運命。若しくは宿命の戦い<中編>
~承前
――――各機は砲撃圏内を離脱しろ!
唐突に響いたエディの声は怒りに震えていた。
思い描いていた予定が外れたのかもしれないとバードは思った。
だが、それよりも現状が大問題だった。
色々と修羅場を経験してきたと思っていたが、それはただの勘違いだと知った。
『ロック! ロック! どこ!!』
『バード! 無事か!』
『うん! それより!』
光に飲み込まれたと思っていたバードの声が響き、ロックは胸をなで下ろした。
恐慌状態に陥って行動不能になる可能性を考慮したのだった。
だが、こうなると猪武者なバードの暴走が始まるのは間違い無い。
戦術も戦略も全て頭から抜け落ち、最短手を容赦無く使うのがバードだ。
そこには自分自身の危険性だとか安全性と言ったモノが完全に欠落する。
それこそ、誰かが止めてやらねばならないのだ。
『8時方向! 距離380!』
彼我距離380キロと叫んだが、実際の距離はもっと近いところだ。
さばを読んで多めに言えば、一瞬は躊躇するだろう……
そんな事を思ったロックだが、バードはそれを易々と踏み越えていった。
こうなると、もはや誰も止められない。
とにかく落ち着かせてやらねばならない。
ロックはただただ焦るより他ない。
『早く来てサポートして!』
『ばか! まだ遠いんだ!』
『追っかけて!』
――あぁ……無理だ
ロックがその結論に至るとほぼ同時だった。
バードは迷わずジャン機を目指してエンジンを吹かしていた。
シリウス側の攻撃が来るのは承知の上で……だ。
ジャン大佐とテッド大佐の姉がどんな関係かは知識が無い。
だが、少なくとも二人は完全な敵同士では無い。
マイハニーだのダーリンだのと呼び合うのだから、恋人か夫婦かと言う所だ。
――あ……
この時、バードのなかのある仮定が一つ現実に近づいた。
単純な話として、それが一番腑に落ちるのだ。
『ジャン大佐! 支援します!』
ルーシー准将がパパと呼んだ相手。それがジャン大佐だ。
そして、ママに逢えるとシリウスまで来たルーシーを宥めたのはテッド。
――この二人も夫婦だ!
バードはそれを確信した。
そして、何が何でも生きて連れて帰らないと!と思った。
だが。
『バカ! 離れろ! 今すぐだ! アレの直撃をもらえば――
ジャン大佐の声が絶叫状態だった。
ただ、その声が終わる前に再び目映い光が視界を埋め尽くした。
言葉を漏らす間もなく、全てが溶けて消えた――
『バッ! バード!! バード! チキショウ!! 返事しろよ!』
ロックは叫ぶ事しか出来なかった。ただただ、力の限りに叫ぶしか。
視野はリニアシートの視界に切り替わっている。だが、ロックは壁を叩いた。
力一杯にシェルのコックピット隔壁を叩き、怒りを露わにした。
シェルの近距離レーダーは莫大な量で撒き散らされた陽イオンで即死状態だ。
戦闘情報も通信エラーが出ていて、戦域情報は実視界だけで完結していた。
「ちきしょう!! なんてこった!」
苛立ち紛れに叫んだロックは、もう一度視界の中を精査した。
ただ、そのどこにもバードのシェルが居なかった。
直撃を受けて蒸発したか、巨大なデブリの影にいたかのどちらか。
だが、常識的なレベルで考えれば、蒸発したと考えるのが正しいのだろう。
少なくとも、あの攻撃を直でもらえば、ただでは済まないのだ。
『糞ったれが! くたばりやがれ!!』
何を思ったか、ロックはシェルを反転させシリウス艦艇へと向かった。
持てる推力の全てを使って一気に加速し、レーダーに写る艦隊を目指した。
140ミリのチャンバーには一番硬い破甲弾が装填されている。
重元素を弾芯にした、極めつけに固くて高密度の実体段だ。
至近距離なら超光速船の外殻も撃ち抜ける筈の装備。
