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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第4話 オペレーション・ファイナルグレイブ
25/358

砂漠へのいざない

 タクラマカン


 それは、ウィグル語で生きては帰れぬ『死の場所』を意味する地。

 天山山脈と崑崙山脈に挟まれた、ありとあらゆる文明圏からもっとも遠い、地球に残された最後の秘境だ。


 ユーラシア大陸の中央部に広がる極乾燥エリアで、この地域の降水は年間でも僅か数ミリしかないと言われている。かつてはロプノールと言う内陸河川の終端湖があり、シルクロードの要衝として栄えた歴史もある地域だ。


 乾燥化が進み人煙絶えて久しいエリアだが、この砂漠の地下7000メートル付近には、人類史上最大かつ最深の地下空間が作られている。増え続け保管場所を失った使用済み核物質の最終処分場『FINAL GRAVE』だ。


 そもそもは石油採掘企業が大深度地下構造を調べる為のパイロットホールだったのだが、それに目を付けた民間企業が、月向けの大型マスドライバーの建設を持ち込んだ。


 遊牧民であったイスラム(回教徒)達を定着させる地場産業として、中国共産党指導部も最初は諸手を挙げて歓迎していた。


 だが、共産党政権にありがちな失敗がここでも繰り返された。科学的な危険性の考証よりも党のメンツを優先し、そして、他人の不利益より自分の利益を優先する中国人の利己主義が拍車を掛けた。


 膨大な費用と人員と、そして犠牲者を出したものの、計画はついに放棄され巨大な垂直円筒形の空間が誕生したのだった。


 地下6500メートルまで掘り進められ、その上には地上1000メートルに至るボタ山。加速距離約8000メートルを実現した長加速距離型マスドライバー計画だったのだ。ロケットよりも遥かに安価で安全な大気圏外への手段になるはずだったのだが……


 計画が頓挫した二十二世紀の初頭。

 この巨大な垂直坑は核廃棄物の最終処分場に転用された。


 それ以前に建設させた大深度処分場は、どんなに深くても500メートル程度だったからだ。土被りの厚さが桁違いの大深度へ埋める事によって二次災害を防ぐプランで、膨大な量の”ボタ”を高純度核物質と混ぜ合わせ、天然由来程度に希釈し土と一緒に投げ込む事によって埋め戻す計画だった。


 だが、いつの間にかそれは巨大なビジネスへと成長し、世界各国の政府は様々な高レベル廃棄物をここへ持ち込んだ。中国共産党政府機関は遠慮なく『そのまま』核廃棄物を投げ込み続け、そしてその対価を受けとった。地域住民の健康や安全上の被害など全く思慮に及ばぬ国家が作った巨大な墓場。


 周辺に住むごく僅かな数の少数民族は今回も強く弾圧された。どれほど抗議しても抵抗しても、力による抑圧は回避出来なかった。なぜなら、そこに埋められたのは、手間のかかる希釈処理などの行われていない不法投棄核物質そのもの。

 処理費用まで受け取っておきながら、遠慮なく違法処理して利ざやを稼ぐ現地機関の関係者は秘密が漏れる事を恐れていたのだった。


 気が付けば、ここには膨大な量の核物質が眠っている。地球で暗躍するシリウス政府シンパのテロリストにしてみれば、喉から手が出る程欲しい物だ。


 需要と供給の関係に金銭が絡むとなると、売り手買い手の関係は敵味方を超える。

 それは、地球人類開闢以来続く伝統だった……








 作戦ファイル990113-01

 Opelation:Final Grave Keeper

 作戦名『最後の墓守』








 ―――――――― 西暦2299年1月13日 地球標準時間1030

           月面、嵐の太洋 マリウスヒルズホール内部。

           国連宇宙軍海兵隊 キャンプ・アームストロング








「バード 怖い顔して真剣に何読んでんだ?」


 相当怖い顔で書類を読んでいたらしいとバードは気が付く。

 そんなつもりは無かったんだが、唐突に声を掛けたスミスは怪訝な顔だった。


 Bチーム専用のオフィスゾーンでデスクワーク中の一コマ。

 サイボーグの兵士は体内各可動部が磨耗すると再調整になるため、生身の兵士と違って軍事教練をシミュレーターの中で行う事が多い。実際に身体を動かす訓練は滅多に無く、デスクワークで時間を潰して出撃に備えているとも言えるのだが。


