利なものなのだけど。

 僅かに震える指先。それをジッと見ながら、バードの心に小波(さざなみ)が立っている。


「今回はなんだか気が乗らないな…… 正直、行きたくない」


 ボソリと漏らしたバードの言葉。

 ビルは静かにバードの隣へ立って肩へと手を載せた。


「みんな気が乗らないさ。こんな作戦を歓迎するのは狂気の所業だ」

「だよね……」


 新しいカップへコーヒーを注いで口を付けたバード。

 だけど、指先だけでなく手も肩もカタカタと震え始めた。


「バード」


 スミスの声が聞こえてバードは顔を上げた。


「今回は辛いな」

「……うん」


 渋い顔をしているバード。

 ソレを見かねたのか、ジョンソンがいつもとは違う声色で切り出した。


「バード。わかってるとは思うが、俺たちは逃げられない。なぜだと思う?」


 首を傾げ暫く考えて、そして首を振った。


「軍隊だから……じゃないよね」

「そうだ。軍隊だからじゃ無い」


 ジョンソンはいつものように、優雅にコーヒーカップを下ろした。


「俺たちは現代のノビリティ(貴族)なんだ。平民より恵まれている貴族だ」


 いきなり不思議な事を言いだしたジョンソン。

 ここしばらくのあいだ彼を観察していてバードは気が付いていた。

 同じ英語圏の人間だが、ジョンソンはブリテン人だ。

 アメリカ人とは根本的に違う部分がある。


ノビリティ(貴族)?」

「そうだ。士官はそもそも貴族がなるものだ。だから恵まれている。平民より良い待遇だし、基地(いえ)でも軍艦(ふね)でも俺たちは優先される。貴族に9ランク有るように将校も9ランク有るのさ。バードはまだ一番下だが、功績を残し平民である下っ端から認められると貴族の階級が上がる。一番上(キング)は大将様さ」


 深く座り直したジャクソンはバードを近くへ呼び寄せた。


「だけどその分、俺たちは義務を果たさなきゃ成らない。ここに居る奴らは俺も含めて、だいたいが一度は死んだ奴らだ。バードだってそうだろ? 何かしら死にかける事があって、でも、死なずに助かってここに居る」


 ジョンソンの言葉にバードは頷く。


「普通の奴は死にかけたらそのまま死ぬんだ。家族が居ようが、仲間が居ようが、死ぬんだ。だけど、俺たちは死ななかった。運が良いからな。そして、人並み外れた能力を与えられて、どういう訳かとんでもねぇ場所へ優先して送り込まれる。なんでだ?」


 ジョンソンの指がまるで鋭利な刃物のようにバードへ向けられた。

 触れても居ない指先がバードの胸に突き刺さったような錯覚を覚えた。


「……わからない」

「簡単さ。貴族じゃねぇ奴らが死なねぇように、俺たちが先に行くんだ。ペーペーの連中が泣きながら笑って家族の元へ帰れるように、俺たちが行くんだ。つまり、これこそが『貴族の社会的義務(ノブレスオブリージュ)』って事なんだよ。俺たちは逃げられない。果たすべき義務を果たし、平民から信頼と尊敬を集める貴族であり続けるために、その責務を果たすんだ。どれほど嫌でも辛くても、ソレを果たすんだ。そうで無いと、市民が犠牲になる。平民が犠牲になる。女も子供も蹂躙され慰み者にされ、もっと多くの涙が流れる」


 ジョンソンの手がバードの手を握った。


「この手で殺すんじゃ無い。この手で助けるんだ。一人殺すのは百人を助けるためだ。百人を殺すのは一万人を助けるためだ。地球人類二百億が涙を流さなくて済むように、俺たち十二人が涙を流すんだ。まぁ、俺たちは泣けないけどな」


