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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第17話 オペレーション・ラウンドアップ
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降伏勧告


 昼下がりのライジング基地に穏やかな日差しが降り注ぐ午後。

 暖かな空気の溜まっているハンガー前に、ロックとバードの2人が居た。


 準戦時体制ではあるが、公式には休業日といえる土曜日の午後だ。

 さすがに酒は飲めないものの、2人は冷たいものを飲みつつ、日光浴中だった。


「なぁ……」


 そんなところへやって来たのはライアンだった。


「あぁ?」


 抜けた調子で返答したロックは、ハンガーに広げたビーチベッドの上だ。

 その隣にはバードが居て、同じように日光浴しつつ書類を読んでいた。


 重量のあるサイボーグだから、それなりに慎重に乗らなければならない筈。

 だが、2人ともそんな事を気にする素振りが一切なかった。


「俺たち……こんな事してて良いのか?」


 腕を組み、やや険しい表情で首をかしげるライアン。

 だが、ロックもバードも緩み切っていた。


「良いんじゃねぇの?」

「私たちの出番はもうちょっと先じゃない?」


 地球からの補給船団が到着した時に聞いた話では、まだしばらく余裕がある筈。

 バードはそう理解していたし、ロックも鉄火場を覚悟しつつ今を楽しんでいた。

 だが……


「なんか心配事でもあるのかよ」


 ロックは逆にライアンへと問い掛けた。

 普段ならばチームの中で一番いい加減な存在の筈のライアン。

 天真爛漫系な我儘キャラで、尚且つ人に可愛がられる人徳持ちだ。


 そんなライアンも、自分の下が出来てからは明確に成長していた。

 我儘な振る舞いが影を潜め、いつの間にか思慮深く振舞うようになっていた。


 何より、手本を示すと言うテッド大佐の生き方をライアンがしていたのだ。


「いや、この身体さぁ――」


 ライアンは自分の胸に手を当てて言った。

 地球から遥々運ばれてきた新しいボディは、サイバーダイン社の試作品だ。

 G30シリーズの問題点を洗い出し、その上で徹底的に改良したらしい。


 ただ、この新しい機体はとんでもない代物だった。

 便宜上はG35シリーズと呼ばれているが、中身は完全に別モノなのだ。


 何より先ず、圧倒的に軽い機体だ。

 説明によれば、大胆に新素材を使い、重量配分を見直したとある。

 また、リアクターやバッテリーなどは新開発による抜本的改善を行なっていた。


 そして、これまた地味な改善だが、高密度実装のレイアウト変更を行なった。

 従来のG30シリーズでも男性型の場合は軽く150kgのヘヴィー級だった。

 バードやアナが使う女性型でも120kgは普通にあったのだ。


「――あれこれテストした方が良いんじゃねぇ?」


 ライアンが何となく警戒感を崩してないのは、実績の全く無い機体と言う事だ。

 G30までは第一世代であるG0シリーズからの発展設計でしかない。


 だが、このG35はまさにゼロからの再設計を行なっていた。

 技術的な進化を全面的に取り入れ、フレーム設計からやり直していた。

 その結果として、メインフレームとなる背骨周りの可動域が大きく広がった。

 また、胸腔内や腹腔内の余裕度が大きくなり、油圧ポンプが改善されていた。

 従来の寸法優先から能力優先に変わったのだ。


 その結果、手足などの四肢部分から複雑なリンケージが消えていた。

 少ない力を有効に使う梃子の原理がなくなり、油圧シリンダーだけになった。

 また、シリンダ自体が基礎骨格になった結果として、軽量化が図られていた。


「耐久性とかのテストはした方が良いと思うけど――」


 やんわりと同意したバードだが、それでも暢気にビーチベッドの上にいる。

 正直に言えば、現状が楽しいのだ。なぜなら……


