時間との戦い<後編>
~承前
10月も後半に差し掛かる19日。
ニューホライズンを周回するハンフリーから降下艇が発進していた。
久しぶりの地上を目指す降下艇XINAの中にはBチームの面々がいる。
地上にある施設を査察するべく海兵隊が出向く事になっているらしい。
その事前降下を依頼されたテッド大佐は、Bチームへ出動命令を出した。
本来のBチームは鉄火場専門の強襲集団だ。
こんな事で出向くような組織では無いし、本来なら歓迎しない命令と言える。
だが、それでもドリー隊長はその命を受け出撃を決断していた。
要するにそれは、新人達の訓練を兼ねているお遊び降下に近い出撃だった。
「さて、もう一度手順を確認する。今回はちょろい仕事だが油断は大敵だ」
ジュザ西部にある小さな街の郊外にシリウス軍の残党が潜伏しているらしい。
そんな情報がもたらされたのは2週間ほど前だった。
すぐさまいくつかの偵察活動が行なわれ、大規模野菜工場が浮かび上がった。
ジュザの食料を賄う為に建設されたアグリプラントは比較的巨大なものだ。
縦横数キロに及ぶ完全室内型生産プラントでは、トマトなどが栽培されていた。
そこの労働者に化けて溶け込んでいるらしい。
アジトでは爆発物などの製造を行うテロ屋の工場化が危惧されていた。
「まぁ、要するに、査察を行う前の事前消毒だな」
軽い調子で解説を挟むジャクソン。
それを聞くチームの面々もまた、緩い調子で装備を調えていた。
ハンフリーを出発した降下艇は順調に高度を下げていて、時より揺れる程度だ。
高度10キロを切れば対流圏に入り、風の影響を受け始めるはず。
もっとも、降下艇を飛び出すのは高度20キロを予定していた。
そして、快晴の空には雲ひとつなく、順調な降下が予想されていた。
「なんだか……損な役回りですね」
「だけど、コレをする事で何時も安全に降りられてたんだぜ?」
アーネストのボヤキにダブがそう返した。
もと海兵隊という事で、ダブはサイボーグチームの活躍を知っていた。
ただ、まさか自分自身がサイボーグチームに行くとは思っていなかったようだ。
「さんざん世話になったからな。今度は俺の番だ」
口では強気なことを言っているが、実は細かな震えを起こしていた。
それもそのはず。ダブとビッキーの二人は右腕に黄色のバンダナを巻いている。
もちろんヴァシリとアーネストの二人もだ。
「そうか。戦闘降下経験があるのはアナだけか」
降下挺のなかで軽い調子なスミスとペイトンは、装備を点検しつつ笑った。
あの、歩く戦車だったスミスも、今回は普通にライフルを持つ姿だ。
その姿に違和感を覚えるバードは楽しそうに笑うばかりだった。
「おぃバーディー。マシンピストルなのは良いとして……」
バードを指さし笑うライアンは、バードの装備を見て破顔一笑状態だ。
いつものようにS-16ではなくYeckをホルスターへと突っ込むバード。
だが、そのYeckにはいつものドラムマガジンが無い。
40連装のロングマガジンを差し込み、スペアは4本持っていた。
「空中姿勢乱れると嫌だからさ。それに――」
同意を求めるように視線を送った先、ロックはロックで愛刀の手入れ中だ。
「――ね」
「どうせ対空砲もねぇヌルい降下だぜ。フル装備で行くと恥ずかしい」
同意を求められたロックとて、その装備は軽装も軽装だ。
ただ、そうは言ってもS-16の装備はキチンと完了している。
装甲服を纏い、その背に付いたマウント部分へS-16をセットしていた。
「ダブ、ビッキー、ヴァシリ、アーネストの4人は初降下か。まぁ、余分な緊張しなくて良い。正しい手順を思い出し、一つ一つ確かめながらいこう」