ロックはその砲を迷うことなくぶっ放した。
真っ赤な尾をひいて飛んだ砲弾は、シリウス側艦隊へと到達した。
まだエンジンに火が入っている艦艇のエンジン部分目掛けての砲撃だ。
本来であれば至近距離で行う攻撃では無いのだが……
『手伝うぜ!』
程なくライアンが追い付き、対艦攻撃を開始した。
幾多の砲撃が続くなか、シリウス側の艦艇から防御火器の応射が始まる。
猛烈な密度での対空火器攻撃は、実体弾頭による物理攻撃だ。
ビームやレーザーは穴が空くだけだが、実体弾には火薬が詰まっている。
もちろん当たれば洒落では済まない代物だ。
だが、ロックもライアンもそんな事は気にしていなかった。
『ロック! あっちのデカぶつがヤバそうだ!』
『おっしゃ! あっちからぶっ潰そう!』
機を捻り、弾幕を掻い潜って接近する2機は無意識レベルで散開陣形だ。
どれ程の装甲を有していても、あの一撃を受ければ酷い事になる。
そして、最悪まで至る前に蒸発してしまうだろう。
光速に近いイオンの奔流で全てが削り取られ、原子分解してしまうのだ。
その意味では実体弾頭を受ける方が気が楽と言える。
実際、ロックもライアンも稼働装甲の全てを前方に展開していた。
65ミリ程度であれば、高密度重金属で構成された装甲の方が強い。
そして、高速で移動するシェルであれば、装甲内部のセラミックが有効だ。
固いが脆いセラミック装甲だが、それにヒビが走るよりも弾頭の方が速い。
この場合、ユゴニオ限界と同じ事が弾頭に発生するのだ。
つまり、ヒビによって砕ける前に、弾が砕け解けて消えてしまう。
――行ける!
――行けるぜ!
ロックは140ミリの中の稼働弾倉から榴弾系以外の全てを選択した。
目標はただひとつ、あの艦艇の外殻部だった。
『やっぱそれなりにデケェ!』
ロックのリニアシートには巨大な構造物が映っている。
かつてはニミッツ級と呼ばれた国連軍アメリカ宇宙軍所属空母のなれの果てだ。
『こいつがアレをやったら――』
『洒落にならねぇな』
タンデム配置されたイオンエンジンは全部で12基ある。
その全てを砲の代わりに使われれば、いくら国連軍艦艇と言えど……
――――戦域管制よりブラックバーンズ!
――――コレより応射を開始する!
――――すぐにそこを離れろ!
――――繰り返す!
――――すぐにそこを……
その言葉が終わる前、再び視界を真っ白な光が横切った。
直撃を受けなかったロックとライアンは無意識レベルで振り返った。
幾つもの爆発が機動部隊内部に発生し、直撃を受けた事が分かった。
『やべぇ!』
『くわばらくわばら』
鋭くターンを決め離脱した2機。その直後、戦列艦の応射が始まった。
眩い光が幾つも降り注ぎ、巨大な空母がガリガリと削られた。
威力という意味では比較にならない一撃だ。
巻き込まれる前に脱出したい。
その一心で距離を取っていたロックの背中側が眩く光った。
またやりやがった!とロックは思った。
だが、その爆発の中にいくつかのシェルが飲み込まれるのをロックは見た――
『ヴァルター!』
機動部隊側の応射により混戦となった戦域をテッドは横切っていた。
幾つもの眩い光でリディア機を見失い、視界には半分蒸発したシェルが居た。
リンギングベルことバーニーの率いていたシェルは2機。
リディアとサミールの筈だ。だが、そのシェルに残ってるのはベルのマーク。
――バーニー機か……
ふと、テッドの内心にドス黒い何かが沸き起こった。
それは、とてもじゃないが言葉では表現できない感情だった。
これまでの人生を振り返れば、その重要な時には必ずこの女性がいた。
さまざまな経験を積み重ね、テッドはヴェテランと呼ばれる存在になった。
だが、そのテッドの先達だった一人は、いま目の前で生死の境だ。
