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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
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救援要請


 ライジング基地中央棟の大食堂はざっくり1000人を収容できる広さだった。

 万民平等という建前で機能するシリウスの社会では、士官も兵卒も同じ食事だ。


 上下の分け隔てなく、皆が平等に接するという理念の具現化でもある。

 だが、その美しい理想は、時として残酷な現実を突きつける時もあった。


 この日、ライジング基地の大食堂へ来ていたBチームの面々は針の筵だった。

 大食堂にある大型スクリーンには、猛砲撃を受けるソーガーが映っていた。

 地上波で放送されるその光景は、想像を絶する威力の艦砲射撃だ。


 ――――すげぇ……


 旧シリウス軍の兵士たちは、複雑な感情でその光景を見ていた。

 一体感を何よりも重視していたシリウス軍故のものなのだろう。

 次々と生まれる巨大な火球は、その熱波により人間をローストしている筈だ。


「まぁ、身から出たさびだ」


 冷たい声音でそう呟いたロック。

 シリウス連邦と国連の担当者が合同で求めた無条件降伏はなされなかった。


 曰く、まだ負けたわけではないだの……

 或いは、一戦もせずに降伏は出来ぬ……だの。

 武人の矜持として、戦って死ぬ事を求めたに等しい返答であった。


 だが、それが時間稼ぎである事は双方ともにわかっていた。

 最後通告から既に6週間が経過し、ソーガー内部では食糧不足が深刻だった。


「……あまり良い光景じゃねぇな」


 腕を組んだまま硬い表情でそれを見ているペイトン。

 その鋭い眼差しには、静かな怒りが込められていた。


「あの光の中に……人が……居る筈なんですよね?」


 艦砲射撃の威力を生で初めて見たらしいヴァシリは、ただただ唖然としていた。

 飛んでもない威力を持つ大気圏外からの攻撃は、地上の地形を変えるほどだ。


「あの火球の下じゃ、一度で100人からが蒸発してるはずだ……」


 項垂れて肩を震わせるライアンは、そんな事を言いつつ首を振った。

 その隣にいたスミスは自らの胸に手を当て、コーランを唱えていた。


 あの蛇蝎の如くシリウス人を忌み嫌っていたアラブの男はもう居ない。

 今はただただ純粋に、人の死を悼む敬虔な祈りだけがそこにあった。


 ――――アッラーフアクバル……

 ――――アッラーフアクバル……

 ――――アッラーフアクバル……


 大食堂の中に居るシリウス人たちが漏らす舌打ちと溜息。

 そして、鋭く冷たい抗議がましい視線。


 Bチームの面々はその全てを一身に集める存在だった。

 地球軍の無慈悲かつ無情な一撃は、シリウス同胞を次々と蒸発させていた。


「いたたまれないね……」


 英語では無く日本語でそう漏らしたバード。

 その隣に居たロックは、合掌させて経文を唱えていた。

 数多の民族と宗教とその祈りが渾然と一体になった空間だ。


 食料の欠乏が招いた破れかぶれの出撃は、破滅的な終りを迎える事になった。

 統制の取れていない突撃隊による出撃準備は敵対行動だと認定されたのだ。

 平和的な解決を目指していた連邦代表部も、ついに重い腰を上げた。


 そして迎えたこの日、1時間以内に先の最後通告の返答をせよと迫った。

 受け入れた場合には十分な食糧支援とシリウス社会への復帰が示されていた。


『Bチーム全員聞こえているか?』


 唐突に脳内へと響くテッド大佐の声。

 その声にバードはふと表情を変えた。

 全員が返答を送り、テッド大佐は話を切りだした。


『オーグの代表部が公式にシリウス軍の残党へ救助要請を出した』


 バードの表情がスッと変わった。

 その一言はつまり、最後の決戦への序章だ。


『現状、オーグ陣地は防衛隊がほぼ壊滅状態だ。このまま行けば、あと30分ほどでソーガー県の陸地は半分になる。大半が中央海に沈みソーガー湾と名前を変える事だろう』


 余り洒落にならない事態だが、それでもそれが現実だ。

 大気圏外からの容赦無い一撃は、全てを破壊する神の鉾だ。


『シリウス宇宙軍の残党は第5惑星セトの衛星に展開しているようだ。総戦力は大くて10飛行団程度だろう。ただ、そのどれもが相当の腕利きだ』


 テッド大佐が遠慮無く『腕利き』と表現した以上、生中な腕では無いだろう。

 思わず生唾を飲み込んだバードだが、その動きは実に自然だった。


『だが、その為に全員を鍛えてきた。余裕ある勝ちとは行かないだろうが、むざむざ負けるような事もないだろう。危険なミッションだが、逆に言えばコレでチェックメイトだ。最後の最後まで残っていた奴らの気力をコレでへし折ってやろう』


