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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
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リベンジマッチ<03>

~承前






 ――やっぱりPTSDの気がある……


 何の根拠も無いことだが、それでもバードは一つの仮説を立てていた。

 前回、ティアラをぶちのめしたロックは、怒り狂ったバーサーカー状態だった。

 金剛夜叉の異名を取る須佐乃男の化身により、大錘の一撃を受けたのだ。


 少なくとも死に掛けたか、さもなくば相当な重傷の筈。

 そこまで無くともまともな状態とは言い難いはずで、無傷はあり得ない。


 万の死線を潜って来たヴェテランなウルフライダーとは言え人間だ。

 死にかける恐怖は絶対にある筈だし、痛い思いを好むアホもなかなか居ない。

 つまり、如何したって強烈な印象が残ってることになる……


 だからこそバードは思った。

 立ち向かい大錘を振り回す者相手では、無意識レベルで忌諱するだろう。

 ヴェテランになればなるほど、無意識レベルで慎重に為るだろう。


 ――今回は手強いですよ?

 ――大センパイ♪


 鉄火の光芒を横目に見ながら、バードは真っ直ぐに突入して行った。

 当れば即死だが、不思議なものでこの手の砲弾はなかなか当らない。

 高機動で高性能なシェルだが、どれ程精密でも作動誤差は出る。


 そして、彼我距離が伸びれば伸びるほど、その作動誤差が大きな差になる。

 砲身制御はサブミクロン単位とて、着弾距離は数十キロを軽く越える。

 百キロ単位の彼方と打ち合うのだから、実際はラッキーヒットレベルだ。


 ――随分と撃ってくるな……


 ティアラ機は接近を嫌がるように弾幕を作っている。

 その光芒がバード機を掠める都度に、バードの仮定は確信に変わっていった。。

 彼女は必死で逃げている。いや、機体自体は双方が真っ向勝負で飛んでいる。

 だが、ティアラの振る舞いは、文字通りに腰砕けな逃げ腰だ。


 ――うん……

 ――そうよね……


 例えどれ程に技量差があっても、戦う以上は直撃を受ける可能性がある。

 そして、双方が必殺の武器を持って戦っているのだ。


 バードがそうであるように、ティアラだって感じている。

 死にたくはないし、勝ちたい。勝って生き残りたい。

 それはもはや理屈ではなく、生物が生まれつき備える本能だ。


 ――そうだよね……


 バードは不思議な連帯感を覚えた。

 つまり、不遜にもバードは互角だと思ったのだ。


『さぁ勝負よ? ブリキのお人形さん』


 語尾の浮いたその言葉は、バードをして失笑せざるを得ないものだった。

 つまり、ティアラは自分の内心を赤裸々に語った様なものだからだ。


 言葉巧みに相手を激昂させ、冷静な判断を奪わせる。

 逆に言えば、それをしなければならないほど追い詰められている。


『……望むところよ!』


 バードは元気よくそう返答した。

 技量で勝てないなら、せめて迫力とテンションで圧倒する。

 勝ち負けは時の運なのだから、その運を引き寄せたいのだ。


『あらあら…… 懲りないお嬢さんねぇ』


 それは苦し紛れの言葉だすぐにわかった。声が震えていたのだ。

 ……と、なれば。バードは精神的にも有利なポジションだ。


 人が人と戦う以上、どんなに理屈を捏ねたところで、最後は気の満ちようだ。

 意気軒昂に充実した精神は、肉体の不利不調をカバーしてくれるのだ。


 ――せいぜい吠えてろ……


 バードの中の攻撃的な人格が姿を表した。

 目映い鉄火の閃光が飛び交うなか、バードは機をゆっくりと変針させた。

 ラッキーヒットに当たる可能性を無視し、大きなRを描き横腹を見せたのだ。


 それは、敵から見た見かけ上の大きさを増やす行為に他ならない。

 だが、遠巻きに進路を取ったように見せるそれは、相手を小馬鹿にしてもいる。

 どうせ当たらない。どうせ当てられない。お前なんかその程度だ……と嘲笑う。


『へぇ……』


 ティアラの声に剣呑な空気が混じった。

 釣れた!或いは、引っ掛かった!とバードは思った。


 ティアラも大きなRを描いて旋回している。

 双方が距離をとった形だが、バードは再び変針した。

 ただし、今回はかなりの急旋回だ。


  ――フヒヒ


