テッドとリディアの大団円
僅かな物音が聞こえ、フワリと意識が沸き起こった。
見上げる天井は白く清潔で、光に溢れた空間だった。
――どこ?
混乱する感覚の中で現状の把握に努めてみれば、長年悩んできた疼痛が無い。
清潔な薄掛けを被せられ、その下で穏やかな呼吸が続いている。
――天国?
本音でそう思ったのだが、その直後に自分がおかしくなっている事に気付く。
自分が天国なんて場所に行けるはずが無い。それは自分自身が解っている。
どれ程殺したか解らないこの両手には、見えない鮮血が付いているはずだ。
「フゥ……」
大きく息を吐き出してみれば、胸腔内に鋭い痛みが走った。
まだ生きているのは間違い無いが、少なくともシリウス側では無い。
もはやシリウス側の宇宙戦力は、その何処にもこんな清潔な環境など無かった。
極限環境を越える極限状態の中で、最後の一撃を加える時を待っていた。
責めて一矢報いる事が最も重要だとしていたのだ。
――バーニー……
彼女がどうなったのかはわからない。
だが彼女は、宇宙に残されたシリウス側戦力の全てをまとめあげた。
そして、絶望に駆られた兵士を鼓舞し、統率し、最後の一撃を叫んだ。
――――ただ死ぬんじゃ無い
――――意味のある死を迎えよう
――――子孫達が胸を張って叫ぶ日の為に
――――我々は精一杯抵抗したんだ!と言える日の為に
人々を駆り立てるのは狂奔と言う名の信念。
指導者がそれを何処まで信じ切れるか。
それこそが、絶望的状況を乗り越える為の指針となる。
――――意味のある生だったと納得して死のう
――――誰かの為じゃ無い
――――自分の為に死ね
――――自分の信念に殉じろ
「……そうよね」
ボソリと呟いて目を閉じた。
自分の信念の為にしてきた事だ。
ただ、多くのシリウス軍兵士とは異なる信念かも知れない。
或いは、彼らを裏切る事になる信念かも知れない。
シリウス独立の夢を見て、ただひたすらに奔ってきた。
……まさか、彼らは思うまい。
シリウス人の希望であるビギンズが生きている事など。
独立闘争委員会がそう仕向けたように、彼ら兵士たちは思っていた。
いや、兵士たちだけで無く、全てのシリウス人が思っていた。
ビギンズは地球側の治安部隊によって暗殺された。
シリウスの象徴として立つべき人物だった子供を、闇に葬った。
全てのシリウス人民を地球の奴隷として扱いやすくする為に……
彼らを騙し続けていたのは、独立闘争委員会でもヘカトンケイルでも無い。
他でも無い、ビギンズ自身だった。そして、バーニーはその片棒を担いだ。
バーニー自身がもう一人のビギンズである以上、それは自然な事だ。
ただ……
――わたしは……
目を閉じればフラッシュバックしてくるシーンがある。
眩いばかりの閃光が宇宙を駆け抜けたシーン。
その閃光の列が収束し、一点に降り注ぐシーン。
――ジョニー……
あの時、テッドは一切の回避行動を取らなかった。
いや、改めて思えば、回避行動は取れなかった。
目の前には艦砲射撃による光の柱があった。
どっちにも逃げられない袋小路で、テッドはシェルを変針させた。
柱に沿って飛ぶ方向へだ。
だが、結果的にそれは荷電粒子の奔流によるノイズの影響を受けた。
おそらくだが、テッドのシェルはレーダーが全く役に立っていなかっただろう。
それだけで無く、左半身が半分解けたような状態だったのだ。
センサー類の支援が一切ない状況だったのかも知れない。
つまり、偶発的にチェックメイトになったのだ。
余りにも偶然なタイミングで、自分自身がそこへ飛び込んでしまったのだ。
そして、長年の戦闘経験が染みこんだこの身体は、神経は、無意識に……
――テッドを撃った……
その事実は紙ヤスリのように心を削った。
見えない血を流しながら、心がガリガリとすり減っていった。
我慢ならず涙を浮かべ、嗚咽してしまった。
だが、そんな時、聞き覚えのある声が室内に響いたのだった……
「あ、気が付きましたか? ソロマチン大佐」
――――――――ニューホライズン周回軌道 高度800キロ
