再開されたテロ闘争<後編>
~承前
「なんてこった……」
モニターを眺めていたライアンは、小さな声でそう吐き捨てた。
リョーガーの地上波を受信しているテレビでは、昨日のテロが総括されていた。
全土のテロ件数122件という数字に、渋い表情を浮かべていた。
衝撃的なテロの発生から10日。
全土で断続的に発生し続ける爆弾テロは、治安維持部隊の限界を越えている。
最初は人では無く施設を狙っていたテロだが、3日目には人が狙われていた。
「極めつけに酷い数字だな」
同じようにテレビを見つつコーヒーを飲んでいたビルも、そう相槌を打った。
死者は昨日だけでも千人を越えていて、テロ活動開始からの累計死者は……
「全部で2万人オーバーかよ。クソが」
同じように吐き捨てたペイトンは、不機嫌そうに足を組み替えた。
ニューホライズン全土に非常事態が宣言され、警察機構が強力に捜査している。
だが、このテロは今までと全く違う様相を呈していた。
次に起きそうな場所が全く想像付かないのだ。
現状狙われているのは、人の集まるショッピングモールなどだ。
また、公共交通機関など、不特定多数が利用する場所も危険だった。
結果、広域バスの運転手組合はテロによる被害を恐れ、乗務を拒否しはじめた。
さらに、広域交通を担う民間航空各社は自主的に飛行を取りやめ始めた。
地上の広域交通網は麻痺状態に陥った。
市民の移動は大きな制約を受け、主要な幹線道路は慢性渋滞となっていた。
テロの根本は、市民生活を妨害し、恐怖と嫌悪感を植えつける事にある。
その意味においては、テロと言う行為が成功している状態だった。
ただ、市民の犠牲が増えた結果、強行派が完全に社会から浮き始めた。
そもそもは、地球になびく層への嫌がらせが目的だったはずだ。
脅迫的に支持を取り付け、必要物資を提供させるのが主眼だったはず。
その目論見は完全に瓦解していた。
テロを始めた強行派は、ここに至りテロとは無関係を言い出した。
――――我々はテロを行っていない!
――――これは地球軍による官製テロだ!
ソーガー県に逃げ込んだ強行派のスポークスマンは、同じ言葉を繰り返した。
しかし、もはやその声を信じる者など殆ど居なかった。
テロの実態は、シリウス市民にたまっている不平不満の捌け口だったからだ。
地球から持ち込まれる食料などにより、全土の飢餓状態は解消しつつある。
しかし、それとていつまで続くか分からない現状では、民衆の不安は消えない。
つまりは『仕事が欲しい』『安定が欲しい』『安心したい』そんな真理。
だからといってテロが容認できるかと言えば、それはあり得ない話だ。
不可抗力により葬儀や復興や再建で仕事が生まれつつあるのだが……
「要するに、あのソーガー県の強行派も全体を統制出来てないと言う事ですね」
アナは何処か涼しい顔でそう言いきった。
ただ、その分析もあながち間違いでは無いようだ。
強行派は、組織の維持にすら苦しんでいるらしい。
それは新聞などのマスコミ対応を見ていれば分かることだ。
テレビに映るスポークスマンは窶れていて、碌な食事も出来ていないようだ。
そして、もっとも顕著にそれが現れるシーン。
カメラの前に立つ旧ジュザ議会の議長、ギャビー・ドーミンは盛んに言う。
――――我々こそが正当なジュザの代表だ
――――シリウス全土の同士が我々の活動に同調しているのだ!
――――地球へと同調するシリウス人など正当なシリウス人ではない!