ドリーは隊長らしく声をかけ始めた。その姿はまさにテッドそのものだった。
訓練と経験を積み重ねてきたヴェテランだって油断する事がある。
まだまだ場数の足りない新人は、そもそも経験が足りないのだから注意がいる。
無駄な緊張は失敗のもとだが、緩めすぎれば大切な事を見落とす。
その真ん中辺りを狙って面々のテンションを適切に維持して歩く。
油断無く目を配り、相手を安心させるように声を掛ける。
いつの間にかそんな事を出来る様になったドリー。
その背中にバードは隊長の風格を見ていた。
「……俺たちは散々と対空砲の中を強襲降下してきたが、今回は何も無い場所へ降りる事になっている。つまり、HALOの練習と言う事だ。降下自体はなにも難しい事など無い。練習通りに飛び出し、練習通りに着地しよう。ODSTや一般海兵隊にもフィッシュが多いようだ。まぁ、手本を示すと思えば良い」
朗々とそう言ったドリーは、自分の装備を調えながらも笑みを絶やさない。
テッド大佐の薫陶を受けた男だが、テッド大佐とは微妙に異なる統制だ。
長く最前線でやって来た男なのだから、チームの手綱をしっかり握っていた。
「なんかテッド隊長よりソフトだね」
何処か嬉しそうにそんな事を言うバード。
話を聞いているペイトンやライアンも頷いていた。
「ドリーのスタイルだな」
「あぁ。悪くねぇし、安心出来る」
ふたりの言葉にドリーが笑みを返す。
人懐こい、親しみの湧く笑顔だ。
率直にモノを言い合うチームの伝統は、ここでも生きていると言って良い。
ペイトンやスミスやビルなどは、文字通りに手取り足取りで教わったのだ。
半分以上寝ていたって身体が勝手に動くレベルで、降下など意識する事も無い。
だが、対地高度20キロは伊達では無いし、失敗すれば命は無い。
油断も手抜かりも無く、淡々と準備は進んでいた。
「さて、そろそろ行こうぜ。なんせ地上は久しぶりだ」
「あぁ。早く地面に足を付きてぇもんだ」
気持ちの逸るライアンとペイトンは、今や遅しと出番を待っている。
そんな2人を余所に、ジャクソンとドリーが最後の打ち合わせ中だ。
「地上じゃ南エリアに降りる事になっているが……」
「そこらじゃねぇと1個中隊が無事に降りられねぇだろうしな」
敷地一杯に立っている施設の周辺は完全に荒れ地だ。
抵抗の可能性は低いと解っていても、降下の前はやはり緊張する。
地上から対空砲火で大歓迎される恐怖を一度でも味わうと、尚更だ。
対空陣地は見当たらず、武装した兵士もそれほど居ないらしい。
おまけに、立て籠もるシリウス軍は敗残兵で、行き場を無くしているだけ……
もしその情報が正しいのなら、彼らを保護・収容し新しい暮らしを斡旋する。
新しい時代に向け、安心と安定を提供するべく努力する。
それが任務の主眼だった。
「協議会からは穏便な対応を要請されている。あんまり喧嘩腰で行くなよ?」
重要な案件故に、ドリーは念を押しての再確認を取った。
協議開始から2週間を経た新生シリウス協議会は、シリウス連邦への準備中だ。
未だ各地に残っているシリウス軍の残党は多く、その後始末が問題だった。
武装解除に応じる事は吝かではない。だが、新しい生活の目鼻は付けて欲しい。
絶望的に貧しい世の中で、生きる為の手段が軍人だった者は多いのだ。
「この活動が結局ジュザとの和平交渉に繋がるって事だな」
ジャクソンの言葉に全員が首肯した。
いまだジュザ政府は公式に停戦合意すら行っていない。
ジュザ共和国の内部に居た強行派の全てが、矛を収めたわけでは無いのだ。
「武士の武は戈を止めるって書くんだよな……」
ボソリと呟いたロックは、手入れを終えた愛刀を鞘に戻した。
