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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
222/358

ジュザへの工作

~承前






 ハンフリーへと帰投したバードは、表現の出来ない高揚感に包まれていた。

 テッド大佐以下4人の隊長軍団による特訓は、過去最高の評価だった。


 ――――コレなら無様にやられることも無いな


 ヴァルター大佐の評価は、バードをして満足感を覚えるに十分な物だ。

 まだまだ油断するなと言うテッド大佐だが、ウッディ大佐も同じ評価だ。


 ――――実力を勘違いすると痛い目に遭うぞ


 その言葉がまるで父親による説教のようにも聞こえたバード。

 だが、それでもテッド大佐の言葉には、満足感があった。

 ここまで良く上り詰めたと、そんな言外の評価だった。


 だが……


「……自信なくしますね」


 艦内のドレスルーム(作戦準備室)で着替えるアナは、短くそう漏らした。

 シェルの扱いもかなり上達し、少なくとも同じ時期のバードよりは上手だ。


 だが、そのアナの目標としているバードは、全く違う次元にいた。

 誰だって最初はレベル1から始まる物とは言え……だ。


「誰だって最初はそうよ」

「ですが……」


 アナの背中をポンと叩き、バードはニコリと笑って見せた。

 艦内用の課業服に着替えた二人の視線が交差している。


「私だってロックだって、一番最初にエディの相手をしたときは――」


 眉間を叩いたバードは、その指でアナを指さした。

 そのジェスチャーは『画像見る?』という符牒だ。


「――何も出来ないまま一方的に撃破されて、そりゃもうブザマなモノよ」


 掛け値無しの本音を言ったバードに、アナが訝しがる表情だ。

 自分の事を担いでるでしょ?と、そう言わんばかりのものだった。


「ウソですよ。そんなの」

「え? ウソじゃ無いよ? だって……」


 ニコリと笑ったバードは背中側にいたロックをチラリと見た。

 そのロックは苦笑いを浮かべ、恥ずかしそうに言う。


「バードだけじゃ無く、あの時はBチーム全員が一方的にやられた」

「……ホントですか?」


 信じられない!とまだ信用してないアナ。

 そんなアナにライアンが口を挟んだ。


「ホントもなにも、テッド隊長だってエディには勝てないらしいぜ。見た限りでは本当に勝てないっぽいけどな。本気で10やって3つ勝てれば上等って話だぜ」


 ライアンの言葉にウソは無い。

 そう確信したアナは、逆に落ち込んだ。


「上には上が居るって言いますけど、私は下の下なんですね……」


 すっかり自信を無くしているアナだが、その理由はバードも分かっている。

 ハンフリーの外では、未だにダブを相手に隊長軍団のしごきが続いていた。


「何事も適性って奴だ。ウチのチームは割と平均的だが、それにしたって慣れの要素も大きいって事さ。実際、俺よりビルやペイトンの方が要領良いしな」


 一足早く着替えを終えていたジャクソンは、アナにそう声を掛けた。

 ショックの余りに手が遅くなっている穴の尻を叩いたとも言えるが……


『ダブ以外はガンルームへ来てくれ。ちょっとブリーフィングだ』


 唐突にドリーの声が聞こえ、全員がサーを返した。

 このタイミングでブリーフィングなのだから、反省会とは言いがたい。


 ――さて……なんだろう?