「――でも、今はコレを楽しもうよ。40kgもダイエットしたんだからさ」


 明るい声でそう言ったバード。

 実際の話として、その姿は文字通りの別人だった。


 生身の人間だって、40キロものダイエットをすれば別人に見えるもの。

 G35系に切り替えたバードの姿は、細くてしなやかな印象になっていた。

 それは印象論としてのものでは無く本当に細いのだ。


 手首や足首だけで無く、四肢の全てが細くて繊細だ。

 それだけで無く、胴体部分は小さくコンパクトにまとめられている。


 ややもすれば白人型体系と呼ばれたバードだが、今はそれを凌駕した。

 一言でいうなら、トップモデル型の体系となっていた。


「相方だってこう言ってるし、どうして持って言うならCQBだけ付き合うぜ?」


 そんな風に返答したロックだが、彼を相手のCQBは文字通りの命懸けだ。

 思わず首を振ったライアンは、参った参ったの表情だ。


 ただ、そんな2人を見ているバードは朗らかな表情だった。

 女なら誰だってときめくような、匂い立つ男ぶりを発揮する2人だった。











 ――――――――リョーガー大陸西部 ライジング基地

           2302年 2月4日 午後1時過ぎ











「なんだ、こんな所に居たのか」


 ロックとライアンを眺めていたバードは、その声に驚いて発言者を探した。

 声のトーンからジャクソンだとすぐに気が付いたバードだが……


「ん?」

「なんかあった?」


 ロックもライアンも緩い調子だった。

 仮にもチームの副長なジャクソン相手だが、本当に緩いのだ。


「なんかもなにも――」


 ジャクソンは右目を閉じて赤外通信のポートを開けた。

 それを見たロックとライアンは素早く受信体制に切り替える。

 もちろん、ギリギリの角度で受信エリアに入っているバードもだが……


「――先ほど、コレが送られてきた」


 ジャクソンが言う件の内容は、今さら驚く様な事では無かった。

 だが、覚悟を決めておかねばならない……と、そう再認識もさせられた。


「あの……クソども……」

「やる気満々じゃねぇかよ」


 ロックとライアンは顔を見合わせ、各々にそう呟いた。

 同じ情報を受け取ったバードとて、『うわぁ』とこぼす。

 それは、文字通りのハリネズミ体制となったAEGの陣地映像だった。


「支援者が居るってのはまんざら嘘でもねぇって事か」


 映像資料を見つつ、ロックはそんな事を呟いた。

 オーグを支援しているのは、シリウス全土にいる反地球思想者たちだった。

 そして、逆説的に言えば地球親派による社会を歓迎しない層と言う事だ。


 シリウスが独立してくれた方が都合が良い人々。

 いや、もっと有態に言えば、独立闘争をし続けてくれた方が都合が良い人々。

 戦争状態を維持し、さまざまな形で利益を得たりキックバックを得る人々。


 そんな、かつては死の商人と呼ばれた人々による支援だ。


「まぁ、この装備を見りゃ……なぁ……」


 溜息混じりにライアンもそうこぼした。

 オーグを形作るシリウス軍強硬派の残党たちは、驚くほど洗練された装備だ。

 ありあわせの自家用車などを使い、ゲリラとは言い難い程の統制を見せている。


 彼らオーグは支援者による物資や財政の支援を受け、組織再編を完了していた。

 突撃隊と呼ばれる攻勢組織は、リョーガー最大の補給廠に襲い掛かっていた。


「ザリシャグラードがあんなに脆いとは思わなかった」


 僅かに不機嫌そうな口調でバードが言った。

 その突撃隊は、ティルトローター機などを使いザリシャを急襲したのだ。


 結果、装甲戦闘車両や重火器、野砲などの戦闘兵器が奪われた。

 またそれだけでなく、食料や弾薬、医療品と言った輜重品が根こそぎやられた。

 それらを運び込んだソーガーでは、防衛隊と呼ばれる守勢組織が陣地化を完了。


 マスコミを集めセンセーショナルな公開を行なっていたのだった。


 ――――シリウスに生きる諸君!

 ――――まだ遅くない!

 ――――共に戦おう!

 ――――我々は諸君らの力を必要としている!


