ラウンドアップ作戦の始まり<後編>
~承前
『こんな事言えた義理じゃ無いけどさ……』
固い声音でバードは言った。
それは、現状に対する混乱と困惑だ。
視界に浮かぶ艦艇は、その多くが兵員輸送船だった。
だが、その兵員輸送船の殆どがいわゆる客船だ。
次々と到着する地球からの船は、全てが豪華な設えになっていた。
つまりこれは、戦争後の需要を見越している船ばかりだった。
『デモンストレーションにはちょうど良いんだろうな』
ライアンはシェルのバーニアノズルをひねり、大型客船の周囲を飛んだ
スパイラル状の軌跡を残すその軌道には、テッド譲りな技量が見えた。
見る者が見れば腰を抜かすような高等テクニック。
だが、当人達にして見れば、これと言って特別な事はしていない。
『一般型の客船じゃ……』
『装甲も禄に無いよね』
ロックの言葉にバードがそう返した。
大きく張り出した船腹には、幾多の窓が見える。
そして、艦首に程近い所の展望デッキでは鈴なりの人々。
その殆どが初めてのシリウスな筈。
だからこそ、展望デッキに出て眺めるのだろう。
シリウスは今日も青白い光を放って輝いていた。
『入れ代わるのはどれくらいだっけ?』
ライアンはシェルで手など振り、愛想を振りまいている。
ぴかぴかに手入れされたシェルを見れば、彼らの意識も一段上がるだろう。
『地上軍がざっくり400万で宇宙組が100万少々って所か』
『そんじゃ地上軍は半分が入れ代わるって算段だな』
地上に展開する国連軍は、総勢で700万を越えている。
負傷者や重傷を負い、治療中な者から優先的に後退する算段だ。
正面戦力の漸減を図るのが目的だが、コレにより一時的な戦力の低下を招く。
それはソーガーに陣取る過激な強行派をこれ以上なく刺激するのだろう。
『いまなら勝てるかも知れない……とか、思ってるよね』
バードは心底嫌そうに呟いた。
ただ、そんな幻想を持たせる為の作戦だ。
実際、ソーガー県は事実上独立しているのだが、戦意はまだまだ高い。
そんな彼らを完膚無きまでに叩きのめすのが作戦の本意だった。
『ラウンドアップって、要するにトーナメント戦って事だよな』
ロックが呟いたのは、詰まる所この作戦の手順その物だ。
一つ一つラウンドを上げて、手強い敵を倒していく。
その手始めに控えているのは、ただただ騒ぎたいだけの口だけ強行派だ。
『痛い目見せて、そんで口だけ連中を排除するんだろうな』
『後々になって後悔しなきゃ良いけどね』
ライアンの言葉にボヤキを返したバード。
だが、それは皆が思っていることだ。
面倒の種は早い内に排除しておいた方が良い。
軍隊と言う機関にいれば、誰もがそう思う。
『まぁ、気張ってやるだけだぜ。それより……』
ロックは声音を変え、無線の中に蟠った重い空気を払った。
そんな気配りが出来る様になった男を、バードは嬉しく思った。
『第2陣か』
『そうだね』
ライアンとバードが相槌を打つ。
客船軍団の次に現れたのは、超大型の輸送船だった。
地球の国連に加盟する各国の旗がペイントされた艦艇。
それは、各国が責任生産した各種の補充品や機材だ。
地上戦力を維持する為の戦闘兵器などは地球から運び込む必要がある。
シリウスの地上で生産するのは、まだ時期尚早と言える。
過激派が武器工場を乗っ取ってしまう危険性があるからだ。
『しかし……でけぇなぁ』
感嘆の言葉を漏らしたロックは、大きく旋回して輸送船へと近づいた。
そして、まるで歓迎の舞いの様にスパイラル軌道を取っていた。
――――こちら輸送船スターリフター
――――近隣空域の航空機へ
「こちらセカンドタスクフォース所属、501中隊Bチーム、ロック少尉だ」
――――ロック少尉
――――スターリフター空域管制士官ベアス大尉だ
――――歓迎をありがとう
――――シリウスは初めてなんだ
――――これからよろしく頼む
「歓迎しますよ大尉。なに、すぐに慣れます」
ロックの吐いた気易い言葉に、無線の中から笑い声が沸き起こった。
それに釣られライアンも相槌を打つ。
「ちょっとデカイ地球なだけですって。地上に降りれば環境は変わりません」
――――それを聞いて安心した
――――これより周回軌道に入る
「了解です」
ロックはその一言で交信を終了した。
巨大な艦艇が変針し、ニューホライズンの周回軌道へと入った。
艦の天地方向を反転させ、艦上面をニューホライズンへと向ける。
それと同時、スターリフターの側面から巨大な太陽電池パドルが展開される。
それはつまり、長居するよという意思表示その物だ。
艦で使う電源を自己完結させる為の準備その物だった。
「バード少尉よりTFCC」
――――こちらTFCC
「第三次輸送船団の到着を現地確認した。参謀本部へ連絡を」
――――TFCC了解です
「あなたも撤収するの?」