 気が付けばバードもすっかりBチームの一員だ。

 場数と経験を積み重ねてきて、すっかり染まってきていた。


「なんだと思う?」

「……地上だろ」


 バードの問いにぶっきらぼうな答えを返したロック。

 ややもすれば不機嫌そうな空気になるのだが、バードは笑っていた。


「ジュザの政府がなんかやらかしたんだろうな」

「チャッチャと降伏しろって思うぜ。正直、面倒だ」


 ライアンの言葉にジャクソンがボヤキを返す。

 それはBチームや501中隊だけで無く、遠征軍全ての総意だ。

 地球から遙か遠くへとやって来て、そろそろ疲労もピークだった。


「……気を抜きたいよね」

「あぁ」


 バードの嘆きにロックの相槌が入り、みなはドレスルームを出た。

 ガンルームへと入れば、ダブを除く全員が揃っていた。


「さて、面子が揃った。ダブには後で直接説明するから良い」


 ドリーはそんな調子で切り出したが、バードは気が付いていた。

 いつの間にか隊長の肩書きがすっかりドリーに根付いていた。


「ジュザの件だが新しい動きをまとめた。まぁ、物語の最終章も佳境って所だな」


 開口一番にそう切り出したドリー。

 その実は皆が思っている通りの事だった。


「実はさっきまで参謀本部とのブリーフィングだったんだが……」


 ドリーの言葉にバードは眉根を寄せた。

 わずかな言葉だが、その裏に何があるのかをなんとなく察したのだ。


 ――テッド隊長……

 ――トレーニングに出て来ていたよね……


 参謀本部のブリーフィングのテッド達が参加していない。

 と言う事は、ブリーフィングでは無い可能性が有る。

 もっと言えば、単なる通達の可能性があるのだ。


 いつの間にかそう言う部分を瞬時に理解するようになったバード。

 そして、その矛盾に気が付いた以上、ドリーの言葉を素直に聞けないのだ。


 ――なにか隠してる……


 バードは直感としてそんな印象を受けた。

 何故なら、大佐は充分に高級将校と言える階級だ。

 間違いなくそのブリーフィングに出席しているはず。


 つまり、ドリーはブリーフィングではなく通達を受けただけの公算が高い。

 バードは、無意識に ビルを見た。ビルは些細な矛盾を見抜くと思ったのだ。


「……ジュザ政府は政治委員の内、3名を公開銃殺にしたそうだ」


 ――銃殺……


 その意味するところはわかる。

 停戦提案が地球軍サイドからだされてはいるが、ジュザはそれを蹴っていた。

 そしておそらくは、指導部で停戦合意を目指した委員が粛清されたのだろう。


 この停戦提案は事実上の降伏勧告だ。そんなものは子供だってわかる。

 一旦停戦し、民間人を脱出させよう。彼等は関係ないはずだ。

 だが、それを受け入れれば、その次に待っているのは総力戦だ。


 地球軍サイドは遠慮なく総力砲撃を行うだろう。

 軍と国家指導部は灰塵に帰し、その後始末と復興支援地球が支援する。

 そうすれば、頑なな民衆の意識も変わるだろう。


「まぁ、定番っちゃぁ定番だな」

「そんで次は、市民への風紀引き締めだろ」


 ペイトンとスミスがそんな言葉を吐く。

 負け戦にある国家の末期では、その多くが風紀の乱れや狼藉混乱を経験する。

 規律よく粘り強く忍耐強く、徹底抗戦を自発的に言い出す事などまずない。


 その多くは、自警団という名の暴力組織により、血の粛清が繰り返されてきた。

 僅かでも方針に異を唱えれば、容赦無く街中に吊されるのだ……


「今頃、街中じゃ街灯がクリスマスツリーだぜ」

「裏切り者とか、敗北主義者とか、そんな看板付きでな」


 スミスの吐き捨てた言葉にビルはそう言葉を返した。

 今頃、市街地では自警団により粛清が続いてることだろう。


 曰く、『風紀を徹底する』だの、『裏切り者を炙り出す』だの。

 そんな勝手な話が一人歩きするのだ。


 そして、恐怖による引き締めは、市民同士による疑心暗鬼を生み出す事になる。

 少しでも反抗的な態度をとれば、すぐに粛清の対象となる


 力による支配は反発力を強めるだけだ。

 だが、支配する側はごく僅かな支配の綻びですらも嫌がる。

 蟻の一穴からダムが壊れる様に、支配する側の政権はそこから崩れていく。


 そして、待ち受ける先には、市民による支配階層への反逆だ。

 長らく独裁政権をやって来た国家の多くが、最終的に市民革命を迎えていた。


「で、まぁ……」


 勝手な雑談が一人歩きしていたが、ドリーは話を進めることを選択した

 無駄な雑談に費やせるほど時間的な余裕は大きくない。


「地上の状況をかいつまんで言えば、ラウはシリウス連邦を離脱し、徹底抗戦派で独立派だったジュザは梯子を外された形だ。ラウに残ったジュザ軍の多くが穏健的な手段を選ぶべきと声上げ始めた。ジュザの指導部はラウに残った部隊へ自決命令を出したが、その全てをラウ駐屯軍は無視している」


