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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
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リベンジマッチ<終局>

~承前






『あなたは摘めが甘すぎる』


 サンディの冷たい声が無線に流れ、バードは表情を強張らせた。

 だが、その両目が見つめるサンディは、美しく笑っていた。


 完全に顔の輪郭が壊れていて、ロックの一撃が尋常ではなかった事がわかる。

 サンディはその状態で生き続けていた。顔が命の女でこれなのだ。

 一体どれ程に辛い仕打ちだったことだろうかとバードは思っていた。


『馴れ合ってるんじゃないのよ? たまたま目標とするところが同じだっただけ』


 冷たい声がかすかに震えているのは、痛みへの我慢だろうか。

 だが、そんな素振りは一切見せず、サンディは優雅な表情で笑っていた。


 ウルフライダーと隊長軍団は決して馴れ合っているわけでは無い。

 その強烈な矜持を垣間見せ、サンディはバードを突き放していた。


『……これだけ痛いのに、なんで笑ってられるんですか?』


 押しつぶされた脚の部分からは血が滲んでいた。

 レプリの身体が持つ白い血が、トクトクと脈打って漏れていた。

 ただ、レプリの身体はリンパ節と同じように逆止弁を持つ。


 現にサンディの身体から漏れる血液は止まりつつあった。

 そして、漏れた血液が蒸発する事により、傷口が凍りつき始めた。


『今の私はモルヒネ漬けよ。これが無いと激痛で失神して、今度はその痛みで覚醒する。それを繰り返す事になるの』


 嘘だ……と、バードは直感した。

 少なくとも、モルヒネ系統の痛み止めによる感覚の鈍磨が発生していない。

 感覚の鈍磨は反射神経の鈍化を招き、その状態でシェルを飛ばせる筈が無い。


『そんな状態でシェルを飛ばせるわけ無いじゃないですか』


 静かな口調でそう言ったバードだが、その内心をサンディが見透かした。

 この道50年を越える歴戦の勇士なんだとバードは改めて痛感した。


『出来ないと思う事をサラッとやってみせる。そうするから楽しいんでしょ』


 フフフと妖艶に振舞うサンディは、痛みに表情を歪めながら続けた。

 決して痛くないわけじゃないんだ……と。

 痛みを越える何かがあるのだ……と。


 バードは銃口を突きつけられているにもかかわらず驚くより他無かった。

 人間とはここまで冷徹に振舞えるのだと、改めてそれに驚いた。


『勝つって事に拘泥すれば、自然とこうなるのよ? 覚えておくといいわね』


 見縊るような眼差しがバードを貫いた。

 まだまだだよと、そう叱咤するように。或いは、小馬鹿にするようにだ。

 そして『おじょうちゃん』とサンディは付け加えた。


 ――怒らせようとしている……


 サンディの狙いをそう読み取ったバードは、その意味を考えた。

 バードにトドメを入れさせようとしているのか。

 それとも、冷静さを失ったところで撃とうとしているのか。


 いかようにも解釈できるそれは、確証の無い仮定ばかりを増やしていった。

 それこそ、バードが混乱して、答えにたどり着けないように……だ。


『まぁ良いわ。それより、あなた、どうするの?』

『……どうとは?』

『このまま引き金引いて良いかしら?』


 バードは驚いたように顔をしかめたが、ややあって悲しみに満ちた目をした。

 僅かに首を振りつつ、小さな小さな、消え入りそうな声で言った。


『……どうぞご随意に』

『そうなの?』

『えぇ…… その程度で死ねるほど…… サイボーグって便利じゃないんですよ』


 悲しい顔をしたバードは、それでも精一杯の表情を作った。

 撃ちたければ撃てと、そう迫るような顔だった。


 もちろん、この距離で大口径拳銃に撃たれれば、即死は免れない。

 よしんば即死しなくとも、脳へのダメージは避けられない。

 ただそれでも、バードは強がりな態度を示す事で説得を試みたのだ


 無駄な事をせず、大人しく投降して欲しいと、そう願った。

 その全てを見透かされていると、そんな確信を得つつもだ。


『……そうなんだ。じゃぁ、私の負けかしらね』

『負け? 負けって……』


 抱かかえていたバードの身体を強く押したサンディ。

 バードはその力の強さに思わず手を離した。

 そして、その反作用でサンディは再びドラケンのコックピットに座った。


『負けるのって気分悪いわね』

『次は勝てば良いんじゃないですか?』

『あなた…… 案外良い事言うわね――』


 再び銃口をバードに向けたサンディは、凄みのある笑いを見せた。

 女の情念が溢れるそれは、迫力満点のモノだった。


『――じゃぁ、勝ち逃げさせてもらおうかしらね』


 サンディの手に握られていた拳銃の向きが変わった。

 バードに突き付けられていたそれは、サンディのこめかみへと当てられた。


『これはあなたの勝ちでなくてよ?』


 ――あっ!


