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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
252/358

運命。若しくは宿命の戦い<後編>

大幅に遅くなりました。すいません。

~承前






 ――あ~ぁ……

 ――またこれだよ……


 完全ブラックアウト状態のなか、バードは内心でぼやいていた。

 自力ではどうにもならない状況の中、視界を流れる文字列を目で追った。

 サイボーグの身体を制御するサブコンがシステムチェックしているデータだ。


 ――凄いなぁ……


 それは、自分自身の身体がエマージェンシースクラムを掛けた後始末だ。

 あの目映い光が駆け抜け、同時に身体を制御するサブコンが沈黙した。

 強力なイオンエンジンの回路をショートカットさせる自爆戦法にやられたのだ。


 事実上の自爆だが、それによる威力は計り知れない。

 シリウス星系での戦闘が始まった頃に経験したEMP兵器の威力を凌ぐものだ。

 あの時もバードの身体はサブコンがエラーを出していた。


 ――仕事はきっちりってこういう事ね


 現状のG35シリーズは、あの手痛い経験から改善が施されていた。

 ゼロからの再設計がもたらした効果は絶大だ。


 強力な電磁パルスによるサージ電流は全てアースされ、機体が再起動した。

 その課程で全てが再チェックされ、また、再起動そのものが驚く程速かった。


「あ、立ち上がった」


 コックピットの中で声を漏らしたバード。

 視界が回復し、サブコンが自動で再起動を完了したのだった。


 ただ、再起動自体は前のG30でも行えていた。

 このG35シリーズが進化しているのは、本当に細かな点だった。

 例えばそれは、ブラックアウト中に何が起きたのかのダイジェスト自動生成。


 バードはこの時、自分のブラックアウト中に何が起きたのかを把握した。

 シェルの戦闘システムが再起動を終え、戦闘可能までに若干の時間と要した。

 そしてその間、視界の中を必死で探していた。


「テッド隊長!」


 ダイジェストの中でバードが確認したのは3点。

 ガンズアンドローゼズはジャン大佐が保護した。

 ヴァルター大佐はミシュリーヌの支援を受けて戦域を離脱。そして……


 ――ソロマチン大佐……


 テッド大佐の保護したバーニー機をリディア機が撃ち抜いた。

 数多のパーツを撒き散らし、ベルマークのシェルが砕けた。

 テッドはバーニー機を手放し、ロナルド機へとパスを出した。


 だが、それでも執拗にリディア機はバーニー機を狙った。

 それに見かねたのか、テッドはリディアに向かって発砲していた。

 そして、それが二人の対決の号砲になった。


「ウソよ…… うそ…… ダメ! ダメなの! 戦っちゃダメ!」


 コックピットの中で叫んだバード。

 シェルのバトコンは、まだコントロールをバードへと返さない。

 一切コントロールが出来ない中、バードは叫ぶ事しか出来なかった。


 ただ、コントロールが返ってきても、そこに首を突っ込むのはゴメンだ。

 テッド・マーキュリーという男が居て、リディア・ソロマチンと言う女が居る。

 そのふたりが見せるシェルコントロールは、全てのパイロットの理想だった。


 全ての所作が優雅で繊細で、流れるような動きに満ちあふれていた。

 それを一言で言うなら『芸術』だとしか、バードは言葉を持たなかった――






『ハッハッハ! 楽しいなリディア!』


 次々と飛び交う艦砲射撃の中、テッドはその隙間を縫って飛んでいた。

 当たれば即死は免れない荷電粒子砲のロシアンルーレット状態だった。

 どれほど重装甲なドラケンであっても、一瞬で蒸発する出力なのだ。


 だが、テッドは構わず飛んでいた。

 当たるなら当たれば良い。それだけの事だと割り切っているかのようだ。


 それだけの修羅場を潜ってきた。それだけの激戦を経験してきた。

 いま自分がここに居る事が不思議なほどのピンチは幾つもあった。

 だからこそ、テッドには自信があった。いや、確信していた。


 自分は選ばれた存在だ……と。


 特殊で特別で、そして、殊更に酷い運命を背負っている。

 足抜け出来ず、死ぬ事も出来ず、戦い続ける事が運命付けられている。

 より大きく酷い運命を背負ったあの男の駒として、逃げられない宿命だ。


『あの時と同じね』


 リディアの声もまた弾んでいた。

 眩いばかりの光を躱しながら、リディアは決定的な射点を得るべく飛んだ。

