雪原での戦闘
――――カナダ西部 ブリティッシュコロンビア州
カナダ標準時刻1830
「さて、仕事だ。山荘はここから西へ350メートル。南へ50メートルほど行くと道があるが除雪は期待薄だ。雪原を歩くよりはマシだろうが、山荘に人が居る可能性を考慮すると、道を歩くのは自殺行為と言える。故に雪原を突破する」
こんな時に手順を説明するのはドリーの役目で、副長は事務の全てを一手に引き受ける事が要求される。頭の回転が速く、記憶力があって、しかも、洞察力が必要だ。事態が急展開した時に素早くプランを立て直すセンスも欲しい。
「横6列縦2段。それぞれに距離を取れ。慎重に接近する。トラップは無いだろうが絶対に抜かるな。自動迎撃システムは無いと聞いているけど、これだけの施設でそんな無防備な事は考えにくい。何らかの対抗策は必ずあるだろ。そっちも注意だ。質問は?」
ドリーのヘルメットが左右に振れ、メンバーを見回しているのがバードにも解る。話を振られたようにリーナーが口を開く。
「振動反応地雷や磁気反応地雷の可能性は?」
「野生動物の多さや観光客の車もある。そっちの可能性は低い」
ドリーはよどみなく応えた。
「対人接近警報や振動センサーの類は?」
「降雪状況や木の枝から落ちる雪塊にいちいち反応するもんは付けないと思う」
ジャクソンの問いにも逡巡無く応える。
「接近中に野生動物と遭遇した場合は排除?」
「ケースによるが危険な状況の場合は先ず逃げろ。ただ」
バードの問いにドリーは一瞬だけ迷いを見せた。
「ガチでやり合って俺たちが負ける可能性は低い。ヤバイと思ったら押し返せ」
「了解」
前列の一番左にテッド隊長。その右側にバード。そしてスミス、ペイトン、ジャクソン、ドリーと並んだ。後列は左からビル、ロック、ダニー、ジョンソン、ライアン、リーナー。
「全員自分の職能装備で暗視しろ。どんな小さな物も見落とすな。前進!」
隊長が指示を出し、雪原を前進し始める。フラットな地形に助けられ、安定した速度で進んでいく。トラップの類を警戒しながら歩いていくと、遠くに建物が見えてきた。小さな山荘と聞いていたけど、巨大なログハウスだとバードは思う。
雪原とは言え、真っ暗闇では肉眼視界など全く無い。そして困った事に吹雪は一向に収まる気配すらない。こんな条件で敵を探せと言う方が難しいのだろうけど。
「HALT!」
バードの視界に何かが映った。考える前に停止を呼びかける。慎重に赤外モードの画像を解析すると、ログハウスの前に数台の車が停車していた。その内の一輌はまだエンジンに火が入っていて、その熱源を赤外で捉えたようだ。
「車だな」
バードの視覚を全員が共有するなか、ドリーがすばやく画像解析を進めた。ジリジリと接近を再開し始めたメンバー。車までの距離はあと50メートルほど。森の中から慎重に距離を削りながら接近するチーム。後列にいたジャクソンが漏らした。
「車内は一人だ。命中確立99.4% 殺りますか?」
狙撃用のL-47ライフルではなくS-16を構えているジャクソン。エネルギーブラスターを信用しない主義と言う理由をバードはなんとなく理解する。マズルフラッシュでこっちの位置がばれるのは辛い。
たった一人でも一個大体を釘付けに出来るスナイパーは、自棄を起こした敵の集中砲火を浴びて殺されるか、炙り出されてから拷問の末に殺されるケースが多い。それ故、心情的に自分の位置が相手にばれる武器は歓迎しないのだろう。
隊列の向きが変わり、車を包囲するようになったチーム。ジャクソンは樹の影に入り銃口を車へと向けた。その瞬間だった。
―――― ドサッ!
鈍い音を立てて木の枝からまとまった量の雪が落ちた。音に驚いて車の中に居た人間が飛び出してくる。運転席のドアが開き一人。後ろのハッチが開き、窓の無い席から三人ほど。
――――なんだ、雪か!