 ジョンソンの真面目な言葉にバードは驚いた。

 いつも皮肉を言ってるだけの人間だと思っていた。

 その人間が士官の真実を語っている。


 士官とは貴族なんだと


 ブリテン人の本質をバードは初めて知った。

 社会正義の考え方の違いを根本的に理解した。


「俺達は憎まれ役なのさバード。地球人同士で戦争しなくても済むように、俺達が最初に降りて汚れ役を全部引き受ける。()られた側は国連軍じゃなくて俺達を恨む。そうなるように派手に暴れるんだよ。暴れて暴れて地上を焼き尽くして、で、俺達が盛大に恨まれて、で、あとから降下する連中はその後始末で感謝される役目なんだよ。そうすれば上手く収まるだろ」


 ジョンソンは胸を張ってそう言い切った。


「どんな事にだってBEST(正解)なんて存在しない。MORE(最良の) BETTER(不正解)を選んでそれを実行するんだ。俺達が実行して俺達が恨まれて、そして司令や参謀本部は俺達に汚れ役を押し付けやがってと恨まれる。だからその分だけ俺達は特権階級で居られるって事だ。誰かがやらなきゃ……いけない事なんだよ」


 半分泣きそうな顔でジョンソンを見ていたバード。

 その肩をぽんと叩いてから立ち上がって部屋の中を一週見回した。


「さて、書類は読み終わったろ? 支度しようぜ。今回はガチだ」


 今まで気がつかなかったブリテン紳士の意外な一面を垣間見たバード。

 責任と言う部分の感じ方は人それぞれだが、いつも皮肉しか言わないちょっと苦手な存在だったジョンソンを、初めて『上官』として尊敬の眼差しで見ていた。




 ――――キャンプ・アームストロング シェルハンガー

      地球標準時間 2030




「今回は大気圏内でシェルを使う」


 テッド隊長の言葉にバードは身を硬くした。

 ふと隣を見ると、いつも冷静なロックやペイトンまでもが硬い表情だった。

 いつでもシェルで飛び出せる装備のまま、並んで話を聞いている。


「Bチームで大気圏内シェルドライブの経験があるのは、俺以外だとドリーとジョンソンだけだ。残りは全員未経験。だが、普段とやる事は変わらない。姿勢制御し重力に負けないように飛び、敵を探して優先的に叩く。それだけだ」


 最初に手を上げたのはリーナー。


「大気圏内でグリフォンエンジン使うんですか?」

「あれは核反応エンジンだ。大気圏内では使えない。放射線をばら撒いて飛んだら問題だからな。今回は降下艇で大気圏へ降下し、高度20キロ辺りで降下艇から分離する。降下速度で充分速度が乗っているはずだからカタパルトは必要ない。戦闘モードに入ったら大気圏内専用のラムジェットエンジンで飛ぶ。既にハンフリーへ搬入されている」


 次に手を上げたのはジャクソン。


「まさか大気圏内でも秒速25キロとかじゃないですよね?」

「当たり前だ。断熱圧縮で蒸発してしまう。大気圏内用のドルフィンエンジンは最大速力マッハ4から5程度だ。巡航速力はマッハ3少々となる。だが、超低空でそんな速度での飛行など俺達しか出来ない。ある意味、衛星軌道上を秒速25キロで飛ぶより難しい。気を抜くな。絶対にだ」


 続いてスミスが手を上げる。


「兵装はどんなですか?」

「主兵装はボフォースの40ミリモーターカノンだ。毎秒20発しか撃てんが威力は充分だ。良く狙って確実に当てろ。と言っても照準はコンピューターが勝手にやってくれる。いつものように優先射撃選択して任せれば良い。30ミリチェーンガンも有るから問題なかろう。とにかく飛行制御に細心の注意を払え。墜落したら一瞬であの世行きだ。絶対に助からない」