 そのマニューバはまさに芸術だった。手動操作のシェルとは到底思えない。


 針の穴を通すような繊細なコントロールを見せ、荷電粒子の柱を縫った。

 確実にテッドを屠れる位置へ。確実に当てられるポジションへ。

 足掛け50年という2人の長い物語を終わらせられるポジションへ……だ。


『……暗くなるまでグレータウンの郊外で遊んだ日々だ!』


 それはテッドにとって忘れたいシーンを忌諱する言葉。

 リディアの言う『あの時』が何を指すのか。

 それはテッド自身が一番よくわかっていた。


 激痛に呻きながらも必死で走った日。

 降り注ぐ艦砲射撃の中、無我夢中で手を伸ばした日。

 あと数百メートルが届かなかったあの日……


『違うでしょ?』


 リディアの冷え切った言葉が無線に流れ、テッドは言葉を飲み込んだ。

 それは叱責する言葉だ。恨み辛みの全てを飲み込んで吐いた言葉だ。


 あの時…… そう。あの時、テッドの手が届いていれば。

 エディの配慮がもう少しあれば。自分自身がもう少し動ければ。

 現状はこんな事になっていなかった。敵同士になって、撃ち合っていなかった。


 普通の人生を送るモノなら絶対に経験しないような事を経験してきた。

 思えば沢山の男達が自分の上を横切っていったし、同じくらいの男に跨がった。

 愛の無い夜の営みなど、思い出すのすらウンザリするほど経験してきた。


 ただ、どんな夜だって心の奥底に居た存在が、いま目の前に居るのだ。

 それは、リディアにとって何よりも嬉しく喜ばしく、光り輝いていた。

 例えそれが敵だったとしても……だ。


 いや、敵だからこそ良いのかも知れない。

 敵ならば、心からの愛情を込めた一撃を打ち込むだけだ。


 ――やっと到達したのよ……


 悪夢のような日々を乗り越えて到達した、その終点だ。

 この理不尽と不条理がまかり通るノーマンズランドの中で、リディアは呟いた。


「愛してる……」


 小さな声で呟き、リディアは発砲した。逃げ場の無い、狙い済ました一撃だ。

 スパイラル状に飛んでいたテッドが躱す事すら出来ないポジションでだ。


 まさに流れるような姿での飛行だが、逆に言えば狙い撃ちの良い的だった。

 姿勢制御に一点の無駄も無く、その姿勢には些かの乱れも無い。

 だが、テッドは本当に驚愕していた。その腕に些かの衰えがなかった。


 ――本当にブラックウィドウ(女郎蜘蛛)だ……


 テッドが内心で思った事は、モニタしてた全員の共通認識だ。

 決して逃さぬように、ジワジワと距離を詰めていく。

 その狡猾で残忍で容赦の無い動きは、まさに蜘蛛だった。


『言いたくない事だって沢山あるさ!』


 ウソ偽りの無い本音がテッドの口を突いて出た。

 だが、その言葉以上に振る舞いが雄弁に語っていた。


 リディアの放った砲弾の全てをテッドは撃墜したのだ。

 超高速でやって来る砲弾を撃墜し、その上で限界線を踏み越える旋回を見せた。


 テッドは本気だ。


 地球連邦軍から国連地球軍に移り変わる中、最強の名を欲しいままにしてきた。

 シェルパイロットと言えば、全戦闘兵器オペレーターの頂点と言える存在だ。

 そのパイロット達の中にあって『あの人は凄い』と常に言われ続けた男。


 その男が、持てる技量の全てを惜しげも無く全開にしていた。

 飛び交う荷電粒子の塊の中、極限の集中力とテクニックを見せていた。

 リディアの放った砲弾の全てを迎撃し、その上でギリギリの隙間を抜けていた。


 とっさの判断が見せる割りきりと切り替え。

 アンテナやセンサーの類が溶けてでも、ビームの向こう側に抜けようとした。


 先ずは距離を取らねばならない。至近距離からの一撃は躱せないかもしれない。

 テッドは覚悟を決めた。もう、どうしようもないのだ……と。

 行き着くところまで行くしかないし、それでしか終わらない。終われないのだ。


 ――仕方がないか……


 限界一杯での直角ターンを行い、激しい横Gを受けながらテッドは笑った。

 本当の覚悟を決めたならば、もはや笑うしかなかったのだ。


「愛してるさ……心から。今でも、いつまでも、永遠にな……」


 テッドはシェルのバトコンにコマンドを送った。

 彼は何処までも続く草原で、牛を追って走っていたカウボーイだった。

 だが今は、フロー言語を第2言語のように扱っている。

 長い長い旅路の果てで、テッドは全てを受け入れていた。


 ――マニューバリミッターを全て外せ


 通常であればあり得ない指示で、バトコンとて普通に拒否を示すコマンドだ。

