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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
255/358

御子の帰還<前編>


 シリウス軍の宇宙残存兵力を一掃した戦闘から一週間。

 あのすさまじい戦闘を感じさせるデブリの類いは全て地上に落下していた。


 ニューホライズンの近軌道衛星局は戦闘域跡の周回デブリ群危険情報を注意情報に変更し、あの激戦はそれを経験した兵士たちの記憶の中のみとなった。

 宇宙ではどれ程の激戦であってもデブリ以外に痕跡は残らす、また、地上に落下してしまえば痕跡は消える。それが地上戦闘と宇宙での戦闘の大きな違いだった。


 ただ、そうは言っても今回の戦闘では決定的な出来事が発生していた。

 ここ数ヵ月、慢性的に不調を訴えていたエディ上級大将は遂に擱座した。

 システムは起動したものの、自立反応が無いのだ。


 ――――寿命じゃないか?


 そんな声が囁かれていたが、大将は散々と時に喰われた存在だ。

 軍のデータては2200年の産まれで、単純計算で30年はロスがある。

 つまり、まだ寿命を迎えるにはまだまだ早いと言うことだ。


 擱座の理由を巡って口さがない噂が駆け巡り、上層部に混乱を生んでいた。

 ただ、エディの側近たちはその理由を知っていたのだ。


 ――――エディは『力』を使いすぎた


 そのメカニズムは解らずとも、狙って起こす奇蹟の存在は否定できない。

 事実、大怪我をして命すら危ぶまれたリディアは快復していた。

 そして、リディアだけでなくその世話になった経験を持つ者は多かった。


 密やかに囁かれてきた噂。

 つまり、エディ・マーキュリーこそがビギンズその人だというもの。

 根拠の無い無責任な噂だが、そんな話とは裏腹にひとつの方針が囁かれた。


 ――――そろそろ引退だろう……


 エディの正体を知らぬ者は、そんな事を言い出している。

 それは決してエディが飲めない話だということを知らぬ者達だ。


 だが。軍隊という組織に於ては、個人の事情よりも全体を優先せねばならない。

 その為には汚れ役を用意する必要があり、損な役回りを覚悟する必要がある。


 そしてこの場合、統合参謀本部という組織がそれを、その泥を被る役になった。

 総勢18名からなるの各軍の参謀たちは、全員が揃ってひとつの勧告を出した。


 ――――統合参謀本部は全会一致して勧告いたします

 ――――エディ・マーキュリー上級大将閣下に強く引退を薦めます

 ――――公式な返答が無い場合には名誉元帥のポストへ異動とします


 その勧告に対し、ある者は涙し、ある者は劇昂した。

 だが、だからと言って軍を掌握し指揮できぬ大将に存在価値は無い。

 本来はクビだが、最大限の譲歩として異動と言う表現を使ったのだろう。

 それは、地球連邦軍と呼ばれた時代から今に至るまで、ひたすらに献身してきた人物へ向けられた最大の敬意と感謝と、そして配慮だ。


 思い起こせば、50年を遡ったシリウス軍大攻勢の頃。

 それに抗したエディ少佐の軍はシリウス軍からも評価を受けるほどだった。

 エディ少佐の行なった『徹底的な殲滅』と『情を掛けた救済』は語り草だ。

 この半世紀の間、広大な宇宙の各所で展開した激烈な戦闘は、死を覚悟した兵士たちだけでなく、生きて帰った彼らを出迎えた家族たちの記憶に残っている。


 敵からの評価も、誰もが息を呑んだ振る舞いも、死の危機を越えた記憶も。

 それら全てのモノが、エディ・マーキュリーと言う人物を形作る伝説だ。


 いかなる敵をも屈服させ、苦々しくも評価させるほどの強い心。

 その心が紡ぎ出す歴史と言う名の結果は、アンチと呼ばれる者をも黙らせる。


 ある者は言う。

 あの強さは神がかり的な、それこそ、神に愛されたものだ……と。


 また、ある者は言う。

 彼は如何なる状況をも笑って踏み越えていける運の強さを持つ……とも。

 状況的な不利さや、戦力的な劣勢や、飛び切りのピンチだったとしてもだ。


 ――――大丈夫。マーキュリー大将は笑って踏み越えるさ

 ――――信じた道を愚直なまでに真っ直ぐに

 ――――どんな困難でも突き破って進むだけ


 そして、それは既に国連軍のドクトリンとして受け継がれていた。

 危機を迎える覚悟は、窮地を乗り越えた自信が裏支えした。

 凪の海は船乗りを鍛えない……と、兵士達を過酷なまでに訓練した。


 また、絶体絶命の窮地へ平気で放り込んだりもした。

 しかし、それらを乗り越えた多くの兵士たちは、狂信レベルで思い込んだ。

 エディ大将がいる限り、絶対に負けない……と。


 あやつり人形ともからくり人形とも揶揄されつつ、妻も娶らずにやって来た。

 その実績と信頼と、何よりも熱い人望を集めているのだった。

 そして、多くの関係者が一様に『何とかなるさ』と受け止めていた。