2302年 3月22日 午後11時
強襲降下揚陸艦 ハンフリー艦内 メディカルルーム
「……バード少尉」
この時初めてリディアは気が付いた。
全身がグルグルと拘束されている事に。
両手両脚を含め、満足に動く部分は少なかった。
「スイマセン。相方が止めに入った時に……」
はにかんだような表情でリディアを見たバード。
その顔をジッと見たリディアは小さく呟いた。
「……余計な事をして」
その一言は、バードの顔を曇らせるのに十分な威力だ。
ただ、それでも文句を言わないでいるのは、バードなりの奥ゆかしさ。
普段のリディアであればすぐにでもそれに気が付くのだが……
「私が言うのもどうかと思いますけど――」
気を取り直したように口を開いたバードは、笑みを浮かべていた。
勝利者側の余裕とか、勝った者の驕りとかでは無い笑みだ。
「――死んでしまったら、そこでお仕舞いじゃないですか」
「そうね…… でも、もう死にたいのよ……」
「大佐殿」
フッと苦笑いを浮かべたリディアだが、その直後には厳しい表情になった。
真一文字に結んだ唇には、未だにルージュが残っていた。
この人は化粧をしてから出撃したんだ……と、バードは驚くより他無い。
ただ、それこそが良い女の条件なんだとも思っていた。
誰よりも奇麗になった姿で、美しいまま死にたい……
女の性と笑う無かれ。
いや、むしろそれは、女の本質なのかも知れない。
「あなたにこれを言うのは嫌味かも知れないけどね――」
ひとつ間をおいて話を切り出したリディア。
その胸中で練っている言葉はなんだろうか?とバードは思う。
「――そう簡単には死ねない身体だから、逆に言えばチャンスだったのよ」
「……そうですね」
やや俯き、目を閉じ、肩を揺すって笑いを噛み殺したバード。
レプリがそうであるように、サイボーグもまたなかなか死ねないのだ。
レプリカントは少々撃たれた程度では絶命しない。
サイボーグは脳殻の維持システムを破壊されない限り死なない。
故に、死ぬ時はある意味であっけないのだろう。
何らかの爆発に巻き込まれるか、完全に解けて消えるかだ。
直撃弾を受けて大破したところで、普通の生物の様に失血死する事も無い。
「つくづく、今の自分が作り物なんだと思い知らされます」
バードは遠慮する事無く本音を吐き出した。
何の根拠も無いことだが、それが出来る相手なんだと思った。
複雑な身の上を聞いていたし、それに、筆舌に尽くし難い苦労をも重ねていた。
言葉に出来ぬほどの経験を積み重ねた果てに今がある。
その今を生きるリディア・ソロマチンと言う人格に安堵を覚えていたのだ。
だが……
「所詮は……機械仕掛けの御人形さんってね」
サイボーグにとっての人形と言う言葉は、猛烈な侮蔑の意味を持つ。
生体部分が失われても、身体はAIにより活動し続ける事が多い。
バードがイメージしたとおり、脳がドロドロに解けてしまう可能性だってある。
だが、脳殻を護るAIはそれを異常だと判断し、脳液のクリーニングを行なう。
解けた脳は排出され、空っぽになった脳殻を持ち帰るべくAIは活動する。
そして、使い込まれたAIは条件反射的な反応を示すようになる。
あたかも生きているかのように振舞い、時には生々しい反応を返す。。
つまり、サイボーグにとっての『お人形さん』はゾンビと言う意味でもあった。
だが、バードは静かに笑ってリディアを見ていた。
優しげなその笑みには、年齢相応の愛嬌が付いていた。
「……あら、怒らないのね」
「色々と学びましたから」
リディアは自分を怒らせようとしている。
怒らせて精神の平静を乱し、激情に駆られるようにする。
そして、その先に待ち受けるモノは言うまでも無い。
手を下させよう。殺させよう。
死にたいと願った者の振る舞いだ。
言われなくともそれ位は分別が付いた。
「それに――」
ベッドサイドのバードは、リディアの顔を覗き込んだ。
改めて繁々と見れば、この人は本当に奇麗な人だとバードは思った。
レプリは歳を取らないと言うが、使っていれば加速度的に老けていくものだ。
