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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
256/358

御子の帰還<後編>

今日2話目です

~承前






「諸君」


 エディの声が静かに流れ、オーグの陣地が静まりかえった。

 これは、地球側が公式に要請した捕虜の帰還イベントだ。


 オーグに残された僅かな基地へ、地球軍が捕虜を返還しにやってくる。

 同胞を迎えるべく集まっていたオーグの兵士たちは、その光景に沸き立った。


「シリウスを愛する諸君」


 エディ大将は戦闘の終了後に『捕虜を帰還させろ』と命じていた。

 そこに如何なる神算鬼謀があったのかはうかがい知れない。

 だが、段取りを追って行けば、全てを締めくくる為のクライマックスが必要だ。


 終わりの始まりと評されるイベントは既に手を打ってあった。

 かつて地球側が敗戦に次ぐ敗戦を重ねた地上戦の中、エディは姿を現していた。


 ――――救いの御子は死んでいない

 ――――地球側の何処かに存在している


 そんな噂がシリウスの中に飛び交い、独立闘争委員会の残党が切歯扼腕した。

 シリウス連邦の行政機関に属する者が、何度も地球へと調査へ飛んだ。

 何か手掛かりを求めて。何か情報を求めて。要するに、希望の光を求めた。


 そして、その都度、断片的な情報がシリウスの社会へともたらされていた。


 ――――御子は地球へ亡命した

 ――――御子は地球で修行中だ

 ――――御子は地球で生きている

 ――――御子は……


 如何なる困難逆境にあろうとも、希望の光があれば人は暗い夜を越えていける。

 逆に言えば、死を凌駕する艱難辛苦を味わおうとも、人はそれを耐えてしまう。

 どれ程に理不尽・不条理な条件であっても、忍辱を見せてしまう。


 事実、彼らはそれを成し遂げた。


 シリウスを支配していた者達との闘争が続き、彼らは時に不服従を選択した。

 社会を支配しようとしてきた者は、そこに一定の配慮と妥協をせねばならない。

 そう言ったストレスこそが、支配側を苛立たせ、強権政治に走らせた。


 そうやって、少しずつ、少しずつ、人民と支配側の離間を行って来た。

 全ては掌の上にあったのだ。深謀遠慮の果てに辿り着いた、この日の為に。


「……私は帰ってきた」


 エディがその一言を漏らした瞬間、その場に居た者達が一斉に歓声を上げた。

 耳を劈くほどの声が溢れ、次の瞬間には涙声に変わっていた。


「さぁ、道を空けて欲しい」


 エディが進む先には自然と人垣が作られ、その人垣が左右に分かれた。

 その中を王のように歩くエディは、バーニー大将のサポートを受けていた。


 ――あ……


 極々僅かなシーンだが、バードは見逃さなかった。

 バーニー大将はエディの背に手を触れていた。

 そして、何事かを呟き、笑った。


 ただ、その都度にバーニー大将の顔色が変わっていく。

 もう何度行ったか分からないそのタッチは、エディの見せる奇蹟と同じだ。

 そして、バーニー大将の顔色は凄まじいまでの土色に変わり始めた。


 ――あの不思議な力を融通してるんだ……


 あれは、あの力は、魔法や超能力と言った、なんとも陳腐なものじゃない。

 人々の醜い欲望という手垢の付いた、穢らわしい言葉で汚したくはない。

 バードは偽らざる本音として、そんな事を思った。


 あれはエディの見せる愛だ……と。

 人を愛し、シリウスを愛し、全てを愛するエディの心そのもの。

 そして、自らの命を人へと分け与えられる、超常の力。


 それと同じ事をバーニー大将が行っている。

 バードはその事実について一つの仮定を思い付いた。


 バーニーという人物は、もう一人のエディだ……と。


 どんな経緯かは解らないが、バーニー大将はエディのスペアなのかも知れない。 故に、エディはバーニー大将を大切にしていたんじゃないだろうか。

 まるで100年の恋人のように、長年連れ添った夫婦のように。

 相方という表現が最も相応しい存在へと昇華していた。

 それが真相では無かろうか……


 ――凄いなぁ……


 そこに垣間見えるエディの強さに、バードはただただ感動した。

 人生を掛ける目標として、シリウスの真の独立を掲げた存在だ。

 そして同時に、人を愛し、人を育て、後を託す準備をしてきた。


 どんな回りくどい表現よりも、ただただ、『王』という言葉が相応しい。

 バードの中でそう結論付けられた男は、静かに演台へと上がった。

 演台の上で言葉を発していたテッドの隣に立ちオーグの兵士を見ていた。


「テッド。変わろう」


 エディはこの日、シリウス星系へ戻ってきて初めて、人民の前に立った。

 世界中に生中継されているなか、多くのカメラと耳目の前に立ったのだ。


 ――――偽者!


