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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
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リベンジマッチ<05>

またちょっと遅くなりました

~承前






 人は時に、見ているモノが現実である事を拒否する事がある。

 言い換えるなら、目に映るシーンの全てを脳が拒否すると言って良い。


 バードは今、コックピットに投影される視界を見つつその現象に遭遇していた。

 それは、全周囲から砲撃を受けるティアラ機が行なう見事な操縦だ。


 ロックとライアンが行なうクロスファイヤー状態の攻撃をティアラは躱す。

 だが、そこにバードの射撃が加わっても、状態が変わらないのだ。

 バトコンが示す動態予測を加味し、被射界散布圏への制圧射撃をも躱すのだ。


 ――凄いわこれ……

 ――芸術だね……


 それは、如何なる言葉を持ってしても表現出来ないものだった。

 理論や理屈や技術論では一切説明の付かない、奇跡と言って良い操縦術。

 積み重ねてきた場数と経験と苦い教訓とが見せる、何気ない神業。


 仮に理論を説明されたとしても、それを真似する音は不可能だ。

 難しいのでは無く不可能だと断定できてしまう異次元の事象……


『すげぇぜ!』

『訳わかんねぇ!』


 ロックとライアンは奇声を発しつつも射撃を行い続ける。

 その砲撃の全てを紙一重で躱すティアラだが、決して万全ではない。


 ――スラスターに欠けがあるはず……


 つい先程、バードの一撃はティアラ機を捉えていた筈だ。

 直撃弾を受けたティアラのシェルは、リキッドとパーツを四散させていた。


 少なくともそれは被害の偽装等ではないと確信できるものだ。


 ――どうやってるんだろう?


 狙いすませたように一撃を入れ続けるのだが、その全てをかわしている。

 ロックとライアンの二人は、着弾までの時間を削るべく距離を詰めていた。


 この状態でかわすのは、もはや奇跡レベルだ。


 ――訳わかんない!


 ロックとライアンは双方共に最大限の機動を行って射点を確保している。

 言うまでも無く、クロスファイアで味方を撃たないように注意しているのだ。


 シェルの速度は限界近くにあり、その状態で放たれる140ミリは超高速だ。

 ティアラはそれを次々と躱しつつ、反撃の機会をうかがっている。


 だが、この時バードは気が付いた。


 ――あれ?


 まだ形にならないごく僅かな違和感。

 しかし、バードの脳の何処かが捉えた違和感は、猛烈な速度で展開されている。

 論理的に組み上げられて、思考の結果が織り上げられた布の様に続く。


 そして、遂にバードは結論に辿り着いた。

 美しく舞い踊るティアラ機の隠された秘密に……だ。


 ――こういう事か!