強気の言葉を張り上げ、一方的に相手を攻撃する様は弱さの裏返しだ。
当事者こそ重要な事だと勘違いするのだが、第三者は全く違う見方をする。
つまり、喚こうが叫ぼうが『どうぞご勝手に』と、相手にされないのだ。
「今までやりたい放題出来ていたんだろうけどさ」
「いきなり無視されたら、そりゃ気も狂わんばかりに喚きますよねぇ」
バードとアナは顔を見合わせて微妙な表情を見せ合った。
呆れている。或いは、落胆している。そんな調子だ。
現状は、アドホック・ウォーですら無い事態。
突発的に発生する不平不満の捌け口に過ぎず、社会的弱者が割を喰っている。
これは、暴力の竜巻と呼ばれる第5世代戦争そのものだった。
「もうちょっと潔くならないもんかしらねぇ」
「本当に紳士的に潔かったら、今頃とっくに地球へ帰ってますよ」
「それもそうね」
溜息混じりにそうこぼしたバード。
ソレと同じタイミングで基地に爆音が響いた。
やや離れたハンガーの所で、オージン向け大気圏内エンジンの調整中だ。
ロックとダニーが繰り返しテストをしていて、セッティングは順調だった。
ニューホライズンの大気圏内を熱核ジェットで飛ぶわけには行かない。
それ故、Bチームの面々はシェルのエンジンを慎重にテスト中だった。
「大気圏内をシェルで飛ぶんでしょうか?」
アナは余り歓迎しないと言った調子でぼやいた。
正直言えば、それは歓迎しないのでは無くやりたくない事だ。
だが、出撃命令が出たなら、それをせざるを得ない。
軍隊とはそう言う組織であり、参加している以上は宿命だ。
個人の希望や主義主張をどうのこうのと言える環境じゃ無かった。
「まぁ、実際は大したこと無いよ」
バードは精一杯の強がりを吐いた。
ただ、中国内陸部で経験した事は、アナもデータとして知っている。
最後まで諦めず、捨て鉢にもならず救助を受けるべく努力した事も。
サイボーグの隊員に掛かる経費は、正直洒落にならないレベルだ。
そんな高価な装備を独占しているのだから、文句を言う前に働くべきだ。
「でも、以前墜落されたとか……」
正直にカミングアウトしろ!と、話を振ったアナ。
それを言うか?と恥ずかしそうなバードは、抗議がましい目でアナを見た。
いつの間にかチームへ溶けこんでる立派な姿だった。
「あんときゃ大変だったぜ。怒り狂ったバーディーはマジでおっかねぇ」
アラビアコーヒーのカップを下ろしながら、スミスは楽しそうに言った。
あの垂直孔に突入した者ならば、誰でも思う事なのだろうが……
「でも、結果論としては上手く行ったわよ?」
ニコリと笑ってそう応えたバード。
それを聞いていた面々が生笑いを返すのだった。
「所で……」
アナは再びモニターを指さした。
先ほどから大声で演説するドーミン議長は、身振り手振りを交えていた。
ソーガー県議会は亡命ジュザ政府と合流して新組織となっていた。
――――我々の闘争は市民を相手にするものでは無い!
――――全土に散らばる我々の同志よ!
――――目的と手段を履き違えてはいけない!
その言葉を聞いていたバードの表情が変わった。
「……伊達に議長やってたわけじゃ無いんだね」
そこには一定の説得力があった。
シリウス全土で発生しているただの癇癪は、統制もクソも無い状態だった。
強行派にだって戦略や戦術を検討するセクションはある筈だ。
だが、現状では手当たり次第に暴れているだけだった。
「なんとか取り込みたいんだろうな」
ビルはそんな分析をしていた。
社会に対する不平不満を上手く掬い上げられれば、それは支持層となるはずだ。
しかし、好き勝手にテロを起こしている連中は、文字通りの愉快犯状態だ。
人の集まる所でテロをやり、それによって人々や社会が大騒ぎをする。
それを見ているのが楽しいと言う、もっとも悪い動機に駆り立てられている。
正規軍が最も苦手とする敵であり、事実上勝てる相手ではない。
彼らは逮捕検挙されない事で勝利し、軍はテロの発生をゆるす事で敗北する。
「非対称戦争の極地だな」
ずっと黙っていたジャクソンがそれを言った。
元警察官としては、現状が歯がゆくて仕方が無いのだろう。
テロリストを検挙捕縛し、次の事件発生を防ぐ。
それは、見せしめ的な意味となり、次の次の事件発生を防ぐ。
結局は失敗すると言う空気が広まれば、もはやテロは続かなくなるはずだった。
だが……
――――我々は地球に縛られた魂を開放するのだ!
――――我々は未だ目覚めぬ者を起こして回るのだ!
モニターの向こうにいたドーミン議長は、机をたたきながら演説していた。
喉も嗄れよと声を張り上げている。強く熱く心滾る様子で叫んでいる。
その姿は、何のポリシーもない者には鬱陶しいレベルかも知れない……
――――市民よ!
――――銃を取れ!
――――偽の為政者を倒すのだ!