 呆れる様に言ったドリー言葉に皆が乾いた笑いをこぼした

 古今東西において、自決命令なんて守られるわけがない。

 また、玉砕を引き受けてまで徹底抗戦したケースなど数えるほどしか無い。


 むしろ、それを出す事により残り僅かな残存戦力の離反を招く。

 そんな指導部には付いていけない!と、クーデター紛いの反乱を起こすものだ。


「んで、俺たちは?」


 副長のジャクソンがそれを尋ねた。

 チームのサブにあるジャクソンが話を聞いてない。

 この時点で、バードはブリーフィングでは無いと結論付けた。


 過去、多くのケースではテッド隊長とドリーの両方が参加していたはずだ。

 しかし、ジャクソンはパトロールに出ていた関係で出席できない。

 それは余りに不自然な出来事と言えるのだ。


「ジュザは強行派だが、その内部にも温度差がある。昔から言う様に、どんな物事にだって1:3:6の法則は有効なのさ。そしてジュザの場合は――」


 ドリーはやや凶悪な表情で言った。

 万人受けする愛嬌持ちなドリーもこんな顔が出来るのかと、驚く程だ。


「――超強行派は10%。キチンとした理由があれば、共存共栄の理念を穏健的に受け入れる層が30%。残りの60%はただの様子見だな」


 遠回しに切り出したドリーだが、そんな隊長へスミスが微妙な表情を返した。


「……切り崩しか?」

「そう言う事だ。エディが言うには……」


 肩をすぼめ、やや残念そうな表情になってドリーは言った。


「ヘカトンケイルの三少女をバーディー達が収容したが、これでだいぶ風向きが変わったそうだ。ジュザの中でも10%程度が強行的なだけで、残りは割と穏健と言う事だな。要するに、独立できれば良いなぁと、その程度って事だ」


 ドリーの言葉にバードはハッと何かを思い付いた。

 それが何であるかを説明することはまだ出来ないが、基本的な部分はわかる。

 つまり、ルーシーの娘はこうなる事を見越して送り込まれた……と。


 ――いや…… まさかね……


 普通では考えられないことだが、逆の側から見れば一定の説得力がある。


「で、地上のあれやこれやは解ったから、俺たちの予定は?」


 ペイトンは何かを察したように話の続きを促した。

 以心伝心で物事が伝わるBチームの実力にアナが表情を変えていた。


「……いま、地上じゃアリョーシャ管轄で宣撫工作が進んでるって話だが」


 ドリーはここで初めて全員に資料を公開した。

 と言っても紙の資料では無く、左目を押さえ右目だけ開けて赤外を放っただけ。


 その情報を受信したバードは、視界の中にそれを展開した。

 全体的な流れが視覚情報としてまとめられていた。


「ラウの方じゃ政府の上層部がごっそり入れ代わると言う話だ。地球の国連機関から代表団が到着しているが、それとの交渉で公式にラウを独立国家として承認し、併せて地球連邦への加盟を促すことになっている。つまり、国連加盟国にシリウスのラウ合衆国が加わると言う話だな」


 ラウの独立に皆が色めき立った反応を返した。

 ジャクソンが口笛をならし、『ワォ!』と感嘆を漏らす。


 これ以上ないジュザへの当てつけは、切り崩しを行うには最適だった。

 ジュザ内部に波風を立て、独立派市民も強行派をパージしたくなるだろう。


「つまり、大人しくしていれば独立は達成される……と」

「まぁ、そう言う事だな」


 ビルが確認を求め、ドリーはそれを肯定した。

 要するに独立すれば良いのだから、独立し自決権を担保してやればいい。

 その上で、地球の連邦化に貢献しておけば見返りがある。


「地球連邦に加盟した場合の見返りってなんですか?」


 アナの質問は、ある意味で軍人には関係無いことだった。

 だが、興味の方が勝ったという所なのだろうか。


 至って真面目な表情で聞いたアナ。

 ドリーは楽しげに笑いながら回答した。


「一番言えるのは、まず大量に食糧が支援されるだろう。シリウスは基本的に少量が不足している。無い事は無いが流通が拙い。だから、まずは地球から大量に食料が運び込まれるはずだ。既に輸送船団は出発しているらしい。それがラウにバラ撒かれ、ジュザは指を咥えてみていることになる」


 それはつまり、規模の大きな兵糧攻め。

 精神的な部分をへし折る為には、大規模な戦闘など必要では無い。

 目の前で彼らが求める物を見せつけてやれば良い。


「つまり、斬ったはったはもうお終いって事か?」


 ロックもそれに気が付いたらしく、敢えてそんな言葉を口にした。

 派手な戦闘はもうやらないかも知れない。そんな発想だ。


「そうだな。派手な地上戦はまず無いだろう。だた、恐らくは――」


 ドリーの表情に蔭が混じる。その意味するところはバードも解る。

 なぜBチームが未だにガンガンと鍛えられているのか……の訳だ。


「俺たちにはもう一仕事ありそうだな。それは覚悟しておいてくれ」


 ドリーは何ともアンニュイな表情で話を絞めるのだった。

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