背の低い、ガッシリとした体躯の男が悪態をついた。
――――びびらすなよ
――――心臓に良くないぜ
後ろから出てきた男たちも口々に悪態を付いて辺りを見回している。完全な暗闇の中でBチームのメンバーはジッと息を潜めていた。吹雪に巻かれて視界は良くないが……
――――なんか変じゃ無いか?
運転席にいた男が何事かの違和感を感じているらしい。周囲を見回しながら聞き耳を立てている。
――――気のせいだよ
――――そうだ。それより作業再開だ。予定より二十分も遅れてる!
車を飛び出した男たちが車内へ戻っていく。チラリと見えた車内には、大量のケーブルとコンピューターが見えた。もう一度森の中へ一瞥をくれて。そして運転席へ戻った男。窓越しにジッと窓の外、森の中を見ている。
「危なかったな」
「あぁ。いきなり撃たなくて良かった」
「なにやってるんだ?あいつら」
「車はST&ATだが」
メンバーが一斉に喋りだした。
やっぱり今日はついている。ふと、バードはそんな事を思った。
「いまST&ATのサーバーを調べたが作業計画は何も無い」
唐突にライアンがそう報告した。
凄腕ハッカーだとは思っていたけど、ここまで凄いのかとバードは驚く。
「長距離通信網を調べたが、断線警告の出る工事予定も無いな」
ライアンに続いてペイトンも報告した。通信大手ならば報告義務が出るはずの工事予定に無いのだ。つまり、これは何らかの小規模作業で入ってきたか、それとも工作員か。
「ジョンソン。状況を上にあげろ」
テッド隊長はジョンソンにハンフリーへの報告を指示。
つまり、判断しろと情報をあげた事になる。
ジョンソンは左手の手首を外して中から小さなパラボラアンテナを展開した。
空へ向かってアンテナをかざし通信を始める。
「ハンフリーにデータ送信完了。あ、アリョーシャから直通が。転送します」
サムアップして空を指差したジョンソンが中継を始めた。
『ブラックバーンズ。その中に居るのは99%工作員と思われる。NSA関連もNORAD関連も作業の予定は一切無いのを確認した。国連軍統合本部にも照会したが、作業中の回答は無かった。1パーセント未満の可能性で民間の何らかの作業かもしれないが、現状ではその可能性を否定していい。仮に民間だった場合は、訴訟でねじ伏せられる事象案件だ。気にするな。国連軍の弁護士を挟んで交渉する』
――え?
――民間人かもしれないのに殺していいの?
バードは一瞬驚く。
だが、直後にハッと気がついた。
もしこれが工作員で民間人のフリをしていた場合、見逃せば自分達が手痛いダメージを受ける事になる。
『アリョーシャ。その場合、面倒は全部そっちへ押し付けるぞ?』
ちょっと怖いくらいの迫力でテッド隊長が迫った。
ある意味それも当たり前の話で、下の者に責任を押し付けて知らん振りは許されないし、許さない。
『あぁ。もちろんだ。責任はこっちで取る。それよりミッションの遂行を急いでくれ。推定で30分後には困った事態になる』
『わかった。さっさと突入する事にする。以上、交信終了』
テッド隊長は回線を切って良しのハンドサインを出した。
アンテナを収納したジョンソンが手首を元に戻して可動状況を確かめる。
「左手問題なし。戦闘できます」
「オーケー 諸君、手早くやるぞ」
車へ行って纏めて射殺。
そんな段取りを狙ってそれぞれが移動を開始しようとしたBチームだが……
「ちょっとまって。どうせなら出て来て貰おうよ。そして森へ隠せばいい」
「どうやって?」
バードの言葉にドリーが尋ね返した。
「こうやって」
バードは頭上の枝を狙ってサブマシンガンを構える。消音器・消光器付だから向こうには判るまい。迷わず一発だけ発射し、枝の付け根を撃ち抜く。その直後。メキメキと物凄い音を立てて車の前に枝ごと雪が落ちてきた。
「バカ! 撃つ前に言え!」
テッド隊長が無線で唸ると同時に車のドアが一斉に開いた。驚いて飛び出てきた男性四人へ向かって、チームのメンバーが一発ずつ射撃。脳幹部へ撃ち込んで一気にしとめる。
