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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
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リベンジマッチ<01>

~承前






『なんか呆気なくねぇ?』


 ジャクソンの抜けた声が響く。

 最初のすれ違いで8機全てを撃破したBチームは、大きくRを描いて旋回した。


『油断させる役割だったかも知れないからな。注意するべきだと思う』


 心理的な隙間の発生を警戒するビルは、そんな言葉で注意を呼びかけた。

 ただ、レーダーに帰ってくるエコーは何処にも無い。

 いま鉄火を散らし戦っているのは隊長軍団とウルフライダーだ。


 ――地上からも見られてるはず……


 ふと、バードの心に炎が灯った。

 それは、どうやっても消せない激情の炎だった。


 リベンジ……


 あのティアラのマークを付けたウルフライダーと再戦する。

 周知と屈辱にまみれた日から幾星霜、バードはそれを望んだのだ。


 だが……

 

『さて……』

『どうやって割って入ったもんかな』


 ペイトンとスミスが唸るように言った。

 皆の眼前に広がるそれは、常識では理解し難い光景だ。


『これ……無理だろ』


 決して技量的に劣っているわけでは無いダニーがそう呟く。

 それほどに常識外れな戦闘だった。


『……シェルってあんな動きも出来るんだな』


 ロックの漏らした言葉は、2on3でやり合うシーンだ。

 楽器トリオと呼ばれるウルフライダーにリーナーとウッディの両大佐が挑む。

 いや、挑むと言うのは表現的に正しくない。


 実態は、2機のシェルが3機のシェルを圧倒していた。

 なんとなくだが、それでもバードは思った。


 ――なんか動きが悪い……


 この時、バードは自分の技量が向上していた事をすっかり忘れていた。

 目と頭がその動きの全てをトレースし、そしてそれに気が付いた。

 ウルフライダーと呼ばれるシリウス側の切り札は、何も特別な事をしていない。


 その戦闘は、極限まで基本に忠実な、文字通りに教科書のような乗り方だ。

 但し、その基本中の基本は、一切無駄の無い異次元のスムースさだった。

 思考と機体の制御が完全にシンクロした、サイボーグ以上の存在だ。


『生命の神秘って奴だぜ』


 ライアンはアカデミックな表現でそれを賞賛した。

 シェルを自分の身体そのものに出来るサイボーグをして、嫉妬する次元だ。


『見てるばかりじゃ拙いんじゃ無い?』


 感心している男達のケツを蹴り上げるようにバードは言った。

 事実、ウルフライダーにも手落ち無沙汰が居た。


 テッド大佐はヴァルター大佐とロナルド大佐の二人と共にベルへと挑んでいる。

 鳴り響く鐘のマークを背負ったバーニー大将は、二人のお供を連れていた。

 ツインソードことサミールとブラックウィドウのリディア大佐だ。


 そしてジャン大佐はステンマルク大佐、オーリス大佐と共に飛んでいる。

 その相手はガンズアンドローゼズと共に飛ぶ2機を相手にしていた。

 ワイングラスのマークと、そして、ハイヒールと口紅だ。


『逢いたかったぜハニー! 10光年を越えてきた』

『私もよダーリン! 愛してる!』

『まだそう言ってくれるのかいマイスィート!』


 この声がテッド大佐のお姉さんかとバードは思った。

 そして、ジャン大佐との会話を不思議な感覚で聞いていた。

 まるで夫婦だと思ったのだ。


『ちょっと! 夫婦漫才やってる場合じゃ無いでしょ!』

『そうよ! 首に縄付けて旦那を連れて帰りな!』


 威勢の良い声が響き、それがワイングラスやルージュだと気が付く。

 だが同時に、ステンマルク大佐の声が響いていた。


『そりゃコッチの台詞だぜ!』

『太陽系へ連れて帰れば自由だぜ?』


 この聞いた事が無い声はオーリス大佐か……

 そんな事を思っていたバードだが、無意識に目は戦域の外を見ていた。

 そして、はと気が付けば、遠目に見ているシェルを見つけていた。


 青く塗られた鳥のマーク。長く尾を引いた流星のマーク。

 そして、煌びやかなティアラのマークだ。


 ――いた……


『ロック! ライアン! 手伝って!』


 エンジンを絞っていたバードは、一気に推力を全開にした。

