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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
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思い込みと真実と現実

今日2話目です

~承前






「誰だって気が付いたら大人になってるの。小さな経験を幾つも積み重ねて、障害を乗り越えて、気が付いたら凄く高いところまで登っているってね。それが多分、大人になるって事の本質よ」


 リディアは素直な言葉でそう表現した。

 誰かが言った『不幸を重ねた分だけ女は綺麗になる』をバードは実感した。


 ただ、それには重要なファクターが抜けている。

 苦労を重ねただけで無く、その上で更に強く生きようとする努力だ。

 不幸や苦労や心労が重なっても、それに押し潰されない強さが必要だ。


 そして、リディアの場合はテッドの存在が重要だったのだろう。

 バードは不意にテッドへと視線を送った。


「まぁ、何事も場数と経験だ。ついでに言えば、エディが言うとおり、自分の命を危険に晒した回数だけ、心は強くなるって事だな」


 テッドの言った言葉にロックはハッとした表情を浮かべた。

 そして、相方バードの顔を見ながら、呟くように言った。


「だからエディは強いんだな」

「まぁ、そう言う事だ」


 ロックの言葉を肯定したテッドは、コーヒーを飲みきってから言った。

 まるで我が事の様に、自分が経験したことのように言った。


「誰よりも苦労した分だけ、死にかけた回数が多い分だけ。いや、エディの場合には本当に死んだ経験がある分だけ、並の人間より余程強い」


 ……死んだ?


 僅かに怪訝な色を帯びた表情でテッドを見たバード。

 同じように、探るような眼差しをロックも浮かべた。


「バーニーはエディにとってのバッテリーみたいな存在だ。エディが起こす奇蹟の技は、自らの命を媒介に起こすものだ。メカニズムなんか解らないが、過去何度もアレを見てきた。その都度の消耗し、いつだったかは数日間完全に動けなかった。バーニーはエディの失った生命の力そのものを補給する役目なんだよ」


 余りに非科学的な言葉が漏れ、ロックはポカンとした表情で居る。

 ただ、バードはその言葉に『……なるほどなぁ』と理解を示した。

 それは、自らの命を分け与え、新しい命を育める存在故だろう。


 女にしか出来ない事を男が行うなら、それは文字通りに奇蹟になる。

 ただ、それをし過ぎれば影響が出るのだから、時には補填しなければならない。

 その為の存在がバーニー……


「じゃぁ…… バーニーはエディの映し身なんですか?」


 率直にそう聞いたバードだが、それに応えたのはリディアだった。


「バーニーはリディアの杯から作られたフィメール版の存在よ」

「……信じられない」

「けど、それが真実だから仕方が無いわね。じっさい――」


 リディアは薄笑いでテッドを見ていた。

 それを言って良いのか……と逡巡しているようでもあった。

 だが、全てを見取ったテッドは、深く深く首肯した。


 2人の心がまだ繋がっているんだと実感するに十分なモノ。

 バードは思わずロックを見ていた。


「――実際の話として、エディのサポートユニット的な女はもう一人いるしね」

「……ルーシー准将ですか?」


 間髪入れずにそう言葉を返したバード。

 驚きつつもリディアは大きく頷いた。


「確かに……勘の鋭い子ね」


 苦笑いしつつテッドを見たリディア。

 テッドは僅かに考える素振りを見せ、それから顔を上げた。


「今、シリウス全土は熱狂状態だ。エディの存在がシリウス人の心に火を付けた。独立派市民も武装放棄と恭順を宣言するケースが多い。オーグはもはや組織的な活動を行えず、ソーガーはジュザの一部へと戻った――」


 テッドは淡々とした口調で続けた。

 黙ってそれを聞いていたバードとロックは硬い表情になっていた。

 結果的に上手く行ったとは決して言いがたい状況だと認識していたのだ。


 唐突にエディが現れ帰還宣言し、その上でなんの根拠もない約束をした。

 果たしてそれが本当に上手くいくのか。本当に本物の御子なのか。

 一時は熱狂したかもしれないが、冷静さを取り戻したときに疑念は噴出する。


「――間も無く地球から超光速船が帰ってくる。事態説明と追加認証を取りに行ったのさ。地球と対等な組織というのを前提に、シリウスは地球との共存を目指すって微妙な言い回しでな」