「昨日の夜に情報部経由で届いた基地出入り者リスト。全部確認してた」


 バードの手元に有るのはアームストロング基地へやって来る軍関係者のリスト。

 名前と所属、階級、目的、そして、二次元バーコードに書かれた本人の容姿写真。

 バードの視界に入った二次元バーコードは自動展開される仕組みだ。

 

 民間の出入者はNSA所属の民間向けブレードランナーが行う。

 だが、軍関係はバードを含めた軍側が複数チェックが行われる。


 軍のデータベースへは同じブレードランナーでもバードしかアクセス出来ない。

 NSAにはデーターが『公式』には伝えられていない事になっていて、それ故に、バードの事務処理量は膨大な物になる。


 ……と言っても


 実際は船の中で軍のMPがチェックしてるし、出発地で既に検査済み。

 軍関係の人員移動は一回あたりの人数が多いだけで、年中動いている訳でも無い。

 だから、バードが見ているのは、本人の容姿と目的だけとも言えるのだが。


「まるで戦闘中みたいな顔だったぜ?」


 茶化すようなスミスの言葉にバードは苦笑いで応える。


「真面目な顔って言ってよ」

「そうだな。美人が台無しってレベルだ」


 そろそろ集中力の限界だったのか。

 スミスの言葉に反応して皆がどっと笑った。


「あー しかしなんだな。デスクワークはケツが腐る」


 不満を言いつつペンの頭をかじるペイトン。

 その隣でウンザリした顔をしているのはジョンソン。

 新しく届いた周波数リストを眺めつつ、空きスロットの発信実績を探している。


 樹を隠すなら森の中

 

 基地へ侵入した工作員が使った可能性のある周波数を、一つ一つ確かめている。

 この手の作業はかなりの部分が機械化・自動化されて結果だけが流れてくる。

 しかし、何処まで自動化されても、最後に判断するのは人間の脳。

 

 あやふやで実体の無い『違和感』を感じ取れるのは、結局のところ人間の脳だけだからだ。論理的思考の範疇に収まらない部分の違和感を神経のネットワークが捉え、不快感として処理する前にそれを抜き取ってじっくり考慮する。


 論理的なプログラム上におけるフィルタリングと違って、職人の勘的な部分。

 そして場数を踏まないと能力を得られない部分。


 もって生まれた能力や才能ではなく、後天的訓練で身に付ける能力は、どんな時代でも大切な事のひとつであり、また、努力し続ける事が必要なものだ。


「あー もう無理だ! チャウホールでコーヒーでも飲もうぜ」


 椅子から立ち上がって部屋を出て行くペイトンとジョンソン。

 それをドリーが笑いながら見ている。


「俺の分も持ってきてくれ」

「りょーかい!」


 手をヒラヒラさせ部屋を出て行った二人を眺めながら、バードもアンニュイな表情を浮かべていた。

 

「バードも行ってこいよ」


 そんな表情に気が付いたのか。 

 ビルは控えめに声を掛けた。


「いいよ私は。まだやる事が山積みだし」

「気分転換も必要だぜ。カップケーキが台無しだ」

「え? それどういう意味?」

「スラングだよ、スラング」


 日常的な会話や軍隊英語をマスターしているバードだが、日常における砕けた表現やスラングや、ちょっと下品な言い回しを咄嗟に理解する程では無かった。

 それだけで無く、ヨーロッパ系英語特有の皮肉や南部アメリカ人の自虐的ジョークなど、文化的な違いに対する理解や人生経験的なバックボーンの薄さも相まって、まだまだ瞬時に理解しがたい部分でもある。


 世界的に使われる言語だから、日常会話のレベルでも問題になる訛りも有るし、なかなか奥が深いとバードは最近思っているのだが。


「言葉って難しいね」

「けどさ、バードの言葉は綺麗だ。上品で丁寧だしな」


 ビルの言葉にドリーもジャクソンも笑った。

 バード自身にそんなつもりは無いが、言葉遣いは個性が出る部分でもある。

 何となく褒められた様で、そこはかと無く小馬鹿にされたようで。

 微妙な感触をバードは感じている。


「皮肉……じゃないよね?」

「もちろんさ」


 うんうんと頷いているライアンがバードを指さす。


「時々出てくる軍隊式の罵倒を知ってるからこそ、バードの言葉がよりいっそうお嬢さん言葉に聞こえるって事さ。品の良さってのは結局育ち方だからな」


 黙って話を聞いていたダニーが書類を置いて話に加わった。


「そうそう。無線とかメッセージチャットとかで相手が見えないとか、手が届かない時に口を突いて出る言葉でその人間の程度がわかる。バカは所詮バカなんだよ。平気で酷い言葉を使う。喧嘩腰みたいな事を書いてるのさ。で、本人はそれの何が問題なのかすら気が付いてない。いま読んでるこの書類なんか……」


