増員手配の真実
「エディ…… 大丈夫かな」
バードの不安げな声がガンルームに流れた。
その言葉を聞いていたのはBチームの全員だ。
「大丈夫もなにも――」
バードの肩を抱き寄せたロックは、敢えてギュッと抱き寄せた。
そんな仕草を見ても、いつの間にかライアンが妬かなくなっている。
チーム公認の関係にまで進化した二人だが、考え方は正反対だった。
「――ウェイド大佐の話じゃ、一時的な疲労過多って診断だぜ」
良くある話だと一笑に付したロック。
ある意味でバードは悲観論者であり、ロックは楽観主義者だ。
先手先手を好むロックは、きっと上手く行くと言うスタンスで居る。
それに対しバードは、後手後手ながらも確実な手を打っていく。
手法こそ違えど、至る結末は一緒。ただ、それでもコントラストは激しい。
「でもさぁ……」
不安げな目でロックを見たバード。
精巧に作られた機械でしか無い眼球ユニットだが、表情は豊かだ。
目は口ほどに物を言うと言うが、この機械の目は生身以上に感情を表す。
エンジニアが精魂込めて作り上げたそのシステムは、生身と同等以上だ。
太陽の光を浴びれば熱を感じるし、シャワーを浴びれば心地よさに目を細める。
この機械の身体は、生身以上に人間らしさを見せてくれる。
そんな印象を持っているのは、ある意味で死の淵にいたバードだからこそだ。
定常的な内側からの痛みが全くないのは、本気で快適だと思う部分でもある。
だからこそ、バードはエディが心配だった。
身体的に何ら問題がないのなら、もはや寿命が近づいていると考えるべき。
だが、ただ単純にエディ・マーキュリーという人物が死ぬだけでは無いのだ。
「為るようにしかならねぇし、エディは並外れた運の良さの持ち主だぜ」
右腕でバード肩を抱いていたロックは、その右手でバードの頬を叩いた。
ペチペチと瑞々しい音が響き、バードはロックの横顔を見た。
「あの人はキチンと復帰するさ。それに、まだ死ねねぇ筈だ」
何気なく言ったロックの言葉。
普通に受け取るなら、エディはビギンズという事だろう。
まだシリウスの開放は為ってなく、道半ばというのが率直な所だ。
だが、シリウス軍のバーニーを知っている二人にしたら全く異なる意味だ。
恋人の安否を祈りつつ、早く戦争を終わらせたい人が居るのだ。
「……だよね」
生々しい相槌を打ったバードは、それでも不安げな表情だった。
ウェイド大佐の下した診断にあったのは、ハードワークが祟ったと言うモノだ。
だが、そのハードワークには前書きが付いていた。
それはつまり、長年に亘るハードワークと言う事だ。
また、個人的な所見と但し書きされた部分には、エディの気が抜けたともある。
つまり、シリウス開放戦は、その終わりまで目鼻が付いたと言う事だ。
長年頭を悩ませてきた事態が解決に向かっている。
その結果として、エディのテンションが切れてしまっている。
言い換えるなら、安心しきっていると言う事だった。
「ジュザのパルチザンは拡大してるし、地球政府は非公式ながらラウ経由でパルチザンを支援してる。ジュザの反政府組織はアチコチで蜂起を仕掛けてて、それの火消しにジュザ政府は躍起。おまけに――」
ロックは肩をすぼめて言った。
その日の朝に流れてきた士官向け情報の一節だ。
「――ヘカトンケイルがジュザ内部における権力闘争に介入を図っているって言うくらいだからな。シリウス人同士の戦闘はまかり成らん。選挙で決めろとか言ってるけど、冷静に考えりゃえげつねぇなぁって所さ」
この選挙の趨勢は既に見えている。
つまり、オーバーロード作戦も終わりが見えてきたと言う事だ。
「冷静に考えれば……戦闘らしい戦闘は無かったね」
「あぁ。それこそ、しょっぱなにバードが大破したときくらいなもんだ」
『アレは!』とロックの言葉に口を尖らせたバード。
対空陣地戦闘で酷い目に遭ったのはトーチ作戦では無い。
不機嫌そうに言ったバードだが、ロックは笑っていた。
『スレッジハンマー作戦の……だろ? 解ってるって』と付け加えた。
こう言う部分でロックはいい加減なのだが、当人に問題意識は無い。
そんな二人のトークを聞いていたジャクソンは、ハッと何かを思い出した。
「そういやぁ……あれだな」
ふたりの会話に介入したジャクソンは、ドリーを見た。
