乾坤一擲<前編>
「結局の所は練習だったってオチなのかな?」
地上を見つつそんな事をぼやくバードは、そんな事をぼやいた。
普段より低高度を周回中の第2機動部隊は、再びソーガー上空へやって来た。
「交代したクルーの慣熟訓練なんだろ?」
「それに、初めて触る連中も居るんだろうぜ」
ロックとライアンがそんな言葉を返してきた。
周回軌道上にいる彼らはまだハンフリーの艦内だ。
いつでも飛び出せるよう、シェル向けの装甲服は着込んでいるのだが。
「適度に荒れた着弾散開が犠牲を程よく押さえてるんだよ」
モニターを見つつそんな事を漏らすスミス。
タスクフォースの戦列艦はニューホライズンを周回し続けている。
そして、ソーガーの上空を通過する都度に、砲撃を加えているのだった。
「一気に焼き払ってしまったらすぐに終わってしまう。最終的には降伏させるのが目的なんだから、適度に恐怖してもらわないと意味がないって事だな」
遠慮する事無くそんな事を言ったビル。
この砲撃の本意は、滅ぼす事では無く牙を抜く事だった。
「しかしまぁ……」
改めてボヤキ節をこぼしたライアン。
その目が捉えているのは、タスクフォースの周辺だ。
同行する空母から発艦した戦闘機と、生身のパイロットが乗るシェル。
この二種類の飛行隊は、分厚い防空網を展開している状態だった。
ただ、それはあくまで印象としての事であり、また、生身のパイロットの範疇。
Bチームの面々から見れば……
「まぁ、これでも良いんだろうな。俺たちの存在意義的には」
やや履き捨て気味の言葉で不快感を滲ませたロック。
現代の侍が見せたその矜持は、痛みも犠牲もコッチが受け付けると言うものだ。
ただ、エディ以下の首脳陣はそんな解釈では居ないらしい。
サイボーグチームのシェルは悪まで切り札なのだから……
「給料分くらいは働かせてくれって頼み込んだんだろ?」
笑いを噛み殺すようにいったペイトンは、誰かに似て皮肉屋になってきた。
そんな部分に気が付いたバードが、すかさず相の手を入れる。
「最高の遊び道具を貰ってるからね」
「そう言うこった」
なんとなく乾いた笑いがガンルームに流れた。
ただ、誰も口にしないだけでなんとなく不快感を感じている。
これはゲームでも遊びでも無い。だから出来れば、楽な相手とやり合いたい。
自分の命と相手の命。その二つを取るか取られるかで勝負するのだ。
要するに、自分たちの出番がまだ来ていないだけの事だ。
ただ、その出番とはつまり。
「……一番やばい相手が俺たちの出番ってな」
副長のポストにあるジャクソンは、湿った空気をかき混ぜるようにそう言った。
生身の乗る戦闘機やシェルは、それに見合った相手と戦うのが仕事。
サイボーグチームが出て行けば、正直楽勝で終わるだろう。
Bチームが出撃して行くときは、生身じゃ手に負えない相手を駆逐するときだ。
だが、その相手は鍛えに鍛えられたBチームとて荷が勝ちすぎる相手。
楽勝はおろか、辛勝ですらも幸運に恵まれなければ難しい。
「……まぁ、楽勝過ぎると後で響くさ?」
釘を刺すようにドリーが言ったが、それもただの皮肉でしかない。。
その中身がなんであるかを知っているからこそ、皆は苦笑いで誤魔化した。
そして、そのドリーの強がりな言葉にスミスやビルがロックを見た。
そのロックは苦笑いで精一杯だった。
「火器じゃ無く打撃兵器でワルキューレを殴ったのはロックが初めてだろうな」
「ありゃ向こうのパイロット全員が見てたぜ」
過日、バードを護る為とは言え、ロックは修羅の如きになった。
シェル向けの巨大な大錘を振り回し、ワルキューレを半殺しにしていた。
死亡したという情報がないのだから問題は無い筈。
だが、シリウス側最強パイロットでもやられる事があると言う事実は重い。
戦士たるものは戦って死ぬのが本懐と言うが、それはただの建前に過ぎない。
出来れば生きて帰りたいし、戦いはしたくない。
それが現実だった。
「まぁ……なんだ。あの連中とやり合いたくないって思ってるのは俺たちだけじゃないだろうさ。それに、ロックをアレを見ちまったんだ」
全員の反応が微妙である事を確かめ、ドリーは続けた。
ある意味で予測の範疇でもあった事だし、それに、重要な事でもある。
むしろ、そうで無ければならないのだが……