 苦笑いして書類の束を指さしたダニー。


「緊急オペにおける消毒手順の考察とかもっともらしい事を書いてあるが、前線医療兵にゃ無理だろ?って小馬鹿にした物の書き方だ。読んでて腹が立つよ。大病院の教授様も所詮この程度だ。だから、肩書きとかそう言う物を自慢しないバードは貴重なんだって事だよ」


 ハハハと笑いながらそれぞれが書類の山と格闘している。

 軍隊とは最強の官僚組織であるからこそ、『公式文書』になっている物に目を通し、知識として把握する必要がある。知りませんでしたなどと良い訳は許されないからだ。


「バードの場合は人員チェックだからな……」


 ロックがブツブツ言いながら自分の書類を読んでいる。


「ロックのそれは?」

「接近格闘技における保安向上委員会の資料。この前の戦闘でRAW(生身)が頚動脈いきなり斬られたんで、安全防護に装甲持つか回避できるように身軽になるべきかの検討資料だとよ。デスクワークで考えるだけの連中は気楽で良いよな。斬られる前に斬れば良いんだよ」


 思わず失笑するバード。

 口に手を当てて笑いをかみ殺すバードの仕草に、周りも笑った。


「職場に女がいるって良いもんだな」


 不意に喋りだしたリーナーに皆が驚く。

 普段は実に寡黙なリーナーだが、こんな時に本音を呟く紳士でもあった。


「だよなぁ」


 相槌を打って笑うドリー。

 人懐っこい表情と仕草でいつも陽気が丸顔の黒人だ。

 笑っている時は可愛いとすら思うほどなのだが。


「トミーがあんな形で戦死した後……二週間だったかな。隊長がいきなり『補充は女性士官になる見込みだ』とか言い出してな――


 ビルが変にイヤラシい笑みを浮かべてジャクソンを見た


――ジャクソンが浮かれやがってしばらく手を付けられなかった」

「おい! ビル! そう言う事は黙ってろよ!」


 ワッハッハと大笑いのデスクルーム。

 バードも笑っている。


「ダニーは最初困ったんだよ。戦闘中に何かあったらひん剥いても良いもんか?って」

「いや。俺は真面目に考えたんだからな? セクハラ扱いは勘弁してくれって」


 ビルが舞台裏を明かしダニーが釈明。

 あ!と驚く顔をしているバードを他所に、ダニーは真面目な顔で言う。


「女性型サイボーグの被弾救護とかどうするんだ? って考えたわけだ」


 バードは思わずウンウンと頷く。

 服を脱いでヌードになれば、体型は本当に女性そのもの。

 男性と違いジェンダーシンボル的に上半身裸はありえない。


「もっと言うとさ」


 非常に真面目な声音でロックが切り出した。


「戦闘って言うより戦争の真実として。男は殺されて終わりだけどさ、女の場合は……な。」


 ロックは慎重に言葉を選んでいる。それはバードにもわかった。

 言い回し的な部分で英語圏の人間と日本人とは物の表現方法が違うからだ。

 日本語を母国語にしてきたロックやバードにしてみれば、自分たちとは常識や社会規範の感覚が違う文化圏への説明には気を使う。

 