そのドリーも何かを思い出したように手を叩いて驚きの表情だった。
「おぉ、そう言やそうだ。Bチームに新人が来るんだった」
ドリーが何気なく言った言葉に全員が『え?』と返す。
その輪の中で、ドリーだけがニコニコと笑っていた。
シリウス戦闘が終盤戦という状況での新人配属にバードは不安を覚えた。
――――――――2301年3月18日 シリウス協定時間 午前11時
ニューホライズン周回軌道 高度800キロ
強襲降下揚陸艦ハンフリー ガンルーム
「なんでこのタイミング??」
バードにとってはそれが疑問だった。
もはや目鼻の付いた戦争で、更に戦力増強する意味が解らない。
「いや、このタイミングだからだろ」
スミスは腕を組んでそうぼやいた。
血で血を洗う中東の歴史を知る男は、黙って首肯しつつ静かに言った。
「戦争は始めることこそ簡単だが、綺麗に終わるのは本当に難しいって事だ」
「綺麗に終わるって、どういう事ですか?」
スミスの言葉にアナが反応する。
ある意味で天真爛漫なお嬢様の言葉だが、逆に言えば率直な意見でもある。
「戦争の終わりってのは、無条件降伏だとか終戦協定だとか、そんなモンじゃ無いって事だ。酷い交戦状態が無くなっても、その後で負けた側をどうケアするかが重要になる。俺の生まれた国や地域じゃ、その後始末の悪さで何度も何度も戦争が再開されたのさ」
中東人らしい反応を示したスミスに対し、ビルやライアンが違った反応を示す。
それは、1000年の闘争を繰り広げた欧州人達の率直な感想だ。
「……そうだろうな。遺恨を残さず綺麗に終わらせないと、後で火種になる」
「森の中の焚き火みてぇなもんさ。ちゃんと火消ししとかねぇと、山火事だぜ」
何事もスパッと割り切り、過去を振り返らず先に進むと言うのは難しい。
ましてや、一度は自らの夢に熱狂した人々をへし折ろうというのだ。
野望に身を焦がした男達も、理想や幻想を真実だと思った女達も、みな同じ。
そこにあるのは、『もう一度やってみよう』という物騒なチャレンジ精神。
違う角度で見れば、こっちを下に見るなと言う強烈なプライドだ。
それをケアしなければならない。
プライドを護り、メンツを守ってやり、地球と共存しても良いと思わせる。
その果てしない努力を地球側は続けなければならない。
「……俺の生まれた国も同じ経験があるけどよぉ」
ロックは何かを思い出したように言った。
それは、日本人ならではの視点だった。
「占領軍のオフィスに出向いて邪険に扱われ、机を叩いて抗議した政府関係者がいたのさ。まぁ、人種差別が今よりももっと大っぴらにやられる時代で、黄色人種は黄色い猿だって普通に蔑まれた時代だけどな」
ロックの言ったイエローモンキーという言葉にダブが苦笑いした。
ダブやドリーと言った黒色人種達もジャングルバニーだのと罵られたのだ。
「……で、その人物はなんと言ったのですか?」
ダブは遠慮しながらもロックに尋ねた。
単純な興味かも知れないが、体面を大事にするのは日本人も中々だからだ。
「Although we were defeated in war, we didn't become slaves.」
(われわれは戦に負けはしたが、なにも奴隷になった訳ではない)
スレィブ
その言葉を聞いたダブは無意識にドリーを見た。
黒人の中に流れている人身売買、奴隷狩りの意識はどうしたって拭えないのだ。
「……確かにその通りですね」
ダブは感嘆しつつも吐き捨てるように言った。
そこには、負け戦の最後まで激烈に抵抗し続けた民族の意地が見えたからだ。
「俺が思うに――」
バードの肩から手を離したロックは、腕を組みつつ言った。
顎を引き、きつい三白眼でダブを見ながら……だ。
「――例え死ぬ事になろうとも、奴隷のまま死ぬよりはマシだ。奴隷に身を落とすなら、死んでも良いから抵抗する。焼け野原になった無人の荒野をいくらでも支配すれば良い。そんな思想を持たれたまま降伏されても、結局は面倒が残るだけだ。だからエディは……要するに、その牙を抜きたいんだろう」
ロックは論理立ててキチンと説明した。
こんな言葉を吐ける男だったのか?と皆が驚くほどに……だ。
だが、バードだけは『だよね』と相槌を打った。