 サンディは拳銃自殺の体制になった。そして、『じゃあね』と呟いた。

 ただ、その表情は晴々としていて、自殺を試みる者の顔ではなかった。


 だが、だからと言って見殺しにして良い訳ではない。

 至れる結末を考える前に、バードは手を伸ばしていた。

 狙ったのはサンディの持つ拳銃だ。


 ――間に合わない!


 クロックアップしていると思ったが、それは後で考えれば良い。

 バードは四の五の考える前に銃口を塞ぐべく右手を伸ばしていた。

 銃口を塞ぐようにして銃の先端を摘まみ、グッと引き寄せた。


 レプリの身体も力があるが、サイボーグのそれはレプリを大きく凌ぐ。

 サンディは手首を捻るようにして銃を取り上げられかけた。


 その瞬間、眩い光が手の中から漏れた。

 同時に胸へ鋭い痛みが走り、同時に視界へ右掌機能不全の文字が出た。


 ――撃たれた!


 もはや撃たれることには慣れている。

 直撃弾を受けて倒れ込んだ事だってある。

 そして、その時の経験からこの程度では何ら問題ないと知っていた。


 また、今はシェル用の対衝撃スーツを着込んでいる。

 とんでもない速度で突入してくるデブリを受け止める為のものだ。

 拳銃弾程度であれば、なんら問題ない代物だ。


『あらら……』


 悔しさを噛み潰したような顔のサンディがバードを見た。

 そのバードは懇願するような顔になっていた。


『ここで死んでもらっては困ります』

『……やっぱりあなたの勝ちかしらね』


 サンディの顔から表情が消えた。

 大きく歪んでいるその顔には諦観の色が混じっていた。


『もうちょっと…… 生き恥を晒すようね』


 それがいったいどれ程辛いのか。

 羞恥心すら麻痺するような境遇にいたバードは、それが理解出来ない。

 だが、感情的にそれを望まない以上、配慮せねばならない事は明白だ。


『そんな事はさせませんから』

『……好きにしなさい』


 コクリと頷いたバードだが、サンディの顔色はその間にも悪化し続けていた。

 元々が白い肌をした女であったが、今は土色の様になっている。


『アナ! ビッキー! 大至急ここへ来て!』

『了解!』『急行します!』


 手で押さえている傷口部分は、ほぼ完全に凍り付いていた。

 真空中では体温程度ですら沸騰してしまうので、気化冷却状態だった。


 ただ、結果論としてそれにより血液や体液の流出は止まっている。

 その状態で激痛と戦うサンディは、引きつったような表情のままだった。


 ――どうしよう……


 その処遇に付いて一定以上の配慮が求められるのは間違いない。

 ただ、迂闊な事をすれば捕虜と言う身分以上に扱われてしまう。

 アナとビッキーのシェルが迫る中、バードは必死に考えをめぐらせた。


 その時……


『ロック少尉より戦闘本部! エディ大将につなげて貰いたい』


 ――――こちら戦闘司令室

 ――――ロック少尉の申請を受理しました

 ――――直通回線を開きます


『ありがとう!』


 ロックが呼び出したのは、この戦闘を指揮する戦闘指揮艦の司令部だ。

 ジョン・ポール・ジョーンズ艦内にある司令室には、エディが陣取っていた。


 ――――どうしたロック

 ――――相変わらず作戦中に私用か?


 朗らかな声音でそう言うエディは、棘の中に暖かみを混ぜていた。

 かこ、幾多の対話を重ねてきた2人には、特別な信頼関係があった。


『あ、いや、バードがサンディってウルフライダーを捕虜にしたんですけど……』


 ――――そうか、サンドラか、ティアラだな


『そうですそうです。ですが……』


 ――――皆まで言うな、バーディーから視界を貰っている

 ――――これは特段酷いな。お前のせいだぞ?


