リベンジマッチ<04>
※色々あって公開時間がずれ込みました
~承前
全ての逃げ場を封じられ、バードも一瞬だけは諦めた。
だが、そんなバードの耳に、ドリーのあの言葉が読みがッ他。
――――奇跡は諦めない奴の所にしか来ない
心の何処かにフッと炎が点り、バードの戦意が再点火された。
――まだまだ!
そう。まだだ。まだなんだとバードは気を取り直した。
そしてすぐに迎撃行動を始めるべく姿勢を変えた。
理屈や感情を通り越したところではっきりと思ったのだ。
――負けたくない!
――この女に勝ちたい!
純粋な闘争心の発露として、バードは猛烈な射撃を開始した。
残り少ない砲弾をセーブし、モーターカノンを使った。
速射砲に比べ小口径なだけ初速を稼げる代物だ。
至近距離まで来ていたミサイルと砲弾はチェーンガンの餌食だ。
道具を使い分けると言う事の意味をバードは少しだけ理解した。
――まーだーまーだー!!
次々と爆発したミサイルの火球は目映く光って視界を奪う。
だが、レーダーに連動した接近アラートが危険度を自動判定し視界に表示した。
バードは単にその目標を選び、バトコンが自動でそれを射撃するだけだ。
ミサイルに続き砲弾を迎撃したバードは、その砲弾が二段階である事に驚いた。
――あれ?
絶対罠だよ……とバードは変な確信を持った。
少なくともウルフライダーがこれで終わるとか、そんな親切な存在の訳がない。
次はどんな手を繰り出してくるのか、それを考えつつ距離を詰めた。
そして、それが飛んでもない悪手だと知った。
少なくとも、今まで経験したことの無い攻撃パターンだった。
――うそっ!
ティアラの右手がバード機に向かって延びた。
そこにあるのはモーターカノンだ。
目映いフラッシュが明滅し、バードの仮想視界にゴーストが残った。
それと同時、高速飛翔体警報がコックピットになり響いた。
ミサイルを全方位で放たれたのだ。
視界に残るゴーストのせいでミサイルを捉えきれない。
だが、脳に直接入ってくるデータは、着弾まで10秒程だ。
――自動迎撃!
バトコンにそう宣言したバードは視界の回復を待った。
リフレッシュレートの関係で5秒もすれば視界がクリアになる。
液晶モニターのスミアが消えた先には、あり得ないものがあった。
『こう言う戦い方もあってよ?』
鼻から抜けるようなンフフと言う笑い声が聞こえた。
それと同時、ズンッ!と鈍い一撃がバード機を揺らした。
目の前にいたのはティアラ機本体だった。
伸ばしていた右腕がバードのいるコックピットに密着していた。
ミサイルや砲弾は撃墜する時間稼ぎのために使う。
そして、その間に接近して一撃を加える。
どれ程装甲が厚くとも、APFSDSの前には無意味なのだ。
この至近距離からそれを受ければ即死だろうし、荷電粒子砲なら蒸発する。
密着しているのはモーターカノンだが、その弾体加速は火薬式を凌ぐ。
つまり、嫌がらせでなくば……
――あ……
――むり……
その一瞬で、バードはすべてを諦めた。
周囲にはうち漏らしたミサイルがいた。
ドラケンとて、ミサイルの手持ちは8発か多くて12発だ。
故に、そのミサイルは上手く使うことが要求される。
果たしてティアラはそのミサイルを三段構えで使っていた。
バードが二段階攻撃を仕掛けたので一段多くした。
つまりそれは、バードがミサイルは二段階だと勝手に思い込んだだけだった。
――終わった
この距離ではもはや対処のしようがない。
逃げればモーターカノンで打ち抜かれ、逃げなければミサイルが命中する。
チェックメイトもチェックメイトの状況で、文字通りに殺し間だ。
どうやっても無理という圧倒的な事実を受け入れながら、ただ死を待つだけ。
それがどれ程残酷な事は、今さら言うまでも無い事だろう。
――勝ちたかったな……
もう無理だという諦めがバードの胸のうちに満ちた。
