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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
241/358

死線を越えて<前編>

~承前






 秒速10キロでニューホライズンを周回するハンフリー。

 その艦内のカタパルトで叩き出されたバードは、一気に速度に乗った。

 リニアシートの視界には秒速20キロの表示が浮いている。


 ―― 一気に戦闘速度だ……


 漆黒の闇が広がる宇宙では、この速度を実感するものが何も無い。

 だが、バードは思わずニヤリと黒い笑みを浮かべていた。

 安全を確認しチェーンガンをキックオフすれば、快調に砲弾を吐き出していた。


『全機集合! パンツァーカイル陣形! 俺たちは横槍の横槍だ。タイミング良く行くぞ。双方の横っ面をひっぱたく』


 ドリーは硬軟織り交ぜた言葉遣いで指示を飛ばした。

 その言葉には、なんとなくテッド大佐の面影がある。

 ふとそんな事を思ったバードは、いつの間にか戦闘モードの顔になっていた。


 ――凄い……


 猛烈な戦闘が行われている空域では、次々と火球が生まれている。

 その火球は重力に牽かれ、やがてはニューホライズンへ吸い込まれていた。


『……母なる星へ帰って行くようだ』


 アーネストの言葉はいつも詩的だとバードは思った。

 ただ、戦域にデブリとして残らないのだけはありがたいとも思うのだが……


『思ったよりシリウス側は善戦してるな』


 常に冷静なビルは、そう分析した。

 人間の印象は、往々にして最も正確に事態を分析する。

 ましてやその道のプロであるビルの分析は、正確無比と言って良かった。


『そろそろ2時間だぜ?』


 やや疑問系の言葉でライアンが言う。

 どれ程燃料を積み込んだ所で、激しいマニューバが続けばガス欠だ。


 そもそも、戦闘前提での出撃なのだから、燃料満載はあり得ない。

 被弾すれば即発火に繋がる危険物を身体中に巻き付けるなどお断りだ。


 パイロットは度胸と根性で飛ぶのでは無い。

 クールでドライな振る舞いこそシェルドライブの肝。

 ややもすればクレバーな振る舞いをしてこそ一人前だった。


『……燃料切れしてんじゃねぇかな』


 ロックは呟くように言ったが、冷静に考えればその通りだ。

 そもそもシェルは長時間の激しい戦闘を考慮していない。

 短期決戦で一気に方を付ける為のトンデモ兵器と言える。


 そして、冗談のような機動力で戦域を脱し、船に戻って補給を受ける。

 短時間で繰り返し出撃する事により、戦域をかき混ぜ敵を翻弄するのだ。


『いずれにせよ、そろそろだろうな』


 スミスの言葉が無線に流れ、バードは視界に浮かぶ戦闘情報を改めて見ていた。

 現状の戦力を比較すると、地球側の戦闘可能シェルは200機をオーバーする。

 だが、それに対するシリウスは旗色が悪く、残存戦力は150足らずだ。


 燃料切れは如何ともし難いようで、目に見えて動きが悪い。

 後から参加した白塗りなワルキューレ系シェルはまだ燃料に余裕があるようだ。

 だが、そっちはそっちで弾薬系が乏しい事になり始めた。


 それを一言でいえば、悲壮というのだろう。

 最後の気力を振り絞って戦うシリウスシェルだが、脱落者の方が多かった。


『ワルキューレにしちゃ……』

『あぁ。余りに不用心だな』


 ライアンの呟きにロックがそう返した。

 だが、そのBチームはまだ戦域へと入っていない。

 切り札として存在するBチームの面々は、戦域の外で状況を伺っていた。


『……あっ!』


 女声が無線に響き、バードとアナが同時に叫んでいた。

 推定でGチームと思しきシェルが直撃を受け、ヨタヨタしつつ母艦へ帰った。

 本来なら送り狼状態のシリウスシェルが来る筈だが、その余裕も無いらしい。


『生きて帰れりゃ御の字だ……』


 ダニーは控えめな声でそう呟いた。

 実際の話として、サイボーグチームのシェルとて無敵では無い。

 直撃をもらえば一撃で爆散するし、装甲の弱い所なら大破する。