 誰かが叫んだ。

 それは、ある意味で当然のことなのかも知れない。

 地球側が何者かを傀儡に立てているだけ。

 そう考えるのも自然なことだ。


 だが、エディは何も言わず、ただ演台の上の水差しからコップへ水を注いだ。

 そして、それを皆の目の前で色付きの水に変えて見せた。

 馥郁たる香りを放つ、ウィスキーだった。


 ――――うそだ……


 涙声のような叫びが響いた。それは、誰もが思う事なのだろう。

 なぜもっと早く姿を現してくれなかった。

 なぜもっと早くシリウスを救ってくれなかった。


 なぜ……


 それは、どれ程頭の中で理解していても、割り切れるモノではない。

 夫を亡くしたもの。妻を失ったもの。両親を見殺しにしたもの。

 家族が死ぬのを、ただ黙って見る事しか出来なかった者達の怨嗟。


「……シリウスは、いまやっと、ひとつになった」


 エディは静かに切り出した。

 やや騒然としていた会場がシンと静まり返った。


「かつて、このシリウスを簒奪し、その全てを支配下に置き、人類の母なる星、地球を征服しようとする者達がいた。地球での夢が破れ、追放され、自らの私怨をシリウスの目標とすり返る事で復讐を果たそうとした者達がいた……」


 それが何を意味するのか、理解出来ぬ者など一人も居ない。

 独立闘争委員会が行なった思想統制と敢闘教育は、シリウス人に深く根ざす。

 100年掛けて行なった事をひっくり返すのは、容易な事では無いのだ。


 国を滅ぼし、民族の精神を穢し、その牙を抜き、ただ従順に屈服させる。

 その最も確実な方法は、時間を掛けて子供達を教育していくことだ。


 地球からシリウスへと入植し、時間を掛けて根を下ろしてきたはずの社会。

 その社会を自分たちに都合よく塗り替えてきた者達を排除する為の算段……


「私は過去、幾度も彼等から暗殺される寸前まで行った。何度も死に掛け、その都度に心ある志士たちの献身と滅私の精神に助けられてきた。幾度も激戦を経験し、その都度に多くの仲間の死を見てきた。その全ては――」


 エディは会場をグルリと見回し、その視線が集まっている事を確かめた。

 鋭い眼差しが集まっているのを感じ、気圧されるほどの気迫を見て取った。


 熱狂は過ぎ去り、既にここは殺し間だ。

 僅かな手順のミスで、このオーグの兵士たちは一斉に駆け上がってくるだろう。

 重武装で護衛に来たBチームとFチームだけで、賄える数ではない。


「――我が同胞だ。全てが私の親であり子であり友であり、大切な仲間だ」


 何処かで咳払いのような声が響いた。それと同時、小さな声が聞こえた。

 現実を受け入れるには勇気がいる。少なくとも現状では素直に首肯出来ない。


 徹底的に抵抗してきた者達だ。地球への復讐に凝り固まった者達だ。

 もっとも先鋭化し、もっとも独立の夢を信じてきた者達。

 彼らの夢は叶うとも言えるし、裏切られるとも言えるのだ。


 地球側の対象として救いの御子が現れたと言うのは、最大級の裏切り。


 シリウス独立を阻むべく送り込まれた、地球側の巨大な暴力装置。

 その暴力機関を束ねているのが、よりにもよって御子なのだ。


 オーグの指導者や独立闘争委員会の者達が言ってきたこと。

 救いの御子こそシリウス独立を阻む最大の障害。

 それが図らずも証明されてしまった事になる。


「私はかつて夢を見た。シリウスが穏やかに独立し、地球と対等な立場でモノを言い合い、統一した意思を持って困難に当ると言うものだ。4つの陣営に分かれ、3つの惑星に住み、2つの星系を行き来して、一つにまとまる。人類の未来を拓く為には、まず戦争を終らせる必要があった」


 エディはソーガーの空を見上げてそう言明した。

 そして、そこから視線を落とし、オーグの兵士達を見た。


「思えばもう60年の月日が流れた。その間、多くの者が斃れただろう。必要な犠牲だったなどと、嘯くつもりは無い。本来なら死ななくとも良かった者達だ。だがそれでも――」


 右の拳を握り締め、皆に見せてエディは言葉を続けた。


「――それでも、言わざるを得ない。これは必要な犠牲だった。独立の熱に狂った人々から熱を奪い、心穏やかに事態に対処出来るようになる為の……自由と独立の祭壇へと捧げられた多くの命だ。私もこの手を汚してきた。それは否定しない。私も罪深い1人の人間に過ぎない」


 エディの言葉が続く中、何処からともなく『ふざけんな』と声が漏れた。

 だが、それと同時にすすり泣く声が聞こえた。そして『その通り』と言う声も。

 望んだ結果と違うモノを受け入れるのは、大きな困難を伴うものだ。


 奇麗事を抜かすな!

