エディの限界
~承前
「……うそでしょ?」
そんな言葉がバードの口を突いて出た。
テレビ会議だと言われていたが……
「こりゃ……」
「やっぱそう言うことだろうなぁ」
ペイトンとライアンが顔を見合わせた。
ウォードルームにはケーブルが延びているのだ。
それは間違いなく、頚椎バスへと差し込むケーブルだ。
「テレビ会議って言ってもなぁ……」
ジャクソンですら一瞬尻込みをするそれは、サイボーグには特別な意味がある。
頚椎バスへの直結は、サイボーグにとって最も無防備になる事を意味する。
俗にゴーストラインと呼ばれるボーダーラインの内側。
サブコンを突き抜け、データリンクが脳へ直結される事を意味する。
つまりそれは、あらゆる防御的なシステムを通さないことと同義だ。
正直いえば、相手を100%信用している場合以外はやりたくないのだが……
「まぁ、隊長がああ言ってるんだ」
ドリーは最初にケーブルを手に取った。
チームを率いる隊長としては、リスク回避の観点から最後が望ましい。
だが、メンバーの疑心暗鬼解消もまた隊長の責務と言える。
そして、こんな時は率先して動かねばならない。
「おいおい、いまの隊長はドリーだせ?」
ロックは遠慮なくそう突っ込みをいれ、そんなロックにドリーが笑みを返す。
Bチームが持つ緩い空気と信頼関係にヴァシリやアーネストが驚くのだが。
「おぉ!」
短くそう漏らしたドリーは、椅子に腰かけて身体を固定した。
仮想空間へログインしたのだと気が付き、皆が一斉に動き出す。
ドリーと同じ様に頚椎バスへとケーブルを接続したバード。
僅かな間を置き、ログイン処理が行われている。
――あぁ……
それがデータ処理だと理解したときには視界が切り替わっていた。
視界に浮かぶその光景は、息を飲むなんて物ではなかった。
――なにこれ!
それは古色蒼然とした石積の砦だった。
ドラマや映画に出てくるような、ヨーロッパ調の古い城塞そのものだ。
隅々まで手入れされた花壇には、今も盛りと花々が咲き誇っている。
「バード!」
ロック声に呼ばれ振り返ったバードはもうひとつ驚く。
バードの前に現れたロックは大時代的な、それこそ中世の貴族のような衣装だ。
そして、その時点でバードは気が付いた。自分自身の衣装にだ。
「なかなか似合ってるな」
「……そう?」
ロックに誉められ満更でもないバードは、真っ赤なワンピースをまとっていた。
たっぷりとした着丈のラインは、スカートの裾を引きずるほどだ。
その襟回りや袖口には豪華なレースの飾りが付いていて、安い仕立てではない。
しかも、首もとには大きな真珠の首飾りがあり、貴族婦人の正装にも見える。
ボンネットと呼ばれる大きな帽子には、流れ星の飾りが付いていた。
「……なんだろうね」
「ろくな予感がしねえけどな」
ロックの予感は実に尤もなことだ。
テッド隊長に呼び出されたのだから、間違いなく作戦上の説明だろう。
だが、こんな風に演出されると言うことは、何らかのイベントだ。
しかもそれは、体の良い実験台にされていると言う事……
「行くしか……ないよね」
バードは無意識にロックの手を握った。
不安を覚えたのだから、それはある意味当たり前のシーンだ。
だが、ふと我に返ったバードは、猛烈に恥ずかしさを覚えた。
常に立派な上官であるべき自分が、なんと言うザマなんだと思ったのだ。
「良いんじゃねぇの? どうせ誰も見てねぇし」
いきなり手を握られたロックは、バードの不安を見てとった。
黙っていても心が通じ合うシーンに、バードは小っ恥ずかしさを覚える。
「……システムオペレーターが見てるよ」
恥ずかしさを噛み殺して呟いたバード。
ロックは遠慮無く言い返した。
「いーじゃねぇかよ。見せつけてやるぜ」
いきなりバードを抱き寄せたロックは、顎を摘んでキスを迫った。
そのまま受け入れても良いかと思ったバードだが、そんな思考とは裏腹に……
「いてっ!」
「仕事中でしょ?」
無防備に迫っていたロックの横っ面をバードの手が捉えていた。
実に良い角度で決まった一撃は、ロックの右頬を打ち抜いた。
「今おもっきりやったろ」
「……ちょっと手加減できなかったかも。ビックリしたから」
「くそっ!」
キスし損ねたロックが悪態をつく中、バードはロックの手をもう一度握った。
「はいはい。行きますよー」
「……へいへい」
ふたりして並んで入った建物の中は、巨大なコロシアム状のモノだった。