 変な笑いをこぼし、バードは再びティアラ機を目指して突入した。

 ただ。その突入は不規則なスパイラル軌道だ。


 制御せねばならないファクターが増える分だけ、高度な軌道制御と言える。

 しかし、その効果は絶大で、バリバリと撃ってきている射撃は掠りもしない。

 攻撃していて当たらないなら、それはやたらに焦るシーンだ。


 しかも一気に接近しているのだから始末に悪い。

 無理をして続行する攻撃は、限りある砲弾を無駄遣いする。

 本来ならば確実に当てられる距離まで迫るのが基本だが……


 ――焦ってるね


 ティアラ機パイロットが見せる醜態をバードは嗤う。

 ただ、心の何処かではそれが演技の可能性を考慮していた。


 気を抜いていいのは敵を完全に撃破した時だけ。

 その原則を忘れた時、油断はあの世への片道切符に化ける。


 スパイラル軌道の曲率を不規則に変化させ、バードは接近した。

 そして、応射するティアラ機の砲撃が続く中、カクンと曲がった。


 それは、おそらくティアラが最も嫌がること。

 真っ直ぐに突入し、急接近を試みたのだ。


 ――勝負!


 バードの目に狂気の色が浮かぶ。

 彼我距離をしめすインジケーターが一気に数を減らす。

 そして同時に、ティアラの軌道が大きくぶれた。


 ――行ける!


 心の奥底に沸き起こったその歓喜は、すぐに噛み潰して飲み込んだ。

 侮って勝てる相手じゃ無い事を忘れてはならないのだ。


「弾倉交換!」


 バトコンにそれを命じたバードは、視線制御で弾種を変更した。

 長距離砲撃戦で使う瞬発榴弾では無く、固い相手を撃破する破甲弾だ。

 しかもそれは、自己鍛造を行う強靱な弾頭そのもの。


 運動エネルギーが熱に変換され蒸発しないようにした飛びきりの代物だ。

 少なくともユゴニオ弾性限界による液体化は回避出来る筈。

 開発部の執念が生み出したその弾頭は、着弾角度さえ間違わねば貫通できる。


 ――さぁ……


 奥歯をグッと噛みしめ、バードは視界の中のターゲットインジケーターを見た。

 軌道限界線をオーバーレイさせたティアラが近づいてくる。

 オージンもまるでロケットのように真っ直ぐ飛んでいる。


 小手先で誤魔化すような事はしない。

 必殺の砲弾を当てる為には、自分が安定しなければならない。

 相手からも当てられる危険が増えるが、それを承知の振る舞いだ。


 ……向こうだって意味を理解しうるはず


 バードはそんな事を確信していた。

 僅かでも精神的に優位に立つ方が有利なのだ。

 本当に命を賭けたチキンレース状態なのだった。


『……しばらく見ない間に、良いパイロットになったわね』


 無線の中にティアラの声が響いた。一瞬だけ『えっ?』と油断した。

 そして、その次の一瞬で全ての可能性を考慮した。

 押してもダメなら引いてみな?と、そう振る舞った可能性があった。


 ――うそっ!


 コンマ1秒に満たない油断だった。

 だが、その刹那の間に主導権がひっくり返された。

 バードの集中力が邪魔され、カミソリの刃を渡っていた機動制御が乱れた。


 ――しまった!


 それは、相手にもすぐにわかる狼狽だった筈だ。

 無様な振る舞いはしまいと思っていたが、もう全て手遅れだった。


 ――仕方が無いか……


 僅かに機動制御が甘くなり、一直線に飛んでいたはずが微妙に蛇行動していた。

 ただ、万事塞翁が馬の故事通り、それはバードにとってラッキーだった。


『ッア!』


 苦し紛れの言葉を漏らしたバードは、反射レベルで目を閉じてしまった。

 機体のすぐ横をティアラの放った砲弾が通過した。

 その相対速度から言えば、視界に入った時点で手遅れのものだ。


 だが、偶然と言うには出来過ぎの状態でバードはそれを躱した。


『やるじゃないの……』


 声音がガラリと変わった。

 それまでの恐怖を噛み殺すような声では無い。

 場数を踏んだ老練な女の放つ傲岸な声だった。


『今日はツいてるからね』

『幸運は2度来ない事を教えて上げようかしらね』

『じゃぁ、言い直しますね』


 無線の中にフッと鼻で笑うような声を流し、バードは言った。


『ギリギリ躱すフリも楽じゃ無いですね』


 真っ直ぐに飛んでいたバードは、なんの根拠も無いが機をスピンさせた。

 錐揉みのようにグルグルとスピンさせつつドリルのように迫った。

 そこへ幾多の砲弾が降り注ぐのだが、その全てを躱していた。


 ――本当にツいてる!