 テッド大佐の指示は至極簡単なもので、考えるまでもなかった。

 要するに、全員宇宙へ上がって来いと言うモノだった。











 ――――――――ニューホライズン周回軌道 高度750キロ

           強襲降下揚陸艦 ハンフリー艦内

           2302年 3月21日 午後3時過ぎ











 ライジング基地には大気圏往還機が待機していた。

 そして、まるで予定通りと言うが如くに基地を飛び立って行った。

 グングンと高度を上げる機の中で、バードは地上を眺めていた。


 ――次に降りる時は決戦だろうな……


 何の根拠もないことだが、バードはそう直感していた。

 緑溢れるラウ大陸の大地が、今は大判地図のようなサイズに見えた。


「なに黄昏てんだよ」


 ロックの声で我に返ったバードは、ややはにかんだ顔で言った。


「なんかヤバそうだよなぁって」

「……そりゃ否定しねぇが」


 ロックも窓の下を眺めた。

 ニューホライズン最大海洋の中央海には、低気圧の渦巻きが幾つかあった。


「テッド隊長もソロマチン大佐もここで生まれたんだよね」

「あぁ。で…… 一体どうした?」

「いや、あのね」


 しばらく考え込んだバードは、どんな表情を作って良いのか分からずにいた。

 内心の奥底にある拭いがたい本音が沸き起こってきたのだ。


「……この戦いが終ったら、どうなるんだろうって」

「そりゃ、シリウスは連邦国家になってるし――」


 ロックは両手を広げ、バードを安心させるようにしていた。


「――惑星単位の連合国家になるんじゃねぇのかと俺は思うが」

「……そうなんだけどね」


 表情の曇ったバードの姿に、ロックは小さく『そうか……』と呟いた。


「まぁ、俺たちは俺たちで、またなんかしら仕事を押し付けられるさ。少なくともサイボーグは便利な存在だし、打たれ強いし、世の中の役に立つ」


 だろ?と柔らかな表情で言ったロック。

 気がつけば往還機の内部から重力が消えつつあった。

 窓の外には漆黒の宇宙が広がり、頭上にはニューホライズンの青い海があった。


「結局、馬車馬みたいに働かされそうだよね」

「そりゃ仕方がねぇさ。それに、死ぬまで働くのは生身も一緒だ。それに……」


 辺りを確かめ聞き耳がない事を見て取ったロックはニヤリと笑った。


「俺たちは生身よりよほど有利だし、危ない橋を渡って行く事も出来る」


 それが何を意味するのか解らない事もないだけに、バードも苦笑いだ。


「色々あってハードラックな運命だけどよ、少しくらいは自分で切りひらかねぇとダメだと思うんだよ。それこそ昔から言うように、最後には運命を掌る神って奴を笑わしてやろうぜ」

「……例えそれが苦笑いでも……でしょ?」

「そう言うこった」


 ある意味、ロックは究極のポジティブ思考といえるタイプだ。

 失敗するかも……と言う危険性をあまり考慮しない。

 あの父の姿にもだぶって見えるバードは、その実を良く理解していた。


 事の成る成らぬはあまり重要ではないのだ。

 まずは全力で事に当る事。余力を残す事は恥だと考える事。

 そして、目標や目的の達成こそが主眼であり、自分の身はあまり省みない。


 よしんば目標を達成できなかった時、余力を残していたら後悔する。

 だからこそ、常に全力で、全身全霊を掛けて事を成さんと努力するのだろう。


 ――テッド隊長みたい……


 バードは率直にそんな事を思った。

 ロックの父親がそうであるように、テッドもまた同じような部分がある。

 そしてそれは、エディの姿にもだぶって見えるものだった。


「まぁ、面倒は後で考えよう。さぁ行こうぜ」


 ハンフリーの艦内へと入った往還機は、シェルデッキの脇に係留された。

 地上からの新鮮な空気を宇宙船へと持ち込む往還機は往々にして歓迎される。

 ボーティングブリッジを接続する者は、最初にその空気を吸えるのだ。


 ――――やっぱ地上の空気は甘いっすね!