「向こうだってきっと、俺たちとやりあいたく無いと、そう思ってるさ」
――――――――ニューホライズン周回軌道 高度500キロ
2302年 3月22日 午前9時30分
「さて、おいでなすったようだ」
モニターを凝視していたペイトンがそう呟いた。
その言葉に弾かれるように、ダブとアーネストがモニターを凝視する。
モニター上に現れたのは、少々古いデザインの大型空母だった。
「……これ、見覚えあるな」
ボソッと呟いたロックは、自分の視野情報データベースをサーチした。
そして、小さく『……あぁ』と漏らす。
「知ってるんですか?」
怪訝な表情でそう尋ねたアナだが、ロックはニヤリと笑って首肯した。
その空母はあのハーシェルポイントで見たシリウス側の艦艇だった。
「アレはニミッツ級航空母艦の中の一隻。ハルゼーのなれの果てだな」
ロックが事情を説明する前にドリーが解説を入れた。
腕を組んで眺めていたドリーの言葉は、ロックとバードを驚かせるものだった。
「もう随分昔にシリウスから地球へと旅立った船だが、途中で事故を起し、乗員が救助され船は自動航行でシリウスへと戻されたんだ。で、ニューホライズンまでたどり着き回収されたんだが、その時点でシリウス系はシリウス政府の管理下だったからな――」
ドリーはモニターを見つめたまま言葉を続けた。
それを聞いているロックとバードが顔を見合わせた。
――黙っておこう
ロックの目にそんな意志が浮かび、バードは僅かに首肯した。
「――回収後に機関部などが修理を受け、船体は大きく改造を受けたが、基本的構造は同じままにされていた。シリウス側シェル空母になった船だが、基本構造は航空機向けなんで、とにかく手狭と言う評判だ」
基本的にシェル登場前夜の設計なので、シェルではなく航空機向けなのだろう。
ただ、そんな事はどうだって良い。問題はドリーが続けた言葉だった。
「そもそも、宇宙船拡大時代の意欲作だった大型船だが、あれがシリウス側に渡ってしまった結果、シリウスの宇宙船技術が飛躍的に進歩した。それ自体はどうだって良い事だが、一番困ったのは、シリウス側に地球への侵攻手段を与えた事だったんだよ」
ロックとバードはこの時点で話のオチに気が付いた。
シリウス軍の地球遠征作戦は、あの船が発端だったのだ。
「……って事は何か?」
抜けた声を漏らしたのはペイトンだった。
モニターを指さしつつ驚く様に言った。
「シリウスの連中の大規模戦闘ってのは、あの船で始まってあの船で終わるのか」
バードも小さく『あぁ』と漏らした。
コレを運命というなら、余りにも出来すぎだと思った。
そして、それと同時にコレも誰かが仕組んだ事では?と思った。
まぁ、それを思った時点で誰の差し金かは言うまでも無い事なのだが……
「運命ってのは恐ろしいもんですね」
ヴァシリは溜息混じりにそう呟いた。
仕組んだとしても、それは余りに出来過ぎな事だった。
「所でさ、あれ、別の船じゃねぇのか?」
モニターを指さしたライアンは、首を傾げながら言った。
ハルゼーだった空母の後方に浮かぶ宇宙船は、より巨大な船だった。
「……でけぇ」
「すげぇな」
ジャクソンとペイトンが感嘆の言葉を漏らした。
大型空母であるハルゼーを横に2隻並べ、その間を繋いだような船だ。
その巨大なハンガーは、まるで大きなクローゼットのようだ。
側面のシャッター全てを開いた瞬間、内部のシェルが一斉に飛び出した。
「……まるで地蜂の巣だ」
ダブのこぼした言葉は概ね間違っていなかった。
その巨大な空母の側面は、全てが発艦ハッチだった。
次々とそこを発艦してゆくシェルは、ロケットモーターを背負っていた。
大型のロケットを使い、自力で加速して飛んでいく仕組みだ。
つまり、カタパルト発艦の装備ですら省略した、究極のシェルキャリアー。
戦線までシェルを運ぶ事だけに注力した、巨大な移動基地だった。
「何機いるんだ?」
やや震える声でビッキーがぼやいた。
それは100や200で済む筈も無い数だった。
そんな時。
『全員聞こえるか? 地上でデモンストレーションが始まった。地上波のチャンネル2234-619を見ろ』
唐突にテッド大佐の声が響き、ドリーはモニターのチャンネルを変えた。
地上放送局が中継するのは、ソーガー県から流れる軍放送だった。
――――地球に抵抗する諸君!