バードは同時にスノーシューを脱いで一気に車へと接近し内部を見た。完全に無人ながらコンピューターは動いている。
「車内無人! これ何やってるんだろう?」
「おう! 任せろ!」
ライアンが飛び込んでコンピューターを弄り始めた。だが、山荘の外に起きた異変に気がついたのか。正面のドアが開いて、中から数人飛び出てきた。驚いた表情でこちらを眺める男たち。無意識にバードはスキャンを掛けた。
「チェキオン! ノット! レプリ!」
人間だと声をあげたが、そんな事は関係なく事態は進行した。闇にまぎれて接近していたロックが背後から襲い掛かる。背中のマウントへ銃を引っかけると同時にロングソードを抜いたロック。つや消し処理された黒染めの鋭い刃が闇に翻り、雪原に真っ赤な血飛沫が舞い、皮一枚で繋がった首をダラリとぶら下げた状態だ。
――すごい!
バードが息を呑むなか、コントロールを失った死体がデッキから落ちる。そして、驚いてロックを見た男を蹴り飛ばしデッキ部分から雪原に突き落とした。そこへダニーが筋弛緩剤を打ち、瞬間的に身動きが取れなくなる。
「やぁこんばんは。吹雪の酷い夜だな。でも、眠るには良い夜だ。じゃ、おやすみ」
手を振るダニーを見上げながら、突き飛ばされた男の身体から力が抜けていった。同時進行でテッド隊長とスミスが山荘の中を覗く。メラメラと揺れる暖炉の明かり。
「突入する。ライアンはそいつを監視しろ。何かあったら回線だけ止めるんだ」
「イエッサー」
「ジョンソンはここに残れ。状況を報告」
「イエッサー」
すばやく山荘へ取り付いて突入の列に並ぶバード。外で射殺したのが四名。飛び出て来たのは三名。外に車は二台。単純に考えて、総勢十名程度。多くて十二名か十三名だろう。つまり、半分片付けたのだが。
「バード! 次から撃つ前に一言いえ! いいな!」
「サー! イエッサー!」
テッド隊長に叱られ少しションボリ。だけど落ち込んでもいられない。
足音を立てないように前進していくと、リビング中央部のテーブルがどけられ隠し階段が姿を現していた。ここを知っているのは相当な事情通なはずだとバードは思う。完全にカモフラージュされていて、普通は気がつかないと思われた。
階段入り口を囲むように膝を着いて中を覗きこむ。奥の方から赤い光が漏れていて、しかも、一心不乱にキーボードを叩く音が聞こえてくるのだが。
「音からして下には三人か四人だ」
音響解析はジャクソンの得意分野。驚く程に精確で外した事が無い。
「中に飛び込んで射殺すると機材に影響が出ますぜ」
人間より機材を心配している辺り。ペイトンも真性ヲタクだとバードは気が付く。ただ、ここの機材が国連軍の重要なネットワークの一部なのは事前説明にあった。あまり壊したり異常をきたした状態で作戦を完了するのは拙い。
『ライアン 聞こえるか?』
テッド隊長が無線でライアンを呼んだ。外に停まっている車の中に居るはずだが。
『なんすか?』
『そっちのパソコンを止めてみろ。異常を感知して巣穴から出てくるだろう』
『イエッサー!』
ライアンが何事かを始めたらしく、バードが眺めている先では大声が飛び交い始めた。罵声染みた怒声が飛び交い、無線に向かって盛んに何かを叫んでいる。その言語が全く理解できなくてバードは首を傾げた。
「何語?」
「たぶんハングル語だな。発音からして南朝鮮だ」
ドリーは冷静に分析して見せた。ただ――
「何を言ってるのかは俺も理解できない。ただ、怒ってるのは確かだ」
その言葉にロックが変な反応をしめす。
「怒ってるのは年中だ。つうか、普通に普段から怒ってる」
「カプサイシンの摂り過ぎだ。副作用が出てるんだよ」
ヘラヘラと笑うダニーが口を挟むと、無線の中に失笑が漏れる。そして『お前らもう少し真面目にやれ』と呆れたような声でテッド隊長が言うと、無線の中に笑い声がわき起こった。
しかし、呆れ声な隊長の声には、バードにもわかる程に明確な殺意があった。そして、これから起きる事を理解して、一歩下がった場所で銃を構えた。
―――#&%&+@&*#*#$&%+*#!!!
