再開されたテロ闘争<前編>
それは、余りに唐突な発表だった。
――――我々は本来の夢に向かって突き進む!
――――我々は真なるシリウス人である!
――――この大地に生まれたのだ
――――例え死んでもこの星の土へと還る
年が明けた3002年1月7日。
ニューホライズン全土へ向け宣言されたものだった。
シリウス拓殖の夢を見てから早くも150年が経過していた。
シリウスタイムズの1面に躍る文字は、単純だがインパクトがあるものだ。
――――我々こそが正当なジュザ政府である
――――我々こそが正当なシリウス政府である
――――我々こそが正当な指導者である
ある意味では、古き佳き時代と言う事なのだろう。
だが、それに振り回される者にしてみれば、良い迷惑だった。
――――我々は独立闘争委員会の活動再開を宣言する!
ある意味でそれは、悪夢の再開以上なインパクトだ。
血と涙と暴力の連鎖がそこに起きようとしていた。
――――我々は地球を盲信する者達を目覚めさせる
――――我々は武力闘争を再開し抵抗を宣言する
――――地球を信じ地球になびく事は罪なのだ
――――地球との闘争を選ばぬ者は一人残さず死罪だ!
そこに筋の通った理論など無い。
相手を納得させるだけの建前も無い。
ただただ、感情論だけが一人歩きしていた。
死んでも嫌だという感情が駆り立てていた。
地球相手に交渉をする事すら許せないのだろう。
ノイジーマイノリティとは言うが、権利を声高に叫ぶことは害悪だった。
「……これ、どうすると思う?」
午後の優雅なお茶タイム。
一緒にお茶を飲んでいたアナに向かってバードは言った。
「……良く解りませんが――」
飲み止しのカップをソーサーへと戻し、アナは困った様な顔で言った。
正直に言えば、全く理解の範疇を超えている出来事だった。
どこかAIの様な振る舞いをする女なのだ。
複雑な感情の発露についてを言葉にするのは苦手だった。
「――テロが連発するんじゃ無いでしょうか?」
「やっぱそうだよね……」
ウンザリ気味の表情になったバードは、肩をすぼめて見せた。
可動範囲の大きな肩は、自在な動きで感情を露わにしていた。
「どこがやられるかな?」
バードの興味は既にそっちに移っていた。
正直言えば、想定内の所でやられる事に何の恐怖も無い。
幾度か地上に降下し、その都度にシリウス人と言葉を交わしてきた。
その中で気が付いたのは、地上の人々が見せるテロへの慣れだ。
本来は、慣れなどと言ってはいけないのかも知れない。
だが、多くの人々が見せる虚無感と無力感は、確実に慣れと呼べるものだった。
何より、自分以外の誰かが死ぬ事に対する嫌悪感が気迫なのだ。
「むしろ、何人死ぬかが問題じゃ無いでしょうか」
アナが言うとおり、本質的な部分で社会的インパクトを与える事が難しいのだ。
独立闘争委員会がやって来た事は、他人の死を受け入れる訓練だった。
それ自体に何の感慨も無く、ただただ、淡々と受け入れるだけ。
それによる何らかの社会的な変革などあり得ない。
長年かけて仕込んできたシリウス人民の虚無感は、想像以上だ。
そして、現状は彼ら自身がやってきた事で自縄自縛に陥っている。
社会に何かを訴えかけようとテロを起こしても、市民が反応しにくかった。
「……またアッチコッチへ飛ばされそうよ?」
バードもカップを下ろしながら呟くように言った。
現実問題として、地上の警備には限界があった。
シリウス軍は存続しているが、治安維持を目的とする戦闘は不得手だ。
テロリストなどを相手とする非対称戦争では、強力な武装が還って仇になる。
必要なのは、フットワークの良さと思い切りの良さ。
だが、全力で敵を叩き潰す事が金科玉条だったシリウス軍にそれは難しい。
「シリウスの社会に貢献できそうですね」
青い光が降り注ぐ、優雅な午後。アナは微妙な言い回しで苦笑いを浮かべた。
バードもまた苦笑いで首肯を返し、それっきり重い沈黙に落ちてしまった。
だが、その3日後に事態は大きく動くのだった。
――――――――リョーガー大陸西部 旧シリウス軍ライジング基地