――――わがシリウス軍は乾坤一擲の大反攻に移る!
――――時は来た! 我らの叫びと拳は敵を打ち据えるであろう!
モニターに映っていたのは、オーグの代表となったドーミン議長だった。
机を叩き、拳を振り上げ、兵たちを鼓舞するように議長は叫んでいた。
そして、その背後にある巨大なモニターには最後の宇宙艦隊が映っていた。
――あっ……
――これ、駄目なパターン
バードがそれを思うのも無理は無い。
言うなればそれは死亡フラグと同義の事だ。
新兵器だの新戦力だのを戦線に投入し、戦況をひっくり返すのは到底無理だ。
それこそ、漫画にあるようなトンでも無い性能差の新兵器があったとしてもだ。
「なんかビックリ兵器でも登場するっていうのか?」
力強い言葉で言ったスミスは、シェルのコックピット向け手袋で揉み手した。
さぁ!掛かってこい!と、そう相手を煽るような、そんな姿だ。
少々の性能差があったとしても、実際には余り問題にならない。
複葉機とステルス戦闘機くらいに差があったとしても……だ。
「どんな化け物兵器だったとしても、最後に物を言うのは数だよ」
腕を組んでそう冷たく言い放ったダニー。
ここまで黙って眺めていた男は、究極にして唯一絶対の真理を語った。
如何なる戦闘だったとしても、最後は数なのだ。
むしろ、性能差があればあるほど、数の暴力が有効になっていく。
サバンナを歩く最強の支配者ゾウとて、アリの攻撃に死ぬ事がある位だ。
「……だよな。懐に入られて手痛い一撃は勘弁して欲しいぜ」
ダニーに向かいそんな言葉を返したスミス。
それを聞いていたアーネストもボソリと相槌を打った。
「懐じゃ無くても嫌です。数の暴力は後半になって効いてきますから」
そんなアーネストの言葉に、全員が苦笑いを浮かべていた。
正直に言えば、後半じゃ無くても充分に効いてしまうのだ。
相互連携と相互カバーで連係運動を行い、相互フォローで戦うのがセオリー。
だが、どう頑張っても全域フォローしあうなんて事は出来やしないのだった。
「しかし、まだまだ出てくるぜ」
「そろそろ打ち止めになってくれねぇかなぁ」
ライアンとロックがそんな会話をラリーした。
まだまだ出てくるシリウスのシェルは、総勢500機を軽く越えていた。
「全部で200そこらとか言ってなかったか?」
呆れた様に言ったペイトンは、頭をボリボリと掻きながらウンザリ気味だ。
正直、こんな連中とやり合うのは御免被りたい事だった。
狙ったわけでも無いラッキーヒットだって命取りになり得るのだから。
「あっ!共通作戦状況図と共通戦術状況図が更新した!」
バードが何気なく開けた視界の中のサブ画面にはCTPが映っていた。
その画面に出ている数字情報がサッと更新されたのだ。
「戦闘機338機、シェル591機…… すげぇ……」
バードの言葉にそう返したロック。
それは、残存戦力の一斉在庫処分だった。
「間違い無く…… 史上最大のシェル戦闘になるな」
そう言葉を漏らしたジャクソンだが、全員同じ事を思っていた……