だが、それでもリディアは美しかった。美しく歳を取っていた。
加齢がそのまま容姿の劣化に結びつく訳ではない事を、これ以上無く示した。
「――人形が意思や人格を持って振舞うのなら、それって十分に人間じゃないでしょうか。実際、人形みたいに決まった事しか出来ない人だって多いと思いますが」
バードの言い放った言葉にリディアが苦笑いを浮かべた。
ほうれい線の浮き出る顔には、年齢相応の色が見えた。
「そうね。あなたの言うとおりだわ……」
バードが言いたい事の本質を読み取ったリディアは、己の不明を恥じた。
自分の歳の半分にも満たない小娘に論破された。いや、諭されたのだ。
「ただね、人の心は奇数なのよ?」
「……絶対割り切れないってことですね」
「そういうこと」
ウフフと笑ったリディアは、笑い声とは裏腹に悲しみに満ちた目をした。
その意味するところを解らない訳ではないだけに、バードも痛いほど理解できた。
つい先程、この人は心から愛した人を撃ったのだ。
それも、敵と味方に別れてしまった人を……だ。
「心を支えるものが無くなったら生きていても無駄だと思わない?」
リディアは唐突にそんな事を言い出した。
どうリアクションをとって良いのかをバードは思案した。
ただ、どれ程考えても正解は思い浮かばないでいる。
ならば行うべきはひとつ。
正直に全てを話すしかない。詳びらかにし、相手に委ねるしかない。
誤解を解き、全てをありのままに受け入れられるように……
意を決したバードの表情が変わった。
格段に高い集中力を見せ、バードは気の入った顔をした。
何かを覚悟したと思ったリディアは、それを暖かな眼差しで見ていた。
――若さって羨ましいものね……
自分でも気が付かないうちに、リディアはそう考えるようになっていた。
若さという特権を眩しいモノだとしていたのだ。
「仮にそうだったとしても、テッド隊長は喜ばないでしょう。それに――」
真っ直ぐな眼差してリディアを見つめるバード。
その瞳には機械を感じさせるものが一切無かった。
「――大佐に生きていてもらわないと、私たちが困ります」
『困る?』と問い返したリディアだが、それに続く言葉をいう前に咳き込んだ。
咳き込んで、再び僅かに吐血した。バードは慌ててそれを拭き取るのだが……
「やっぱり限界みたいね」
寂しそうな表情を浮かべ、リディアはバードを見た。
急旋回はシェルどころか航空機でも過酷なマニューバだ。
生身の人間が耐えられる限界から、一般型は秒速12キロに制限を受ける。
レプリの強靭な肉体をでも、それに耐えるのは生易しいことではない。
事実、リディアは大きく咳き込み、再び白い血を吐き出した。
「大佐!」
はぁはぁと荒い息をしつつ、リディアは白い血の溢れた口で笑った。
強い横Gが消化器系を痛め付け、溢れた胃液が食道を焼くのだ。
その結果、酸で爛れた食道は血を流し始める。
そして、それと同じことが肺の中でも起きるのだった。
「困るって言われてもこっちが困るわ。それに、もうダメみたいなのよね、私も」
「えっ……」
「もう身体中が限界なのよ。そしてそれ以上に脳が限界っぽいわね」
妖艶な笑みを浮かべ、ウフフと笑ったリディア。
その笑みは何処か勝ち誇ったモノの様にも見えるのだった。
「私が死ぬと困るのかもしれないど、私自身が限界よ」
「そんなこと言わないで下さい」
食い下がったバードを見るリディアの目は優しかった。
だが、現実は厳しく、そして冷酷だった。
「あなた、ブレードランナーでしょ?」
「……はい」
ブレードランナー。
それはバード自身が忘れていた言葉だった。
海兵隊にスカウトされ、その装備を与えられ任官していた。
思えばこの一年ほどは、ブレードランナーの機能を停止していた。
使わないのなら、スイッチは切っておくのが通常の対応だった。
「……なら、説明しなくてもわかるでしょ。何れにせよ、私の人生の終わりは決まっているんだって事が。どんなに頑張っても出来ないことがあるんだって。それがたまたま、ちょっと早くなっただけのことよ」