 一瞬だけ何が起きたのかを理解しそびれたロックとライアンだが……


『ちょっと待てバード!』

『フォーメーションだ!』


 ロックとライアンはやや遅れてエンジンの推力を上げた。

 機動力を増した訳では無いが、オージンだって日々進化している。

 G35シリーズの内部制御が向上した分を加味すれば、大幅な進化だ。


『……あらあら』


 無線の中に聞き覚えのある声が聞こえた。

 一瞬だけドス黒い感情がバードの心中にわき起こった。


『ここで逢ったが百年目……ってね』


 ティアラのマークを付けたシェルは一気に加速を開始した。

 残っていたブルーバードやコメットを置き去りにする勢いだ。


『あの子たちは引き受けるわよ? 良くて?』


 それはティアラのマークを付けるサンドラという女の声。

 サンディと仲間に呼ばれる彼女は何処かの王族のなれの果てなんだとか。


 ただ、そんな知識など今はどうでも良い。

 ここで重要なのは、リベンジの機会が訪れたと言う事だ。


『今日は遊びじゃ無いわよ?』

『分かってる。今日は遊びは……無しね』


 その言葉には、氷の棘が隠されているとバードは思った。

 だが、それと同時に上等だと心が沸騰しかけていた。


『……バード。サシでやるか?』


 ロックの声が沈んだ。居合抜きで相手を真っ二つに斬るような声だ。

 抑揚を押さえ、風に舞う木の葉のようにフワリと流れていく言葉。

 ただ、その中に含まれる凍てついた冬風の如き殺意をヒリヒリと感じる。


 ロックもロックで腹に据えかねていたのだ……

 それに気が付いたバードは、ここのウチに暖かな灯火が点るのを感じた。


『うん。お願い。あの人に勝ちたい』

『オーケイオーケイ! 分かった分かった! 後ろは心配するな。任せろ』


 ロックでは無くライアンがそう叫び、同時に速射砲を攻撃軸線に沿えた。

 そして、発火電源を入れると同時、砲が目を覚ましたように震えた。


 ――よしっ……


 グッと気を入れたバードの視界にバトコンのメッセージがポップアップした。

 ティアラから目を切りたくなかったが、一瞬だけそっちへと目をやる。

 視界の片隅に[All GREEN]と[GO! BEAT!]が浮いていた。


 ――All GREEN(全兵装問題なし)

 ――|GO! BEAT!《さぁ! ぶちのめそう!》


 シェルのサブコンとバトコンはただのAIな筈。

 だが、今このコンピューターはバードの心に応えている。


 ニンマリと笑い再びティアラを睨み付けたバード。

 戦闘準備を整えたシェルの中、バードはこれを人類最高の工業製品だと思った。


 ――いけっ!


 最初に放ったのは高機動ミサイルだ。

 時間差を置いて散開状に広げて放ったミサイルは、それぞれが独立したAI。

 ただし、そのAIたちは高速通信を行いながら群れを作って攻撃に当たる。


 ――2層2段突撃

 ――複数パターンでのランダム軌道


 そう指示を与えたバードの意志を酌み取り、ミサイルはそれぞれが行動する。

 螺旋状の軌道を取るモノや、直線的な多角形旋回軌道を取るモノなどだ。


 量子コンピューターの登場によりパターン解析が楽になった訳では無い。

 その行動を計画し実行する側も量子コンピューターなのだ。

 狸と狢の化かし合いが、より高レベルになったに過ぎない。


『……へぇ こりゃ驚いた』


 女の声が無線に流れる。

 それは、かつてバードを散々といたぶった女の声だ。

 声音からしてサディストの気配が漏れるのだが……


『いつの間にか上手くなったじゃない』


 幼子を褒めるような言葉が漏れ、バードの内心が一瞬熱くなった。

 だが、それも一瞬だった。地獄のような特訓がバードを鍛えていた。


 ――減らず口を黙らせよう……


 バードはミサイルの軌道制御に介入し、後衛となるミサイルに直進を指示した。

 そして、それと同時に140ミリを構えて狙いを定める。

 距離はまだ4桁にほど近い距離だが、宇宙では相手が見えるのだ。


 ――よし……


 相対するように飛んでいる以上、30秒程度で接触する筈だ。

 この場合、どこへどう弾をバラ撒くかはセンスと勘でしかない。

 ただ、そうは言っても物理的な限界はある。


 フラワーラインを越える旋回は出来ないし、急激な姿勢変化は御法度だ。

 如何なる乗り物であろうとも、一直線に加速する姿勢が一番安定する。

 その対極はベクトルを捻じ曲げる旋回中で、そこでの不調法は死に直結する。


 ――ここっ!