2302年 1月 10日 午前8時30分過ぎ
「……こりゃスゲェな……」
ボソリと呟いたロックは、いつでも飛び出せるような戦闘装備姿だ。
シリウス軍の主要拠点だったライジング基地に居候し始めて、既に一ヶ月。
ここでの生活にも慣れてきて、油断をすれば朝寝坊しかねない状況にあった。
だが、この日のテレビは朝から繰り返し、一つのニュースを伝えていた。
リョーガー合衆国の首都サザンクロスで起きた凄惨な爆弾テロだった。
「敵ながらあっぱれって言って良いと思うぜ」
ライアンも戦闘装備を整えた姿でそう言った。
栄える首都の中央部にある大型ドームでは、祝賀式典が準備されていた。
新生シリウス連邦の成立を祝い、更なる発展を目指そうと言うものだ。
だが、テロリストにすれば、それは格好の標的と言う事だ。
そして、もっと言うならば、地球との融和に反対する層には許せない式典だ。
「屋根ごと木っ端微塵にして一網打尽ってな……」
「率直に言えば悪魔の所業です」
苦虫を噛み潰した表情でぼやいたスミス。
そのスミスへと言葉を返したビッキーは表情を失っていた。
重量のあるドームの屋根を壊し、式典会場となった建物を完全に粉砕した。
しかもご丁寧に、出入り口となるゲートを全て爆破してからだ。
「……内部に協力者が居るぜ?」
ペイトンは顎をさすりながらそう言った。
釣り上がったキツネ目は、いつもにも増して糸を引いたように薄い。
シリウス独立を阻止したい層は必ずいる。戦争が続いてほしい者も確実にいる。
そんな者たちにしてみれば、他人がいくら死のうと関係ないのだ。
自分の思想が、自分の理想が。なにより、自分の儲けがいちばん大事。
その為なら多少の死者も許容できるし、社会的に不安定な方が良い。
「総被害は?」
確認するように呟いたジャクソンは、いつの間にか副長らしくなっていた。
全体を見て、必要なところをフォローするのだ。
「死者はドームだけで7千人だ」
ジャクソンの問いにビルがそう答えた。
そして、手にしていたタブレット端末でニュースを検索しつつ計算していた。
「サザンクロス市内だけで10箇所の爆発があり、うち死者が出たのは9箇所」
その言葉に全員が表情を曇らせた。
早朝6時に叩き起こされ、緊急出撃を通告されたBチーム。
だが、被害の状況が明らかになるにつれ、軍ではなく警察掌握案件となった。
各所で凄まじい爆発が発生していたが、そのどれもが人の少ない時間帯だった。
「犠牲者は合計で1万人少々。一番多いのはやはりドームだ」
ビルがテーブルへと降ろしたタブレット端末をヴァシリが取った。
画面に流れるニュースのテロップは、各所の被害を詳細に伝えていた。
「……サザンクロスドーム。中央公会堂。ロイエンタールパーク――」
被害発生箇所を読み上げて行くヴァシリは、緊張しきった表情になっていた。
地上戦らしい地上戦を経験した事がなく、HALOとてまだ数回だ。
何処へ送り込まれるんだろう?と、そんな内心が表情にこぼれているのだった。
「――ブルーライトビルってのも有りますけど……」
被害発生箇所の中にあった高層ビルは、根元から完全に破壊されていた。
中央ゲートが開放される前の爆発は、被害者の減少に一役買っていた。
「シリウス独立戦争の時に荒れるだけ荒れたサザンクロスだが、その復興のシンボルとして建設された高層ビルだ。地上220階のバケモノだ」
ヴァシリの問いにジャクソンがそう答えた。
それを聞いていたバードは、ふと、あの渋谷のビルを思い出した。
「吹っ飛ばされたんなら、今度はてっぺんに降りる事も無さそうだな」
ロックの叩いた軽口に、大笑いが発生した。
あの、トールハンマー作戦に従軍した者の笑いだ。
「……そういえば、東京のビルにHALO降下したって聞きましたね」
アーネストはその笑いに何かを思い出したらしい。
高高度で降下艇を飛び出し、一気に低高度へ遷移して開傘する。
HALOは気合と度胸と根性が要求される戦術だ。
だが、その着地点はビルの屋上で、その広さはそれこそたかが知れている。