柔らかな表情で言うリディアは、どごか慈母の笑みだった。
自分の人生の終点を認識し、静かにその時を待つだけだと、そう言っていた。
「……それも、そうですけど」
二の句をどう付けたものかと思案したバード。
だが、それに助け船を出したのは、意外な人物だった。
「リディア。余りバードを虐めないでくれ。こう見えて案外弱いんだぞ?」
唐突な声が響き、驚いて振り返ったバード。その眼差しの先にはエディが居た。
幾人もの部下を従え、王のように立っているエディ。その隣はルーシーだ。
「まだまだ修行中の娘だ。海千山千な振る舞いはまだ出来ない」
フフフと笑いつつメディカルルームへと入ってきたエディ。
その姿をリディアは眩しそうに見ていた。
「ご無沙汰ですね…… ビギンズ」
リディアは遠慮する事無く、エディをビギンズと呼んだ。
容赦無く秘密をバラしたと驚いたバードだが、周囲に居た者は平然としていた。
「そうだな。こうやって君が病室のベッドに横たわっているのを見るのは……50年ぶりくらいだな」
気負った所などまるで無く、エディは軽やかなままにしている。
その姿には緊張の色などまるで無く、泰然とした姿だった。
だが。
「申し訳ありません。バーニーを……」
「あぁ、彼女ならもう収容してある。ちょっと怪我をしてるからな」
エディは艦の外を指さすように左手を伸ばした。
しかし、その左腕の先端には手が無かった。
「エッ…… エディ……閣下……」
あんぐりと口を開けたバードは、驚きの表情だった。
エディの左手は手首部分から外されていて、接続端子が露出していた。
「あぁ、これか」
手首部分を見ながら笑ったエディは、リディアを見ながら微笑んだ。
その笑みは、見るモノ全てに優しい気持ちを思い起こさせるモノだった。
「リリス達を収容するべく久しぶりに飛んだんだがな――」
エディが出撃していた!
バードはまず、それに驚いた。
そして、それに続く言葉にも驚いていた。
「――まったく、幾つになっても手を焼かせおって……」
再びクククと楽しそうに笑ったエディ。
左手首部分を右手で触りながら、楽しそうに言った。
「ちょっと躱し損ねてな。荷電粒子の塊がコックピットの脇を通り抜けた。その時に左手が無くなってしまったよ。まぁ、我々の場合は修理と言う事で、後で付ければ良いのさ。リリスの身体はレプリだからな。完全に壊れると困るのでアグネスへ送り込んである。まぁ、心配する事は無い」
エディの言葉にホッとした表情を浮かべたリディア。
だが、その表情はすぐに曇り、そして今にも泣き出しそうな顔になった。
「ですが……ですが……で……」
「心配するなリディア」
今にも泣き出しそうなリディアに優しく声を掛けたエディ。
ややあってその背後にモーター音と圧縮空気の音が聞こえた。
「大丈夫かリディア!」
部屋に入ってきたのはテッド大佐だった。
首から下はまだコーティングもされてない剥き出しな機械そのものだ。
完全ネイキッド状態なサイボーグ姿のテッドは、恥も外聞も関係無かった。
「……ジョニー」
「あー 良かった。本当に良かった」
モーターの駆動音と圧縮空気シリンダの音を響かせテッドは歩み寄った。
だが、それ以上に部屋に居た者達が驚いたのは、リディアが立ち上がった事だ。
全ての制御を手放し、慣性のまま飛び去ろうとしたリディア。
そのシェルを止めたロックは、半ば激突状態だったのだ。
無いと頭で解っていても、やはりロックは警戒して接近した。
秒速35キロで飛んでいたシェルと主面衝突など出来るわけがない。
故に、ロックは浅い角度で交差するように接近し、機体を抱いて逆噴射した。
その手順に些かの不備は無く、また、無理や無茶と言ったモノも無い。
ある意味で理想的な手順だったのだが、リディアのシェルは限界だったのだ。
ロックが逆噴射を掛けた瞬間、リディアのシェルはフレームがへし折れた。
そして、コックピット事態が湾曲し、その影響でリディアは……
「ばかっ! 立つな! 立つんじゃ……」