 外国語を学ぶ時はその言語を使うエリアの文化を知らねばならない。

 言葉とは、それを生み出した文明圏の文化その物であり、常識でもあるからだ。


「何時の時代だってどこの戦場だって女は慰み物だ。それが地球人類の文化だからな。まぁ、仕方が無い。生き物だから。だから、そうならないように俺達がいる」


 ドリーは澱みなく言い切った。目には強い自信がある。

 B中隊を預かる隊長の副官と言う立場の人間だからこそ、そんな言葉が出てくるんだろうとバードは思った。


「それに、バードを含め俺達は――


 何かを言おうとしたドリーの言葉を切るように、オフィスのドアが開いた。


「おぅ! 持ってきたぜ! 全員分」

「持ってこさせただろ?」


 ペイトンとジョンソンが部屋へと帰って来た。

 その後ろにはギャレーの給仕員が一人。ワゴンを押してやってきた。


「失礼します!」


 士官事務室へ入るにも相当の緊張を伴うようだ。

 軍隊のもうひとつの真実でもあるのだが。


「バードはケーキとビスケットどっちだ?」


 給仕と一緒になってコーヒーを配るペイトンは、茶菓子の選択をバードへ訊ねるのだが。


「あ、ビスケットで」

「ケーキじゃねーの?」

「だって太るじゃん」


 皆が吹き出す様に笑った。ダニーが大笑いしていた。

 もちろん『してやったり』でバードも笑った。


「最近じゃ一番のジョークだ」


 ジョークを飛ばしつつコーヒーとビスケットパックを受け取ったバード。

 先のシェルドライブが空振りになった作戦で、ハンフリー艦内の朝食時に掛けられた言葉をバードは根に持っている。Bチームのメンバーは皆そう思っている。

 本人は単なるジョークのつもりで言っているのだが、周辺がそう受け取らないし、むしろ、違う角度で解釈するのが当然と思ってるフシがある。


 言葉とはその辺りまで含めて使い分けをするべきだ。

 だが、バードにはそう言う部分の経験が絶望的に不足していた。


 多感な時期の学校生活で、気の置けない友人達と会話しながら学ぶべき様々なものをバードは得られなかった。その影響は想像以上に根深いダメージを残す。そして、バードはこれからそれを学ばねばならないのだが……


「おぅ! ご苦労さん! あとで回収してくれ。すまないな」


 皆がコーヒーを飲みながらビスケットだったりロールケーキをかじるなか、ペイトンは気軽な口調で声を掛けた。


I got it(わかりました)


 給仕員が部屋を出てからバードは何気なく振り返った。

 ちょっと怪訝な表情で首をかしげる。


「バード…… どうした?」


 スミスがやたらに険しい表情で尋ねた。

 気が付くと部屋中の目がバードへ集まっている。


「なんか気になるのか?」


 ペイトンも厳しい表情だ。


「上手く表現できなけど、違和感が有ったの」

「アバウトで良い。どんな違和感だ?」


 ビルが分析に参戦した。


「うーん…… 言葉 かな」


 うーんと考えて、もう一度こくりと首を捻って、そしてコーヒーを一口。


「考えてもしょうが無いか」


 呟くようにしてビスケットをかじった。

 割れたビスケットの粉が床へ落ちないように手を添えて。


「戦闘中の獰猛さを見てると、どこがバード(小鳥)だよって思うんだけどな、戦闘用サイボーグなのに仕草が可愛いんだよ」

「なに言ってんだ。いつも静かでお淑やかなレディだろ? 蚊も殺せないような線の細いお嬢様だぜ?」


 ペイトンやジョンソンが言いたい事を言っている。今日も皮肉は絶好調だ。

 そんなジョンソンの言葉を聞きながら、バードは苦笑いだった。

 事務仕事の最中の平和な一コマ。

 火器を抱えて戦闘中には見せない表情は、バードも楽しくて仕方が無かった。


「ところで隊長。今朝は遅いね」


 中隊を預かる隊長は、事務仕事の前に司令部で状況報告を聞くのも重要な事だ。

 士官学校における4年生(ファースティ)がそうだったように、この領域の全体的な流れや作戦行動の推移や、敵方の移動状況などを知識として頭に詰めておかねばならない。


 司令や戦務幕僚との会議が長引く時は、どうせ碌でもない事になる。

 何ヶ月か過ごすうちに、そういう部分での機微も判断が付くようになってきた。


「こんな時はどうせまた面倒な事だ」


 ウンザリとしながらリーナーが呟く。

 その言葉にバードも嫌そうな表情を浮かべた。


「今度はどこへ行くんだろうな?」

「どうせならもうちょっと有意義でエレガントな仕事が良いぜ」


 ロックとライアンが顔を見合わせて愚痴っている。


「例えばアレだな。どっかの女子大のキャンバスへかっこよく降下してだな」


 ジャクソンがバカ話を始めた。

 メンバーが半分ニヤケながら聞いている。


「大変なの! 更衣室に変なのが居て! オーケーオーケー、任せておけ! 今すぐ俺達が突入してやるさ。ところで更衣室の中は何が残ってる? え? なに? 脱いだばかりのブラジャーだって? そんなの触られたくないよな。解った解った。今すぐ突入しよう。危ないから充分下がってるんだ。流れ弾に当たると大変だぜ」

