表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
243/358

死線を越えて<後編>

~承前






『解ってると思うが俺たちは全員参加だ――』


 チーム無線の中に流れるドリーの言葉。

 それを聞いていたバードは、身体中が粟立つ様な感覚だった。


『――訓練の成果を見せる時が来たようだ』


 その為にトンでも無い訓練を積み重ねてきた。

 太陽系でもシリウス系でも、場所を問わずに酷い訓練だった。


 だが、積み重ねた努力は裏切らないはずだと信じた。

 いきなりあのレベルにはなれないのだから、一つ一つ努力するしか無い。


 ――よし……

 ――いこう……


 コックピットに突き出るバーグリップを握りしめ、バードは戦域を見た。

 幾多の光がキラキラと溢れる空間に精神が昂ぶって行くのを感じた。


『……と言いたいところだが、最後は運がモノを言うだろう。ただ、俺たちはその為に準備してきた筈だ。負けた時の言い訳になるモノを一つ一つ潰してきた』


 ドリーの言葉は終っていなかった。

 出鼻を挫かれたような気にもなるのだが、黙って聞くのも義務だ。


『その上ではっきり言う。勝負は時の運だし、奇跡でも起きなきゃ勝てそうに無い相手だってのは俺だって解ってる。誰もがテッド隊長たちの境地へ行ける訳じゃないんだ』


 ――そのとおりだ……


 あの昂ぶりがフッと消えた。

 僅かに不安そうな表情を浮かべ、バードはドリー機を見ていた。


『だが、奇跡は諦めない奴の所にしか来ないんだ。準備万端整えて、その上で諦めずにやって来た俺たちは強くなった。それを試そう。最後まで諦めないで、精一杯やろう。良いな!』