 テッド隊長はメンバーを見回してから次の質問を待った。


「もう無いか?」


 メンバーそれぞれが頷く。


「ハンフリーはまもなく出航する。艦内は相当混雑している筈だ。五千人定員の船に七千人近く乗っている。従って俺たちの居場所をいつものように広く取るという訳には行かない。だが、俺たちは特別だ。ソレはいつもと代わらない。これからカタパルトで飛び出し、四時間後に地球周回軌道上でハンフリーに着艦する。その後に艦内でエンジン換装を行い、降下艇へ異動して降下する。面倒だが仕方が無い。いつもの三倍近くも降下艇を積んでるからな」


 テッド隊長の説明に続きドリーが話を始めた。


「正直、俺もジョンソンも『飛んだ事がある』レベルで、満足に戦闘を行った事など無い。つまり、大気圏内でしかも惑星重力影響下をシェルで戦闘飛行するなんてのは隊長の曲芸レベルだ。だが、それ故に相手の、中国側の度肝を抜く迫力満点のプレゼンになるって寸法だ。少々無様でも構わない。ソレより、ちゃんと帰れる事を念頭に置いてくれ。大気圏内の実質飛行時間は四十五分だ。燃料切れは墜落一直線だからな。とりあえずいつもの様にぶっ飛んでいくぞ。話はそれからだ」


 ドリーの言葉が終わるのを待ってテッド隊長が再び口を開いた。


「さて、それじゃぁ行くか」


 隊長のハンドサインが出撃を告げている。

 メンバーが順次カタパルトにスタンバイし、月面航空管制の指示を待って宇宙空間へと飛び出した。

 先のとんだ無駄骨だった作戦終了後、何度か少尉だけでトレーニングを行っている関係で、バードはテッド隊長の助けを受ける事が無いレベルにまで上達している。

 仲間と編隊飛行しつつ三次元機動を行いながら螺旋を描いて軌道を複雑に変移させるような事も自在に出来るようになっていた。


「大気圏内を重力の影響を受けながら飛ぶってどんなだろう?」


 そんな不安げなバードの呟きが無線に流れる。


「さぁな。俺もやった事がねぇからわかんねーや」


 ロックが打ち返してきた。

 気がつけば速力が最大飛翔速度に到達し、エンジンをアイドルまで絞った。惑星間重力の影響を受けてジリジリと速度が変化するのだが、それについて修正を加えるほどでもない。