 

 声色を変えながら一人芝居を続けているジャクソン。

 Bチームのメンバーはゲラゲラと笑いながら聞いている。

 バードは苦笑いしながら仲間達を眺めた。

 こんな時の男性隊員って本当に楽しそうだといつも思うのだが。


「ジャクソンの妄想もひでぇな」


 椅子から転げ落ちそうに笑っていたペイトン。

 珍しくリーナーまで大笑いしながら相づちを打った。


「そんで突入してどうすんだよ」


 ジャクソンは酷く真面目な顔をした。


「大変だ! 更衣室に爆発物がある! 今すぐ逃げるんだ! そう喚きながら女子大生の列へ走っていく。とにかく大慌てでだ。彼女達がキャーキャー言いながら逃げ始めたらすぐに更衣室へ戻って戦利品をポケットへ詰め込んでだな」


 ビシッとリーナーを指差すジャクソン。


「盛大な爆破ショーをリーナーがやる。濛々と煙が上がって、その中から姿を現し、女子大生に言うんだ。敵は掃討したけど更衣室は爆破されちゃった。そのままのカッコじゃ家に帰れないだろ? 俺の上着を貸してやるよ。え? こんな恰好じゃ家まで帰れないって? 心配すんな! 家まで送ってくよ! ってな」


 ロックやライアンまでもが手を叩いて笑っている。

 部屋の中の大爆笑が収まった頃、ちょっと怪訝なジャクソンは呟く。


「しかし遅いよな。幾らなんでも」


 だけど、その反対側ではジョンソンが抜けた調子で軽口を叩く。


「案外…… 奥さんとしっぽりやってたりしてな」


 そんな言葉にメンバーが再びドッと笑った。

 だが、ふとジャクソンが顔を向けたバードは、首をかしげて不思議そうだ。


「あれ? 隊長って既婚??」

「そうだよ。ただ、隊長の奥さんは誰も見た事がねぇ」


 困ったように肩をすぼめたジャクソン。他のメンバーを見回したバードは、誰一人として真相を知らないと言う事に気付く。


「誰も知らないけど、なんで既婚だって知ってるの?」


 そんなバードの言葉に、リーナーが答えた。

 あまりに意外な人物からの返答なのがバードには不思議だった。


「隊長のドッグタグ見た事有るか?」

「ない」

「今度機会があったらよく見て見ろ。小さなリングを通してある」

「全然気が付かなかった」

「スペクトル分析だと間違いなくプラチナだ。それもシリウスプラチナ100パーセントだな」

「じゃあ!」

「あぁ。そんじょそこらじゃ買えねぇ高級品さ」


 言葉を失って驚いていたバード。

 だが、そんなタイミングでテッド隊長の声が無線に流れた。


『Bチーム全員聞いてるか?』


 全員が着信報告を返したら、溜息交じりの声で続きが流れてきた。

 深い苦悩と後悔を垣間見たバード。


『すまん。まーた面倒を押し付けられた。今回も誰かのケツを拭きに行かなきゃならんようだ。事情説明するから10分以内にガンルームへ。エディ達お偉方が居るから迂闊な口を利くなよ』


 無線が終了する前に皆が自分の書類を片付け金庫にしまう。

 この辺りの手際が良いか悪いかで頭の回転がわかるのだ。


「今度それとなく聞いて見ろよ」


 ペイトンがバードを指さして聞いている。

 その隣でスミスもウンウンと頷いていた。


「なんで?」


 一切間髪入れずにバードは理由を尋ねた。

 それに答えたのはジョンソンだった。


「俺やドリーは古株だが、聞いても教えてくれないのさ。きっと内緒にしたい部分なんだよ。だけど、バードの言葉なら隊長も話をするかも知れねぇ。それに期待してるってこったよ」