 遠い日、太陽系のメインベルトで行われた卒業試験で聞いた言葉。

 耳の中に蘇る言葉は、メインベルトの訓練で聞いたエディの声だ。

 次元の違う超高速戦闘を見せつけられ、その中で説明してくれたものだった。


 ―――― 一対複数の戦いではとにかく動き続ける事が大事だ


 ティアラはとにかく動いている。

 とにかく動いて狙いを定めさせない上に、僅かな静止時間を挟んでいた。


 バトコンの照準を司るAIが一瞬だけ考え込むように。

 砲身を制御するアクチュエーターが疲労するように。

 機械だって疲労すれば誤差が出るのだから、それを溜め込ませる為に。


 ――――戦いを決めるのは火力では無い

 ――――機動性だ


 これだ。コレなんだとバードは膝を叩く思いだ。

 ちょこまかと動き続けるティアラは、その努力をし続けていた。

 絶望的に不利な状況だが、奇跡的にターンチェンジする可能性を信じていた。


 ――――運動能力を失った時点でどれ程火力があってもチェックメイトだ


 本当にその通りだ……とバードは溜息をこぼした。

 ティアラ機が行っているのは、極限まで洗練されたタコ踊りだ。

 タコ踊りをしながら奇跡を待っていた。

 諦めずに努力し続ける者の所にしか奇跡は起きないのだから。


 ――だけどさ……


 ティアラが直撃を受けないもう一つの理由。

 そのタコ踊りには、ぱっと見では気が付かない秘密があった。

 猛烈な砲撃を受けるティアラは、弱点を見抜いていたのだ。


 ――味方ごと敵を撃つ様な奴が相手だったら……


 あの時、そう思ったバードの心理がここに蘇ってきた。

 ティアラのパイロットは分かっているのだ。


 我々Bチームのパイロットが仲間を撃たないという事を。

 ウルフライダーとして数々の死線を潜って来た彼女達なら容赦無く撃つだろう。

 だが、ロックとライアンは恋敵という点を差し引いても敵意の欠片すら無い。


 純粋な心で仲間を信じているし大事にしているのだ。

 同じサイボーグとして、同じ境遇を味わう仲間を大切にしている。


 ――割り切りが足りてない……


 そう見抜かれたとおり、ティアラ機はあるポジションを死守していた。

 ロック機とライアン機を一直線に結ぶラインの上だ。

 ここに居る限り、両機とも射撃は慎重に為らざるを得ない。


 味方に当てたくない。

 あいつを撃ちたくない。


 この部分でどうしても慎重に為る分、一瞬の間が開く。

 その隙を突いてティアラ機は逃げているのだ。

 砲火を見て直感で軌道を予測し、考える前に身体が動いている。


 ――本当に凄い……


 ヴェテランが見せる極限まで高められた技量の全てをバードは理解した。

 ただ、理解しただけであって、それが出来るかどうかは別の次元の問題だ。


 しかし、それとは違う部分でバードは気が付いていた。

 ティアラが見せる奇蹟のようなテクニックの致命的な弱点に。

 ロックとライアンを結ぶライン状から僅かでも外れれば、それは死を意味する。


「すいません……」


 無意識にバードはそう呟いた。

 大切な事を教えられたバードは、心からの敬意を持って140ミリを構えた。

 狙うのはごく僅かな範囲でしか無く、距離を詰めていけば絶対に当たるだろう。


「……………………ッ!」


 言葉に出来ない感情が内心にわき起こった。

 悔しさとか憤りとか、そう言った激情の下には、哀しみがあった。

 本質的な表現としては正しくないが、彼女もまた師の一人だと思った。


 そして、バードは真っ直ぐにティアラへと飛んだ。

 これが礼儀だと思ったのだ。若しくは、騎士道精神の発露だ。

 蛮勇だと思った。無鉄砲だとも思った。そして、無謀だ。

 だが、少なくともこれは正々堂々だ。


 遠い遠い昔、馬上の騎士は槍を構え、正対して突撃したという。

 リスクを取らねば槍が届かずに終わるのでこうするしか無い。

 相手を正面から見据えなければ、最大効率で槍が甲冑を貫かない。


 強靱な装甲を持つドラケンを打ち抜こうというのだ。

 真正面から最大効率で打ち抜くには、それが必要だと思った。


『良いわねぇ~ 若いって羨ましいわ そうよ いらっしゃいな ンフフ……』


 匂う女の誘うような言葉。

 だが、それは死へと続く修羅の道だ。


 ――勝負!