全く理解できない言語で喚きながら何人かの男が階段を上がってきた。階段の裏手で待っていたテッド隊長は、自らナイフを抜いて直接手を下した。一瞬の間に四人の首を切り落とし、ドアから外へ放り出した。
「下は無人か?」
確認を求めたテッド隊長の声に反応してロックが階段を飛び降りた。
赤色灯の燈るデータサーバー室の中に生命反応は無かった。
「無人のようです」
「よし。ジョンソン。上にあげろ。制圧完了。状況を終了した。次を聞け」
「イエッサー」
階段を降りてきたテッド隊長がサーバールームを見渡す。
ペイトンも降りてきて一緒に眺めた。
「俺の専門外だ。ペイトン、状況を分析しろ」
「へい。了解」
ペイトンが端末を操作し始めた頃、バードはロックたちと一緒に死体を並べて身元を確かめていた。
「全部人間ね。レプリ反応が出ないし、それに、全員赤い血を流してる」
「だな。白い血じゃ無いし、反応も鈍かった。正直、全部素人だと思う」
一人ずつ血液を抜いて確かめていたダニーが肩をすぼめた。
「あぁ。全部素人だな。強化薬品とかの反応が一切無い。それに……」
ロックが切り落とした首の断面をダニーがスケールを当てて計る。
「皮下脂肪の層が2センチ近くある。要は肥満だ。頚動脈にも脂肪付着がある位」
「それってどう言う事だ?」
状況を確かめるようにしたビルが尋ねる。
ダニーは断面を指でぬぐって何かをえぐった。
グチョリと気色の悪い音が響き、白い塊りが指に残る。
「脂肪成分から言えば、完全なる中性脂肪。つまりはメタボだな。急性膵炎の原因になるし、それに血中成分から見れば肝硬変一歩前。つまりだ」
脂質分を雪原に投げ捨て、死体の服で指を拭いたダニー。
テッド隊長が殺した死体の首断面も確かめた後に立ち上がって振り返る。
「フライドポテトにチーズたっぷりピザ、それとフライドチキン。野菜をろくに食べず、水分はビールかコーク。そんな不健康の極みの生活も軽く二十年って所だろう。オマケに身体電流伝導率から筋力量は同世代の半分以下。海兵隊連中の30パーセントも無い。俺が思うに、こいつらは金で雇われた、単なるコマだな。消耗前提だ」
話を聞いた後、不意にビルは首をかしげ車の周辺をウロウロしはじめた。
何かを探しているようで、時々立ち止まって足跡をジッと見ている。
気がつけば雪は上がっていた。
「ビル。どうした」
テッド隊長が声を掛ける。
「どうもおかしい。車内に四人。建屋に四人。飛び出した奴が三人。合計十一人」
建屋の陰になる部分は吹き溜まりになっているが、それでも僅かに足跡は残っていた。
「沢山ある足跡は足運びが全く素人で、オマケにバランスが悪い。ヨロヨロしている」
ビルは木の枝を拾って雪面に線を引き始めた。
「こいつの流れはこの線。こっちの足跡はこの線。向こうから続いているのはこれだ」
しかし、その中にバードにもわかる異質な足跡がひとつ浮かび上がった。
それほど沈んでない上に、細く小さな足跡。
「この足跡は子供だ。もしくは、小柄な女性。そして、異常に筋力があるらしい」
足跡を辿っていくと、車の近くで消えている。その足跡はライアンが弄っている車の隣。屋根の上に控えめなパラボラアンテナが三つ。バラバラに空のほうを向いている。
「メンバーがジッともう一台の車を見ていた」
テッド隊長の指が車のドアを開けろと指示を出す。
スミスとビルが銃を構え、リーナーがゆっくり近づいて車のドアを開けた。
「おい…… なんだこれは?」