 書類を片付けたバードは最初に部屋を出た。

 Bチームの面々がガンルームへ向かう中、バードは謎多きテッドという人物の事を考え続けていた。






 ―――――Bチームガンルーム

       地球標準時間 1100





 珍しく打ち合わせの現場でコーヒーを飲む余裕が有った。だが、そんな事はどうでも良い。問題は先ほどからチームのメンバーが皆同じ様に不服そうに怪訝な表情で話を聞いていると言う事だ。不機嫌そうに周りを見回すバード。ガンルーム中心のライトテーブルに表示された地図情報は中国内陸部だった。


「タクラマカン砂漠のど真ん中。一番近い街まで片道100マイル。かつて中国政府が計画したマスドライバー計画のなれの果てだ。垂直坑の深さは6500メートル程度。さらに、掘り起こした土を積み上げて1000メートルに達する人工地層が有る。深さは軽く7000メートルを越えていて、直径150メートルの巨大な円筒形をしている大穴だ。現在は核廃棄物最終処分場に使われていて、低レベル放射性物質へ土を掛けて埋め戻している」


 長い指差棒で地図を示しながらエディ少将が説明を続けている。

 露骨に嫌な顔を浮かべているチームの面々。

 もちろんバードも渋い顔。


「なぁエディ。俺たちまさか墓穴(はかあな)掘りに行くんじゃねーよな?」


 茶化すような口調のジャクソンが尋ねた。

 そこへすかさず茶々を入れるのはジョンソンだ。


「墓穴掘るんじゃ無くて墓を暴く墓泥棒だろ? 生真面目でバカ正直なチーノだぜ? どうせお宝ザクザクだ」


 やっぱり皮肉が効いています……


 何となく苦笑いしながらバードも同じ事を思った。金儲けが絡むとなると中国人の法的良心は嵐の夜の埃みたいなモノだ。どうせ低レベル放射性物質じゃ済まないだろう。間違いなくとんでもないモノが埋まっているはずだ。

 しかし、サイボーグの兵士は半ば便利屋扱いだけど、まさか墓場へ行くとか……

 冗談もほどほどにしてくれと、バードは内心で愚痴ってみる。


「それは心配ない。我々の作業は墓守の監督だ。墓穴は管理人に責任持って管理させようって事だ。盗人が入らないように墓守のケツを蹴り上げに行くのさ。チーノが掘った墓穴だけに信頼性は抜群だろうが……入りたく無いだろ?」


 エディ少将も笑いながら手を振って疑惑を否定した。

 こんな時の皮肉混じりなジョーク精神は大したもんだなぁと感心してしまう。


「じつは、三週間ほど前になるが。ここへシリウスの工作員が送り込まれ、作業管理者などに化けて放射性物質の確保を進めている。作業員などを盾にとってやりたい放題の様だがな。中国共産党の人民解放軍が総兵力二万二千人を動員し、被害の拡大を防ぐべく周辺を封鎖している。つまり、建前上は低強度紛争状態に入っている。もちろん我々は実情を把握していたのだが、あの国は国連軍の立ち入りを強行に拒否し続けている関係で、我々は手出しを控えてきた。下手をしたら中国軍と一戦構える事になるからな」


 チームの誰かの呻き声を聞きつつ、エディ少将はパネル表示を変更した。


「で、まぁ、後は皆まで言うなと思うだろうが」


 衛星写真に撮られた地上の様子が見える。

 大規模な中国人民解放軍の包囲線が延びる内側。

 多数の人質を人間の盾にして立て籠もる工作員が見える。


「中国政府より公式に要請を受ける事はありえない。あの国は自国民が一億単位で虐殺されてもメンツを優先する国家だ。例えどんな形になっても自国解決を最優先するだろう。何事も無かったと精一杯見栄を張りながら。だが、シリウスと直接対峙している我々にすれば良い迷惑だ。今回彼らが入手しようとしている核物質は核弾頭にするには心許無い程度で、直接の心配は無いと公式説明を受けているが、周辺で健康被害が続出している以上は額面通りに受け取れないのは言うまでも無い」



 ……HOLLY-SHIT(クソッタレ)


 誰かの声が聞こえた。バードはその声の主を瞬時には把握しかねた。

 だが、こんな話を聞けば神様に文句のひとつも言いたくなるってモンだとバードだって思う。指令が出た以上はそれを果たさなければならないし、軍隊なのだから拒否は出来ない。