「進行方向の偶発接触危険エリアに大型デプリを発見。おそらく人工衛星の残骸だ」


 ジャクソンの言葉が無線に流れる。

 バードは無意識に危険エリアへと意識を向けた。


「距離3000キロ弱。およそ九十秒後に接触」


 レーザー測距データーを読み上げたバードは隊長の指示を待つ。

 勝手なことをしない重要性は、カナダの一件でよく学んだからだ。


「軌道要素は楕円か。押して地球突入軌道に入れよう。ドリー、計算しろ」

「イエッサー」


 五秒ほど経過した後、メンバーそれぞれの視界へ残骸の軌道要素と進行ベクトルの可変方向が示された。


「バカ正直に真正面から当たるな。掠るように飛んでワイヤーを引っ掛け、自分の推進軸と鉛直になるよう引っぱるんだ。今から手本を示す」


 テッド隊長がバーニアを使って軌道要素を変更した。

 衝突を避けるように仲間達が散開したので、バードも大きく軌道を変えて離れた所から眺める形になった。

 テッド隊長は一切速度を緩めずに接近し、真横を掠めながらワイヤーを引っ掛け、そのままワイヤーを伸ばしながら牽引の衝撃に備え自分自身の軌道中心でワイヤーを保持する。


 刹那、ワイヤーがピンと伸びて強い衝撃がテッド隊長を襲った。

 重量差により強いマイナスGを感じつつも、テッド隊長は衛星の残骸が描く軌道を僅かに変更して見せた。


「ドリー。ジョンソン。同じ様にやってみせろ」


 衛星にワイヤーを引っ掛けたまま飛んでいるテッド隊長の指示が飛ぶ。

 ドリーとジャクソンはそれぞれ別の方向から残骸へ近づき、同じ様にワイヤーを引っ掛けて引っぱり始めた。

 実に上手くシェルをコントロールしている様子がバードにはありありと見えていた。


「よし、一旦離れろ。ペイトン、ジャクソン、ビル、スミス、リーナー。それぞれ得意な角度から接触するんだ。油断するなよ」


 それぞれが指示への返答をして、そのまま残骸へ接触を始めた。こちらも見事に接触し、問題がない事を示した。ヴェテランとは言わないが、少なくとも並の腕ではない事がわかる。


「よしよし上出来だ。ダニー、ライアン、ロック、バード。次はお前達だ。無理だと思ったらフライパスしてもう一度接近しろ。衝突は絶対にするなよ。作戦前だ」


 イエッサー! と返事をしてから、バードは慎重に軌道要素を計算して浅い角度で擦るように接近して行った。

 最初にダニーが接触し、続いてライアンが上手い具合にワイヤーを引っ掛ける。

 ロックも程なく接触したので、隙間を狙ってバードは接近していった。

 視界の中の距離計がグングンと接近を告げている。慎重に速度を調整して接近し、大きな太陽光発電パドルの付け根辺りにワイヤーのフックを掛けて引っぱった。


「よしよし。全員上出来だ。そのコツを忘れるなよ。大気圏内飛行で役に立つだろう。少尉たちはそのままでいい。各中尉は衝突し無いようにもう一度ワイヤーをかけろ。抜かるなよ」


 だんだんと難しいテーマに沿って飛行する事が求められている。バードもそれは解っている。接近してくるジャクソン達中尉の為に出来る限り真っ直ぐに飛んで邪魔をしないようにしているのだが。


「接触まであと10秒」


 スミスの声が無線に流れバードは身構える。万が一にも軌道修正にし敗した場合は、すぐに逃げるためだ。細かく軌道修正しながら中尉達が突っ込んできた。

 一瞬だけ目を閉じたくなるモノの、隙間を狙って見事にフックをスナップさせた。


「よし、最後は俺たちだ。ジョンソン! ドリー! 抜かるなよ!」


 あまり隙間の残っていない衛星の残骸だが、ジャクソンとドリーは一発でフックを決めた。流石だとバードは呟く。そしてテッド隊長は針の穴を通すような制御で衛星の完全に後尾点になった部分へフックした。


「ドリーの計算通りに押すぞ。良いか!」


 それぞれがバーニアを吹かして軌道を修正した。明らかに地球大気圏突入軌道に入ったのを確認してから衛星に掛けたフックを切断して離れる。

 いつの間にか視界の向こうにはハンフリーが現れていた。あっという間に到達したような気がしていたのだけど、時計を見れば三時間近く経過していたのだった。


「各個着艦体制に入れ。艦内でエンジンを換装し突入に備える。十分準備しろ。今回は洒落にならないくらい大歓迎される気がする」


 Bチームの面々が順次着艦し、艦内で一息ついた頃。バードはハンフリーの艦内がまるで繁華街の雑踏状態になっている事に気が付いた。

 恐ろしい程に人が乗っていて、それはまるで宇宙船の生存限界を超えていると思っているのだが。


「Bチームは大至急ウォードルーム(士官室)へ集合」


 艦内放送で呼び出されシェル装備を外しながらも気が焦る。


「まったく人使い(あれ)ぇぜ!」

「どうせマシーン(機械)だって思ってんぜ」

「まぁ違ぇねぇけどな」


 ロックとジョンソンが愚痴を言い合っている。

 だけどジョンソンはどこか状況を楽しむ余裕すら有る。

 そんな事に気が付いてバードも楽しくなりつつあった。

 

 それは出撃理由の如何ではない。

 バードの体験できなかったもの。

 つまり、楽しい学校生活を疑似体験している様なモノだった。

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