 ドリーの言葉が熱い……

 まるで熱湯のシャワーだとバードは思った。


 こんな言葉を吐けるのか。何時も笑みを絶やさない男なのに。

 こんな激励を行なえるのか。何時も冷静な優男なのに。


 ドリーも間違いなくテッド大佐の育てた弟子だ。

 それをバードは確信した。


 そして……


『ヴァシリ。アーネスト。聞こえるか』


 二人揃ってハイと返事を返した相手はテッド大佐だ。

 一瞬だけ心がフワッと熱を持ったバードだが、冷静さはすぐに帰ってきた。

 グングンと速度に乗ってやって来た大佐は、やはりドラケンで出撃だった。


『このエリアに残ってフォローに回れ』

『……あの』『フォローとは?』


 大佐の声に質問を返したふたり。

 テッド大佐は落ち着いた口調で返答した。


『戦域で被弾し脱出するときは身ひとつになる。それを拾え。良いな?』


 同じようにハイと返答し、ヴァシリとアーネストは編隊を離れた。

 それに続き、テッドはアナたち3人組を呼んだ。


『アナスタシア。ヴィクティス。ダハブ。お前たちは逆サイドだ。良いな?』


 3人が同じようにイエッサーの返答を返し、大きくRを描いて旋回していった。

 広大な宇宙に布陣するBチームの新人組だが、バードは一人ニヤリと笑った。


 ――わたし……

 ――もう新人じゃ無いんだね


 その現実にニンマリと笑みを浮かべる。

 もはや足手まといなフィッシュ(新人)ではない。


 チームの戦力として数に入っているという事実が心を昂ぶらせた。

 あの昂ぶりが一気に帰ってきて、心の中が沸騰しているようだ。


『さて……やるか』

『いよいよだな』


 ――テッド大佐とヴァルター大佐の声だ……


 無線の中に流れる声は落ち着き払っていた。

 そして、その声は無駄に昂ぶっている自分が恥かしくなるものだった。


『ドッドが居ないってのは……変なもんだな』

『ディージョの兄貴もいねぇっすよ』

『おいおい』

『いきなり50も若返ったか?』

『素っす』


 どれが誰の声だかと、一瞬だけバードは混乱した。

 ただ、少なくともこの声たちの中にテッドとヴァルターの2人がいる。

 そして、恐らくはロナルド大佐とジャン大佐の2人だろうとバードは思った。


『それだけじゃない。エディを始めアレックスとアリョーシャも居ない』


 この声の主はすぐに解った。Aチームへ行ったリーナーだ。

 こっちが正体の方かとも思うのだが、少なくとも全員がやる気だった。


『向こうは18機だぜ……』

『程よい数だな』


 こっちの声はステンマルク大佐だ。

 そして、もう一つの声はオーリス大佐だろう。


 ――ステンマルク大佐

 ――オーリス大佐

 ――テッド大佐

 ――ヴァルター大佐

 ――ロナルド大佐

 ――ジャン大佐

 ――リーナー大佐

 ――ウッディ大佐

 ――8人だ……


 指を折って数えたバードは、背筋にゾクリと寒気を感じた。

 エディ大将を頂点とする501中隊の首脳陣が3人抜けている。

 そして、その抜けた3人の戦闘力は計り知れない。


 フォローに回るのではなく主力としてやりあわねばならない。

 その為にBチームが残されて……


 ――あっ……


 視界に浮かぶ隊長軍団が、全員がドラケンで出撃していた。

 黒い炎の描かれた機体はテッド大佐だとすぐに解る。

 それ以外の機体はすぐには認識出来ない。


 たが、そんな隊長軍団の8機とBチーム9機の他にまだ参加機が居た。


『帰って良いぞミシュリーヌ』

『隊長、冗談でしょ?』

『馬鹿言え。それに今の隊長はお前だ』

『じゃぁ問題ないでしょ。だって隊長は残れって言ったじゃない』

『まぁ……そうだが』


 ――あ……


 あのFチームを預けられたらしいミシュリーヌが居る。

 そして、ヴァルター大佐と掛け合い漫才に興じている。

 ただ、その空気は掛け合い漫才と言うより……


『それに、旦那が他の女に色目使うのを黙って見てられるほど大人じゃないし』


 ――むしろ夫婦漫才だ……


 ミシュリーヌはヴァルター大佐と出来てるのかとバードは驚いた。

 ただ、サイボーグだって恋はするのだ。現に自分だって……


『おぃバード』

『なに?』

『今回は無茶するなよ?』

『……うん』


 ミシュリーヌに比べ、やや初々しい反応を返したバード。

 もちろんその言葉は全員が聞いていた。


『ドリー。Bチーム全員もだ』


 テッド大佐はいつもに比べ真剣味をグッと増した声で言った。

 その声音だけでバードの胸が高鳴ったほどだ。


『雑魚は任せる』

『イエッサー!』


 その指示の言葉こそが、決戦の火蓋を切る鏑矢だった。

 戦闘速力に入っていた黒い炎のドラケンが急旋回を決めた。

 その右にはヴァルター機がいて、左手にはロナルド機がいた。


『ロニー! ヴァルター! 行くぞ!』

『オッケーっす!』『よっしゃよっしゃ!』


 常識外れの急旋回を決めた3機は、真っ直ぐにウルフライダーへと切り込んだ。


 試合開始のホイッスルがあるわけじゃない。号砲が鳴り響くわけでもない。