 またまた面倒なところへ面倒な内容で面倒な降下をする事になる。ジャクソンのボヤキじゃ無いが、もっと有意義でエレガントな降下をしたいもんだと愚痴りたくもなる。


「現在火星軌道付近にいる多国籍企業船籍の大型輸送船は宇宙軍が臨検を行って足止めしている。その関係で到着が三日程度遅れるだろう。その間に我々は現地へ行き、夜間こっそり降下して人間の盾を解放する」


 エディ少将が説明を続けるなか、スミスが手を上げた。


「なんで人質なんだ? シリウスの奴らを直接処分じゃ無いのか?」

「その件だが」


 再びパネル表示を切り替えたエディ少将が説明を続けた。


「中国政府は自力解決すると通告してきた。だが、全部ハッタリなのはお見通しだ。国連政府に非協力的な連中だが、その中身はシリウスからキックバックを受けてるって事だ。我々の諜報網が集めた情報を整理すれば、交渉は一切進展していない。まぁ、彼らの言い分を信じるなら、下手に圧力を掛けると人質が殺されるから困るんだそうだ。今更良く言うなという気もするが、まぁ、それは仕方が無い。だから我々は人質の解放戦をやる。その上でシリウスの連中はチーノに処分させる。そうすればあの墓穴へ入らなくて済む」


 ドヤッ? とでも言いたげな表情のエディ少将が部屋の中を見回す。

 皆一様に呆れた表情でモニターを見ていた。


 ところが、そんなタイミングでこそ悪い知らせはやってくる。

 唐突に開いたドアの向こうにアリョーシャが立っていた。


「悪い知らせだな?」


 アリョーシャの表情を確かめたエディもまたウンザリしていた。

 手にしていたファイルを乱雑にテーブルへ載せたあと、吐き捨てるように言った。


「ある意味で良い知らせだな」


 何度か見ている情報部のスタッフが部屋に入って来て資料を並べ始めた。

 その作業を見ながら、アリョーシャが切り出した。


「一時間ほど前にファイナルグレイヴの管理事務所と作業宿舎が全て爆破された。人質は皆殺しだ。手を下したのは人民解放軍。これは間違いない」


 ライトテーブルに地上展開中の人民解放軍陣地が表示された。

 先ほどとは少々展開が異なっている。


「現状では地上側が全部中国軍で地下は全部シリウス関係者だ。諜報班が掴んでいる情報を統合して精査すると、中国共産党政府とシリウス政府は最初から売るつもりで話を進めてきた様だ。故におそらくは……目撃者を出さない為の口封じ」


 身を切るような沈黙。重い空気が漂う。

 そんな中で肩を竦めたドリーがウンザリしながら口を開く。


「結果論だが。俺たち本来の仕事で終わりそうだな」

「海兵隊を使って地域を制圧、核物質の搬出を防ぐ。良いね、シンプルで」


 相づちを打ったのはペイトン。ボリボリと頭を掻きながらモニターを見ている。

 チームの重い空気を察したのだろうか。アリョーシャは書類を配りはじめた。


「現地のデータを書類にまとめてある。各々が目を通しておいてくれ。中国の人民解放軍とガチでやり合う事は無いと思うが、それなりに妨害工作はあるだろうから注意しないといけない。それと、向こう側に死人を出さないよう最大限配慮しておかないと、後になって外交問題になるだろう」


 乾いた笑いが部屋にこぼれた。

 Bチームが出動して穏便に済む訳なんか無い。そもそも、荒事の露払いとして、いっそうの荒事を期待されている部隊なのだから。

 そんな事を考えつつバードは書類を読み始めた。同じ様にメンバーも書類へ眼を通している。しかし、ふと気が付くとアリョーシャの目がジッとエディを見ていた。書類を読むフリをしながら二人を観察するバード。これはきっと、高級将校向けの秘密無線で相談しているとバードは思った。


「ふーむ……」


 エディ少将が静かに唸る。

 その気配に気が付いたのだろうか、メンバーが一斉にエディを見た。

 難しい顔をして何かを考えているなか、バードは無意識にジョンソンを見た。

 僅かに顔を向ける仕草だったが、ジョンソンもバードの視線に気が付いた。


 ジョンソンの眼が一瞬だけエディを見たあと、眉を顰めて肩をすくめた。

 その仕草にバードは『エディは通信中だ』と言っているのだと思った。


 面倒が増える。

 それもとびっきり悪い方向に。

 どうやらそれは間違いなさそうだ。


 バードは一つ静かに溜息をこぼして、覚悟を決めた。

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