 そんな声が沸き起こる一方で、御子の経験した日々を理解する者もいた。


「私に出来る事は少ない。だが、その中にたった一つ、誇れる事がある。今の私は地球から派遣された遠征軍の全てを纏める立場にあるし、戦闘の継続や停止を命じる権限がある。だから私は――」


 エディは両手を広げて見せた。

 シリウス人民の多くに、その姿を見せるように……だ。


「――全てのシリウス人に問いたい。戦争か、それとも和平か。そのどちらを選ぶのだ?と、そう判断を委ねたい。戦うと言うなら、それも仕方が無い。最後の一兵まで己の夢に殉じれば良い。私はそれを非難しないし、むしろ褒め称えるだろう」


 ……己の夢に殉じる

 その言葉は甘露となってオーグ兵士の耳に届いた。

 そして、エディがやって来たことの本質を理解した。


 シリウスを攻め立てる者達の側に入り、その手を止めさせる手段を手に入れる。

 その為には辛い仕事を幾つもしてきただろうと、そう理解した。


 そして……


「私は全てのシリウス人に挨拶する。そして、その意志を問う。私は地球軍の最高責任者として、以下を公式に発表する」


 エディは『やれ』と指示を出し、それに答えてテッドが動いた。

 ソーガーへと降りていた大型降下艇の側面に文字が投射されたのだ。


「独立したシリウス統合政府は、地球と対等な組織となる事を保障する。国連の安全保障理事会に拒否権付きポストを作る。地球資本によるシリウスの再開発を加速させ、物資や食料の供給体制を発展させる。そして――」


 幾つもの条件が並び、その都度に『おぉ!』と歓声が沸き起こった。

 それは、ソーガーだけではなく、シリウス中の各地で同じ反応だった。


「――ヘカトンケイルの身分を保証し、誰一人として詰腹を切るような事が無いように取り計らう。シリウスの社会が民主的に発展し、地球側からの横槍でなし崩し的に諦める事が無いよう、シリウスを護る」


 力強くそう宣言したエディは最後にこう付け加えた。


「今の私には、それを可能とするだけの権限がある。本当だ」


 自信に溢れる笑みを浮かべ、エディはそのまま壇上を降りた。

 そして、オーグを構成する兵士たちの中へと入って行った。


『うそっ!』


 思わずバードが叫ぶほどの衝撃。

 警備で降りていたBチームが全員浮き足立っていた。


『ジャック! エディは見えるか!』


 ドリーは思わず無線の中に叫んでいた。

 会場警備の為に高台へと陣取っていたジャクソンを呼び出した。


『問題ねぇ! まだなんも起きてねぇ!』


 会場を一望する場所でスナイパーライフルを構えるジャクソンも叫び返した。

 ただ、人ごみと言う環境では、人ごみに紛れた暗殺が最も恐ろしいことだ。

 実際の話として、これだけの兵士が居る環境では、それが起きるかも知れない。


 だからこそ、エディはそれを行なったのだ。

 殺したければ殺せと、そう言わんばかりの振る舞いだった。

 だが……


『……なんか呆気ねぇな』

『全くだぜ。緊張して損した』


 ロックとライアンが悪態を吐いた。

 会場中から『御子!』を叫ぶ声が響き始めた。

 中には恨み節を喚く者も居るだろうが、その声の全ては見事に掻き消された。


『全員黙って事態を見守れ。大丈夫だ。大丈夫だ……』


 無線の中にテッド大佐の声が流れた。バードは思わずその声の元を探した。

 演台の片隅にテッド大佐は立っていた。その隣にはヴァルター大佐が居た。

 二人とも、万感の様子でジッとエディの背を見つめていた。


 ――凄い……


 なにがどう凄いのかを説明できる言葉など無かった。

 ただ、バードは率直な気持ちとして、凄いと感じていた。

 長年努力し続けてきた事が、ここに結実しているのだと思った。


『……フルサークルなんですね』


 ボソリと呟いたアナの声だけが、無線の中に流れていた。




 この日を境にシリウスの社会は一気に空気が変わった。

 シリウスへと来ていたもの全てがそれを感じていた。

 独立闘争委員会とオーグを支援していた団体のほぼ全てが消滅したのだ。

 シリウス各地に残っていた過激派や継戦を訴える市民活動団体もだ。


 シリウス全土が熱狂の渦に包まれ、独立派市民も自主的武装放棄を始めた。

 そして、オーグの首領だったり闘争委員会は居場所を失った。

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