すり鉢状になったひな壇には、各チームの面々が並んでいた。
――あぁ……
バードはこの時点で何が起きるのかを理解した。
何故なら、全員が見下ろすコロシアムの中心にはエディが居るからだ。
「全員! 適当に座ってくれ!」
アレックスとマイクの二人が皆を座らす割らせ、セレモニーの仕度を進める。
そんな中、バードはライアンの姿を見つけてそこへ歩み寄った。
「おぉ! こっちこっち!」
ライアンに呼ばれ席に着いたバード。
その向こうには、同じように着飾ったアナスタシアが居た。
「なんだかビックリだね」
「コスプレ会場へ入ったみたいです」
「でも……アナには似合ってるよ。人種的に」
「そうですか?」
バードに褒められ花の様に笑うアナ。
スラブ系の女性はリアルに存在するエルフだとも言われる程だが……
「さて、諸君。そろそろ始めようか」
エディの声が響き、全員の集中力が一段上がった。
良く通る声で叫んでいるエディは、息を呑むような豪華さだった。
それこそ、シリウスの王と呼ばれるかのような……そんな姿。
それは、ただの王では無い存在。つまり……
――あ……
バードの脳裏で、今までただの断片だったモノが繋がった。
何処かで誰かが謳っていた王を讃える唄を思い出したのだ。
――――花よ咲け 鐘よ唄え
――――流れる水よ風を呼べ 吹く風よ炎を栄えさせよ
――――あまねく大地を照らす太陽のお渡りぞ
――――蒼く気貴く光るセイリオスの化身が降臨される
「エディはシリウスの化身なんだ……」
小さな声でそう呟いたバード。
会場から溢れる声は、純粋にエディを讃えていた。
「さすがだぜ……」
ロックもそんな声でエディを讃えた。
誰もが認めざるを得ない、見る者を圧する威厳があったのだ。
「先ほど、三軍合同参謀本部で方針の検討が行われ、委員の大半が戦闘終了を提案した。つまり、ここから先は政治家の仕事となり、我々軍人はようやく、お役御免という訳だな」
外連味無くエディはそう言い放った。
実際、軍人が最終目的を果たすなら、結局は皆殺ししか無い。
誰だってそんな事は百も承知なのだから、勢い真剣に話を聞く体勢になった。
出来るものならやりたくない仕事。出来るものなら回避したい事態。
それこそが現実だ。
「ただし、最後までジュザに残っていたシリウス連邦の上級委員達は、シリウス独立闘争委員会の再会を宣言した。つまり武力闘争を徹底的に行うと言う事だ。ソーガー県へと逃げ込んだ連中は、推定だが3万少々の状況だ。元々の人口約10万と合わせ、ちょっとした規模に膨れあがっている」
長い袖をハラリとさせつつ、エディは会場の中をグルリと見回して続けた。
「ソーガー県行政機関は正当ジュザ政府を名乗り、独立を強く求める自治政府として再スタートした。ただ、ここから先のことは政治家がやることで、我々の手を離れたと言うことだ」
軍人の手を離れた。そんな表現に会場が沸き立った。
つまりソレは、長々と続いたこのオーバーロード作戦の終わりを意味する。
バードはこっそりと指を折って勘定した。
作戦の開始が昨年の9月からだったので、足掛け9ヶ月の長丁場だった。
そして、冷静に振り返れば、この作戦は待機とパトロールが大半だった。
「今回の作戦について言えば、我々は完全に蚊帳の外だった。どういう訳か我々の出番は無かった。まぁ、それ自体は喜ばしいことだが、役に立たない集団という評価は御免被る」
エディの言葉に、会場のアチコチからクスクスと言う笑い声が零れる。
その声の主を探したバードは、会場の中に散在するフィメール型を見つけた。
どの女性型も見事に着飾っていて、何とも華やかな空気を醸し出している。
「なんか娯楽みたいだね」
「……娯楽その物じゃねぇ?」
小声で言ったバードの言葉にロックが返答を返した。
いつものようにぶっきらぼうで突っ慳貪な状態だが、もはやそれにも慣れた。
「明日には三軍統合参謀本部の名前で作戦終了の公式発表が行われるだろう。要するに勝利宣言だ。シリウスにおける戦闘は終了し、ここから先は政治家による内政の実務モードになる――」
そんな言葉を吐いたエディは、酷く嫌な笑みを浮かべていた。
含みを持つその笑みは、エディの内側をえぐり出すようにさらけ出していた。
「――ただ、我々の仕事がヒマになる訳では無い。我々はこのままシリウスの治安を維持し、残存抵抗勢力を狩って歩く任務に移る」
エディは高らかにそう宣言し、そして会場をグルリと見回した。