――リディア……
シェルをスピンさせ、視界を全て確かめたテッド。
一方的に攻撃されていた地球サイドの艦艇は、発砲体制に移った事を知った。
次々と眩い光が視界を横切っていって、その都度にテッドは悪態を吐いた。
ただ、時間がない。考えてる暇はない。
ここで見殺しにすれば、間違いなくエディが怒り狂うだろう。
自分取ってリディアが特別な様に、エディには特別な存在の筈だ。
それを助けず見殺しにすれば、少なくともエディは傷つくだろう。
――やるしかないか……
地球サイドの砲撃が降り注ぐ中、テッドは機を滑らすように飛ばした。
目指すはバーニーの乗る鳴り響くベルのマークが付いたシェルだ。
……ふと、テッドの意識は遠い日に飛んだ。
激しい艦砲射撃が降り注ぐ中、リディアへと走った日だ。
気が付けばもう50年の歳月が流れた。
全く実感は無いが、既に70の年寄りだ。
本来であれば、すでに司令部などで煙たがられるヴェテランのはず。
だが、自分はまだこうやってシェルを駆り、最前線に居る。
そう思うと同時、エディの歯痒さを我が事のように感じ取った。
泳ぐように、舞うように、テッドは流れるような動きで砲火を躱した。
最短経路でバーニー機へと取り付いたテッドは、その機体を推し始めた。
砲撃圏内から離脱する事が最優先だ。
『誰か近くに居ないか!』
そもそもに暴力的な推力を持つグリフォンエンジンだ。
半壊したシェルを押し出す事など容易いと言える。
だが、それは単純に押すだけの場合だ。
物理法則の常として、モノは動かすよりも止める方が難しい。
ましてやシェルは重量がある上に、慣性力が付いてしまえばより難しい。
――どうしたもんか……
アレコレと思案しつつも砲撃誤差圏内を脱したテッド。
地球サイドからの艦砲射撃は猛烈な勢いで続いている。
そして、シリウス側からは、文字通り破れかぶれな攻撃があった。
――っとっと!
止めねば!
バーニー機の慣性運動にシリウスαの重力が加味され始めた。
止めなければシリウスへと墜落するだろう。
バーニー機の前に回りエンジンを吹かしたテッド。
グッと推力が掛かり、シェルは停まり始める。
僅かにホッとした瞬間、テッドの前にシリウスシェルが現れた。
「リディア……」
ブラックウィドウの描かれたシェルは、指呼の間で速射砲を構えていた――
『テッド! 大丈夫か!』
ロニー機の支援を受けて戦域外へと離脱したヴァルター。
その近くにはミシュリーヌが居た。
『ちょっと! まずは自分の心配しなさいよ!』
『おぃおぃ…… 俺は不死身だぜ?』
軽く笑ったヴァルターだが、内心は言葉も無いほどに狼狽していた。
――彼女なら撃ちかねない……
いや、撃ちかねないのではなく、笑顔で撃つだろう。
不可抗力で長い付き合いになっている彼女なだけに、それは良く理解出来た。
『まだ終われねぇっす!』
何を思ったか、ロニーは一気に加速し始めた。
テッドのサポートだと気が付いたヴァルターが『頼む!』と叫ぶ。
そのヴァルターにサムアップを返し、ロニーは戦場を横切った。
一部の無駄も無い理想的な飛び方。まるで岩肌を流れる水の如しだ。
――シェルの操縦はここまで上手くなれるのか……
みながそう思う程のモノだが、それでも事態は進行していた。
140ミリを突きつけられたテッドがバーニー機を楯にした。
リディアが射撃を躊躇するのはコレしか無いと踏んだのだ。
それを遠目に見つつ、ロニーは速射砲を構えていた。
撃墜するつもりは無いが、地上で見守る人間達を煽らねばならない。
『やれ!』と。『たたき落とせ!』と。そう叫ばせねばならない。
やれやれと思いつつ、それでもロニーは飛んだ。
長い長い、戦争ごっこの終わりがすぐそこにあるのだと気が付きつつ……




