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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
242/358

死線を越えて<中編>

~承前






 それは、文字通り一瞬の空白だったのかも知れない。

 バードの心はほんの僅かの間だけ、ここでは無い何処かにあった。

 走馬燈と言う様に、1秒に満たない僅かな間だけ、思い出に浸った。


『……仇は取ってやらねぇとな』


 ジャクソンの声が静かに流れ、バードの心は身体へ帰ってきた。

 同じサイボーグだからね……と、なんとなく同意した。


 だが、その直後にそれを言ったのがジャクソンだという事に気が付いた。

 そして、いつも陽気で脳天気な典型的アメリカ人が見せたやる気にも。


 ――ジャクソンも満更じゃ無かった?


 それが好みのタイプかはともかく、女から言い寄られるのは男の本懐だろう。

 ましてやホーリーの場合、ノリノリを通り越して完全ホの字だった。

 それこそ、犬のように懐いていたと言って良いレベルだ。


『悔しいが……実力差だけは如何ともし難いな』


 ビルの言葉が聞こえ、ふとバードはジャクソンの言葉が全体論かと考えた。

 ただ、やはり、友情から来る贔屓目だとしても、そうは思いたく無い。


 ジャクソンは内心でホーリーを想っていた。


 バードが望む世界の真実は、バードの心の中だけは事実だ。

 例えそれが、自分の内側で完結した、世界の真実とは異なるものだとしても。


『なんか……いつの間にか……』

『……随分と減ってる』


 控えめに言ったアーネストの言葉にビッキーが相槌を打った。

 事実として戦況詳細には双方の戦力が漸減していると出ていた。

 両軍双方共に、まともな戦闘が出来るシェルは50機足らず。


 そして、シリウス側戦力の首魁は、あのウルフライダーたちだ。

 常識を通り越した技量は、常識の壁の向こう側にあった。


『……あれ?』


 アナスタシアが何かに気が付いた。

 怪訝な声で状況を確かめるアナにドリーが声を掛けた。


『どうしたアナ』

『シリウス側の通信が混線してます』

『混線?』

『はい』


 通信のスペシャリストでもあるアナは戦域の通信状況を視覚変換した。

 各機コックピットのリニアな視界の中に青くオーバーレイされた。


『なんの通話だ?』


 やや固い声でスミスが言う。

 それと同時、ペイトンが気が付いたように言った。


『……掃除中ってか?』


 視界を共有する全員がペイトンの指した[←]マークに注視した。

 シリウス側のウルフライダーでは無いシェルは、何かを集めていた。


『……遺体の回収ってか?』


 それに気が付いたのはライアンだった。

 シリウス側のシェルは爆散したデブリなどに残る遺体の回収を始めた。


 ――――501中隊の諸君

 ――――シリウス側から一時的な仕切り直しの提案が来た

 ――――戦友を可能な限り回収しよう


『ヴァルター大佐だぜ』


 何度か直接の面識を持ったロックはそう呟いた。

 現状における501中隊の戦闘指揮はヴァルター大佐によるらしい。


 テッド大佐と刎頚の友であり、ウルフライダーと同じく歴戦のヴェテランだ。

 中隊の中でも一番の古株なのだからエディ大将も心配ないのだろう。


 ――――なに、俺たちは少々じゃ死ねない損な生き物だからな


 その一言で無線の中に失笑が沸き起こった。

 死ねないし、死に切れなくてこのざまだろ言う部分も大きい。


 その通りだと思ったバードだが、ヴァルター大佐の言葉はまだ続いた。