不思議そうに眺めているヴァシリやアーネストは、バードの動きに驚いた。
驚く程短くなったブラシを手に取り、ロックに向かって突きつけたのだ。
それを見たロックは、グッと腰を落として愛刀に手を掛けた。
「ッソイ!」
一瞬と言うには余りに短い時間、ロックの愛刀は降下艇の空気を切り裂いた。
背の専用マウントに設えられた刃は鞘の中を走り、最大速度で振り抜かれた。
「……残像すら見えなかった」
ブラシを持っていたバードが笑い出すほどの速度。
だが、ロックは微妙な表情だ。
「……何がダメなんですか?」
そう問うたヴァシリに対し、ロックは『ダメって訳じゃねぇんだ』と呟く。
そして、愛刀の峰を手に当て、切っ先の真っ直ぐさを検めた。
「なんつうか……刃先がたぶん数ミクロンだけどよじれてんだわ」
「……それが問題なんですか? 切れない……とか?」
「いや、切れるにゃ切れる。実際は――」
愛刀を鞘に戻したロックは抜け留めを掛けて背を伸ばした。
ただ、納得いかないと言わんばかりに首を傾げた。
「――ちょっと古い話だけどさ、骨食みって刀があってな」
骨を喰らうと書くその太刀は、肉も骨も断ち切る恐るべきモノだったらしい。
そう切り出したロックは、真面目な表情でヴァシリに言った。
「俺がコレを持って降りるのは、なにもかっこ付けたつもりじゃねぇんだ。CQBをやらかすとき、至近距離でレプリに銃を撃っても、奴らは即死しないんだ」
いきなり生々しい話をし始めたロック。
ヴァシリやアーネストだけで無く、ダブもビッキーも聞いていた。
「銃弾なりエネルギービュレットなりが命中しても、即死するのは頭をぶっ飛ばしたときだけだ。レプリの場合は身体を貫通したって即死はしねぇと来たモンで、もっと言やぁ――」
腕を組み、心底嫌そうな表情を浮かべてロックは話を続けた。
「――腕や脚に当たった所で、5分や10分ならなんて事ねぇのさ。だから、こいつで真っ二つに叩っ斬ってやる方が手っ取り早い。手を伸ばせば相手に触れる距離で戦うなら、銃より刃物の方が効き目があるって習ったろ?」
ロックの言葉にヴァシリもアーネストも顔を見合わせ手から首肯した。
世界中どこの軍隊へ行った所で、最後は格闘戦と刃物を使ったナイフファイトを教えているし、それらから身を護る方法を念入りに教えている。
「そんな現場へコレを持っていくのは、自在に使いこなす自信があるからだけど、この前の戦闘で色々と斬ったあと、研ぎに出したんだが……」
太刀を持たずに剣を抜く動作を見せたロック。
背にマウントされた刀を高速で抜き、相手を一気に斬る技。
居合抜き、居合い斬りと呼ばれるそれは、ロックの必殺技だった。
「刃先が捻れてると太刀筋がずれるんだ」
ロックの言葉に首を傾げたヴァシリ。
アーネストも不思議そうに『切れなくなるとか?』と言う。
「いやいや、そうじゃねぇ。ぶっちゃけ、刀が折れるのが恐いんだよ」
「「……折れる?」」
見事にハモって応えたヴァシリとアーネスト。
そんな2人をチーム仲間が笑った。だが。
「あぁ、実際の話、折れたり曲がったりってのは良くある話だ」
ロックは右手を背にやると、太刀を抜く仕草を見せた。
一気に速度に乗って相手を斬る様子だが、アーネストはゾクリと震えた。
「俺ら使い手も刀を作るエンジニアも、要するに折れたり曲がったりする事がねぇ様に鍛錬する。刀ってのはそう言う武器なんだ。すんげぇ昔から……ざっくり千年前から言うんだけどさ――」
まだ納得いかないロックはシャドウで居合抜きを試していた。
抜いてから相手を斬るまでの所要時間は、凡そコンマ五秒ほど。
そのさいの太刀筋と刃先の速度は、生身ではトレース出来ない。
「――折れず曲がらずの刃を振り、身を捨てて打ち込めば、切れぬもの無しって」