 いかなる者をも貫く鉾を持ち、高速で撃ち合う戦闘なのだ。

 如何なる攻撃をも防ぐ盾を持ち歩く事は不可能と言う事だ。


『そろそろ油断し始める頃か?』


 ビルが呟いた言葉を皆が聞いた頃、パパパと眩い鉄火が溢れた。

 立て続けに501中隊のシェルが撃破され、いくつかはその場で爆散した。


『ちょーしこいてたんだろうな』

『ヴェテランの余裕って奴だな』


 ライアンとペイトンがそんな会話をした。

 それを聞いたバードは表情を曇らせる。


 決して油断していたわけでは無い筈だ。

 ただ、数の上で勝っているとき、人間はどうしたって油断するし楽天的になる。


『……現状は五分五分って所だな』


 呆れるようにスミスがそう言い、無線の中に溜息のようなものがこぼれた。

 性能的に互角な兵器で双方が対峙している戦闘なのだ。

 ビーム砲と石の鏃くらい差があればともかく、現状では油断する方が悪い。


 ランチェスターの法則は如何なる時代でも有効だった。

 つまり、敵兵力の3倍を持って互角と為す……


『そろそろじゃない?』


 やや離れた位置で周回を続けながら戦況を見守るBチームのシェル14機。

 そのなかにいるバードは、ボソリと呟いた。


『……あぁ』


 バードの言葉にロックがぶっきらぼうな返答を返した。

 最近のロックはバードとの会話で殊更に朴念仁を曝している。

 だがそれは、飾る要素を一切省いたロックの素顔そのものだった。


『おぃおぃロック!』


 笑いを噛み殺したペイトンが声を出す。

 それに続いてスミスとジャクソンが言った。


『女房にはもっと気を使えよ』

『かみさんが拗ねると後で手を焼くぞ?』


 ほんのちょっと先では文字通りの死闘が続いているのだが……


『……あ、いけねぇ。素だった』


 ロックも戯けたように言い、無線の中に笑いがこぼれた。


『さて、緊張もほぐれた所で、どうやら出番だな』


 話を最後を〆に掛かったドリーは、広域戦闘情報をスピンアウトされた。

 全員の視界に入り込んだそれは、シリウス側の艦艇を最後に飛び立つ何かだ。


『おいでなすったか?』

『このタイミングで来るならそれしかねぇだろ』


 スミスとジャクソンはチームの心臓だとバードは思った。

 こんな時にメンバー全員の意識を上げたり、或いは気を張らせたりもする。

 狙ってやっている訳では無いだろうが、逆に言えばだからこそ凄いのだ。


『アッハッハ! ビンゴだぜ!』


 馬鹿笑いをこぼしつつライアンが叫んだ。

 だが、その笑いには明確な怒りと戦意が滲んでいた。


『すげぇ……』

『なんだアレ……』


 ヴァシリとアーネストが息を呑む。

 そして、ダブが一言漏らした。


『アレとやりあうんですか?』


 ――あぁそうか……


 はたと気が付いたバードは視界に見えるヴァシリ機とアーネスト機を見た。

 そして、視界の逆サイドにはダブとビッキーがいて、やや上にアナが居る。

 全機が140ミリの速射砲を抱えての出撃だった。


 ――ワルキューレとやり合うのは初めてか……


 実際、まともに戦闘をしたのはロックとバードだけだろう。

 金星の上空では一方的にあしらわれたと言うのが実情だ。


 戦域に残っていたシリウス側シェルを狩っていた地球側のシェルは凡そ200。

 面識のあるなしはともかくとして、その全てがサイボーグの筈だ。

 だが……


 ――アレじゃダメね……


 バードは心の何処かでワルキューレ側の視点を作っていた。

 抜きん出ている技量を持っているつもりなど一切ない。

 だが、それにしたって無用心すぎると、同情の気すら起きなかった。


『一方的ってこういう事を言うんだな……』


 ビッキーは震える声で呟いた。

 横槍の横槍を準備していたBチームだが、その横槍を先に刺された形だ。


 飛び込んできた狼に跨る魔女は12機。

 その全てがシェルシリーズのタイプ01だ。


『……ドラケンだぜ』

『博物館級の代物だ』


 ジャクソンとドリーがそんな会話をする。

 シェルとしては第1世代に当る機体が縦横無尽に暴れまわっていた。