高度数十キロからの超高速降下では、それこそピンの頭に立つようなものだ。
そんな困難なミッションをこなした面々を、アーネストは眩しそうに見た。
「しかし、妙だと思いませんか?」
ヴァシリは腕を組んだまま切り出した。
まだどこか遠慮しているような姿だが、それもまた仕方が無いとバードも思う。
溶け込むには時間が掛かるし、もっと言えば『自分の次』が来るまでは無理だ。
ならばこっちも気を使ってやるしかない。
早くチームに溶け込んで、上手く回って行くように。
メンバーの中で『お客さん』から『メンバー』になるように……
「なにが?」
軽い言葉で聞きかえしたバード。ヴァシリは一つ息を飲み込んでから言った。
「被害を増やそうとするのが常道なのに、このテロは被害を少なくしようとしているような気がするんです。厳重警備の会場へ入り込めると言うのに……です」
ドームでは祝賀会が予定されていた筈で、その準備に走り回っていた筈だ。
ロイエンタールパークでは大きなパレードが予定されていたらしい。
ブルーライトビルは新生シリウス連邦の事務所が入っている。
ただ、そのどれもが人の少ない時間を狙っているのだ。
まるで、人的被害を恐れるような振る舞いに、ヴァシリは首をかしげていた。
「まぁ、一言でいえば調整だな」
ヴァシリの問いに答えたのは、心理学者でもあるビルだ。
アカデミックな話をしだすのではなく、噛み砕いて解りやすく説明する。
そんな能力に関していえば、チームで一番の才能だった。
「あのソーガーの連中にしてみれば、テロで勝てるとは土台思っていないのさ」
だろ?と同意を求めるようにヴァシリを見たビル。
ウンウンと首肯したヴァシリは、話の続きを促すようにビルを見た。
「テロ屋連中が先ず狙っているのは、シリウス連邦の発足阻止だろう。そして、それに協力すれば死を向かえると言う警告だ。シリウス人に向かってのメッセージと言って良いことだな。要するに――」
腕を組んでいたビルは、その両腕を広げ芝居がかった姿を見せた。
さぁ見ろ!と視線を集めておいて、言いたい事を言う姿。
テロ屋が目標としているモノを雄弁に語る姿だ。
「――地球に協力するな。地球に抵抗しろ。地球と融和する層は許さない」
小さく『なるほど』と応えたヴァシリは、首肯しつつモニターを見た。
濛々と煙の上がる現場を背景に、女性レポーターがコメントを上げていた。
――――酷い臭いです
――――これは……生物が焼かれる臭いですね
――――なんて酷い光景なんでしょう
「コレくらい大したことないのに……」
ボソッと呟いたバードだが、その隣に居たロックが小さく笑った。
そして、バードの頭をポンポンと叩いた。
「兵隊でなきゃ見ねぇよ。見たらトラウマ一直線だぜ」
「……そうだけどさぁ」
少し不満そうなバードは、やや口を尖らせていた。
戦争の全権代理人として従軍する者にすれば、面白くない一言だ。
「私達は一般の人には信じられない光景を沢山見てきたのよ。金星軌道の上で炎を上げる戦列艦からは人が宇宙に吐き出されてた。遮光幕の下、暗闇ばかりな基地の戦闘でビームを撃ち合ったし…… きっと、そういった記憶や記録は時と共に消えるのよね。何もなかったかの様に忘れ去られて、私たちがどう思って何を考えて、どう苦しんだかも……」
トラウマに苦しんだバードの姿を知る者は、そこにバードの憤りを見た。
そしてそこに、全ての兵士の本音を感じていた。
同情や慰めが欲しいのではない。名誉を与えて欲しいのでもない。
それは、ただただ単純でシンプルな感情だった。
「バード……」
黙って肩を抱き寄せたロック。バードはされるに任せていた。
震えるほどの悲しみを両手一杯に抱えつつも、泣く事すら出来ない存在。
サイボーグの兵士が持つ深い嘆きは、チームのヴェテラン全員が共有している。
「……もっと酷い事になるね」
ボソリとバードは呟いた。そしてそれは、皆の共通認識になった。
「バーディーが言うと洒落にならねぇが……」
「間違いねぇだろうな」
ジャクソンとスミスは、そんな言葉をかわすのだった。