 ありえない生唾を飲み込み、バードは震え掛けた手を握りしめた。

 ふざけんな……と、自分の手を拍手させて戦わせた。


 ――コッチの番よ!


 狙ったのはティアラ機を中心にして、極僅かにずれた所へ5発。

 ど真ん中には撃たないで、至近距離を掠るように狙った。

 それは、おそらくティアラが躱すと言う読みだった。


 バードと同じように、砲弾を躱さないと気が済まない……と。

 ヴェテランの矜持としてではなく、純粋な対抗心としてそうするはず。

 断片的に耳に届く声を思えば、相当なプライドの塊だと思ったのだ。


 ――うそ……


 その読みが何を招いたのかは、視界の中の光景が全てだった。

 ティアラ機の何処かは分からないが、幾多のリキッドや破片が飛び散った。


 ――当たった?

 ――ウソでしょ……


 バード自身が信じられなかった見事な一撃。

 掠るように狙った砲弾は一発が直撃し、それで姿勢制御を乱したらしい。

 直後に機体の姿勢が乱れたところへもう一発当たった。


 何処かのスラスターエンジンが吹っ飛び、リキッドが弾けた。

 そして、ティアラ機の何処かにあった何かが弾け飛んだ。


『グッ……』


 低く呻くような声が聞こえた。

 それを聞きながら、コックピットの中でグッと握り拳を作ったバード。


 やった!と。或いは、しめたっ!と。

 狙いがズッポシはまった状態に満足を覚えた。


 ――チェックメイト!


 有効な反撃はあり得ない。ならば、とどめを刺すべきだ。

 ウルフライダーが敗れるところを地上にバラ撒いて、継戦意欲をへし折る。

 この戦いの目的はそれで、得られるべき戦略的な到達点はそこだ。


 バードは再び速射砲を構えた。狙うはティアラ機のコックピットだ。

 そして、そこには一切の慈悲や許容が無い状態だった。

 確実に敵を屠る事。ウルフライダーを葬り去る事。

 バードの思った到達点は、死の影から逃れられない状態なのだった。


 だが……


 ――えっ?


 どこまでも素直な言葉が漏れた。

 バードの視界に写るのは、死神の鎌そのものだった。


 ティアラは放射状にミサイルを放った。そして、同時に砲弾をバラ撒いた。

 バードが行った戦闘行為そのものだったが、それより数段洗練されていた。

 モーションサンプリングかと思ったそれは、ティアラの反撃そのものだった。


 バードの機は機動余地の全てを失い、負けを受け入れるより他なかった。

 直撃をもらうか、問答無用で撃破されるかのどちらかに陥ったのだ。


 ――うそっ!


 放射状に広がったミサイルの軌道は、自機の戦略的な機動余地をゼロにした。

 どこへ逃げても確実に直撃をもらう状態で、リカバリーは不可能だ。


 ――チェックメイト……


 それはバードがイメージしていた人生の終点だった。

 いかなる活動を持ってしても逃れられない終点の到来。


 いわゆるデッドエンド(行き止まり)の道そのもの。

 ティアラの放った鬼手は、バードの生存を一切ゆるさなかった。


 ――終わった……


 ただただ、バードはそう思っていた。

 機動力を奪ったと思っていたバードだが、ティアラは戦闘を続行した。

 そして、手持ちの戦力全てを動員し、明確な反撃を見せてきた。


 放射状にミサイルを放ち、そのミサイルは数段構成に仕組まれていた。

 その隙間を縫うように速射砲の砲弾が放たれ、バードは逃げ場を失った。


 当たって死ぬか、追い詰められて死ぬかのどちらかだ。

 逃れる術が無いと確信したバードは、もはやコレまでと思うしか無かった。


 やはりウルフライダーは手強い……と、そう痛感するのだった。

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