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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
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乾坤一擲<後編>

~承前






 まだエアロックを開けていないハンフリーのシェルデッキは1気圧環境だ。

 重力補償装置は莫大な電力を消費しつつも、デッキに1Gを生み出している。


 そんなシェルデッキには、Bチームのシェル14機が居並んでいた。

 各機がそれぞれに得意な武装を整え、出撃直前の様相だ。


「少尉。メインエンジンの不調は改善しておきました」


 両面開きのタブレット端末を広げ、専任が説明を続けている。

 日本語の得意なジョン・キリシマ先任兵曹長は、日本語で打ち合わせを行なう。

 整備一筋35年のヴェテランは、死地へと出向くバードに気を使うのだった。


「良かった。この前飛んだときはスロットル反応が鈍かったから」


 整備責任者の言葉に笑顔を返すバードは、まだヘルメットを被っていない。

 バード専用にチューニングの施されたオージンは、それぞれに責任者が居る。

 専任パイロットとなるBチームメンバーのデータを丸暗記した存在だ。


「新型のG35は重量が約40%低減しているので、それに合わせてカウンターウェイトの再配置を行いました。リキッド系なので弾薬消耗に併せてバトコンが重量の最適化を行います」


 バトルコンピューターの仕事は多岐にわたり、故障は死に直結する。

 そんなバトコンの受け持つ最も重要な任務とは、機体をベストに保つ事だ。


「ダイエットも考え物ね。軽くなると余計な手間を増やすみたい」

「地道なダイエットはいい女の条件ですよ」

「そーだと良いけど」


 ウフフと笑ってチェックリストを読み込むバード。

 実際の話として、出撃前のチェックは本当に細かい点まで気を使う。


 艦を離れれば、このシェルは独立した一つの宇宙船だ。

 大気圏内を飛ぶ戦闘機や、海の上を走る艦艇とは根本的に異なるのだ。


「両脚のステアリングエンジンは新品です。今日は素直に動いてくれます」

「先週の訓練じゃ一番良い所で失火したからねぇ」

「昔から言う様に、絶好の訓練でしたな」


 ガハハと豪快に笑った九州男児は、画面をスクロールさせ説明を続けた。


「背中のスラスターエンジンですが、3番と8番はオーバーホールしたので大丈夫でしょう。ただ、2番と11番がちょっと不機嫌です。まぁ、少尉が使わないエンジンなんでへそを曲げてるかも知れません」