テッドが慌てて叫んだ先、リディアはベッドから立ち上がっていた。
立ち上がったリディアは、胴体を包帯でグルグル巻きにされていた。
湾曲したコックピットの中、コンソール部分が折れ曲がり刺さったのだ。
それはリディアの下腹部を大きく切り裂き、内臓へ直接ダメージを与えた。
そんな状態で立ち上がったリディアは、テッドへ数歩歩み寄って……
「あっ!」
バードが声を発したとき、リディアの下腹部に巻かれた包帯から何かが出た。
それが腸などの内臓だと気が付いた時には、既に便臭がしていた。
小腸か大腸の外科的な傷は命に関わるものなのだ。
「待て! 座れ! いいから!」
それでもテッドへと歩み寄ったリディアをテッドが抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこ状態になり、そのまま抱き締めた。
「自分の身体だろ!」
「良いのよ…… 良いの」
「俺が良くない!」
「ここで…… あなたの腕の中で死なせて」
満足げな笑みを浮かべたリディアは、テッドの胸に頭を預け目を閉じた。
そして、再びゲポッと吐血し、ヒューヒューと虫の息だった。
「どっちにしても、もう持たないのよ……」
「俺を残して死なないでくれ」
「じゃぁ、一緒に死んでくれる?」
「あぁ。それならお安いご用だ。いつでもいい。だが……」
テッドはリディアを抱き上げたままベッドへど腰を下ろした。
そして、その目をエディへと向けた。
「またエディの旅は終われないんだ」
「……そうね」
何ともつかみ所の無い表情でエディを見たリディア。
恨めしそうで、同情するようで、それは、見る者によって解釈が分かれた。
「とりあえず何とかしましょうよ」
口を挟んだのはルーシーだった。
平然とリディアに歩み寄り、手を伸ばして触れようとした。
何をするんだろう?と一瞬理解出来なかったバードだが……
「ちょっと待ちなさい」
まるで親が子に語りかけるように、エディはルーシーを止めた。
不思議そうに振り返ったルーシーだが、エディはその方をポンと叩いた。
「君の力は使うところが決まっているんだ。無駄に使うんじゃ無い」
リディアに触れようとした手を摘み、それを引き上げたエディ。
『でも!』と抗議がましく声を上げたルーシーだが、その前にエディが動いた。
「シリウスの碧き光よ。その恩寵を持って傷を癒やせ」
エディは小さく詠唱した。
それは、エディが起こしていた奇蹟の根幹だった。
リディアに触れて奇蹟を起こしたエディ。
その詠唱が終わるやいなや、リディアの腹部が僅かに碧く光った。
この光は見た事があると思ったバードは、次の瞬間には本物の奇蹟を見ていた。
「リディア。いつだったかの約束は……これで守ったぞ?」
ニコリと笑ってエディはそう言った。
その言葉を聞いていたリディアは僅かに首を傾げて言葉を返した。
「……どの約束でしょうか?」
「そうだな……」
クククと噛み殺して笑ったエディは、テッドの肩に触れた。
金属的な音が小さく聞こえ、バードは複雑な思いだった。
「いつか必ず、二人が一緒に暮らせるようにする……と、そう約束したはずだ」
エディの言葉を聞いたリディアは、自分を抱えるテッドを見上げた。
そして、キスをねだるように、その首へ手を回した。
「フルサークルだな」
「そうね。始まりへ戻った」
リディアへとキスしたテッド。
そのテッドの顔を捕まえ、リディアがキスを返した。
誰もがそこに幸せな夫婦の姿を見ていた。
だが……
「エディ?」
その異変に最初に気が付いたのはアリョーシャだった。
すぐにマイクとリーナーがエディの様子を確かめた。
テッドもリディアを抱えたまま様子を伺った。
みなが固唾を呑んで見守る中、エディは同じ姿勢のまま固まっていた。
そして、そのままスーッと床へ倒れ込みそうになった。
慌てて走り込んだリーナーがエディを支える。
エディは立った状態の姿のまま、凍り付いたように倒れ込んでいた。
持って生まれた奇跡の力を使い果たし、エディは限界を迎えたのだった。