「それで死者2万オーバーかよ……」
フフフと笑ったダブがボソリと言った。
その隣で立ったままモニターを見つめていたビッキーも口を開いた。
「自分以外の誰かが死んで革命達成ってか……結構な連中だ」
不快感を露わにしたビッキーの様子にバードは内心でほくそえんだ。
北欧系と聞いていたが、やはりそれは民族的な特徴なのかも知れない。
どれ程に時代が変遷しても、赤化革命の余波を受けた混乱の記憶が残っている。
ソヴィエト社会成立のコストとして捧げられた人命の数だけ、それがあるのだ。
「結局、自分の手を汚す覚悟がねぇ奴には出来ねぇってな……」
ペイトンの言葉にライアンは首肯を返した。
NPO団体を隠れ蓑にキングメーカーを気取った奴の末路は大体同じだ。
どれ程に心酔する者ばかりでも、いつか必ずその魔法は解ける。
そして、我に返った瞬間に現実を突きつけられ、儚い妄想だったと悟るのだ。
「まぁ、いずれにせよだ――」
Bチームに宛がわれた室内で書類を読んでいたドリーが最後に口を開いた。
呆れ気味でモニターを見ていたが、やはり内心は面白くないのだろう。
「――いつ何処へ行けと言われるか解らないからな。心の準備だけはしっかり」
それはまさにBチームの宿命だ。そして同時に、501中隊の宿命でもある。
ニューホライズン全土へ分散展開する中隊各チームは、名目上大気中なのだ。
「まだなんか……イベントありそうだしね」
強気の言葉を吐いたバード。
当人はいたって能天気にモノを言ったはずだった。
だが、それを聞いたスミスやビルが笑っていた。
もちろん、ジャクソンやペイトンもだ。
「バーディーもヴェテランっぽい空気になってきたな」
「人間は成長するもんさ」
ジャクソンの言葉にドリーがそう応える。
それを聞いていたバードは、近くに座っていたアナを見て言った。
「どうせ成長するなら、もっと胸が大きくならないもんかなぁ アナ位に」
自分の胸を押さえてそう言ったバード。
そんな際どいジョークをも飛ばせるほどに成長していた。
『そうですか?』と自分の胸を押さえるアナとのコントラストに皆が笑う。
肉体的成長の無い悲しさを笑い飛ばせる強さは、場数と経験だった。
ただ、どれ程に場数をこなし経験を積み重ねても出来ない事だってある。
その日の夕方に放送されたニュースを見ていた面々は、一様に不機嫌だ。
「オーグ……だってよ……」
テレビモニターに向かってボソリと呟いたダニーは、事更に不機嫌そうだった。
ソーガーに逃げ込んだ強硬派による糾合が結果を出し始めたのだ。
ニューホライズンの全土には反地球的思想傾向の者はまだまだ沢山存在した。
実際の話として、そう刷り込まれて育った者なら、今さらと言う想いが強い。
また、旧シリウス軍内部で猛烈な出世競争を行ってきた者にすれば良い迷惑だ。
やっと掴んだ軍内部における肩書きや権力や特権と言ったものが意味を失った。
人生を掛けてそれを行なった者にすれば、急にはしごを外された状態なのだ。
「まぁ、要するにさ……」
「暗黒状態でも良いから存続してくれって事だろ?」
説明しようとしたビルだが、その一瞬の間に自分の言葉をねじ込んだスミス。
ビルは黙って首肯しつつ、頭をポリポリと掻きながら言った。
「実際、シリウス内部には思想傾向としてではなく生理的に地球が嫌いって層が居るんだろうな。負の教育を受け続けただとしても……」
ビルの呟きに『そりゃ仕方ねぇ』とロックが言った。
「俺とかバードは日本人だが――」
バードをチラリと見ながらロックが話を切り出す。
そんな姿を見ながら、バードは笑みを浮かべていた。
「――日本人と言うだけで生理的に嫌いって国があるんだよ」
それが何を意味するのかは、誰もが理解していた。
支離滅裂な主義主張を繰り広げ、自分たちだけで勝手に盛り上がる自称被害者。
そんな者達に利用されるだけ利用される運命は如何ともしがたいのだ。
「しかし、今時になって反地球連合・AEGを名乗るとはねぇ」
極め付けに不愉快そうな表情のドリー。
その言葉を聞いたダニーもまた、事更に不機嫌だった。
「……オーグってなんですか??」
たまらずそ質問したアナ。
ダニーはその様子をチラリと見てから、深く深く溜息をこぼした。
そして、手近にあったコーヒーを飲んでから静かに切り出した。
「そもそもAEGってのは、地球の国連組織内部にあった反主流派連合だったんだがな、その実態は要するにアングラビジネスで儲ける国家による、反国連組織そのモノだったのさ。で――」
肩を窄めながらそう言ったダニーは自嘲気味に笑っていた。
バードは直感で『当事者だ!』とそう思った。
いつだったか聞いたテッド大佐の言葉がそれに拍車をかける。
誰にだって秘密の一つや二つはあると言う言葉だった。
「――もっと言えば、史上最大のテロ組織で、尚且つ、全地球的平和組織であるブルースターと戦っていた闘争集団。だが、その実態はただのマッチポンプ集団って訳さ。まぁ、要するにちょっと物騒な金儲けの手段を取ってたって訳だな」
務めて明るい声でそう言ったダニー。
だが、握り締めているその拳は、カタカタと細かく震えていた……