 だが、バトコンは素直にコマンドを実行した。

 テッドの視界に表示される機動限界線は、青い花の外側に赤い花が付いた。

 八重咲き状になった花の姿は、バトコンが示すやる気だった。


 ディープラーニングを繰り返したバトコンには、仮想人格が生まれるという。

 テッドのコントロールするシェルのバトコンは、拒否することなく従った。

 そして、血戦なんだ!と、逸るような振る舞いを見せた。


 ここまではサポート出来るよ!と、テッドにそう告げていた――






『ロック! ライアン! どこ!』


 コントロールが返ってきたバードは、最初に二人の名前を呼んだ。

 自分自身の座標をロストし、先ずは正確な場所の把握が必要だった。

 ブラックアウトしている間、自分が何処まで流されたのかを把握したいのだ。


 ――返答無いなぁ……


 一般的に、戦闘中の無線はかなりの出力になる。

 強力なレーダーやその電子妨害に負けずに通信せねばならない。

 その関係で、防護措置の無いコックピットでは電波に焼かれてしまう。


 そんな出力の電波だが、ロックやライアンには声が届いていない。

 とんでもない距離まで流されたか、若しくは……


 ――仇は取らないとね……


 二人とも撃墜されたという可能性は低い。

 だが、返答がない以上は最悪を考慮せねばならない。


 ただ、『ここ何処よ!』と、イライラしながら喚いた。

 空間座標測定を掛け、シェルのバトコンが示したのは、驚く様な数字だった。


 戦闘空域から凡そ2万キロの彼方の巨大なボイド。

 そんな所をバードのシェルは漂流していた。秒速35キロの猛スピードでだ。


 ――まずは帰らないとね


 速度を殺さないよう大きく旋回を掛け、同時に各部の被害をチェックした。

 メインエンジンには問題がない。燃料となる核物質も異常が無い。

 各部のスラスターエンジンはキチンと機能していてマニューバに支障がない。


 武装は全てが稼働状態にあり、ある程度消耗して不可抗力な軽量化だ。

 140ミリの砲弾残りは10発ほど。うち1発は曳光弾なので実質は9発。

 牽制射撃ならばモーターカノンなので問題はないだろう。


 緊急脱出システムなども問題がない。

 シェル自身はバトコンなどに異常が一切ない。つまり、戦闘に支障はなかった。


「テッド隊長! 今支援に行きます!」


 コックピットの中、気合いを入れるように叫んだバード。

 だが、その瞳に映る戦闘は、もはや理屈を越えた次元だった。


 地球側の艦艇は砲塔を展開し、圧倒的な火力で攻撃していた。

 残り少ないシェル側艦艇は、手持ちの小口径砲で撃ち返す。

 その眩いまでの砲火が交差する中、2機のシェルがじゃれ合うようにしていた。


 光の柱を躱し、その間を抜け、相手の裏を掻こうとしていた。

 有利なポジションへ回り込みつつ、相手の機動を邪魔するのだ。


 気合と根性。

 テクニックとタクティクス。


 何より、相手の技量を信じているからこその騙しあいと化かし合いだ。


『あっ!』


 バードが叫んだとき、テッドは光の柱の中へと突っ込んでいた。

 ただそれは、荷電粒子塊の本体が通過した後を横切っただけだった。


 多少の犠牲を顧みずに相手へと接近し、一気に有利なポジションへと付く。

 だが、それを読んでいたかのようにリディア機は牽制射撃を加えていた。

 下手に回避行動を取れば、その牽制射撃の直撃をもらう算段だ。


 それをも承知!と斬り込んだテッドは至近距離から一撃を放った。

 本当に一瞬だけ反応の遅れたリディア機の左腕を粉砕した。

 牽制用のチェーンガンを失った状態だが、慣性質量の軽減に繋がった。


 ――互角になった……


 重量的にはオージンの方が重いが、その分エンジンの出力がある。

 ドラケンは重装甲だが、相対的に見ればドラケンより軽いのだ。


 その状態で軽量化したドラケンはより手強くなった。

 リディア大佐の技量と反応の良さと、そして割り切りを思えば……


 ――もっと難しくなった


 息を呑んで眺めていたバードは思った。

 この二人のどちらが勝っても、共に死ぬ気なんだ……と。

 それだけの道程を歩いてきた二人だからこそ、最後は勝って死にたいはず……


 ――勝たせて上げたい


 色々と問題になるのは分かっている。

 だがそれでも、バードは率直にそう思っていた。

 同じ女だからこそ解る、単純では無い感情がそこに存在していた。

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