ジュザの片隅
28の州で構成されるジュザ共和国。
最大州面積を誇るのは東北部にあるモルダック州だ。
州都モルダは大河コジャの畔に開ける、巨大な商業都市だった。
この日、Bチームの14名はODST一個大隊と共にモルダへ展開してた。
そのメンバーに海兵隊二個大隊を加え、巨大な議場の周辺警備に当たっていた。
ジュザ共和国はシリウス連邦を形作る首魁のひとつ。
ジュザ大陸の大半を占めるこの国家は。その分割作業の途中にあった。
公式な停戦合意を経て誕生した新生シリウス連邦は、全民族の平等が国是だ。
シリウス入植民は、地球の様々な地域から送り込まれている。
そんな移民の寄せ集めとなれば、それぞれに文化や伝統を持っていて当たり前。
価値観の衝突による軋轢や闘争を回避する為。
また、遙かな故郷を思い出すよすがを護るり育てる為。
それぞれの民族がそれぞれに独立したコミニュティを形作り、自活を図る。
国是としてそれを掲げたシリウス連邦は、惑星全土で平和的に分裂しつつある。
そして、それは、ここジュザの地でも静かに進行して……居る筈だった。
『あのさぁ……』
心底呆れた声で無線に呟いたバード。
その声音に皆がその内心を思うのだが……
『どうした?』
こんな時に宥めに掛かるのはロックの役目になりつつあった。
傍目に見ても夫婦らしい距離感と遠慮の無さが目立つふたりだ。
双方に遠慮のない本音が飛び交っていた。
『PMSCなんて仕組み考えたの誰なのよ』
バードの言葉には心の底から溢れて来るかのような嫌悪感があった。
PMSC。それはprivate military and security companyの略語だ。
プライベートミリタリー&セキュリティの言葉が示すモノ。
それをもっとも簡潔に表現するなら、民間軍事会社となる。
『仕方ねぇさ。21世紀の始めくらいからある伝統企業だ』
『それは解ってるけど……』
民間軍事会社と言っても、その間口は驚く程広い。
軍をリタイアした高級士官などがかつての部下を誘って立ち上げた企業も多い。
その多くは軍の仕事を請け負い、後方支援や輸送任務などに就く。
直接的に戦火を交えない業務などを軍と一体になってこなす企業だ、
当然のように現場では軍用略語が飛び交うので、軍経験者が重宝される。
また、当然の様に軍のやりかたについて知悉している。
故に意思の疎通も早いし、軍が手出しできない微妙な問題の解決にも当たる。
そして、時には直接砲火を交えたり、戦闘の代理もしたりする。
さらにはセキュリティの名が示す通り、要人警護なども請け負う。
軍が直接介入できない現場に出向いていって、色々と工作を行う事もある。
そもそも彼らPMSCのメンバーはコントラクターと呼ばれるのだ。
単純にコントラクターと呼ばれる以上、彼らはサラリーマンだ。
つまり、正規軍では無い。従って交戦規定に定められた手順が必要ない。
言うなれば、民間企業によるゲリラ組織とも言える存在だ。
『これ、ウチがやる任務じゃ無いでしょ?』
バードのボヤキは問題の核心を貫いていた。
それぞれの文化圏がそれぞれに文化や伝統を守りつつ、緩やかな集合体となる。
連邦国家では無く合衆国家を目指すべく、ジュザはその途に就いている筈だ。
ただ、そもそもジュザは熱い闘争を標榜していた地域だ。
本来であれば穏やかな話し合いで済む筈が、血みどろの闘争になりかけている。
双方の主張に隔たりが大きく、話し合いの余地が無い状態だ。
民族毎・文化毎に区分けされるまでは良いが、その境界決めが揉めるもの。
ましてや、壮絶な火炎瓶闘争などを繰り広げた地域なのだ。
その交渉の席が爆弾テロや武力闘争の舞台になりかねない。
その為、双方の陣営がPMSCとの契約を行っていた。
出席するメンバーの護衛と、偶発戦闘になった場合の代理戦闘だ。
だが、そのPMSCもジュザではかなりの重装備になる。
ヘリや戦車を動員し、本気の喧嘩支度でやって来ているのだ。
その為、シリウス連邦の警備部は公式に監視団の派遣を要請した。
要請先は、言うまでも無くエディを頂点とする地球軍だ。
ジュザに限らず、多くの人民は分離分割裁定者としての議長を求めていた。
そしてそれに就くのは、結局のところ、エディしか居なかった。
ただそれは、批判や否定を受けるべきモノでは無い。
シリウスの象徴として存在するエディの役目は、突き詰めればこれに尽きる。
それぞれに声高な主張をする者の利害を調整し裁定を下すのだ。
その為、エディはシリウス中を飛び回っていた。
停戦合意から半年以上が経過し、シリウスの生活は落ち着き始めた。
だが、エディ自身はまったく落ち着かず、ここまで1日の休みもなかった。
エディがほとほと疲れて、移動時間が貴重な睡眠時間となっている状態だった。
そして、この現場はエディが到着するまで休会という措置が取られていた。
休会中に何かが起きると、それだけで独立闘争が再燃しかねない。
故に、ジュザ中の様々な現場へサイボーグチームが送り込まれた。
活動の全てを同時記録出来る裁定者としての立場だった。
――――――――ニューホライズン シリウス連邦 ジュザ共和国
モルダック州 州都モルダ
2302年 9月11日 午前10時
『あれ? エディが居るよ?』
巨大な大会堂の前で警備に当たっていたバードは、視界にエディを見つけた。
どこから来たのかは知らないが、タクシーから降り立ったスーツ姿の男だ。
身体の形といい歩き方といい、本物のエディだとバードは確信した。
だが、ブレードランナーの勘が危険を叫んでいる。
心の奥底の何処かで『騙されるな!』と吼えたけている。
――ありえない!