 喜色を溢れさすオペレーターに『ありがとう』を言い、バードは艦内へ入った。

 直接的なガス交換を必要としないサイボーグなのだが、それでも……


 ――艦内の空気は悪いね……


 慢性鼻炎やぜん息の症状を訴えるのは、宇宙飛行士の職業病だ。

 そんなクルーたちを他所にガンルームへとやって来たバードたちBチーム。

 彼らを待っていたのは、テッド大佐だった。


「全員ご苦労だな」


 楽しそうな表情で書類を読みつつ、テッドはコーヒーを飲んでいた。

 まるでこれからピクニックにでも出かけるような、そんな表情だ。


「……やる気満々ですね、ボス」


 ペイトンはジョンソン譲りの言葉で、テッド大佐をボスと呼んだ。

 ただ、それに返答する前にジャクソンが先に口を挟んでいた。


「そりゃそうだぜ。オヤジにゃ待ちに待ったゲームセットだからな」


 ボスではなくオヤジと表現したジャクソンに声にバードが笑う。

 ただ、アナを含めた新人五人組は、テッド大佐との距離感を掴めていなかった。


「まぁ良い、全員ちょっと座れ」


 そう言いつつ、ドリーを従え全員の前に立ったテッド。

 かつてのBチームそのものな流れに、ロックとバードは顔を見合わせ笑った。


「現状における戦況の話だが――」


 テッドはトップシークレットの文字がある書類を全員に配った。

 赤い文字で書かれたアイズオンリーのスタンプは、持ち帰り禁止を指す言葉だ。


 その表紙をめくって文字の列を目で追ったバードは、思わず目頭を押さえた。

 並んでいた文字は、本当に最後の最後であると宣言するモノだった。


「――第5惑星セトの衛星の一つ。コード0503011.通称はオグノと呼ばれる小さな衛星だ。最大直径20キロほどだが、内部は完全に空洞となっている」


 資料をめくりつつ話を聞くバードは、そこに並ぶ文字を追い掛けていた。

 アリョーシャによるレポートは、これから迎える決戦の中身を説明するものだ。


「元々はジルコニウム鉱山だったらしいが、今はシリウス軍の秘密基地だ。そして、ここにはシリウス軍再興を図る上での切り札が温存されていた。あのウルフライダーたちの巣だ。そして、それだけでなくウルフライダーたちが育てた教官やアグレッサーパイロットが揃っている」


 バードは思わずロックに目をやった。

 とんでもない腕利きの実態が想像以上だったからだ。


「しかしまぁ、相手にするにゃ申し分ねぇってこってすね」


 バードの視線の先にいるロックは、僅かに肩を揺すって笑いを飲み込んだ。

 死線の先に自らの生を置く生粋の侍は、避けられぬ戦いに滾っていた。


「おぃおぃ……」


 そんなロックを楽しそうに眺めたテッド大佐は、思わず笑っていた。

 手塩に掛けて育ててきたトンでもない跳ね返りも、いつの間にか大人になった。

 コレなら問題あるまいと思うのだが……


「ところで、こっちはどんな陣容ですか?」


 ドリーはそんな質問をぶつけた。

 現状の隊長が聞いてないと言う事態に皆が驚く。


 だが、テッド大佐は事も無げに切り出した。

 さもそれが当然であるかのように……だ。


「現状の主力艦隊はここへ置いておく。ウルフライダー一派は各チームの船と艦載機を持った空母で叩く。そして、叩くのは航空戦力だけだ。基地には手を出さないし、出す必要もない――」


 テッド大佐は資料をめくれとジェスチャーした。

 それに合わせページをめくったバードは、その主眼を理解した。


「――あくまで目標は地上戦力であるソーガ―をへし折ることだ。そして、独立闘争委員会とそれに連なる一派のみを一網打尽に叩き潰す事。それ以上は考えないし求めもしない。無駄に全滅させてしまえば余計な恨みを買うだろ?」


 噛み砕いて言い聞かせるようにする姿は昔のままだ。

 それに気がついたロックや他の面々が笑みを浮かべる。


 テッド大佐にすれば、ロックはいつまで経っても手の掛かる息子なのだ。

 モノの因果をひとつひとつ噛み砕いて説明してやらなければならない。

 だが、その姿はどこか嬉しそうで、楽しそうだ。


「……まぁ、そりゃそうですけど」


 苦笑いを浮かべつつロックはそう返答した。

 その言葉に古いメンツが笑い出し、バードも釣られて笑っていた。


「とりあえずは全員待機していてくれ。恐らく明日には戦闘状態となる。それまでソーガーが持ってくれれば……だがな」


 ――持たせるんでしょ?


 内心でそんな事を思ったバードは、チームの面々を見て覚悟を決めた。

 限界を超えた限界戦闘は、すぐそこまで迫っていた……

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