 蝋燭は消える間際で一際輝くと言うが、誰も蝋燭だなんて思ってない。

 エディは。マーキュリー大将は人類を導く指針、シリウスの化身だ。

 地球の大海原を走った船乗りたちがシリウスを道標とした様に……だ。


 そして、それに答えるようにエディ・マーキュリー大将は復活した。

 古い知己だと言うワルキューレのリーダーを引き連れ参謀本部へ出席した。


 そして、『まだやり残した事がある。まだ仕事が残っているのさ』と言った。

 統合参謀本部は、即日でエディ大将に元帥の肩書きを送った。

 地球にある多くの指導者たちがそれに賛同するのだろうと誰もが思った。


 地球人類の持つ最大の暴力機関の全てを、エディは支配下に置いたのだった。









 ――――――――ニューホライズン。シリウス合衆国 首都サザンクロス

           ユニオン・セントラル・パーク特設会場

           2302年 3月30日 午前10時









 異様な熱気が押し包むシリウス合衆国の首都サザンクロス。

 その中心部には、広大な敷地面積を持つユニオンセントラルパークがあった。

 かつてのサザンクロスは、ニューアメリカ州の州都として栄える街だった。


 ただ、独立闘争が続いて居た頃、この街の攻防戦はひとつの山場だった。

 街ひとつを焼き払う勢いで両軍が激突し、通り一本、家一軒を争う戦いだった。

 日々単位で勢力圏が変動し、趨勢としてシリウス軍有利のまま推移した。


 街は瓦礫と死体と断末魔の声と、そして怨嗟に溢れた。

 水も食料も医薬品も無い中、市民達は燃え残ったデパートの略奪で喰い繋いだ。

 その最大激戦地だった旧庁舎エリアは、緑の溢れる公園に変貌していた。


 縦横10キロ単位で広がる広大な公園の中心には、芝生のステージがある。

 そのステージには巨大なスクリーンが用意され、多くの市民がそれを見つめた。


 スクリーンの中には、サザンクロスから遠く離れた地。

 かつてジュザと呼ばれた地域の片隅、ソーガー地方の景色が映っていた。


「エディ大将…… 大丈夫かな?」


 不安げな言葉を漏らしたアシェは、巨大なスクリーンを見ていた。

 シリウス宇宙軍の捕虜を返還すると言うイベントの中のシーンだ。


 ソーガー地方で頑強に抵抗を続けていたシリウス軍の残党が軟化している。

 もはや彼らも疲れ切っていて、継戦意欲は最低レベルにまで落ちていた。

 スクリーンの中に立つテッド大佐は、それを見て取り、満面の笑みだった。


 ただ、問題の本質はそこでは無い。


 テッド大佐が見つめる先にはエディ大将が居た。

 そのエディは、ワルキューレの隊長だったバーニーを連れていた。

 そして、バーニーの監視役にはルーシー准将が居る。


 実情を知るモノならば『あぁ……』と合点がいくシーン。

 動けなかった筈のエディだが、そのエディを癒やしたのはバーニーだ。

 エディと同じように奇蹟を起こせるバーニーの仕業だ。


 エディほど回数が使える訳では無いが、バーニーにもその力があった。

 ビギンズの予備の胚から産まれて来た彼女達の存在意義そのものだった。


「……あの人に限って心配する事は無いよ。それに――」


 不安げなアシェの声にこう返したのはホーリーだった。

 この日、激戦を生き抜いたAチームの生き残りはサザンクロスに展開していた。


「バーディー達も行ってるし、護衛戦力としては申し分ないよ」

「でもさぁ……」

「大丈夫だって。エディはそもそも運が良いんだから」


 直撃弾を受け宇宙の塵に成った筈の二人だが、神は二人を見捨てなかった。

 たまたま通りかかったワルキューレに救助され、地球側へと帰還したのだ。


 アシェは下半身喪失の大破で、リアクターはスクラムを掛けた状態だった。

 そして、ホーリーはクビから下が殆ど残って無く、普通なら死亡判定だ。

 サイボーグの強靱さと打たれ強さを痛感する程の被害だが、二人は明るかった。


 あの戦闘でまた多くが未帰還になったが、ヴェテランで死亡判定は少ないのだ。

 訓練を積み重ねただけしぶとくなり、不貞不貞しくも生き残れるのだ。

 そして、そんな者達をまとめる指導部は、より一層に強くなっていた。


「でも、バーディーはさすがよね」


 なんとなく妬心の疼くアシェは、認めたくは無い言葉を口にした。

 サイボーグにとっての適応率とは、それ自体が人間の出来そのものだ。

 そして、それが高ければ高いほど役に立つという評価に直結する。


 生まれや育ちはともかく、一人の兵士としてみた場合には差が歴然とするのだ。

 また、嫌でもその待遇は差が付いてくし、与えられる任務の軽重も差が付く。

 アシェにとって重要なポジションに居られない事は、それ自体が屈辱だった。


「そりゃ仕方が無いのよ。彼女は特別だし、それに――」


 G35シリーズを装備したホーリーは、民族的な特徴も相まって驚く程細い。