『やっぱスゲェぜ!』

『こうでなきゃ、殺されかけるほど訓練した甲斐がねぇってもんさ』


 ライアンとロックが歓声を上げた。

 第1世代とはいえ、シェルは登場時点で完成した兵器だ。


 エンジン推力にそれ以上の上積みは望めないから速度の大幅な向上もない。

 そしてそれ以上に言える事は、並の人間の反応速度を超えているのだ。


 最大速力で秒速40キロだと、対向戦闘は事実上不可能。

 どれ程硬い砲弾を放ってもユゴニオ限界を軽く越えているのだから意味が無い。

 装甲へ着弾すれば、装甲を破壊する前に砲弾自体が蒸発する。


 つまり、後ろから追い縋り、叩くしか無い代物だ。

 対抗戦闘で破壊するには荷電粒子砲しかない。

 だが、そのトンでもない高機動では、神に命中を祈るレベルだ。


 ――ベルがいる……

 ――ブラックウィドウも……

 ――リディア大佐だ……

 ――しかも……


 バードの目はモニターの一点を見つめていた。

 凄まじい速度で錐揉み旋回し、リディア大佐のサポートに付いている機体。

 その側面に描かれているのは2丁のリボルバー拳銃とバラの花だ。


 ――ガンズアンドローゼズ……


 バードは無意識に近くを飛ぶロック機を見た。

 威圧感のあるオージンのデザインだが、その向こうにロックを感じた。


 ――テッド大佐のお姉さん……


 戦域を飛ぶ501中隊のシェルは次々と撃破されていた。

 文字通りに赤子の手を捻るようなモノだった。


 最低限の動きだが、そこには億万の可能性を孕んだ自在な可能性がある。

 如何なる攻撃を寸の見切りで回避し、その直後に逃げられない一撃を放つ。

 そしてそれは、如何なる手加減や配慮と言ったものの対極にあった。


 今日に限って言えば、ウルフライダーがウルフそのものだった。

 それも、血に餓えた完全無慈悲な存在としてのウルフ……


「ほっ! ホーリー! 逃げて!」


 戦域無線の全バンドを使ってバードは叫んだ。

 かなり離れた場所ではあるが、ホーリーはシェルの荷電粒子砲を構えていた。

 地上で精密狙撃ライフルを構えるホーリーは、シェルでも同じ役目だ。

 やや離れた位置でサポートを引きつれ、遠距離からの一撃を得意とする。


 だがそれは、射撃の瞬間に静止を要求される攻撃手段だ。

 そして、熟練度で言えばもはや別の次元にいる彼女たちには、絶好のカモ……


「バーディー?」


 語尾の上がったホーリーの声が返ってきた。

 だが次の瞬間……


 ――あっ……


 眩い光が一つ、漆黒の宇宙に生まれた。

 生命の輝きを極限まで圧縮した一瞬に全て光らせ、やがて闇に解けて消えた。


 ――ホーリー……


 言葉を失ったバードは、呆然とした表情でモニターを見ていた。

 本当に一瞬の間だが、あのシミュレーター上の学校を思い出した。


 周回軌道上で彫像の様になっていた頃から憧れていたセーラー服姿。

 そんな自分の近くに何時も居た茶褐色の肌を持つ陽気な女……


 コックピットの中にあるバーをグッと握り締めた。

 ミシリと音がして、何処かがピチッと音を立てて裂けた。

 両手の気密グローブが裂けたのかも知れない。


 ただ、そんな事を思っている余裕などバードには無かった。

 眩い光が消えた時、そこには二つの大きなデブリがあった。

 片方は間違いなくホーリー機の残骸だろう。

 そしてもう一つは……


 ――アシェ……

 ――ウメちゃん……


 かつてバードが助けた少尉。ウメハラ少尉の転身した姿。

 Aチームへと行ったアシェ少尉の搭乗していたオージンだった。


 それは、今まで何度も見てきたことだ。

 幾度もシリウス側シェルが爆散するのを見てきた。

 味方のシェルが木っ端微塵になるのも見た。


 ただ、知己である存在が眩い光の向こうに行ったのは始めてだ。

 光と熱とに転換され、この世界から消えて行った。


 ――さよなら……


 バードはコックピットの中でそう呟いていた。

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