思わず後ずさるリーナー。スミスとビルも銃を下ろして車内を凝視している。
そこにはBチームのメンツであれば見慣れている筈のサイボーグ用安楽椅子が一脚、無造作に置かれていて、その上にまるで眠っているような女性が身を預けていた。
ただ、その姿はBチームの面々が知る姿とはほど遠いもので、頚椎部のバスにケーブルが繋がるのは良いとして、頸椎以外にも、こめかみや頭頂部付近や両腕にも沢山のケーブルが繋がっている。
明らかに『普通のサイボーグ』とは違う姿にチームの面々は正体を掴みきれない。彼らが知る限り、シリウスサイドにはサイボーグは居ないはずだった。脳殻内でサブ電脳と生体脳を繋ぐブリッジチップを作り出す技術は、未だシリウスサイドでは実現されてない筈だ。
だが、現実に目の前にはサイボーグが居る。どう対処するか一瞬迷ったと言うのが正しいのだろう。一瞬の虚を突かれ自失していたBチーム無線の中へ唐突にアリョーシャの声が響いた。
『それがハッカーの正体だ! 回線を切るか殺すかどっちかだ! 急いでくれ!』
――――え? どう言う事??
バードも狼狽する。レプリも生身も手に掛けているから、今さらカマトトぶった様な事は言わない。ただ、完全に無抵抗な状態の女性を手に掛けるのは……
百戦錬磨なBチームでも躊躇われた。
「ライアン! そっちはダミーだ! こっちへ来てくれ! カウンターハックだ」
突然ペイトンが叫んだ。
「ジョンソン! 衛星回線繋げてくれ! そこの小娘はウィザード級のハッカーだ」
車の中を飛び出したライアンが山荘の地下へと飛び込む。
そこには頚椎部へケーブル接続しているペイトンが立っていた。
「上の小娘の通信はネットワーク上に解けてやがる。パケットの頭すら見えねぇ」
「なんだって? どうやって??」
「そんなの知るか! どうやってんだか俺が知りたい。こりゃ面白そうだ」
「で、どうすんだよ」
ブリッジルーターから幾つかのケーブルを抜き取ったライアンは、自前の身代わりユニットに接続した後で、その機材と自分のバスを繋いだ。
「どこに居るか探し出して元の身体に追い込んで逮捕だ。ちょっと面白そうだ」
「そうか、判った。アドレスは追えるか?」
「いま追跡中だけど、多分NORADのセンターサーバーをハッキング中だ」
「ははーん…… これ、あれだろ。シミュレーターの応用」
地下室に幾つも並んでいるモニターの前では、ペイトンとライアンは頚椎バスへ何本もケーブルをつなげ仁王立ちになっている。いつの間にか空には星が輝き始めているのだが、地下に潜った二人には全く関係ない。足元には侵入してきたハッカー達が置いていったタブレットPCが置かれていて、通信状況を刻々と表示していた。
「彼女はどこをハッキング中だ?」
ペイトンがボソリとこぼす。厳しい表情でモニターを見つめる二人。
画面には恐ろしい速度で流れていく16進数の文字列が有った。
「DNSサーバーのログから追跡してるけど足跡が無い。アクセス痕跡も無い。電紋痕跡やパケットヘッダーのゴミも残ってない。完璧なハッキングだ」
ライアンもモニターを見ながらつぶやく。
15分ほど黙って黙々と追跡しているらしいが、成果はまだ上がってない。
「おそらくシム上に仮想のスパコンでも作って、捨てアドレスでクラックだな」
「つうか、たぶんどっかにバックドアがあるぞこれ。でないと弾かれるはずだ」
「そもそもどこに居るんだ? 本体は」
「案外何処にも行ってないかもな」