 それがかなり難しい交渉である事は言うまでも無い。

 既得権益を持った者達は、それを手放すのを徹底的に恐れる。

 例え結果的に不利になろうとも、可能性に賭けて抵抗するのだ。


 長い地球の歴史を見れば、そんなケースは幾らでもあった。

 敵の敵は味方だと、ありとあらゆる勢力を使って抵抗するのだ。

 それこそ、直線を直角に曲げてでも戦う姿勢を示す。


 最終的に辿り着く先が自滅だったとしても、抵抗する側はそれを選ぶのだ。


「出来るんですか?」


 怪訝な物言いでロックは尋ねた。

 先を越されたとバードが思うようなタイミングでだった。


「……このシリウスに来ている遠征軍は、総勢で1500万近くになる。その大半がエディの息が掛かった連中ばかりだ。おまけに、上層部には俺たち501中隊の活躍で命を繋いだ者も多いときているから……」


 テッドは何ともニヒルな笑みでロックを見た。

 この人はこんな顔も出来るのかとバードが驚くレベルだ。


「……その為にエディは時間を掛けたのか」

「自分が頂点に立って軍全体をコントロール出来るように?」


 ロックとバードの言葉に対し、『そうだ』と肯定する代わりに首肯したテッド。

 そして、それを見ていたリディアは、この若者達が年齢以上に大人だと思った。

 自分が同じ年の頃、こんな考え方をしていただろうか?と、率直に思えたのだ。


 つくづくと良い人間を育てた。その手腕と出来映えに妬心すら覚えた。

 それと同時に、テッドの存在がより一掃すばらしく見えたのだった。


「まぁ、どんな組織にも軋轢や葛藤がある。10人でも100人でも1万人でも、それは変わらない、普遍の定理だからな。だから――」


 テッド隊長がやたらに饒舌だ……と、バードは思った。

 ただ、同時にハッと気がついた。


 この50年を、いや、人生そのものをエディの夢に、目標に掛けてきたのだ。

 だからこそ、我が事の様に語れるのだ……と。


 ――夢を共有するってこういうことなのね……


 バードはまたひとつ、人生の真実を学んだ。

 人の夢を我が事の様に喜べる姿を美しいと思った。

 それは、人類の夢そのものだった。


「――そんな組織のなかで意見を押し通そうと思ったら、反対者の3倍の数で賛成を集めなきゃならん。ランチェスターの会戦の法則はここでも有効だ。組織の75%を越える賛成を集めるべく努力するんだ」


 反対を押しきる賛成の津波。

 リディアが言うように、どれ程に説得を重ねても人の心は奇数だ。

 割り切っても、割り切っても、割り切れない思いがある。


 恨み辛みや憎しみ悲しみの折り重なった心は、理屈では割り切れない。

 そしてもうひとつある割り切れないもの。それこそが問題だった。


「……でも、利権持ちは抵抗しますよね」


 ロックもそれに気が付いていた。

 地球とシリウスが争乱を続けてくれると都合が良い者達。

 軍需産業などの地球産業界にしてみれば、シリウスで戦争するのが最上だ。


 利権とは文字通りに、利を得る権利そのもの。

 地球や環境が破壊されても、何処か遠くの出来事なら問題ない。

 いま自分の手に利を得ること。それのみを追求する者は確実に存在する。


 どんな聖人君子でも、金と飯の誘惑には耐えられないのだった。


「だから戦争を続行してきた。犠牲をたくさん払いながら、物言わぬ骸が増えるように戦争してきた。最大激戦地では、全部承知で危険な作戦を立てた。地球でもシリウスでも厭戦気分が出てくるようにな」


 やや声を潜めつつ、テッドは遂にエディのやり方の核心を暴露した。

 そしてその言葉を聞いたバードはロックを見た。

 もちろんロックもバードを見た。本当に無言で意思の疎通をしたのだ。


「もしかして、サイボーグチームの存在理由って……」

「おそらくバードの予想した通りだ。そして、ロックも同じ事を思ったろう」


 兵士達が疑念を抱かないように。

 とんでもない激戦地で、一般兵士が感謝するように。


 ()()()()()()サイボーグ()()()()()()()