 2番と11番のスラスターは、オージンが背負うメインエンジンの両脇にある。

 このエンジンはシェルのステアリングエンジンと対になったものだった。

 空中姿勢を変え、ベクトルをねじ曲げ、メインエンジンの仕事を緩和させる。


 だが、テッドの飛び方を真似るバードは、この両エンジンを殆ど使わない。

 メインエンジンのジンバル機構と両脚のステアリングエンジンで事足りるのだ。


「着火できない?」

「それは問題ないと思いますが、念のため、種火を残しておくくらいが」

「了解!」


 そも、ステアエンジンは熱核ジェットなメインエンジンとは違う仕組みだ。

 宇宙開発の創世記から続く、燃焼剤と酸化剤を反応させる本物の燃焼系なのだ。

 従って、上手に使わないと肝心な所で燃料切れを起こす事になる。


 戦闘中の燃料切れは、悪夢以外の何ものでもない。


「戦闘中に手が空いたら子守歌でも唱ってみるから、それで機嫌なおしてくれるのを祈ってて」

「了解です」


 ふたりしてゲラゲラと笑うのだが、そこへ兵装担当がやって来た。

 真っ赤なベストを着込んだ兵装担当下士官はマーベリック兵曹長だ。


 一番最初に配属されてから、ずっと一緒にやって来たマーベリック。

 彼にしてみれば、バードはまだ配属直後なフィッシュのままだった。


「バード少尉。選択した主兵装の140ミリだが――」


 英語圏出身のマーベリックは五等准士官待遇の特別な存在だ。

 7ヶ国語を使いこなし、海兵隊が使う武装や兵装全てに精通している。


 そんなマーベリックは心配そうな表情を浮かべつつ日本語で説明を始めた。

 声だけ聞けばネイティブな日本人が使う日本語そのもののレベルで……だ。

 だが、その顔を見てたバードは、思わず吹き出しかけて飲み込んだ。


 ――マーベリック兵曹長は二児のパパだったはずだけど……

 ――両方とも娘さんだっけ……


 すっかり時に喰われているマーベリックは、まだ38才の姿だ。

 だが、戸籍上は既に55才になっている。


 データに因れば、下の娘とバードが同じ歳と言う事らしい。

 つまり、マーベリックにとってバードは三人目の娘だった。


「――メインバレルと加速器を新品に交換してある。レーザー計測を行なったが砲身湾曲率はサブミクロン単位まで問題ない当りが来た」

「それじゃ、ケーキでも用意してパーティーしなきゃ」

「……ですねぇ」


 長引く戦闘により段々と細かいところで手が抜かれ始めている。

 寸法公差こそ基準以内だが、ロングバレルの場合は弾着距離もそれなりだ。


 手元では数ミクロンの狂いでも、100キロ先では話しにならない誤差となる。

 従って、兵装関係者もパイロットも、当りを引くのを神に祈るのだ。


「……それから、右腕のガンランチャーは指示通り少尉だけ40ミリのままにしてある。戦闘中のジャムりはまず無いだろうが、念のためキックオフは慎重にやって欲しい」


 怪訝な表情で真剣に説明するマーベリック。

 バードもやや怪訝気味に『やばいの?』と聞いた。


「オージンの旋回性能はグリペンを越えるから、どうしたって自動装填機の動きに影響が出る。キックオフを掛けたあとで10G旋回したなら、キックオフの保障は出来ないと思って欲しい」


 強い遠心力に曝されるモーターカノンは、必ず最初に自動装填機が破損する。

 意図的に弱いところを作っているとも言えるが、正直に言えば迷惑だ。

 それを使って戦う側にしてみればたまったモノではない。


 武人の蛮用に耐え得る性能を与えて欲しいものだとバードは思う。

 だが、人類の技術的限界を越えた能力をシェルはたたき出していた。


「それと、撃ちつくしても戦闘中に他のメンバーから弾薬の融通は出来ないから撃ち過ぎに注意を払って。他の機は65ミリに換装済みだ。あぁ、それから、左腕のチェーンガンは指示通り弾薬を半分にしたが――」