バードの問いかけにオペレーターは一瞬だけ口籠もった。
そして、やや間を置いて小さな声で言った。
――――お先に失礼します
――――少尉より先です
「おめでとう! なにかお土産持って帰らないとね」
――――そうですね
オペレーターは、はにかんだ声でそう言った。
基本的に私語の認められないポジション故、多くは語らない。
だが、タスクフォースはその全てが何処か浮き足立っていた。
周回軌道にいるクルーも、その多くが入れ代わることになる。
『地球は……遠いよなぁ』
ライアンは無線の中にボソリとこぼした。
ちょっと帰ると言って帰れる距離では無い。
並の宇宙船では数千年単位での時間が必要になる距離だ。
超光速船の登場が変えてしまったシリウスと地球との距離。
だが、その代償として時間に喰われることを余儀なくされてしまう。
『あの船のクルー。大半が認定レプリなんだってな』
ロックもまたボソリと呟いた。
シリウスと地球との間を往復する超光速船は、そのクルーをレプリで賄う。
親族の居ないレプリ故に、ウラシマ現象の悲劇が無いのだ。
また、本来であれば最大8年程度しか寿命の無いレプリが大幅に長生き出来る。
それ故だろうか。このポジションに就くレプリカントは人間臭いという。
僅かな振る舞いや言葉の選び方に、レプリ臭さが無いのだった。
『1年で2往復すれば、単純計算1ヶ月しか無い勘定よね』
往復の航海を凡そ180日で終える往還船は、1年で2往復する。
光速飛行中は時間が停止するので、レプリの経験する1年は1ヶ月だ。
つまり……
『レプリのクルーは得なんだな』
『そう言うこったな』
ライアンもロックも呆れた様に呟いた。
単純に計算すれば、8年は96ヶ月だ。
1年を1ヶ月で過ごすなら、レプリは96年を生きる事になる。
本来なら8年で死んでしまう筈の人工生命は12倍の時を過ごす事に成る。
『科学者にして見れば貴重な研究材料だな』
『生産世代を超えて比較するにしたって、実物が目の前に居るんだしね』
生ける研究材料にされてしまう事は、レプリが生まれ持った宿命だ。
そもそもにして、レプリは目的を持って生まれてくる。
『次の世代がより完璧な生物となるように、貴重なデータを残すんだろうな』
何を思ったか知らないが、ライアンはそんな表現でレプリを讃えた。
大学で何を学んだのかは知らないが、少なくともインテリだとバードは思う。
ただ、その言葉には何処か違和感があった。
データを残すという表現が気に食わなかったのかも知れない……
『レプリカントの経験的な遺伝子だね』
ブレードランナーのバードだが、レプリには人一倍の思い入れがある。
その仕事内容や任務の果たし方を見てもそうだが、バードは愛があるのだ。
なにか安いドラマのキャッチコピーでは無いが、愛のある殺し方なのだ。
そして、死に行くレプリの名を、その身体に刻んでいた。
『ま、なんだ――』
空気を入れ換えるようにライアンは声音を変えて言った。
『――俺たちも経験的な改良が施されるってな』
『そういやそうだ。この輸送便で新型が来るはずだ』
ライアンの言葉にそう応じたロック。
バードも『そうだった』と応答して輸送船の近くを飛んだ。
今回の補給では、ある意味で待ちに待った者が届いた。
先の戦闘でハングアップしてしまった部分の改良だ。
EMP兵器の使用により、メインコンピューターがハングアップしてしまう。
それはサイボーグにとって究極的に歓迎せざるる事態と言えるのだ。
事実、先のEMP兵器による攻撃では、ドリーが酷い目にあった。
体内へ内蔵されていたコンピューターの多くがサージにより破壊された。
歩くスーパーコンピューターでデータサーバーなドリーが……だ。
『これで大丈夫になるかな?』
バードの声には希望が溢れた。
ただ、それに突っ込みを入れるライアンは苦笑を噛み殺しもしなかった。
『俺たちだって実験材料でモルモットだぜ?』
まるで覚悟しろよ?と念を押すような声音。
その声にバードは僅かながらもムッとする。
だが、言ってることに間違いはなく、事実は事実として認めねばならない。
自分を含めたサイボーグ中隊は、その存在自体が実験中隊だ。
そして、その運用と機材のコントロールを研究しているのだった。
『それは解ってるけどさぁ……』
口を尖らせライアンに応答したバード。
そんなバードの声を聞きながら、ロックはヘラヘラと笑っていた。
――――ライアン
――――ロック
――――バード
無線の中に鋭い声が響き、バードはパッと心を切り替えた。
声の主はアリョーシャだったからだ。
『バード。感度良好です』
――――それは良かった
――――今からエディが中隊に訓示を与える
――――冷静に聞いておけ
『はい。了解です』
落ち着いた声でそう返答したバード。
だが、同時に沸き起こる疑問を押し殺しきれないでいる。
――エディが?