「てぇと?」
「彼女の中身自体がスパコン」
「まさか」
重い沈黙が流れる。
「例えば、あの上に居る小娘は……端末とか」
ライアンがボソリとこぼす。
その言葉にペイトンがうろたえた様な表情を浮かべる。
「ブルースターの中にそう言う奴が居たな。人工衛星上にスパコンを組み上げて、その中で常時ネットワークに解けてる化け物だった」
ライアンがチラリとペイトンを見た。
「半自立端末ロボットか?」
「……May be」
流れる水のように流れていく文字列を眺めながら、ペイトンが首をかしげる。
「どうでも良いが、向こうの反応早いな」
「俺もそう思ってた。なんか人間が対応してる感じじゃ無い気がする」
「なんか臭うな」
「あぁ。実はさっきから猛烈に嫌な予感がする」
ライアンは足元に置いてあった自前の身代わりユニットを確かめた。
「リダイレクトにゴミがついてる気がするんだ」
「……あれか。ダストボックスボンバー」
「うん、そうだ。身代わりユニットを2段直列にしたほうが良い気がする」
「用心しよう」
スペアのユニットをもう一段かました多段プロクシ構成に組み替えたライアン。回線が再接続したのを確かめてペイトンも組み替えた。なんとなく焦りの色が浮かび始めている。凄腕ハッカーでならした二人だが、正体不明の相手に違和感を感じ始めていた。
同じ頃。
ハッキング中の女性をダニーとバードが調べていた。
「ダニー ペンライト貸して」
「ほれ」
「ありがとう」
バードは女性の瞼を開けて虹彩を調べた。生身やレプリなら瞳孔の対光反射で虹彩が閉じる筈。サイボーグならイメージセンサーの電気的な反応なので虹彩は動かない。明るい光に反応して虹彩が窄まる。
「え?」
「どうしたバード?」
ダニーがのぞき込む。
「この人、サイボーグじゃ無い!」
「あぁ、その様だな」
ダニーは女性の右手を触ってバイタルチェックしていた。
「血圧108の65 心拍数56 体温35.8℃ 理想的な健康体だ」
虹彩のバイナリーパターンを読むバード。視界に[+]マークが浮かび上がった。しかし、それは赤ではなくオレンジ色に染まっていて、その反応はつまり。
「ネクサスⅧだけど、脳は人間だわ。この人」
「だろうな。脳波パターンが人間だもの」
バードはバイナリーデータの再構築を始めるのだが……
「うわ、凄い暗号化。私のサブコンじゃ歯が立たない」
「良し来た。こっちへ送れ。俺も暇だし」
ドリーがデータを要求したので、シュトラウス化して送信。
容量的には軽く2GBくらいは有りそうだが。
「えぇっと。あぁ、なるほど。あれだ」
ドリーが考え込むような仕草で解析している。
「ネクサスⅧベースでオリジナルのカスタマイズ。カロッツェリアは…… おう! こりゃスゲェ! シャネルだぜ! って事はオートクチュールだな」
生身の人間が何らかの事情でレプリの身体を使っている。しかも、ベースとなるタイレル社のネクサスをデザインメーカーと共同で再設計。それを形にしているのだから、相当な技術力なのは間違いない。
「デザイナーはジョルジオ・バックスタインかよ! ひぇー こりゃ身体だけで軽くビリオンだな おまけにデザイン登録済みだ。コピーガード付き。ユーザーは…… はぁ?」
ドリーがやれやれと言わんばかりに両腕を左右へ広げた。
「どうしたドリー」
テッド隊長が不思議そうにしている。
そんななか、ドリーは心底ウンザリと言う表情を浮かべていた。
「所属は……CIAだ」