 組織の代表となったドーミン議長が指を刺すポーズでそう呼びかけていた。

 社会の不平不満を吸収し、地球への反発心に期待する戦略だった。


「……なんか本気でハリネズミ状態だぜ」


 ウンザリ気味にそう呟いたライアンは、地面を蹴りつつ頭をかいた。

 その言葉に込めた本音は、実にシンプルなものだ。つまり……


「エディの無茶振りが来そうだぜ」


 ジャクソンもそれを危惧していた。

 Bチームを含めたサイボーグチーム全てがシリウスの地上にいる。

 その全てを動員し、『犠牲を厭わず破壊せよ』と命令するかも知れない。

 或いは、調整の続いているシェル用大気圏内エンジンがデビューするかも……


「正直、歓迎しねぇな」


 ジャクソンの言葉にロックがそう返した。

 その隣にいるバードもウンウンと頷いていた。

 ただ、全員の心の奥底にある本音は別のものだ。


 やや緊張した面持ちのバードがこめかみをトントンと叩く。

 それが意味するのは、赤外通信のポートを開けと言うサイン。

 全員がバードの目を見たとき、バードは本音を切り出した。


【シリウス軍もグルかな?】


 シリウス軍の基地に居候している以上、盗聴器などがあると考えた方が良い。

 政治将校による思想統制と風紀の引き締めが行なわれてきた組織なのだ。


 公式には停戦状態となっていて、地球軍とシリウス軍は敵対関係ではない。

 シリウス連合は地球の国連組織に加入を果たし、既に一体となっている組織だ。


 だが、如何なる組織とて派閥と言う壁が存在する。

 人間は3人集まった時点で派閥ができるのだ。


【オーグの連中がザリシャに殴りこんだのを静観したんだよな……】

【黒じゃねぇけど白でもねぇと思った方が良いな】


 ライアンとロックはそんな会話をした。

 赤外による暗号通信なので傍受される危険性は非常に少ない。

 だが、そもそもここに来て装備したG35自体を監視している可能性もある。


 情報の取り扱いに関するクリアランスαを持つ者ばかりだ。

 勢いこういう部分では慎重に振舞う癖が付いている。

 そしてここでは、万が一にも完全に白だった場合の可能性を考慮していた。


 基地にやって来た地球軍の士官がシリウス軍を疑っている。

 その事実が広まる事の方が、後々を思えば都合が悪いからだ。


【新生シリウス軍内部にもオーグ支援者が存在する……って可能性だな】


 ジャクソンもまたそれを思っていた。

 地球軍と一体化したシリウス軍には豊富な補給が施されていた。

 その上で、武装解除を進め、組織を再編し、シリウスの掌握に努めている。


 何を警戒しているのだろうか?と、バードはそれを疑問に思った。

 シリウス軍がオーグとの直接対峙を避ける理由が思いつかないのだ。


【まぁ、最後はエディの腹一つだな】


 ライアンの言葉が赤外に流れ、皆が僅かに首肯する。

 何処まで言っても使われる側にいる者たちばかりだ。

 命令や支持が出たなら、それに従うだけ。


【だよねぇ…… エディが何をどう考えるか…… って、あっ!】


 バードの脳裏に何かが閃いた。

 そして、諸々の組織が持つ思惑を横に繋ぐ糸が見えてきた。


 ライアンとロックがチラリと視線を交わしてからバードを見た。

 その向こうにいるジャクソンも、腕を組んだままで見ていた。


【仮にの話だけど…… エディがシリウス軍に静観を支持してたとしたら……】


 何となく思いつきだが、それでも筋の通る説明は出来そうな気がした。

 まず、オーグ構成者の大半が、ただのシリウス人だ。

 独立闘争委員会の面々が参加をしているが、手を汚しているわけではない。


 つまりそれは、シリウス人同士で憎悪を募らせる手法だ。

 シリウス人同士による戦闘を行い、双方にしこりを残させるのだろう。

 理屈や理論や思想信念ではなく、ただただ単純に、奴等が憎いと思わせる……


 それにより、シリウスは再び動乱の時代を迎えるかも知れない。

 或いは、地域地域毎に独立を選ぶかも知れない。


 誰が言った言葉かはわからないが、人口に膾炙し続ける格言がある。


 ――――平和は大勢の人によって守られるもの。

 ――――でも悪魔は、平和な時にも、

 ――――もっと大勢の人たちの中で生きようとする


 つまりそれは、自分の方が優れていると思いたい願望であり……

 違う角度で見れば、他人よりも優越的な立場に居たいと言う欲望であり……

 そして……


【最終的にエディが消し去りたいのはアレだろ?】


 ロックはライアンの方を見ながらそう言葉を流した。

 そのライアンも首肯を返しつつ言う。


【あの独立闘争委員会とか言う奴らだ】

【じゃぁ、仮に――】


 ロックは腕を組みながら思案しつつ全員の目を見て言った。


【――エディが静観を命じているとしたら、それはあのオーグからシリウス人の引っ剥がす最後の遠心分離中って事だな】


 その見識に、全員が首肯を返した。

 ただ、それが間違いでは無い事は全員がすぐに知る事になった。


 その日の夕方、シリウス連合は公式ルートを使い地球政府に協力を要請した。

 つまりは、国連と言う組織の中で、反地球組織を壊滅させたいと発言したのだ。


 結果論として、それはオーグの構成員が最も絶望を感じる者になった。

 それを言い出したのが、彼らと同じシリウス人自身だったからだ。

 自分たちがシリウスの中でマイノリティでしかない事を突き付けられた形。

 ただのノイジーマイノリティでしかない事を、これ以上なく突き付けられた。


 そして最後の止めはマスコミ経由の記者会見だった。

 国連派遣団とシリウス連邦の共同記者会見上において発表された文章。

 それは、ソーガー県に立て篭もる反乱分子への最後通告。


 24時間以内の無条件降伏を要求したのだ。

 そして、拒否した場合には、総力艦砲射撃を実行する……と。

 一切の容赦なく、ソーガー県をニューホライズンがら消滅させると通告した。

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