 これこそがエディの狙った作戦の根幹だ。

 そして、兵士の犠牲がひとりでも少なくなるように仕向け、それでも出て来る犠牲は仕方が無いと納得出来る理由を作る。

 とんでもない身の上の人間達を集め、苛烈な処置と過酷な訓練を積み重ね、泣き言も不平不満も許さない環境で、生身と戦わせる。


 それでも犠牲が生まれ、やがてそれが厭戦気分の根幹になっていく。

 シリウス側も実情は大して変わらないんだろう。


 ヘカトンケイルは独立闘争委員会が駆り立てる闘争を否定しなかった。

 シリウス人の多くがそれに呼応していたのだから、仕方が無い部分もあった。

 だが、その中で委員会の面々が段々と、ただの特権階級に過ぎないとバレた。


 結果、シリウスの社会には、紛争を歓迎しない空気が生まれていた。

 そんな状況でも戦争を継続する為に、督戦隊が猛威を振るった。

 ソヴィエト赤軍の様に兵士が消耗前提の戦いへ駆り立てられ、死んでいった。


 だからこそ、救いの御子を求めたのだろう。

 全ての争いを終らせられる存在の登場を、恋焦がれたのだろう。


「地球側の諸国家連合だって、その上層部はエディの正体を知っている。その上で利権拡大に協力する姿勢を見せれば、損得勘定で彼らは折れる。折れざるを得ないだろうさ。地球資本でシリウスを再開発し、それがやがて利権になるのさ」


 テッドの言葉を聞いていたバードは、いつの間にか硬い表情になっていた。

 良いか悪いかと言う善悪論では片付けられない問題だった。


 困難を乗り越えて前進できるかどうか。

 その全てが地球側の判断に任されていた。


「まぁ、折れるしかないわね」

「だろうな。なんせ……」


 テッドは小さく折り畳まれた新聞の見出しを見せた。

 武装解除の上で解体した筈のシリウス軍が再編成されると書いてあった。


 その中心になるのは、最後まで地球に抵抗した者達。

 エディは彼らに武装を与え、そして名誉を与えるつもりなのだろう。

 結果、その再編成されたシリウス軍は、地球へ噛み付く牙になる。


 譲歩せねば元の木阿弥。

 その状況へと持ち込んだエディの手腕にバードもロックも息を呑んだ。


「このまま拒否すれば、そのシリウス軍と戦う事になる。やっと勝ち戦になった兵士たちが再び戦うと思うか?」


 テッドの苦笑いにバードもロックも息を呑んだ。

 生きて帰れるはずが、戦闘を再開しろと言う御達しに塗りつぶされる。

 その時、エディが『共に戦おう』と言い出したらどうなるだろうか?


 時間を掛けて時間を掛けて、手痛い犠牲にも目をつぶり準備してきたこと。

 その全てが、この地球との交渉に結実していた。


「ラウンドアップ作戦はこれで終りだ。今日の午後からは戦争終了の式典が開かれる事になっている。地球とシリウスは共通する困難に立ち向かう為、一衣帯水となって進んでいくのさ――」


 そんなテッドの言葉に『共通する困難って?』とバードが口を挟んだ。

 ロックも不思議そうに首を傾げ、テッドを見た。


「……まだ知らない者の方が多いわよ」

「そうだったな……」


 小さく溜息をこぼしたテッドは、やや目を伏せてテーブルを見た。

 口中で言葉を練っているらしいテッドの表情が、どんどん硬くなっていった。


「オーグと独立闘争委員会の首領部は独立大陸ヲセカイへと逃亡した。旧文明の古代遺跡があるエリアで、本来は誰も立ち入れないところだ。ヘカトンケイルと呼ばれる者達が最初にこの星へやって来たとき、彼らが偶然に見つけたモノがある」


 これはやばい展開だ……

 そう直感したバードは、ますます身を硬くしていた。


「遥かな昔、この惑星に文明の花を咲かせた者達がいた。だが、何らかの理由でこの惑星を棄て、何処かへと旅立ったらしい。その過程に付いては一切不明だ。もしかしたらヘカトンケイルが全て知って居る可能性もあるが、少なくとも俺は知らないし隠してもいない――」


 テッドは硬い表情のまま小声で続けた。


「――この惑星の生命体系は再生を果たし、新しい生物体系が花開いた。地球人類はそこへ入植した。その過程でいろいろとあったが、結果として丸く収まりそうなところまでこぎつけた。だが、旧先史文明を築いた者達は、とんでもない隠し玉を残して行ったんだ」