 長い手足と小さな頭と、引き締まってメリハリの付いた身体が特徴だ。

 モンゴリアンの特徴を色濃く残しているアシェにしてみれば、それとて……


「――その分だけ彼女はハードな任務を与えられるじゃない」


 セントラルパークで警備に当たる二人は、高いビルの上で会場を見渡した

 本職がスナイパーであるホーリーは、L-47を構えて身を隠していた。

 弾道観測役のアシェは双眼鏡を片手にしているが、実際が裸眼で見ている。


 視野を広く取り、異常を察知し、問題が発生する前にガンナーに教える。

 共有する視野の中で問題の元をインポーズ表示し、排除するかを即決する。

 この場面においてもサイボーグというのは本当に有効だった。


「でもさ、同じサイボーグなんだから……」


 口を尖らせたアシェだが、ホーリーは笑っていった。


「同じじゃ無いよ。全然同じじゃ無い」

「……そうなの?」

「Bチームと一緒に作戦行動すると良く解る」


 フフフと笑ってアシェを見たホーリー。

 スコープから目を切り、流し目でアシェを見ていた。


「Bチームってのは、並大抵の努力で居られる環境じゃ無いよ」

「……そうかなぁ」


 そのホーリーの言葉すら余り面白く無いアシェは渋い表情だ。

 だが、次に言ったホーリーの言葉は、その渋い表情を打ち消していた。


「ひと頃、バーディーはPTSDで苦しんだからね。精神的におかしくなりかけたし、完全に人間が壊れそうになってた。それでも生き残れたからあそこに居るの」


 ホーリーは更に一言を付け加えた。


「たぶんだけど、アタシには無理ね」

「……そうなんだ」


 それ以上の言葉を飲み込んだアシェは、会場の警備に視線を戻した。

 広場を埋め尽くす群衆がワー!と歓声を上げていた。

 スクリーンにはシリウス側の捕虜が映っていて、続々と引き渡されていた。


 ただ、その引き渡されている捕虜自体が、どこか浮ついた姿になっていた。

 まだ陣地に張り付いているソーガーのオーグ関係者に笑みを向けていた。

 良くは聞き取れないが、それでも同じ事を繰り返し言っていた。


 ――――終わったんだよ!

 ――――終わったんだ!

 ――――解放だ!解放!

 ――――御子は来たれり!


 それが何を意味するのか、ホーリーもアシェも解らない。

 だが、その言葉が少しずつ広がる中で、広場の空気が変わっていくだった。




 ――――――――同じ頃

          ソーガー地方 オーグ陣地付近




 艦砲射撃で荒れきったソーガー地方のオーグ陣地は酷い有り様だった。

 そんな地域に立て籠るオーグの構成員は、当然のように疲れ切っていた。


 ただ、彼らは益々意気軒昂で、戦意は非情に高かったという。

 凡そ半世紀に亘る独立戦争は最終段階に来ている。

 シリウス側にして見れば、事実上、夢破れた形なのだった。

 だがそれでも。いや、それだからこそ、彼らは意気を上げていた。


 多くの仲間を失い、領土を失い、夢を失い、目標を失い、意義を失った。

 全て失い、全てが瓦解し、全てが無駄に終わろうとしていた。


 こんな時、自分を支えるのは責任感であり、また、義務感というものだった。

 だが……


 ――――御子がお帰りになられた!


 誰かが言い出したその言葉は、細波のように広がっていった。

 そして、ややあってその声は悲鳴染みた歓声に変わった。

 会場の中心部へ姿を現したのは、バーニー大将その人だ。


 シリウス側最高戦力と言うべきワルキューレを率い、戦ってきたバーニー。

 そのバーニーは、地球軍の軍服を着た大将と歩いていた。

 続々とシリウスへ帰還するオーグの兵士たちは、その地球側大将に挨拶した。


 ――アレはなんだ?


 地球側に媚びを売る行為だと怪訝な顔をしていた者達が大半の環境だ。

 だが、そんな会場の空気を一変させる出来事が発生した。

 瀕死の重傷を負ったシリウス側の捕虜が病院船から降ろされ始めたのだ。


 地球側の大将は、その捕虜達一人ずつと面会し声を掛けていた。

 そして、その頭に手を翳し、小さな声で何かを唱えていた。


 次の瞬間、その捕虜は両眼をパチパチと瞬かせて驚きの表情を浮かべていた。

 死を間近に感じて居た重傷者達は、文字通りに詭拝してエディを見上げた。

 そして、かつてのサザンクロス攻防戦で見せた奇蹟を覚えている者が居た。


 ――――御子がお帰りになられたのだ!

 ――――遠からん者は音に聞け!

 ――――近からん者はそのお姿を見よ!

 ――――シリウス人民をお救いになる御子!

 ――――我らの希望がシリウスへとお帰りになられた!


 耳をつんざくような大歓声が響き、バードはロックと顔を見合わせ笑った。

 御子の帰還が遂に為し得たのだった。

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