エディがこの地に来るのは早くても5日後の筈。
その前に分割素案を作るべく、委員会は準備会合を開催していた。
だが、民族毎の分割と緩やかな連合を目指していた筈が完全に頓挫状態だ。
各民族がそれぞれに主義を主張し合い、妥協はまかり成らんと突っ張っている。
主張を妥協し折れるには、それ相応の対価が要る。
熱く燃える心を鎮めるには、それなりの大義名分が必要だ。
双方の陣営が振り上げた拳を降ろす為の生贄を求めている。
その生贄を抜きに煮え湯を飲むには、それ相応の者が言葉を掛けるしか無い。
話し合いによる平和的な解決などただの画餅に過ぎない。
譲歩しなければ痛い目に遭うか、命の危険がある。
そんな極限環境に無い限り、人間という生き物は最大利益を得ようとする。
例え他者が損をする事になろうと。或いは、酷い目に遭おうと……だ。
『え? 予定じゃもっと先だぜ?』
『まぁエディならあり得るだろうが……』
驚いたようなライアンの声が流れ、ジャクソンがそれに応える。
ただ、その声音には疑念の色が混じっていた。
エディの姿だけは見えるのだが、そのお供が見えないのだ。
ビギンズがひとりだけでウロウロするのはあり得ない。
シリウスの何処に行くにしたって、ブルとアリョーシャが付いて回る。
また、シリウス側関係者としてバーニー大将が付いて回る事も多かった。
そして、エディの警備責任者は、テッド大佐かヴァルター大佐だった。
『あぁ…… エディひとりだ。お供がいねぇ』
ペイトンは怪訝な声音でそう言い、スミスも『だよな?』と返答する。
バードの視界を共有する全員が怪訝な反応を見せていた。
全員が警戒する理由は単純。
つまり、何処かの陣営がそっくりさんを用意した。
或いはそれを作り上げた。もちろん、自陣営が有利になるように……だ。
エディは馬車馬のように働き続けていて、そのお供もハードワークだ。
故にお供の側近衆はローテーションで付いて回る。
しかし、その日程がどれ程ハードでも、ひとりだけは絶対にあり得ない。
『エディが居るってことは……』
『最低でもテッド隊長が来てねぇ筈がねぇ』
ドリーとジャクソンは確認するように言う。
スナイパーであるジャクソンは、今日も射界を広く取ってる筈だ。
そのポジションから見えないなら、居ない可能性が高い。
『ヴァシリ。お前のポジションから見えるか?』
ヴァシリはジャクソンからやや離れた位置で射撃観測に付いている。
同じく視界の良い高台に居て、視野を広く取っているのだが。
『いえ、見えません。視界のなかに該当する人物は無いです』
新人のヴァシリとアーネストとて、エディを知らない筈が無い。
チームの中で共有する情報には、エディの活動シーンもある。
そのヴァシリが無いというのだから、やはり無いのだ。
『なんか碌な予感がしねぇ』
ペイトンはなんと無く感じる問題の臭いを口にした。
問題と言うより厄介事と言って良い事だ。
巨大なテロの準備か……その実行。囮として作られた存在の可能性。
一番困るのは、テロの実行犯として作られたアンドロイドだ。
サイボーグをAIで動く様にすれば、余り違和感は無い。
――――Bチーム、ドリー大尉
戦域無線の中にODSTの声が流れた。
『ドリーだ』
――――マーキュリー元帥がお越しになりましたが聞いてますか?
『いや。コッチも元帥を見つけて驚いたところだ』
――――どうしましょうか?
議場へと向かう通りの途中に設けられた検問所では歓声が上がっていた。
もう一段奥の検問所に居たロックとバードは、顔を見合わせてから飛び出た。
エディかどうかを確認するには、直接顔を見れば良い。
バードの持つ対人識別アプリには、エディの認識コードが入っている。
巨大な球技場の中に居ても人物識別を行えるブレードランナーの装備だ。
サイボーグであれば簡易識別アプリを使えるが、バードは特別だった。
そのブレードランナーが確認の為に移動を始めた。
ドリーは僅かに間を置いて返答した。
『いま、ウチのメンバーがそこへ向かった。元帥を待たせてくれ』
――――了解しました
絶対に碌な事じゃない。全員がそれを確信している。
そして、それを確かめる為にバードが走っている。
エディの身に何かが起きた可能性が高い。
再び倒れたのかも知れないし、場合によっては影武者を立てた可能性もある。
悪い予感はいくらでも沸き起こってくるものだが、今回は特別だ。
ただ、そんな時、無線からテッド大佐の声が響き、バードは足を止めた。
恐らくは誰かしらが映像を転送したのだろうが、それはどうでも良い。
既に歓声の上がっている検問所の前で、どう隠そうかを考えるのだった。
『バーディー そっちに行ったエディは本人だ。ちょっとオーバーワークなんでまいってるからな。出来ればどこかに隠してくれ。ちょっとした息抜きだ』
もう遅いよ……と内心で呟いたバードは、無意識に笑っていた。
そして、事態の進行を見守るのだった。