 ――――こんなになっちまったが、まだ帰れるところがあるのさ

 ――――仲間を回収して地球へ連れて帰ろう


 その言葉の最中もシリウス側のシェルは盛んに動き回っている。

 パイロットの生死に関わらず、仲間の為にと飛び回っていた。


 ――きっとリディア大佐だ……


 バードは何となくそれを確信した。

 そして、同時にシリウス側の不思議な動きにも気がついた。


 戦域の中、碌にデブリも無いエリアを動き回るウルフライダーたちの姿だ。

 ワルキューレのマークを背負った各チームがデブリの捜索をする中で……だ。


 ――もしかして……


 ふと、バードはリディア大佐がホーリーとアシェを回収するシーンを思った。

 そして同時に、それを如何しようか逡巡する姿もだ。


 ――無事に回収してくれると良いな……


 柄にも無くそう祈ったバード。

 その直後、唐突にテッド大佐の声が聞こえた。


『ヴァルター 状況はどうだ?』


 ――――まぁ五分五分だな


『そろそろ舞台へ上がって良いか?』


 ――――良さそうだぞ


『よし、いま行く』


 ――――わかった


 バードは何かに気が付き、『アッ……』とコックピットの中で漏らした。

 テッド大佐はオープン無線で会話していた。

 シリウス側にもその声が通るように言ったのだ。


 そしてそれが意味するモノをバードは解っていた。

 自分の声を届けたい相手が目の前にいる。

 身を包む衣装が違くとも、心は通じているはずだと……そう祈る存在。


 ――決戦だ


 バードは自分の心が何処までも平穏になって行くのを感じた。

 明鏡止水とは言うが、そこにあるのは圧倒的な無の境地だ。


 それだけでなく、刻々と変わって行く戦況の全てが手に取るようにわかる。

 悟る……とはこういう状態を言うのかと思っていた。


『Bチーム各機、テッド大佐の周辺を固めるぞここから先は理屈じゃない』


 ドリーはチーム無線の中に隊長訓示を流した。

 かつて何度も聞いたテッド隊長の言葉だとバードは思った。

 テッドと呼ばれた男の50年に及ぶ長い長い旅が、いま終ろうとしている。


 その現場に立ち会える自分を幸せな存在だとバードは思った。

 例えそれがどれ程に血なまぐさい、命のやり取りの現場だったとしてもだ。

 一瞬の鉄火で命が蒸発してしまう無情の世界だが、美しい世界だった。


『来るぞ。大佐が来る。各機散開陣形』


 弾む様なドリーの声がひびく。

 バードはポジションをややずらし、広い視界が確保できる位置へ付いた。

 ウルフライダーの面々に限って、遠距離砲撃戦などありえないと思った。


 ここから先は気合と度胸と根性と、あとは運だ。

 運の良さなら多少は自信があるのだから、このポジションが正解だ。


 背筋を走る静電気のような緊張感が脳を痺れさせる。

 きっと生身であれば、心臓がドキドキと高鳴っている事だろう……


 ――生身なら……


 自分自身の内側に生まれた言葉で、自分がハッと気が付く。

 そんな事をバードが思ったとき、酷いノイズ混じりの声が無線に流れた。

 ギューンと甲高い音で聞こえるそれは、エンジンの燃焼音だと思った。


 ――――第38飛行隊と第40飛行隊はベースへ帰れ


 瞬間的に『リディア大佐の声だ』とバードは気がつく。

 そして、そのノイズの混じり具合にも衝撃を受けた。

 シリウス側にだってノイズリダクションの技術はあるはず。

 だが、そのフィルターを通してこのレベルなのだ。


 ――よく聞き取れるな……


 率直にそう思ったバードだが、シリウス側のドラマも進行していた。


 ――――マーキュリー大佐!

 ――――そりゃ薄情ですよ!