自信溢れる姿で皆に伝える姿は、本当に王のようだとバードは思った。
だが、同時に拭いがたい違和感も覚えていた。
なんでこんな面倒な事をするのだろうか?と。
そして、ひとつの仮説に辿り着いた……
――エディはもう限界なんだ……
普段のエディならば、喜んで皆を一カ所に集めているだろう。
こんな手の込んだことをせずとも、戦闘指揮艦に皆を集めて、それで終わりだ。
だが、エディはこんなシミュレーターの使い方をしたのだ。
それも、恐ろしく手の込んだ手法でだ。
テンプレートとなる基礎データの打ち込みだけでも相当大変だったはず……
エディの限界を悟られない為の演出。
そしてもう一つは、中隊メンバーの意識がそこへ向かないようにする為のもの。
待機任務のまま時間を潰していた面々への報奨という側面も持っている。
「これさ……」
「あぁ、俺も思った。エディなりのご褒美だよ」
「……やっぱりそう思う?」
「あぁ。楽しんでいけって事だと思う」
小声で会話する二人は改めて会場を見回した。
大量の補充が行われ、501中隊は総勢で200人近い規模へと戻っていた。
「ここから先はどうなるんだろう……」
「月面に居た頃と同じじゃねぇか?」
バードの問いにロックはそう応えた。
その言葉は、バードをして『あぁそうか』と納得出来るモノだった。
シリウス中のアチコチで何かが発生し、そこへ急行して事態を解決する。
その為に待機する特別集団という事なのだろう。
だからこそ、こうやって娯楽の一環としてのシミュレーターを解放している。
目で見て手に触れて確かめられる形にしているのかも知れない。
「なんか……面倒が来そうだね」
「そりゃ仕方ねぇ……」
バードの言葉に吐き捨てるような言葉を返したロック。
だが、その横顔には笑みがあった。
「俺たちはサイボーグだぜ。どうせ馬車馬の運命だ」
ロックの言った『俺たち』という言葉にバードはグッときた。
そして、胸の内側がほんのりと暖かくなった。
「……そうだね」
気が付けばバードも笑みを浮かべていた。
シリウスにおける活動は先が見えてきたし、やり残したことは少ない。
あとは、新しいシリウス連邦が安定的発展状態になれば良いのだ。
ふと目をやった先。エディはざわつく会場が収まるのを待っていた。
それに気が付いた面々が黙ってエディの言葉を待つ。
場が静まりかえり、エディは静かに切りだした。
「諸君らには引き続き警戒体制に着いてもらう。だが、もはや派手な戦闘はないだろう。ただ、これでゲームセットではない。ゲームは最終の第4クォーターと言うことだ――」
そうだな?と確認を求める様に言ったエディ。
僅かに首肯したバードは黙って言葉の続きを待った。
「――我々の旅はまだ続く。地球へと帰りつく日までゲームはライブだ。従って、諸君らには第1クォーターと同じ情熱的と集中力とをもって、それぞれの任務に当たってもらいたい。全員が無事に地球に帰って、初めてゲームセットだ」
エディは熱い言葉で全員の気合いを入れ直した。
その通りだとバードは膝を叩くのだが、ふと気が付いてしまった。
――ワルキューレはどうするんだろう?
僅かに混乱するバードは、エディの口からそれが出るのを待った。
だが、エディは『諸君らの健闘を祈る』と言葉を締め括った。
そして、一足早くログアウトしていった。
――やっぱりエディはダメなんだ……
そんな確信に至ったバード。
だが、それでも黙って支えるだけだ……
「おいっ! 参会らしいぜ」
「え?」
自分の世界へと落っこちていたバードは、周囲の変化に気が付かなかった。
周りに居た者達が一斉に立ち上がり、めいめいに敷地の冒険へと出掛けた。
「俺たちも行こうぜ」
「そうだね!」
どんな状況でも楽しめなければ意味がない。
そんな思想が骨まで染みつきつつあるバードは、ロックと会場を出た。
古い蔦の絡まる城は広く大きなモノだった。
「結構なモノを作りやがるぜ」
「本当だね」
会場を出て中庭らしきモノから城を見上げたロックとバード。
3001年も折り返そうとしている頃だが、シリウス遠征計画は既に終盤だ。
――頑張らなくちゃ……
ふと、バードはそんな事を思った。
そしてそれは、文字通りに努力を必要とする事に繋がるのだった。
第16話 オペレーション・オーバーロード
――了――
第17話 オペレーション・ラウンドアップ に続く
第17話 オペレーション・ラウンドアップは6月1日公開です