 ただただ、何気なくハンドルを切って曲がって行く車の様に……


 ――始まった……


 バードは視界を戦闘モードへと変えた。

 AIによる危険度判定をオーバーレイさせたものだ。

 視界の中の全域に様々な情報が表示されるが、意識を向けた辺りは開ける。


 大きなRを描いている中から分離した3機は、文字通り一直線に飛んだ。

 一切の脇目を振らずに進むその姿は、まるでロケットロードだと思った。


『さて、こっちも行こうぜ!』

『おうさ!』『ジャンのお膳立てだ』


 この声はジャン大佐だとバードは気が付く。

 ゆっくり旋回しつつあったジャン大佐のシェルは、バードと同じ装備だ。

 その直後にはステンマルク大佐とオーリス大佐が付いていて、やはり速射砲だ。


 ――誰も荷電粒子砲を装備していない……


 その理由を思ったバードは、ふと気が付いた。

 刹那的な生き方をしてきたと言う訳ではないが、少なくとも運任せではあった。

 そんな大佐たちは、少々じゃ撃墜されないと言う自身があるのだろう。


 それに、140ミリの砲弾はレーダーで把握できる。

 だが、荷電粒子砲のエネルギービュレットはほぼ光速だ。

 流れ弾は当る方が悪いとか、そんな事を真顔で言う人達だが……


 ――なるほどね


 躱す自信があるからこそ、大佐たちは140ミリを装備している。

 そして、周辺で待機しろと命じられた5人は荷電粒子砲装備だ。

 改めて()()()()()と言う言葉が頭をよぎった。


『さて、俺たちは何処を叩くか』

『そりゃフォローに回った方が良いですよ、中尉殿』


 おどけた調子で言うウッディ隊長の声が笑っている。

 もちろん、リーナーの声も笑っていた。

 幾多の死線を乗り越えてきた若者時代へと隊長たちが帰っていた。


『……そうだな。じゃぁ行くぞ!ビビッて小便漏らすなよ!』


 垂直側へ機体を捻って3次元的な変針を取ったリーナー。

 その直後をウッディ隊長機が続く。

 それを目で追いながら、バードはシリウス側の動きを確かめた。


『へぇ……』


 スミスがボソッとぼやいたのは理由があった。

 まるで巨大な手が広げられるように、シリウスのシェルが広がった。

 大きく展開したのはウルフライダーのサポートシェルらしい。


 バーニー大将は殆どの飛行隊を船へと帰したはず。

 だが、ウルフライダー以外のシェルもまだ戦域に残っていた。


『ペイトン! ライアン! ダニー! ロック! バード! 前衛だ』


 ドリーが出した指示は視界の中に黄色い先で示された。

 広げられたシリウスの手を交差するように、それぞれの機の進路が示された。


『ジャック! スミス! ビル! 俺に並んでそれぞれの谷に付け!』


 先行する5機が楔上のラインを作った。その線の先端はペイトン機だった。

 そして、その5つの突端から一段下がったところに4機が付いた。

 巨大なジグザグの戦列が形成され、突撃体制に入った。


 トンでもない速度ですれ違いながら、相手の可動域を削って行く戦闘。

 今まで何度も繰り返してきた訓練の中で、バードは3次元運動の勘を磨いた。

 何度も弱音を吐き、その都度にテッド大佐やエディ大将に言われてきた。


 ――――良いパイロットは訓練と実戦の両輪で磨かれる


 積み重ねてきた訓練は自分を裏切らない。

 そう言われてきたバードの目は、戦域の全てを捕らえていた。


 ――見える……


 それは自分でも説明の出来ない感覚だった。

 どこに敵が居て、どこに味方が居るのか。

 その全てがまるでボードゲームを見るように把握できた。


コンタクト(接触)!』


 散開するシリウスシェルとの遭遇まであと5秒。

 ライアンが大声で叫び、バードは無意識にチェーンガンをキックオフした。

 一瞬だけ眩い光が漏れるが、同時にシリウス側からの砲弾が降り注いだ。


 ――速射砲!


 シェルのバトルコンピューターが僅かずつ軌道を自動修正する。

 砲弾と砲弾の隙間を縫ってシェルが蛇行する。


 ――ステアリングエンジンの燃料!


 ハッと気が付いたバードは、その動きに介入して大きく軌道を曲げた。

 背中のメインエンジンを使い、狭い範囲だが螺旋状に飛んだ。

 視界に捉えられたシリウスシェルが8機ほどで、全てが横一線に並んでいる。


『前衛は牽制! 後衛で叩く!』


 一瞬のすれ違いで全てを終らせると、ドリーの言葉にはそれが滲んだ。

 元よりその心算だとバードは狙いを絞った。それは簡単な仕事だ。

 横へ逃げられないように逃げ道を塞ぐだけだ。


『おぉぉぉぉぉぉ!!!』


 ロックが突然咆哮した。それと同時、ロック機が大錘を構えた。

 秒速20キロを越えるシェル同士がすれ違う刹那、鉄火が散った。

 幾多の砲弾をばら撒いたバードの牽制射撃をシリウス機が躱す。


 その時点で機動的に余裕のなくなったシリウスシェルはチェックメイトだ。

 ロックの振りぬいた大錘の一撃を受け、木っ端微塵に砕け散った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