そして、どこで間違ったのかと手順を思い出した。
だが、その耳には暖かな声が届いた。
『バード! 割り込むぜ!』
『せっかくのお楽しみだが俺も参戦だ!』
一瞬、バードは胸が一杯になった。
そして、万感の思いを込めてさけんだ。
『ロック! ライアン!』
『おぅ! ゲームはここからだぜ!!』
バードを目指して飛んでいたミサイルが次々と爆発した。
単機では対応限界を越える飽和攻撃だが、複数機での対応であれば話は変わる。
銃を突きつけ迎撃を封じたはずだが、その範囲外から慮外の一撃を放っていた。
『……随分と興醒めね』
その声が震えているのはすぐにわかった。
サシでの勝負だと思っていたティアラは、唐突にはしごを外された形だ。
ただ、だからといってそれを申し訳無く思う必要など無い。
小さくなる事も無い。ただただ、胸を張って言えば良いだけだ。
ロックはそう確信していた。
『わりーな。けどよ、俺の女に手を出すからよ』
ロックは誰憚ることなくそう言いきった。
その爽やかな覚悟にバードが改めて惚れなおした。
『おぃおぃ! 見せつけんじゃねぇよ!』
『なんだ、妬いてるのかよ』
『うるせぇ!』
バードを追い詰めていたミサイルや砲弾は次々に爆発している。
その正確無比な砲撃は、有利なポジションを占めていたロックの読み勝りだ。
距離の有るところにはライアンがミサイルを叩き込んでいた。
自動制御では無く、場面場面に応じてライアンがコマンドラインを書き直した。
つまり、バードは目の前のティアラにのみ集中すれば良かった。
ありがたい……と、率直にそう思った。
『残念だけと、戦争なんだわ。俺達には』
それが何を指し示す言葉かは言うまでもない。
ロックの言う通り、バードやロックや他の中隊メンバーには純粋に戦争だ。
ワルキューレと隊長軍団の間には、言葉に出来ないあれやこれやがあるはず。
だが、バードにもロックにもそれは関係ない話だ。
それこそ、ただ純粋に勝つだけ。
それだけの事だった。
『出来レースでじゃれ合ってる訳じゃねぇんだよ。俺たちは』
ライアンも遠慮無くそんな言葉を吐いて浴びせた。
全てを出来レースと呼び捨てられたティアラが激昂するようにだ。
『出来レースって――』
ティアラの意識が一瞬だけバードから離れた。
こんな時、すぐさま『罠だ!』と看破出来るのは冷静な場合だけ。
一瞬の激昂は冷静さを消し去り、あの怜悧狡猾な戦い方も霧散した。
『――躾が成ってないわね。今時の若い子は』
精一杯の強がりを吐いてティアラが吠える。
だが、その強がりを吐き終わったときには、自分の状況を客観的に見ていた。
一瞬の隙を突いてバードはティアラの砲身位置をずらしていた。
撃たれれば被弾は避けられない密着状態だが、コックピットは外してある。
そして、逆にバード機のモーターカノンがティアラのコックピットを捉えた。
撃たれれば撃ち返せる。被弾大破は避けられないが、確実に相手を取れる。
『だからせめて、相打ちにしましたよ? さぁどうぞ』
バードは落ち着いた声でそう言った。
それですらもティアラのパイロットが屈辱感を覚える様にしながらだ。
ここまでプライドの高い女なら、そうやって情けを掛けられる事すら恥じる筈。
相手を圧倒し、手も足も出ない状態にして勝ちきる。
それがティアラのパイロットの生き方であり戦い方だとバードは思った。
人生の積み重ねの中で、何をどう経験すればそんなにひねくれるのだろう。
バードは自分自身の身の上を忘れ、そんな事を一瞬だけ思った。
『……小馬鹿にするのだけは一人前なのね?』
震える声が無線に響いた。
純粋培養した様な恥と怒りと憎しみが伝わってくる。
ゾクリとした殺気を感じ、バードは全身のスラスターに種火を入れた。
その直後、ティアラ機の左脚だけが蹴り上げるように振り抜かれた。
――えっ!