 それが何を意味する抗議かは考えるまでもなかった。

 最期まで闘いたい。或いは、戦って死にたい。


 夢破れ、死に場所を求めていたのかもしれない。

 若しくは、仲間がもう死んでいて、ヴァルハラで会おうと約束したのかも。


 理屈や理念や政治的な主義主張の総意ではない。

 ただただ純粋に、シンプルに、ごくごく単純な話として……


 ――ここまで来たら裏切れないよね


 多くの仲間と積み重ねてきた日々は、何にも代え難いたからものなのだろう。

 況してやこの状況で、しかもここに居るのは若者を指導してきた教官級だ。

 どれほどの教え子が戦死したのか、考えるだけで背筋が寒くなる。


 幾万の言葉を並べ『非合理的だと』或いは『不毛だと』言われても……

 ここで帰る訳にはいかないのだ。なぜならそれは、自分の人生の否定だから。

 戦いの中で生きてきた彼等にとって、戦死こそが最上な人生の終点だ。


 だが……


 ――――全員聞け


 その声は、リディア大佐ではなくバーニー大将だった。

 戦線指揮官の役割をリディア大佐に託したのだろう。

 戦域の何処かにいる大将は、切々と語って聞かせていた。


 ――――これからシリウスは復興せねばならない

 ――――これも困難な闘いだろう

 ――――ここまで幾多の試練を乗り越えた者の力が要るのだ

 ――――ここで死ぬことはない

 ――――これからのシリウスの為に死ね

 ――――これまでの戦いが無駄になるわけじゃない

 ――――ここで終わりなんじゃない

 ――――ここから始まるのだ


 無線の中に押し殺した嗚咽が響いた。女の声だとバードは思った。

 ウルフライダー以外にも女性パイロットがいる。

 今更だが、バードはそれに気がついた。


 ――――シリウスの未来には幾多の困難があるだろう

 ――――その時、諸君らの我慢と忍耐の経験が必要になる

 ――――耐えられぬ苦痛を乗り越えた経験だ

 ――――断腸の思いを堪え切った忍耐力だ

 ――――そんな経験を未来へ伝えて欲しい

 ――――シリウスの未来を作ってくれ


 これが負けるという事かと、改めてバードはそれを思った。

 今では無く未来の為の投資として人を残す。

 その為に必要なのも、やはり信念だった。


 ――――第38飛行隊の生き残りは帰投せよ


 男性の声で指示が出て、バードはそれが編隊長だと思った。

 諦めたのでは無く、バーニー大将の思いを受け止めたのだと、そう思った。


 ――――すまないなレーヴ

 ――――さぁ、ハキムも戻れ


 バーニー大将の思いを込めた言葉が流れ、やや間が空いた。

 逡巡と葛藤を経て一つの結論を得るための努力が続いていた。


 ――――教範長殿

 ――――お供する事はまかりなりませんか?


 随分と食い下がるな……

 そんな事を思っていたバードだが、チーム無線に別の声がこぼれた。


『邪魔なんだろうな……』


 その声の主はロックだった。

 そんな事を!と一瞬だけカッとなったバードだが、すぐに『あっ』と呟く。

 これから始まるのは決戦に見せかけたデモンストレーションのはず。


 シリウス側の……いや、ソーガーに立て篭もる独立闘争委員会への圧力だ。

 地上で望みを繋いでいる連中へ、負けを見せつけるためのもの。

 その闘争心を折り、牙を抜くのが目的のはず。


 ――確かに邪魔だ


 血気に逸ったパイロットがいては、思わぬ結果になりかねない。

 勝てぬとわかった時点で抱きつき自爆でもされたらたまらない。

 そも、シェル最大の武器は速度だが、逆に言えば最大の欠点だ。

 トップスピードに乗って体当たりでもされれば……


 ――――次の世代のパイロットを育てるためだ

 ――――未来の為に今を堪えてくれ


 再び間が空いたあと、ハキムなる人物の声が聞こえてきた。

 涙を堪える様な、そんな押し殺した悲しみの声だった。


 ――――わかりました……

 ――――第40飛行隊は我に続け


 戦域から距離をとって旋回するバードは、複数のシェルが離脱するのを見た。

 ざっくり言えば、20か多くて30程度だと思われた。

 これでシリウス側のシェルは大きく数を減らし総勢20程度に見える。


『ヴァルター。待たせたな!』


 テッド大佐の声が響き、バードは辺りを確かめる。

 やや離れた位置に戦闘指揮艦ジョンポールジョーンズが見えた。

 そのデッキから発艦したテッド大佐は、グングンと速度をつけ迫って来た。


『さて、こっちもスタンバるか』


 ヴァルター大佐の声にバードがニヤリと笑う。


『各隊は隊長以外帰投せよ。さっき見たあのレベルに負けないと思う者だけ残ってよし。常識の通用しないレベルが相手だ。少々訓練した程度で勝てると思わないほうがいい』


 そりゃ無いよ……と、バードも思う。

 だが、決戦の火蓋は、容赦無く切られようとしていた。

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