ロックの言葉に新人2人が表情を強張らせた。
ただ、それ以外のチームメイト達は、ウンウンと何度も頷いていた。
「実際、ロックが剣を抜いて暴れ出すと手が付けられねぇからな」
「ホントだぜ。金星でも火星でも、バッサバッサと斬るわ斬るわ」
ライアンとペイトンは、やや離れた所で笑いながら言った。
本気で剣を振るロックの迫力は、見た者にしか伝わらない。
「じゃぁ、その為に……今の試しを?」
やや離れていたダブもまたそう問いを発した。
実際、本気で地上戦をやった事の無い面々には、理解出来ない事なのだろう。
「まぁ、そう言う事だな。太刀を試すのは折れず曲がらずを確かめる為だ」
僅かに気を抜いてそう言ったロックは、戦闘用ヘルメットを手にとった。
そして、その天頂部をコンコンと叩きつつ、ニヤリと笑って言うのだった。
「兜を叩き切った太刀なんてのはいくらでも話が出てくる。ソレと同じくらい、折れたって話も沢山出てくる。出てこないのは曲がったって話だが、それが逆に、使い手がヘボだから、曲げてしまうなんてのが良くある話だったのさ」
戦闘用ヘルメットを頭に乗せ、被るだけになったロック。
その様子を見ていたバードもヘルメットを手に取った。
「ま、ジュザ地方のシリウス軍兵士をあんまり刺激しないようにね。上手く停戦合意を実現して、市民を宥めて、今後に繋がるように、未来志向の話をしなきゃ」
そんなバードの物言いにビルやスミスが大笑いを始めた。
「おいおい、チーム一番のウォーモンガーなバトルクィーンも政治家みたいな話をするようになったじゃ無いか!」
そんな事を言ってスミスは大笑いしていた。
もちろん、バードだって怒る事無く、同じようにウンウンと頷いている。
チームの信頼関係は盤石だし、際どいジョークを共有出来る下地もあった。
「まぁいい。それより降りるぞ。後方ハッチから各自で自由降下だ。地上まで一気に降りて任務を果たす。ヴァシリとアーネストは最後に飛べ。肉の身体だった頃に散々と飛んだだろうが――」
ドリーの言葉に全員が大爆笑した。
してやったりの表情になったドリーも、同じように笑っていた。
「サイボーグは自重がかなりある。上手く飛んで無事に地上へ着いてくれ。なに、一回飛べば度胸も付くさ。本当のヴァージンジャンプだったバードが飛んだ時は、もっと大変だったぜ」
ドリーの言葉に『もうっ!』と声を上げたバード。
だが、チームはそれですら笑いに変え、そして出撃降下の仕度を調えた。
ややあってXINAのハッチが開かれ、ニューホライズンの空に皆が飛び出す。
自由落下で降りて行きながら、バードは新人達を見守っていた。
新人達は軍経験者が多く、しっかり訓練してきた者も多い。
――大丈夫だね……
そう独りごちたバードは地上を凝視した。
かなりの速度で降下しつつ、地上に抵抗勢力の影が無い事を確かめていた。
その日の午後。
後続で降りたODSTと海兵隊により査察が行われ、凡そ40人が収容された。
ジュザを含めたシリウス市民から歓迎の声が上げられ、自体は解決した。
平和的な解決により社会の安定と信頼とを取り戻す実績作りが進んだのだった。
それがら凡そ1ヶ月後。
ジュザ市民は戦乱の継続に拒否反応を示し、提案を受諾した。
頑強な抵抗をし続けてきた者も疲れていたのだ。
11月の終わり。
ジュザの首都スィンポールにて停戦合意がなされた。
そして、年が明けた2302年元日をもって、ジュザは協議会へ加盟した。
シリウス協議会への参加を決定し、元旦時点で協議会はシリウス連合となった。
新生シリウス連邦が誕生し、地球と対等の組織としてスタートしたのだった。