 迫真の表情になっていたテッドは、一つ息を吐いて間をおいた。

 バードとロックの二人が真剣に聞いているのを確かめ、一つ首肯して続けた。


「彼らは帰ってくる。この惑星に帰ってくる。その時、何が起きるかは説明するまでも無いだろう。我々はそれに向けて準備してきた。着々と準備してきた。彼らに対向する術を身に付け、身を護り、穏やかに納まるように。最終決戦以外の道を模索できるようにしてきた」


 ロックが我慢ならず『話し合いで解決できるんですか?』と問うた。

 当たり前の話だが、戦争で決着をつけるなら、どちらかが滅亡するまで続く。

 それは仕方が無いことだ。勝ちきらない限り解決は望めないのだから。


「それは解らん。ただ、古来から言うように、武力無き話し合いなど何の意味も無いことだ。決裂し決戦に及ぶのと、ここで譲歩していくのと、どちらが得か。その匙加減を判断し決断する材料は、相手の戦力次第だろ?」


 一切の奇麗事を抜きにすれば、それこそが交渉ごとの真実だ。

 戦って夥しい被害を出したとしても、譲歩して失う分より少なければ戦う。

 そこを見極めるのが政治家と言う生き物の役割だ。


 だからこそ……


「厭戦気分を出してまで和平を実現させたエディの手腕って、結局この為か」

「そう言う事だ」


 ロックの言葉にテッドが肯定を返す。

 夥しい犠牲を払って実現した平和があるからこそ、徹底抗戦を言い出しづらい。

 そして、逆説的に言えば、ただの譲歩や恥辱を忍んでの撤退も無い。


 ただ、この時バードは『あっ……』と漏らした。


「国連高官や各国の上層部はこの事を……」

「もちろん知っている。だからこそ、エディが地球へ送った要望を飲まざるを得ないと言う事だ。いがみ合うふたつの勢力を纏めるには共通の敵が一番早い」


 ニコリと笑ったテッドは、黙ってリディアを見た。

 そのリディアもまた静かに笑っていた。

 シリウス側も解っていたんだ……とバードは思った。


「まぁ、いずれにせよ、我々は早急にヲセカイへ行く。行ってあの連中が破れかぶれになって自爆するのを防ぐ。これから、その為の準備が始まるが……」


 テッドの目がリディアを見た。

 そのリディアは、柔和な表情で穏やかに言った。


「シリウスとちきゅうの両軍が共同戦線を張る事になる。ちょっと物騒な演習みたいなものね」


 全ては周到に仕組まれた演出だった。

 唐突な御子の登場も、最初の演説がテッド大佐だったのも……だ。


「そろそろニューホライズンに一隻の船が到着する。出航元はグリーゼ星系だ。その船には重要な情報が搭載されている筈。その船の到着を待って最終段階だ」

「その前に、あのヲセカイへ逃げ込んだ残党を掃討しないとね」


 テッドとリディアは核心を知っている。

 バードはそう直感した。そして、その至るべき結末をも知っていると感じた。


 ニューホライズン独立闘争は、結果論として丸く収まる事になりそうだ。

 首謀者は滅亡し、独立は果たされる事になる。いわば、痛みわけだろう。


 だが、その先にまだまだドラマがある。

 或いは、イベントがある。それは間違いない。


 そしてバードは思った。

 自分の旅は、まだまだ終らないのだ……と。


「さぁ、サクサク食べて出かけるぞ。今日は終戦記念式典だ」


 テッドの言葉に『ハイッ!』と応えて食事を再開したバード。

 ロックもペースを上げてリアクターへ食べ物を押し込んだ。

 シリウス各地を多元中継して開催される戦闘終了式典はもうすぐ始まる。


 それが、最終決戦の始まりを告げる号砲なんだとバードは思っていた。







 第17話 オペレーション・ラウンドアップ



  ――了――



 幕間劇 その4  エディとテッド に続く

色々思うところがあって大幅に加筆修正し話が増えてしまいました。

もう一つの話である『黒い炎』の方で、グリーゼの話を全部書きます。

次回更新は9月初頭を予定しています。

少々お待ちください。

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