 この射撃は当てる為ではない。だが、当れば痛いではすまない一撃。

 大気の揺らぎが無い状態では、レンズの解像限界まで距離に関わらず見える。

 その状態で狙いをつけたバードは時間差をつけてティアラの周囲に打ち込んだ。

 向こうからレーダーで見える状態はつまり、相手の機動空間を削る行為だった。


 ――よしよっ!


 ミサイルに一段遅れて一直線に飛んで行く140ミリ砲弾。

 だが、初速の違いで砲弾がミサイルを追い越す。

 この場合、コックピットのFCP(射撃指揮図)が一瞬状況を把握しきれない。


 そしてそれは人間の理解限界を超える事態でもある。

 ミリ秒単位で更新されるFCPモニターだが、パッと見では理解出来ないのだ。


 ――これでどうだろう……


 ウルフライダーのシェルは戦闘機のコックピットと変わらないらしい。

 神経接続を可能とするサイボーグと違い、モニターとスティックとペダルだ。

 だからこそ、その心理的な隙間を作る為にバードはこの手を打った。だが……


『この手も懐かしいわね』


 ウフフと上品な笑いがこぼれ、バードは一瞬だけ素の顔になる。

 なぜなら、バードの放った砲弾やミサイルの全てが迎撃されたからだ。


 ――なるほどね……


 何時ぞや見たテッド隊長達の見せる極限の一発芸。

 飛んでくる砲弾やミサイルなどの全てを撃墜する技は、コレだった。

 多段式に構築された機動猶予を削る一撃は、コレにより全て防がれるのだ。


 ――でもね


 そう。バードもコレは読んでいた。

 と言うか、ウルフライダーならばコレくらいは出来て当たり前だろう。

 機動猶予を削りあう戦いでは、コレが出来ねば被弾撃墜一直線だ。


 だからこそ、バードは2段式にミサイルを制御していた。

 そしてその2段目のミサイルが突入段階に入った。

 2段目となるミサイルは長射程な2段燃焼式ミサイルだ。


 その2段目を無線発火で燃焼させると、速度が一気に増して飛ぶのだった。

 ミサイルをレーダーで把握しているだろうが、まさか加速するとは思うまい。

 しかもここで一気に加速するのだが、ご丁寧にランダムでの再加速だ。


 ――そしてこれよ!


 グッと距離が詰まった状態で再び140ミリを構える。

 二つ目のマガジンに交換した速射砲には、榴弾を摘めてあった。


 ――こっちはマジックヒューズ(近接作動信管)よ!


 当てるつもりの無い砲撃だが、それでもバードは同じ軌道で2発ずつ撃つ。

 ティアラが迎撃するのを織り込み、やや時間を空けての二発だ。

 迎撃すれば爆発するが、先頭を潰しても2段目がそこを突き抜け飛んで行く。


 ――おねがい……


 贅沢は言わない。一瞬で良い。1秒無くとも良いのだ。

 コンマ5秒。いや、その半分のコンマ25秒。

 いやいや、ウルフライダー相手では、それでも贅沢だ。


 ミリ秒単位で良いから、心に隙間を作って欲しい。

 ほんの一瞬さえこっちが主導権を握れれば倒せる。


 ――それだけあれば十分だから……


 バードなりの読みがそこにはあった。

 幾度も繰り返してきた隊長たちとの戦いの中で気が付いた事。

 それは、妙な紳士協定的了解が彼我間に存在すると言う事。


 出来レースと誹られても、ここでは撃たない。ここは攻撃しない。

 ここでは手を出さないという、決定的に不利な場面を突いた攻撃。

 そう言う()()()()()だ。

 

 ――まともにやり合っても勝てるってプライドよね……


 共にトンでも無い戦場を歩んできた者同士、正々堂々勝ちたい。

 騎士道的な妙なこだわりが隊長軍団には見え隠れした。


 そして恐らくは、ウルフライダーにもそれがある。

 いい女の条件と言われる様な、そう言う部分での奥ゆかしさなのだろう。


 そこを突いて勝つしか無い。

 技量も経験も劣るバードにしてみれば、それでしか勝つ術が無かった。

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