容態が改善したという話は聞いてない。
そもそも、この数ヶ月は相変わらずだと聞いている。
バードはアリョーシャの言葉に疑問を持ちつつ、エディの言葉を待った。
――――諸君
――――聞こえるかね
――――私だ
エディの第一声が聞こえた。
ただ、『ちがう!』とそう確信もした。
これはエディじゃ無い。エディ・マーキュリーという人物・人格では無い。
何の根拠も無いことだが、バードはそれを確信した。
――ビギンズだ……
女の直感は往々にして、最も隠したい正鵠を射貫く。
エディはエディとしてでは無くビギンズとしてここに居る。
つまり……
――やっぱり限界なんだ
あの大きな人物が、その人生の終点を迎えようとしている。
どれ程に抗った所で、老いという名の宿命からは絶対に逃れられない。
例え身体を機械にしてもレプリにしても、その運命は避けられない。
――――ラウンドアップ作戦が開始される
――――但し、公式にスタートするのは1週間後だ
――――先ずは人員が交代し準備を整える
――――賢明な諸君らなら説明は不要だろう
――――コレは強行派を釣る為のエサだ
バードの内心に決して小さくない細波が沸き起こった。
エディはドSも裸足で逃げ出すサディストだが愛もある人物だ。
だが、今のエディにはそれが無い。
この人員交代をきっぱり『エサ』だと言い切っている。
まるでマキャベッリの君主論にある、冷酷無比な支配者そのもの。
つまり、目的の為なら掛かる被害の一切を考慮しない振る舞い。
犠牲や損害を気にせず、最短手を選んで目的を果たそうとする姿。
――なんでだろう……
何故こうなってしまったのか。
バードはそこが理解出来なかった。
死にかけるような思いをしたとは考えられない。
だが、確実にエディは変容していた。
それも、飛びきりに悪い方向へ……だ。
――――ただ心配する必要は無い
――――これはエサだが喰われる心配など無い
――――言うなればただのデモンストレーションだ
――――この一手が後々に効いてくることになろう
また思わせぶりな言葉が来た。バードは思わずニヤリと笑っていた。
テッド大佐が言うとおり、ワルキューレは来ないのだろう。
それを確信しているからこそ、エディはそんな事を言っているのだろう。
――あっ……
この時点でバードはやっと気が付いた。
この通信が何ら暗号変換もされていない、ただの電波だと言う事に。
つまり、傍受されるのを前提でエディは電波を振りまいている。
相手が聞くのを、ソーガーの強行派がコレを傍受するのを前提にしている。
――そうか!
コレも圧力なんだ……と。大気圏外に巨大戦力が来ているのを見せつけている。
そして、防空体制や戦闘態勢が一番弱まっている状態を平気で曝している。
相手を激昂させ、怒りを爆発させる手立て。そして同時に絶望させる手立て。
藁をも縋るようにワルキューレの出撃を願うだろうが、それは裏切られる。
そして彼らはコレの相手をする事になると知り、絶望する。
いや、絶望させる……
――鬼手ってこういう事よね……
コックピットの中でバードはウフフと笑っていた。
相手を力一杯殴りつけ、戦意を削り取り、ひとつずつ進んでいく。
ラウンドアップ作戦の本質を、バードは我が事として理解した。