咄嗟に半身を躱し、同時にメインエンジンを点火してスラスターを全開にした。
その足の軌道を躱してやらねば、バード機のモーターカノンがやられる。
フワッと距離が離れ、その間をティアラ機の足が通過した。
次の瞬間には『やられた!』と心中で叫んでいた。
密着していた砲身が外され、距離が生まれていた。
――カノン!
――じゃない! ビーム兵器!
シリウス側がビーム兵器を持っているのは周知の事実だ。
パイロットの生還装備を削ってでも武装を積み増すのがシリウス軍だ。
結果、シリウス製シェルの火力は地球製を大きく越えている。
単純火力で言うなら、分隊支援火器レベルの砲戦能力を与えられている。
つまり、至近距離から一対一で撃ち合うなら、地球製シェルは圧倒される。
――ッ!
言葉にならない悲鳴を上げつつ、それを飲み込む努力をしつつ。
バードはデタラメな機動を描いて距離を取るべく飛んでいた。
遠距離であればビーム兵器ですらも中々当たらないものだが、今は違う。
太刀を持って対峙する益荒男ならば一足一刀の間合いなどと言うのだが……
――手を伸ばせば届くよ!
バードは背中を見せる事無く一気に加速した。
すぐさまランダムに軌道を揺らす事は止めた。
ただただ単純に見かけ上のサイズを小さくする事に努めた。
そして同時にティアラ機へモーターカノンを連射していた。
残数カウンターがグルグルと回って減っていくが、気に止めていない。
自分の安全圏を作る為だけにバラ撒くのだ。
――遅い!
暴力的な運動性能を誇るシェルだが、501中隊の装備するオージンは特別だ。
極限まで機体運動能力を向上させたこのオージンは、手懐ける苦労が必要だ。
だが、バードはこの時、隊長たちが言う『反応が遅い』という意味を知った。
――もっと早く!
速力は全てに勝る武器だ。
それは、プロペラで空気をかき混ぜ蒼空を飛んだ戦闘機の時代から不変の定理。
僅か30キロ速いだけで、空中戦では圧倒的に有利となる。
ましてやこの広大な宇宙で三次元運動をするシェルなのだ。
とにかく速く、とにかく敏捷でなければならない。
ピーキーなくらいに反応が良くなくてはならない。
――もうっ!
バードの視界に写っていたティアラ機は、バードの砲弾全てを迎撃し終えた。
そして、その姿にフラワーラインがオーバーレイされた。
――来るっ!
バードは奥歯を噛んで射撃される状況に備えた。
この距離ではラッキーヒットでは無く狙って当てられる距離だ。
速度計の針が35キロを指しているが、僅か10秒少々では意味を成さない。
『おらおらおら! コッチにも居るんだぜ!』
ライアンの声が無線に鳴り響いた。
バードを見ていたティアラ機の横っ面を叩くように、猛烈な射撃が降り注いだ。
そして、その直後に異なる角度からロックの砲撃が降り注ぐ。
『こっちにもな!』
教本に出てくる通りのクロスファイヤーがティアラ機を襲った。
それも、モーターカノンやチェーンガンでは無く、140ミリでだ。
当たれば重装甲なドラケンとて一撃の攻撃だ。
『邪魔をするな!』
ティアラのパイロットが金切り声で叫んだ。
ゾクッとした寒気がバードの背筋を貫いた。
だが、それに負けない声が無線に流れた。
『知るか! クソやかましいんだボケ!』
『なんせ戦争だからよ! 圧倒しねえと意味ねぇんだよ!』
ライアンとロックは容赦無くそんな声を浴びせかけ砲撃を続けた。
ただし、その砲撃はつるべ撃ちになっていてティアラの対処の範囲内だ。
つまり、バードが安全圏へ脱出できる時間を稼ぐ為のもの。
逆に言えば、それを嫌と言うほどティアラが理解しているものだった。
『……一矢報いなきゃいけないのよ』
それは、まさに女の情念と言うが如き声だった。
惚れた男にすら振り向きたくないと言う女の本音が漏れるときの声。
意地を張り、メンツの為に無理を通す為のもの……
『地上にまだ希望を持たせなきゃ…… まだ…… まだっ!』
ティアラ機は一気に加速して、クロスファイヤーの殺し間から脱出した。