『はい。ですから、自分が泥を被ろうかと』


 ――――そうだな、それが良いな

 ――――ここへ連れて来ると良い

 ――――歓待する


 歓待する……

 その言葉の意味を思案したロックだが、バード機の近くにはアナが来ていた。

 バード機へアンカーを入れ、命綱を頼りにティアラ機へと飛び移った。


『お待たせしました!』

『大丈夫よアナ! それより足を持ってあげて』

『はい!』


 バードとアナは2人掛りでサンドラをコックピットから引き出した。

 身体の各部が不自然な角度になっているのは、強い衝撃によるものだろう。


 恐らくは酷い激痛と闘ったはずだが、サンドラは平然とした表情でいる。

 されるがままにコックピットを出たのだが、そこは完全な真空環境だ。

 バードはそんなサンディの頭から緊急気密袋を被せた。

 そして、気密封を確認してから、内部の化学薬剤球を押し潰した。


 内部では複雑な化学反応により酸素と窒素が生成される。

 30秒としないうちに内圧が確保され、サンディは驚いていた。


『アナ。サンドラ大佐をジョン・ポール・ジョーンズへ』


 ロックは簡潔にそう指示を出した。

『了解です!』と歯切れの良い言葉を返したアナがその場を離れる。

 アナを見送ったバードは、ロックにサムアップしつつビッキーを呼んだ。


『ビッキー! 近い?』

『あ! ここです!』


 バードの声に呼ばれたビッキーは、ピタリとドラケンの脇へとシェルを寄せた。

 驚くほど上手くなっているビッキーの技量は、バードをして妬心を疼かせる。

 だが、軍隊と言う組織においては、積んだ場数と経験が全てだ。


『何したら良いですか?』

『そうね』


 この常に前向きな姿勢こそビッキーの美点だ。

 軍人にとって最良の資産とは経験に他ならないが、ビッキーは実に軍人向きだ。


『……このウルフライダーのシェルをハンフリーへ運べる?』

『やってみますが…… 破壊処置ではダメですか?』

『歴史に残る名機よ? 壊しちゃったらエディ大将が悲しむじゃない』


 サラッと凄い事を言ったバードに、さすがのビッキーも言葉を失った。

 ただ、言わんとしている事は解るし、ドラケンの実物を見たのも初めてだ。


『じゃぁ、運んでいきます』

『よろしくね。手が足りなきゃヴァシリとアーネストに手伝ってもらって』

『了解ッス!』


 ドラケンを見送ったバードはオージンのコックピットへと戻る。

 そして、戦闘支援情報を表示させたとき、油を売っていた長さを思い知った。

 慣性の法則に導かれるまま、気が付けば随分と遠いところに居たのだ。


『まずいね』

『あぁ。ちょっと遠いな』


 バードの言葉にロックがそう返した。

 気が付けば戦闘空域から数千キロも離れてた。

 秒速10キロ程度で漂流していたらしく、戦闘空域は遙か彼方だ。


『チャッチャと行こうぜ!』


 ライアンはシェルの右手を振り、戦闘空域への再参戦を促した。

 もちろんバードとてそれは望むところで、140ミリ砲のマガジンを代えた。


『行こうか』

『よっしゃ!』『ぶちかまそうぜ!』


 3機が揃って一気に加速を開始する。

 リベンジを果たしたバードはその段になって、初めてソレに気が付いた。


 ――戦域がクリアだ……


 気が付けば敵味方共に大きく数を減らしていた。

 そして、そのどれもが腕に覚えのある面々ばかりだった。


 ――テッド隊長とヴァルター隊長に……


 そのふたりの他に居る地球軍サイドはウッディ、ジャン、ロニーの各大佐だ。

 その5機は戦域を飛び回り、シリウス側と交戦を続けていた。

 シリウス側はバーニー大将の他にリディア大佐とキャサリン大佐。

 そして、交差した剣のマークと、もう一人はワイングラスのマーク。


 ――最終決戦なんだ……


 邪魔をしちゃいけないんだ……と、バードはそう思った。

 自分のリベンジが終わった以上、後はテッド大佐たちのドラマだ。


 ――上手くいきますように……


 そう祈るしか出来なかった。

 バードから見ても、残っている5人の技量は異次元を通り越していた。

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