同じ日本人としての視点が共感を覚えたのだろう。
「……で、人手を増やすって事ですかね?」
沈黙を保ってきたビッキーが切り出した。
ラップ人故と言う事も無かろうが、基本的には寡黙な男だ。
「まぁ、そうだろうなぁ。ついでに言えば」
ジャクソンはドリーをチラリと見て話を振った。
そのドリーが増員の実態を説明した。
「ザッパー作戦をやった時、ジョンの艦内で奇襲を受けたろ?」
ドリーの言葉に全員が『あぁ……』と事情を理解した。
あの時の負傷者のウチ、見込みのありそうな者がスカウトされたのだろう。
「あの中にいた重傷者ですか?」
トリアージで審判を下したダニーは微妙な表情を浮かべた。
申し訳ない……と、そう言わんばかりのモノだった。
「いや、現実には重傷者ばかりだけでなく軽傷者にも声が掛かっている。負傷者のウチ、再起困難とされる者には参謀本部の名前で勧誘が行なわれたらしい」
ドリーは室内をグルリと見回してから話を続けた。
「軽傷者の中に501中隊転属の話を聞いた者が居て、志願者がいたそうだ。物好きも居るもんだとは思うが、まぁ、人手が多いに越した事は無いしな」
人手の問題はバード達だけでなく、アナやダブ、ビッキーの表情を曇らせた。
金星での作戦開始前、第1作戦グループだけで140名近い規模だったのだ。
だが、金星が一段落した後での増員を図っても、総勢は50名に満たない。
「あの時は確か重傷33名で軽傷122名だったな」
ダニーはそんな数字を思い出し、事の実態説明を求めた。
それに対し、ドリーは一言『全部で65名だ』と答えた。
「65人?」
「あぁ。あの時の負傷者から165人が選抜され、サイボーグ化処置を受けた」
――え?
計算が合わない……とドリーを見たバード。
同じように、ロックやライアンもドリーを見た。
そしてもちろん、医師でもあるダニーもだ。
だが、ドリーは涼しい顔をして答えた。
なにかおかしいか?と、そう言わんばかりの表情で……だ。
「宇宙に放出された者のウチ、幸いにも20名少々が生きたまま収容された。と言っても生きているとは言いがたい状態で……だけどな。一番多いのはDチーム向けの補充だ。およそ60名が送り込まれ、502中隊は正式にブルーチームとゴールドチームに分かれることになった。ウェイド大佐が大変だろうけど……まぁ――」
フッと笑みを浮かべたドリーは、興味深そうに話を聞くチームメイトを見た。
その顔に浮かんで居るのは、これからどうなるのか?と言う興味だ。
100人近くが一気に増える事になるが、それに付いての説明が無いのだ。
「――問題は残り100人の処遇だ。俺たちBチームには2名増員があると聞いている。言うまでも無い事だが、サイボーグなら誰でも受け入れるって事じゃない。このBチームはテッド大佐の直下にあるスペシャルチームだ。つまりは……」
もう解るだろ?と、ドリーはそんな表情だ。
あとを受けるように切り出したジャクソンは、イタズラっぽい笑みになった。
「ウチからAチームに戻ったジョンソンと、元から居たドゥドアラジョがAチームでどう折り合いをつけるんだろうか?って思ったんだけどな、ウチ以外の各チームは、チーム内にサブチームを作る事になっている――」
――あぁ……
――そう言うことか……
バードもこの時点で実態を悟った。
チームの人数は現実的には12~15人がマックスだ。
それ以上の頭数になると、臨機応変な対応が難しくなってくる。
そしてもう一つ言えば、同一チームの中に複数グループがあれば便利だ。
連携運動などでは、息の合ったコンビネーションが期待できる。
だが、何より重要なのは総数が増えると言うこと。
つまりそれは、地上活動における大規模な行動に制限が少なくなる。
501中隊や502中隊だけで、一つの方面軍を構成出来ると言う事だ。
サイボーグの持つ戦闘能力を遺憾なく発揮できるのだった。
「――つまり、俺たちはこれからトンでもないところに送り込まれる事になる」
ジャクソンの言葉に全員が顔色を変えた。
もちろん、バードとてガラリと厳しい表情になった。
トンでもないところという言葉が意味するもの。
すなわちそれは……
「最終決戦要員。そう考えておいた方が良いだろうな」
ドリーは普段よりも数倍は渋い声音で、そう言い切った。