 グッと奥歯を噛んで砲を攻撃軸線に沿えた。

 迷いや戸惑いは心の奥底に押し込めた。


 ――勝つ……


 グッと真正面からティアラ機を見つめたバード。

 猪武者と廻りに呼ばれるバードの真骨頂だ。


 刹那、眩い鉄火が幾つも通り過ぎた。ティアラの撃った迎撃砲火だ。

 真っ直ぐに飛ぶだけのバードだが、それらは全て外れた。

 幸運に恵まれただけだが、それすらも今のバードは考慮していない。


 5発か6発の砲弾が通り過ぎ、砲火が止んだ。

 コッチの番だとバードは砲撃を行った。

 キラキラと光るいくつかの砲弾がスーッと延びていった。


 ――当たった……


 ティアラ機の何処かに砲弾が直撃した。

 更に距離を詰めたバードが見たものは、大破しているティアラ機だ。


 右腕部分が肩あたりから完全に破壊されている。

 使ったのは破甲弾系の固い弾頭だが、それは良い仕事をしたらしい。

 右腕廻りの駆動を司るメインモーターが露出し、電源がスパークしていた。


 そして、右脚は膝から下が失われ、左足は股関節部分でオイルが漏れている。

 だが、最大の被害は胴体上部だ。そこには真っ白なリキッドが滲んでいた。


 ――()った……


 コックピットカバーには、大きな凹みが出来ていた。

 エンジンは完全に失火していて、機動力の全てが失われていた。


『やったぜバーディー!』

『おっしゃ! トドメだ!』


 ライアンとロックが狂った様に声を上げた。

 だが、それを全て塗りつぶすようにバードが叫んだ。


『だめ!』


 ティアラ機までの距離がまだまだあるが、バードは減速を開始した。

 ランデブーするにはそれが必要だから、その処置だ。


 逆噴射を掛けティアラ機に接近したバードは迷う事無く肉薄した。

 ティアラが自爆すればそれでお終いだが、何ら迷う事が無かった。


『まだ死なないで!』


 これだけプライドの高い女だ。負けた時点で死を選ぶかも知れない。

 だが、それだけは避けたかった。容赦無く殺すべき万の理由に勝る意志だ。


 ――この人たちは殺しちゃダメなんだ!


 ウルフライダーは隊長軍団と対になった存在だ。

 だから殺してはいけないんだと、バードはそう思っていた。


 コックピットカバーに手を掛け、力尽くでそれを引き剥がした。

 増加装甲そのものであるカバーの下には、ハッチが現れた。


 基本的な構造はオージンも一緒だ。

 バードは戦闘空域という事を忘れ、コックピット外へと飛び出た。

 ティアラ機のハッチに手をかけ、わずかに歪んだハッチを開けた。


 その中には半透明なポリカー製のスクリーンがある。

 バード達が見ている仮想視界なリニアシートをこれで再現していた。


 ただ、そのスクリーンには白い血がべったりと付いていた。

 そして、そのスクリーンを開けたバードは息を呑んだ。


 ――うそでしょ……


 そこに居たティアラのマークを付ける女には左腕と左足が無かった。

 胴体は妙な角度で歪み、頭蓋骨自体も変形していた。


『さぁ…… 殺しなさい』


 ロックの一撃を受けたティアラは、パイロット自体がこんな状態になっていた。

 そして、今度はバードの一撃による衝撃で残っていた右脚が完全に潰れていた。


 宇宙空間に露出した右脚からは、白い血が線状に噴き出ていた。

 慌ててそれを抑えたバードは、ティアラ本人の顔をもう一度見た。

 パンパンに膨らんだ風船のようなヘルメットの中に、その顔があった。


 ……遠い日、火星にあったタイレルの向上で見たあの女だった。


『あなたを連れて帰らないと』

『負けた女は素直に消えるのよ。醜い姿を晒したくないでしょ?』


 ティアラは右頬だけで笑った。顔の左半分が動いてなかった。

 そして……その口も動いてなかった。


 ――どうやって!


 そう驚いたバードがティアラ本人を抱え上げた時、頸椎にケーブルがあった。

 自分たちサイボーグと同じ装備をティアラが持っていた。


『道理で勝てないわけだ……』

『シリウスだって進化するのよ?』

『じゃぁもっと教えてください』

『教える?』


 ヘルメットのバイザーを上げたバードはニコリと笑った。

 そして、静かな口調で言った。

 まだ近接無線は生きていて、ティアラと意思疎通が出来る状態だった。


『あなたに勝とうと思って努力してきたんです。やっと少しだけ手が届きました』


 そんな事を言いつつ、バードはモルヒネ系の鎮痛剤を投与した。

 だが、それを見ていたティアラは片方だけの顔を歪めて笑った。


『私はサンドラ。サンディと呼んでくれれば良い。ただね、もうそれも終わり。私にモルヒネは効かないわよ。常にそれを打ってるからね』


 クククと小さく笑って、そして消え入りそうな声で言った。


『私の人生もここで終わり。良い人生だったわ。最後にあなたの顔を見れたしね』


 サンディの言葉にバードの表情が曇った。

 それは別れの挨拶だと直感したのだ。


 だが同時、サンディの残されていた右腕が動いた。

 そしてその手には、シリウス製の拳銃が握られていた。


『こんな状態の私でもあなたに勝てたのは、50年分の経験がなせる業って事。そして、どんな時にも冷静に勝つ事だけを追求する意味では私の方が随分と上って事を証明できそうね』


 チャッと音がしたような錯覚を覚えたバード。

 バイザーを上げたヘルメットに銃口が密着していた。


『この距離ならサイボーグでも即死かしら?』


 サンディは、ただただ勝ち誇ったように笑っていた。

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