 細々とした点を一つ一つ説明するマーベリック。

 下士官でも士官でもない准士官は、一般的に叩き上げで行ける最終階級だ。


 下士官の中から推薦を受け、士官学校へ挑戦するも入校できなかった者。

 或いは、下士官の中で奉職規定に引っかかり強制引退せざるを得ない者。

 マーベリックの様に、時に喰われた結果として准士官になる者も多かった。


 ただそれでも、階級はバードの方が上。

 バードに比べれば余程ヴェテランの男だが、軍隊において階級は絶対だ。

 従って、バードの求める『こんな装備を行え』という要望は必ず果たされる。


 果たして、マーベリックはバードが出していた要望を100%達成したのか。

 バードの興味はそこに移っていた。


「――本当に良いのか?」


 バードはキリシマ兵曹長のタブレットに目をやりつつ、自機の左腕を見た。

 詰めた光を反射してそこにある30ミリチェーンガンはピカピカだ。


「左腕が重くなると右旋回が辛いからそれで良いわ」


 大体どのパイロットでも、とにかく重武装を求めるのが普通だ。

 運動性を犠牲にしてでも装弾数を求める場合だって多々ある。


 だが、バードはその逆を行った。

 重量のあるオージンゆえに、重心点から遠い部分の重量を嫌がったのだ。


 如何したって当る時は当る。それは仕方がないことだと割り切れる。

 荷電粒子砲系の直撃を受ければ、どんな重装甲でも一瞬で蒸発だ。


 だからこそバードは運動性を選んだ。

 直撃を躱そうと思っても運動性能限界で躱す事が出来ないのが嫌なのだ。

 だからこそ重量物を中心点へと集め、とにかく機敏さを求めた。


 不慣れなパイロットでは操作の反応がピーキー過ぎるほどのセッティングだ。


「装弾数は500足らずだ。おそらく、フルパワー射撃で10秒持たないぞ?」

「射撃フェーズは平均0.4秒だから大丈夫よ」


 超高速戦闘を行うシェルにおいて、会敵から射撃余裕時間は平均0.2秒だ。

 つまり、バードは普段から撃ちすぎ傾向が強いと言う事だった。

 だが、三次元空間では、相手の自由空間を埋める牽制射撃が重要なのだ。


「面で狙うならコレしかないし、どうせコレじゃ撃墜できないし、嫌がらせみたいなものだからコレで十分。上手く使うから安心して」


 ニコリと笑ってマーベリックを見たバード。

 娘のような歳の士官はヴェテランに安心を与えようとしていた。


「……解った。無事な帰還を祈る」

「もちろん! まだやる事も残ってるし」


 ニコリと笑ってサムアップしたバード。

 その笑顔をマーベリックは見つめ、そして首肯しつつ言った。


「GOOG LUCK!」


 思いつめたような表情を浮かべつつもサムアップを送ったマーベリック。

 キリシマ兵曹長も離れ、同時にオージンを係留するホーサーが解かれた。


 ――さて……


 頚椎バスへハーネスを入れたバードは、メインシステムを起動させた。

 視界の中に浮かぶフローティングスクリーンに情報が流れる。

 コックピットの物理モニターが表示が消え、バトコンがバードを認識した。


「GOOD MORNING BIRDIE」


 脳内にバトコンの発する電子音声が流れた。

 古い時代の映画にあるような、ちょっとレトロな声だった。


 個人の好みでカスタマイズ出来る部分だけに、それぞれの嗜好が現れる。

 ライアンなどは何処かの女優の甘い声にしてあるらしいが……


「メインエンジン スタンバイ!」

「O.K. BIRDIE」


 背中の辺りがモワッと熱を帯びたような気がした。

 着々と改良を続けるグリフォンエンジンも4世代目に入っている。


「メインエンジンコントロール接続」

「CONFIRMED NOPROBLEM」

「アイドルモードでホールド」

「O.K.」


 恐るべき大推力を誇るエンジンだが、その比推力は対に5万秒の大台だ。

 第3世代シェルグリペンに比べ、オージンは重量比150%なへヴィ級。

 そのオージンをグリペン以上に振り回せるエンジンに火が入った。


「フライトレコーダースタート」

「RECORDER・ON」

「敵味方識別装置スタート」

「IFF・ON」


 何度繰り返したか解らない出撃手順を一つ一つこなしながら、バードは思った。

 いや、感情のどこかが脳から切り離され、客観的に眺めつつ感慨に耽った。


 ――これで最後だ


 何の根拠も無い事だが、それでもバードは確信していた。

 この出撃が、この戦争で自分が出撃する最後のソーティーだと。


 そして、この戦闘で粗方のケリがつく。

 ここから先は一気に事が進むだろう。


「PERMISSION to SORTIE」


 バトコンはバードに戦闘モードへのスイッチを提案してきた。

 フローティング表示されていた窓が小さくなり、視界が切り替わる。


 ゲームモードやプラネタリウムモードと呼ばれる視界は、若干の慣れが必要だ。

 サイボーグの視覚情報とシェルの視界情報が完全連動状態に移行する。

 この時、バードの視界は完全なリニアコックピット状態となった。


「オーケー グランティッド 」


 スイッチを許可したバードの視界に仮想計器が浮かび上がった。

 バードはコックピットシートの上でシェルと同化した。

 リニアな視界に浮かぶ小窓を手で動かしながら、カタパルトに備えた。


『バード機、発艦準備良し』


 無線の中に言葉を流したバード。

 それに続き、メンバーがそれぞれに発艦準備良しを宣言していた。


『全員ちょっと待て。A・C両チームが交戦状態に入った』


 ドリーはホールドを命じ、同時にどこかと通信を始めた。

 きっとテッド大佐と通信していると思ったバードは、戦況を見つめた。


 戦域に残っていた生身たちへ襲い掛かる白いシリウスのシェル。

 縦横無尽に飛び回るそのシリウスシェルの横っ腹へ一気に突撃していた。

 文字通りの横槍となったA・C両チームは、瞬く間に敵機を撃破する。


『すげーな』

『俺たちの獲物は無くなっちまうんじゃねぇか?』


 ダブとアーネストが軽い調子の会話を続けていた。

 それを聞く面々も失笑をこぼすほどだ。


 だが、その失笑には二種類あるのをバードは気が付いていた。

 余裕風をふかす新人組みと、調子コイてるなと失笑するヴェテランたちだ。


『バーディー! 出撃前に今週の星占いは読んだか?』


 ジャクソンは何かを確かめるようにバードへ話を振った。

 それがなんであるかは、ヴェテランならば分かっている。


 つまり、遠まわしに『痛い目にあわせてやろう』とジャクソンが提案していた。

 もちろんバードだってそれを良く分かっているし、緩みっぱなしでは良くない。

 甘やかせば腑抜けになるし、注意力散漫は戦死への最短手に化けるからだ。


『もちろんよ。毎朝楽しみなんだから』

『で、トピックは?』


 あの時と同じくライアンが話を振ってきた。

 相変わらずだと思いつつ、バードは間髪いれずに返した。


『油断してると思わぬ失敗をするって。慣れた事でも注意を払って。ラッキーカラーは白。確認しなかった所が後になって響くらしいよ』


 バードの言葉から滲むニュアンスにライアンが大爆笑した。

 ロックやダニーだけじゃなく、スミスまでもが爆笑している。


『間違いねぇ事ばかりだな。ヴァシリ! アーネスト! 良く聞いとけよ!』


 ジャクソンが〆るように新人へ声を掛けた。

 それが警告なんだと二人はすぐに理解した。


『とりあえず、ガンランチャーとチェーンガンのキックオフはしっかり』


 バードは最後にそれを付け加えた。

 いつの間にか共通作戦状況図(COP)共通戦術状況図(CTP)が更新されていた。

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